第165話 引き篭もりの乙女
話し合いを終えた4人は陽が傾いているのに気付き、風呂に入るため工房を出る。
勉強会自体はそれ程時間は掛からなかったのだが、他の魔王達を説得するためのその他の条件についての話し合いの方が難航した。
まず、真っ先に決まったのはガングート、カルノー、信濃の3人だ・・・この3人に関しては、物欲を満たす事になった。
ヴァルカン曰く、ガングートは協定で争いを禁じられてからは武具の収集に凝っているらしく、清宏が造った珍しい武具を贈る事にした。
次に、カルノーは臭い食べ物に目がないとの事で、清宏が密かに製造していたシュールストレミングを贈る事になった。
ただ、珍しい食べ物に興味を持ったペインが食べてみたいと言い出し、急造した別室で開封して4人揃って悶絶するという馬鹿な試みを行い、アルコーから申し分ないとお墨付きを得る事が出来た・・・恐らく、カルノーに渡す際には発酵が進み、更に満足いく状態になっているだろう。
最後に信濃だが、彼女は自身の毛並みに並々ならぬこだわりを持っているらしく、普段清宏達が使っているシャンプーやトリートメント、ドライヤーなどを贈る事にした。
そして、難航したのはシャルンホルスト、メンデス・ヌニェス、ダンケルクの3人だった・・・この3人に関しては、何を贈るべきかが全くと言っていい程わからなかったのだ。
シャルンホルストは、美容に関しては性を得れば十分なためシャンプーなどは意味が無く、ビッチーズ達のようなシステムも、配下のサキュバスが多過ぎるため実質不可能だ・・・清宏が出張型の運営方法を提案したのだが、それも管理が難しい事と魔族と人族の関係を考慮してボツになった。
メンデス・ヌニェスは、元がトレントという種族なため物欲自体が無く、ただ侵入者を排除するだけという生活を送っているだけなため、取り敢えず暇潰しの道具を贈る事にしたが、それも喜ぶかは定かではない。
最後にダンケルクだが、彼に関しては全てが謎に包まれており、古参であるヴァルカン達ですら素顔どころか声すらも聞いた事がないらしく、何を喜ぶかが完全に謎だったため保留になってしまった。
4人が工房から出ると、ヴィッキーとボール遊びをしていたリリスがそれに気付いて近づいて来た。
「長引いておったの?それで、勉強会は捗ったかの?」
「あぁ・・・一応勉強会の後に、他の魔王達への贈り物なんかも話し合った。
ただ、シャルンホルスト、メンデス・ヌニェス、ダンケルクに関しては何とも言えないけどな」
「そうじゃったか・・・まぁ、まだ時間はあるんじゃし、これから考えていけば良かろう?」
「だな・・・あぁ、そういえば」
リリスの提案に頷いた清宏は、何かを思い出して手を叩く。
それを見たリリスは首を傾げる。
「なんじゃ?」
「いや、勉強会の時に聞いたんだが、メンデス・ヌニェスも魔族じゃないんだってな」
「えっ・・・それは誠か?妾は、彼奴はイヴィルプラントか何かじゃと思っておったんじゃがな」
「やっぱりお前は知らなかったか・・・何でも、高位の魔族の血を吸って育ったトレントらしい。
俺が言えた立場じゃないが、お前ももう少し勉強した方が良いんじゃないか?」
「そうじゃな・・・妾はお主と違って暇じゃし、これからはアルトリウスやペインから色々と聞いてみるとしよう。
して、皆はこれからどうするんじゃ?風呂と夕飯かのう?」
リリスに尋ねられ、清宏はヴァルカン達を振り返る。
ヴァルカン達がそれに頷くと、清宏は改めてリリスを見た。
「お前は少し休めたか?」
「ん?まぁ、妾は何もしておらんかったからのう・・・魔力も8割位までなら回復しておるぞ?」
「そうか・・・なら、夕飯の後にまた装置を使って召喚をしてくれないか?
正直、明日でも良いかなとは思ったんだが、属性を制限が出来たとしても、どんな奴が来るかは分からないだろ?なら、城の周辺に誰も居ない夜の方が都合が良いと思ってな」
清宏が申し訳なさそうに伝えると、リリスはしばらく考えてゆっくりと頷いた。
リリス自身も、朝からペインの様な厄介な者が召喚される可能性を心配するより、夜のうちに済ませたいと思ったのだろう。
清宏は、リリスが了承したのを見てホッと胸を撫で下ろした。
「まぁ、何かヤバいのが来ても大丈夫だとは思うんだがな・・・だって、今は魔王が3人、覇竜、真祖の吸血鬼が揃い踏みだしな!」
「貴様は何を言っているんだ・・・この城で一番敵に回してはならんのは貴様ではないのか?」
ヴァルカンは清宏の言葉に呆れ、苦笑している。
その場に居た者達も皆、ヴァルカンに賛同してしきりに頷いた。
「そこは敢えてノーコメントで・・・さて、それじゃあ風呂と晩飯を済ませますかね?」
そして、清宏の言葉と共に皆が揃って風呂に入ると、その後の夕飯も滞りなく済ませて自由時間を迎えた・・・今日はこれから自由時間を使って召喚をするため、清宏とヴァルカン達は酒は自重している。
拡張された広間の隅では、アルトリウスがいつも通りローエン達に稽古を付けているが、気になるのかチラチラと玉座の前にいる清宏達を見ている。
他の者達も邪魔をしないように過ごしているようだが、アルトリウス同様気になるようで、やはり時折清宏達を見ては何やら話しているようだ。
清宏達はそれに気付いてはいたが、敢えて無視して召喚の準備をしている。
「さてと、まずはどの属性から試すか・・・」
「お主は何の属性の奴が欲しいんじゃ?」
リリスが尋ねると、清宏は腕を組んで考え込む。
「うーん・・・今回はちゃんと完成してるか確認する為ってのもあるから、最初に言った通り俺としては火と雷以外かな?」
「となると、5体は召喚せねばならんのか・・・なかなかに重労働じゃなぁ。
まぁ、妾は明日も予定は無いし構わんがの」
「まぁ、疲れたらヒロポン飲んで少しだけ回復してくれ・・・さて、それじゃあ水から行きますか」
清宏は苦笑しながら装置に水属性の魔召石をはめ込み、リリスに渡す。
リリスは受け取った装置に普通の魔召石を入れると、床に置いて儀式を開始する・・・すると装置が起動してすぐに、清宏達の目の前に巨大な細長い物体が現れた。
その物体は、ビタンビタンと床の大理石を砕きながらのたうち回って何か叫んでいる・・・。
「何これ、陸!?何で!?ちょっ、待って待って鱗が乾くっ!!」
「何じゃあこりゃああああ!?」
のたうち回っている物体を見て、清宏が叫んだ。
他の者達は、訳がわからず目が点になっているようだ。
その物体は清宏の叫びを聞いて振り向くと、涙を流して頭を下げた。
「そこの人、水!水ちょうだい!!」
「まずは小さくなれんのか!?」
「なれる!なれるから早く水をっ・・・!!」
その物体は急いで身体を人型に変えたが、まだ床で悶えている。
清宏も床に穴を開けて湖の水を汲み上げると、そいつを抱えて穴の中に投げ込んだ。
「はぁ・・・死ぬかと思ったわ」
「おう、すまんかったな・・・で、お前は一体何者だ?」
清宏は穴の前にしゃがみ込むと、様子を見て尋ねた。
先程まで細長く巨大だった何者かは人型になり、今は安堵して気持ち良さそうに水の中を泳いでいる・・・それは青い髪、青い目、白い肌を持つ可憐な乙女の姿をしていた。
「私はシーサーペントのコーラル・・・ありがとう、助かったわ。
で、何で私が陸にいるのか説明してもらえないかしら?」
清宏は自己紹介を聞き、リリスを振り返る。
だが、リリスはまだ状況が理解出来ず、ヴァルカン達は呆れているのか肩をすくめて項垂れているようだ・・・ヴァルカン達の反応を見ると、どうやらアタリを引いたようだ。
それを見てため息をついた清宏は、コーラルに向き直ると頭を下げた。
「俺は清宏、お前はあそこでアワアワ言ってるチビの魔王に召喚されたんだ・・・まぁ、急な事で迷惑を掛けちまったが、これからよろしく頼む」
「えっ・・・召喚!?じゃあ、私は海に戻れないって事!?」
「まぁ、そうなるな」
「マジですか・・・と言う事は、私の深海でひっそりと静かに過ごすって計画は!?」
「残念だが無理だな」
「鬱だ・・・死のう・・・」
「いや、死ねんからね君?」
清宏の言葉が追い打ちになり、コーラルは底に沈んで出てこなくなった・・・どうやら、かなり面倒臭い性格のようだ。
「おい、誰か解説頼む・・・」
コーラルが出てくるのをしばらく待っていた清宏が諦めて立ち上がり、誰となく尋ねる・・・すると項垂れていたアルコーが、乾いた笑いを浮かべながら顔を上げた。
「アタリもアタリ、大アタリよぉ・・・本当、嫌になってくるわぁ。
あのねぇ、シーサーペントは水属性の中ではクラーケンに並ぶ最上位種なのよぉ・・・ただ、クラーケンと唯一違うのはぁ、氷狼みたいに極稀に進化してリヴァイアサンって言う王になる事ねぇ。
まぁ、リヴァイアサンが最後に現れたのはかれこれ3000年は昔だけどぉ、奴が現れた所が私の城の近くでぇ、かなり大変だったわぁ・・・」
アルコーはそこまで言うと、明後日の方向を見て虚ろな表情を浮かべた。
すると、それを見たヴァルカンは深いため息をついて苦笑した。
「こいつの城はリヴァイアサンの起こした津波にやられてな、召喚した配下以外全滅した上に、それまで造った魔道具も揃えた素材も悉く全て失ったのだ・・・かく言う俺も、アルコーに強請られて素材を持って行かれるわと散々で、良い思い出は一つも無い相手だ」
「それは・・・なんと言うか、ご愁傷様です」
「あぁ・・・」
微妙な空気が流れ始めたため、清宏は無理矢理笑顔を作って手を叩いた。
「それで、シーサーペントって竜の仲間なんですかね?やっぱり蛇なんですか?」
「それは・・・どうなんだ?」
ヴァルカンは答えに困り、隣にいたペインに話を振る。
「む・・・そこで我輩に聞くのであるか?
まぁ、正直微妙なところであるがなぁ・・・どちらかと言うと蛇であるな。
シーサーペントと似た竜種では水竜も居るのであるが、あれとは違うところが多いのであるよ。
水竜は群れをなして海を渡って生活するのであるが、シーサーペントは単独での行動を好み、縄張りから動く事は稀なのである。
近い種族ではあるとは思うのであるが、少なくとも我輩は竜種ではないと思うのである・・・」
「まぁ、見た目からして似てるからなぁ・・・取り敢えず、竜か蛇かはあの引き篭もりが出て来てからにしよう」
清宏はそう言って装置を組み立て直すと、土の魔召石をはめ込み、いまだにアワアワと言っているリリスの後頭部を叩いた。
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