第164話 3人の魔王
工房に入った4人は中央にあるテーブルを囲んで座り、アルコーが悪戯できないように、清宏の隣にはペインとヴァルカンが陣取っている。
清宏は皆にお茶を用意し、メモ帳を取り出した。
「さてと、アルコー様お願いします」
「この席順に私の信用の無さが伺えるわぁ・・・まぁ良いけどねぇ。
それじゃあ清ちゃん、まずは私達とリリス以外で、貴方が知ってる魔王の名前を言って貰えるかしらぁ?」
「そうですね・・・俺が知ってるのは、お2人から聞いたポチョムキンと信濃、あとはダンケルクとガングートの4人です」
「あらぁ、ならあとは3人ねぇ!
正直、残りの3人のうち2人は会う機会なんて無いと思うけど、知っておいて損は無いわぁ」
アルコーはニコニコと笑顔で手を叩き、眼鏡を掛けた・・・恐らく、他人にものを教える時の彼女なりのこだわりなのだろう。
「それで、残り3人はどんな方達なんです?」
「そうねぇ・・・まず、貴方が会う機会がありそうなのから言うとぉ、シャルンホルストでしょうねぇ。
私はシャルって呼んでて結構付き合いのある子なんだけどぉ、あの子はサキュバスの女王様ねぇ。
シャルは同族や他種族の女の子達を集めてぇ、人族の男達を襲わせたりしてるわぁ・・・正直、彼女自身の強さは下から2番目だけどぉ、勢力で言ったら一番大きいわよぉ。
あとこれは私の予想なんだけどぉ、たぶんリリちゃんはシャルとは血縁があると思うわぁ・・・顔に面影があるしぃ、何より性格が似てるからねぇ」
「マジすか・・・あいつ、そんな事一言も言ってなかったですよ?あとで聞いてみようかな・・・」
「それはそうでしょうねぇ、シャルからすればリリちゃんは何十何百いる血族のうちの1人だろうしぃ、リリちゃんからしたらご先祖様にあたるからぁ、お互いに知らないんじゃないかしらぁ?
そもそもぉ、サキュバス自体特殊な種族なのよねぇ・・・あの子達って産まれてから1年くらいで人間の成人並みに育つのよぉ。
それからは独り立ちしてそれぞれ生きていくからぁ、親子の繋がりが弱いのよねぇ・・・だからぁ、リリちゃんに聞いても無駄だと思うわぁ」
アルコーはシャルンホルストとサキュバスについて説明すると、お茶を飲んで喉を潤した。
清宏はその間に内容をまとめてメモを取っている。
メモをしている清宏を優しく見守っていたアルコーは、書き終わったのを確認して手を叩いた。
「次に行っても良いかしらぁ?」
「お願いします」
「じゃあ、次は樹海の魔王メンデス・ヌニェスねぇ・・・こいつは、会いに行かない限り直接関わる事は無いわねぇ」
「ん?どういう事ですか?」
清宏が理解出来ずに首を傾げたのを見て、アルコーは苦笑した。
ヴァルカンとペインもアルコー同様苦笑しながら清宏を見ているようだ。
「メンデスはその場から動けんのだ・・・奴はな、種族としては本来なら我等同様に魔族では無いのだ。
奴はトレントという種族なのだが、本来は精霊に分類される神に所縁のある種族でありながら、育った土地が悪かった・・・奴の縄張りでは、その昔多くの魔族が争い、血を流し、そして奴はそれを糧にして産まれたのだ。
争いに敗れた者達の中には高位の魔族も居たらしく、その血を存分に吸った奴は、魔王の証を持つに至ったらしい」
「ちょっとぉ、私の仕事を取らないで貰えないかしらぁ!?せっかく清ちゃんとの距離を縮めるチャンスなのにぃ・・・」
ヴァルカンに役目を横取りされ、アルコーは頬を膨らませて抗議した・・・見た目の大人っぽさの割に可愛らしい仕草を見せる彼女に、清宏は少しだけドキッとしたのか顔を背けている。
「すまんすまん・・・まぁ、俺もただの置物では無いところを見せておきたかっただけだ。
俺はこれ以上の邪魔はせんから安心しろ・・・」
「気をつけてよねぇ・・・じゃあ清ちゃん、最後の1人よぉ!・・・どうかしたかしらぁ?」
「いえ、何でもないです・・・」
「そう?顔が赤いけど大丈夫かしらぁ?」
清宏が顔を赤らめている事に気付いたアルコーは、心配そうに覗き込んだが理由までは分からなかったらしく、首を傾げた。
清宏はホッと胸をなでおろすと、咳払いをする。
「最後の1人をお願いします」
「じゃあ最後はねぇ・・・正直、私は二度と会いたくない奴なんだけどぉ、その名も汚泥の魔王カルノーよぉ!」
「汚泥・・・臭そうですね」
「鼻をもぎ取りたくなるわよぉ・・・ねぇヴァルカン?」
急に話を振られたヴァルカンは、顔を歪めてため息をついた。
「俺に聞くな・・・あれは腐った肉の臭いやら色々と混ざっていて不快なことこの上ない」
「奴の縄張り近くには生き物は絶対に近寄らないのであるからなぁ・・・我輩もいつも避けて飛んでいたのである」
清宏は、心底嫌そうなヴァルカンとペインを見て苦笑すると、アルコーに向き直る。
「そこまでか・・・ちなみに、どんな方なんですか?」
「バカみたいに大きいナメクジよぉ・・・ちなみに、カルノーはこんな奴ねぇ」
アルコーは清宏のメモ帳を借り、空いたページに何やら絵を描き始めた。
それをしばらく見ていた清宏は、徐々に描き上がっていくカルノーの似顔絵に妙な既視感を覚える。
(ジャバ・ザ・ハットだこれ・・・)
「何かしらぁ?」
「いや、似たキャラが向こうの世界にも居たのでつい・・・」
「そう?やっぱりそいつも臭いのかしらぁ・・・嫌になるわねぇ」
清宏は、完成したジャバ・ザ・ハットを見て思い出し笑いをし、落ち着いてから再度アルコーに向き直った。
「で、何故ジャバ様・・・いや、カルノー様は会う機会が無いんです?」
「デカくて邪魔だしぃ、何より臭いから誰も呼ぼうとしないのよぉ・・・あいつが来たらぁ、1ヵ月は服や部屋の臭いが取れないのよぉ?そんな奴来て欲しくないでしょぉ?」
「シュールストレミングか何かか・・・」
清宏は、世界一臭いと名を馳せているスウェーデン産の塩漬けニシンの缶入り食品を思い出し、遠い目をした。
何を隠そう、シュールストレミングは、好き嫌いの無い清宏があまりの臭さに食べるのを躊躇し結局断念してしまった唯一の食べ物なのだ。
シュールストレミングは缶内部でも発酵し続けており、一般的には禁止されているのだが、気圧の関係で空輸では厳重な梱包がなされ、日本ではホテルなどでの開封は禁止されている・・・もし客室内で開封した場合、保健所などが入り、下手をすると多額の賠償金を要求される事もある。
以前、25年物というあまりにも発酵が進んだシュールストレミングが本場スウェーデンでも問題になった事があり、爆発物処理班と缶詰の専門家が出動する騒ぎになった・・・そこまでくると、もはや凶器である。
だが、清宏という男をナメてはいけない・・・この男は、リベンジをするため、城内の一室でこっそりとシュールストレミングを作っているのだ。
「アルコー様・・・メンデス様とカルノー様には会わなくても大丈夫なんですかね?何か条約を結ぶ時の条件てありますか?」
清宏が我に返って話を戻すと、アルコーは小さく唸った。
「うーん・・・何か決める時には、魔王達の過半数の賛成が必要なのよねぇ。
しかもぉ、全員もしくは代理人が揃った場で決めなきゃならないわぁ・・・。
リリス以外に6人は賛成させないといけないからぁ、ポチョムキンはリリスの頼みなら断らないだろうしぃ、私達は勿論OKだからぁ、あと3人は欲しいわねぇ・・・まぁ、シャルには私から頼めば大丈夫だとは思うからぁ、実質あと2人よぉ。
でも、ガングートは話にならないしダンケルクは何を考えてるか解らないしぃ、信濃はお馬鹿さんだから話を理解出来るか不安ねぇ・・・出来れば、メンデスあたりを引き込みたいところだけどぉ、あそこは動けないメンデスの代理人として副官が来るだろうからぁ、下手をすると話を持ち帰って後日って事にもなりかねないわねぇ」
「馬鹿が2人と引き篭もりが2人、さらに不思議ちゃんが1人・・・あれ?これって無理じゃね?」
「私も不安になってきたわぁ・・・」
清宏が呟いて頭を抱えると、それを聞いた3人は大きなため息をついて頷いた・・・清宏は自分達の計画が前途多難である事に気付き、そのままテーブルに突っ伏した。
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