第162話 実験③
土属性の魔召石の実験により被害が出た為、清宏はリリスと相談し、大事をとって今日は臨時休業をする事にした。
手分けして修復したとは言え、見えない部分に深刻なダメージがあった場合、侵入者達を巻き込んでしまう可能性があったからだ。
まぁ、それ以前に実験がまだ途中であり、これからさらに被害が出てしまう事も考慮した結果だ。
清宏は、怪我をしたローエンとシスの様子を確認し、リリス達の元に戻って来た。
「2人は大丈夫じゃったか?」
「あぁ、2人共冒険者だからスキルでカバー出来たみたいだ・・・それに、俺が与えた防具とポーションもあったからな」
「そうか、ならば一安心じゃな!
まだ実験が残っておるゆえ、他の者達にも気を抜かぬように伝えておかねばならんな・・・」
「それに関してはアルトリウスに頼んで来た。
念の為、残りの属性に耐性を付与した防具や魔道具を持たせるように言ってある」
心配そうにしていたリリスは、清宏の報告を受けて安堵している。
清宏も指示を受ける前に行動し、皆の安全を確保したようだ。
残るは氷・風・雷・火の4属性だ・・・正直、土属性で地震が起こったため、この4種類に関しては何が起こるか予想すら出来ない。
「さてアルコー様、準備は良いですか?」
「正直、NO!と言いたい気分だわぁ・・・」
先程の地震の影響か、アルコーはかなり嫌そうにしているが、清宏は構わず実験室に魔召石を設置して戻って来た。
アルコーは唾を飲んで決心すると、魔力を送った・・・だが、水晶盤に映る魔召石は砕けたものの、目に見える変化が起こらない。
「あれ?何も起こらないですね・・・」
「失敗したのであるか?」
「それは無いのではないか・・・ん?何か飛んでないか?」
皆は訳が分からず首を捻っていたが、ヴァルカンが何かが空中を舞っているのに気付いた。
それは、実験室のある方向から徐々に広がって来ているようだ。
「寒っ!めちゃくちゃ寒いわよぉ!?」
「えっ・・・まさか、これってダイヤモンドダスト!?アルコー様、早く逃げてください!!」
清宏が慌ててアルコーを呼んだと同時に、実験室のある壁が凍りつき、凄まじい速さで逃げるアルコーを追って来る。
身の危険を感じた清宏達も慌てて離れようとしたが、1人だけ動かない者が居た・・・ペインだ。
「何してんだ馬鹿!早く逃げないと巻き込まれるぞ!?」
「寒すぎて眠くなってしまったのである・・・動きたくても動けな・・・スヤァ」
「ちょっと、何で貴女がこんなとこに立ってるのぉ!?」
背後を見ながら逃げていたアルコーは、立ったまま冬眠してしまったペインにぶつかり、盛大にコケた・・・そして、2人揃って仲良く巻き込まれる。
「さささささ寒いわぁぁぁ・・・服がこここ凍っちゃったわぁ」
「うちの馬鹿がご迷惑を・・・」
広間の中央付近まで来てやっと効果が切れたため、清宏はゆっくりと2人に近づいて様子を見た。
2人は服が凍りつき、身動きを取るたびに凍った服が音を立てて崩れ、最終的に全裸になってしまった。
ペインは完全に寝てしまったらしく、身動き一つしないようだ。
「トカゲかこの馬鹿は・・・それにしても、服が完全に凍る温度でも大丈夫とか、アルコー様は流石魔王ですね」
「清ちゃぁん、抱き締めて温めてくれても良いのよぉ?」
「俺が風邪ひくので、風呂に入って来て下さい」
「ハックシュン!心まで寒くなる対応ねぇ・・・じゃあ、行ってくるわぁ」
アルコーはくしゃみをし、全裸で鼻水を垂らしながら風呂場に向かう・・・もちろんペインは放置している。
見かねたリリスがペインを揺さぶるが、やはり効果は無いようだ。
「地味に怖かったのじゃ・・・恐らく、数十年前のフェンリルの猛威はあれ以上だったんじゃろうなぁ」
「あの時は国一つが氷漬けだったからな・・・比べるのは失礼というものだろう。
恐らく、フェンリル相手では我等魔王とて死にはせずとも勝てはせん・・・唯一例外を挙げるとすれば、ガングートくらいなものだろう」
リリスが身震いして呟くと、それを聞いたヴァルカンが苦笑しながら答える。
奇しくも、以前オライオンが語っていた内容が事実である事を、魔王の口から証明される事になってしまった。
清宏は寝ているペインを足で押し退けると、恐る恐る実験室に入って行く。
「うわぁ冷えてんなぁ・・・って痛っ!?」
「どうしたんじゃ!?」
「滑ってコケた・・・」
凍りついた床で腰を強打した清宏は、涙目で立ち上がって風属性の魔召石を床に置く。
心配したリリスは安堵すると、清宏の腰をさすった。
「大丈夫じゃったか?」
「すまん、油断してたわ・・・ではヴァルカン様、次に行きましょう」
「あぁ、気を引き締めていこう」
ヴァルカンは、リリスに支えられて戻って来た清宏に頷くと、慎重に魔力を送る・・・魔召石が砕け、実験室内の壁や床が軋み出した。
「ヴァルカン様早く戻って来て下さい!こっちもなんかヤバそうです!!」
「またか!本当に厄介な代物だな!?」
清宏にヴァルカンは急いで水晶盤まで戻り、すぐに様子を見る・・・そこには、風に巻き上げられた壁や床の素材が室内で暴れ回る姿が映し出されていた。
「このまま落ち着いてくれたら助かるんじゃがな・・・」
「どうだろうな、勢いがどんどん増してる気がするんだが・・・」
「いや、増しているぞ!壁は厚くしたか!?」
「こ、これで最大です・・・」
清宏が冷や汗を流して答えたと同時に、実験室のある壁からミシミシと軋むような嫌な音が聞こえて来た。
「お前達、そこから動くなよ!」
清宏が怒鳴り仲間達の前に防御用の壁を造ると、実験室の壁が弾ける様に飛び散り、暴風が吹き荒れた。
「なんちゅう風だよ!風速どのくらいだ!?」
「喋っている暇があれば掴まれ!」
清宏が叫んでいると、首にリリスを巻き付けたヴァルカンが手を伸ばす。
清宏が何とかその手を掴むと、目の前を何かが通り過ぎていった・・・またもやペインだ。
吹き飛ばされたペインは、そのまま反対側の壁に叩きつけられたが、まだ寝ているのかピクリともしない。
壁が吹き飛ばされて10秒程が経過すると、徐々に風が弱まり、何とか立てるくらいに落ち着いた・・・皆は安堵し、その場にへたり込む。
「ヴァルカン様・・・破壊力なら、今のところダントツじゃなかったですか?」
「あぁ、あれはヤバかったな・・・リリスは無事か?」
「助かったのじゃ・・・」
3人は埃にまみれながらため息をつき、実験室の惨状を見て項垂れた・・・せっかく造り上げた特別製の部屋は、無残な姿になっている。
「ヴァルカン様、造り直すの手伝ってくれません?」
「あぁ・・・正直もう辞めたくなって来たが、仕方ないだろう」
清宏とヴァルカンはアルコーが風呂から出て来るのを待ち、実験室を作り直す。
風呂に入っていたアルコーは広間に戻って来た途端、その惨状を見て爆笑していたが、清宏達に睨まれて大人しくなり、黙って修復作業を手伝った。
「さあ、残り2つ・・・めちゃくちゃ怖いのが残っております!では参りましょう!!」
清宏は、修復したばかりの実験室に雷属性の魔召石を置くと、無理矢理テンションを上げて戻って来た・・・そうでもしないとやっていられないのだろう。
ヴァルカンは嫌々ながら頷くと、魔力を送り始めた・・・リリスとアルコーは、念の為距離を取って離れて様子を見ているようだ。
そして、魔召石が砕けた瞬間、実験室の近くに居たヴァルカンと、水晶盤の前に居た清宏がその場に倒れた。
「何じゃ!?どうしたんじゃ一体!!」
「分からないわよぉ!」
リリスとアルコーが慌てて2人に近寄って抱き上げると、2人は泡を吹いて気絶していた。
「これはヤバいぞ!早くポーションを飲ませるんじゃ!!」
「清ちゃんは頼むわねぇ、私はヴァルカンに飲ませるわぁ!」
リリス達は手分けして2人にポーションを飲ませようとしたが、清宏には飲む力すら残っていないようだ。
リリスはそれを見て涙目になったが、ポーションを自らの口に含み、無理矢理清宏の口に流し込んだ・・・ゆっくりとだが、ポーションが清宏の喉を流れていく。
「ぐっ・・・身体中が痛え・・・」
「気が付いたか!本当に良かったのじゃ・・・心配させるでない!」
清宏が意識を取り戻し、リリスは涙を流して抱き着いた。
驚いた清宏は、申し訳なさそうに苦笑すると、泣きじゃくるリリスの背中を撫でて宥めている。
「すまなかった・・・お前達までは届かなかったんだな」
「グスッ・・・一体何が起きたんじゃ?」
「実験室が光った瞬間、雷に打たれたんだよ・・・多分、側撃雷ってやつだ」
側撃雷とは雷撃の種類の一つで、直撃雷の周囲で起こる放電だ。
雷の主放電路から分かれた放電路による場合と、樹木などに落雷し、付近の人や物に再放電する場合があり、雷のときに高い樹木の下にいると、側撃雷の被害にあうおそれがあり非常に危険だ。
今回清宏が助かったのは、リリスに召喚されて死なない身体になっていた事と、処置が早かった事、そして何より運が良かったのが大きいだろう。
清宏が何とか立ち上がると、アルコーに診てもらっていたヴァルカンが近付いて来た。
「本格的に嫌になって来たんだが、まだ続けるのか?」
「ヴァルカン様もご無事でなによりです・・・ラス1頑張りましょう。
こうなったら、意地でもやりきりますよ!!」
清宏はフラフラとした足取りでペインに近づいて担ぎ上げると、実験室に入って行った。
リリス達が水晶盤て様子を見ると、清宏は火属性の魔召石とペインを床に置き、更に他にもいくつか置いて戻って来た。
「何をする気じゃ?」
「ペインは寒くて寝てんだろ?なら、熱くすりゃ起きるだろ・・・まぁ、ぶっちゃけ八つ当たりだ。
他のは、室内の温度の目安になればと思って置いて来た。
一応置いて来たのは、鉛・鉄・銅・銀・金・ミスリル・オリハルコンだな」
「ペインは死なんよな?」
「お前が生きてりゃ死なねーだろ」
清宏は水晶盤の前に座ると、ヴァルカンを見た。
「ヴァルカン様、お願いします・・・」
「あ、あぁ・・・」
ヴァルカンは、目が血走っている清宏に若干引きながら頷くと、魔力を送り始める・・・すると、室内ではすぐに反応があった。
まず、真っ先に鉛が溶けて液状になり、次に銀、金、銅、鉄の順に融解していく・・・ミスリルとオリハルコンは流石というべきか、全く変化が見られない。
そして、鉄が沸点を迎えた途端、ペインがむくりと起きるのが水晶盤に映し出された。
鉄の沸点は、金・銀・銅・鉛の中では一番高く、2863℃だ・・・そんな中であっても、ペインは寝ぼけて目をこすっている。
「すげーなあいつ・・・鉄が蒸発し始めてるのにまだ気付いてないぞ」
「ねぇ清ちゃん・・・なんか熱くないかしらぁ?」
清宏が呆れていると、ビッチーズのドレスを借りていたアルコーが胸元を開けて手で扇いだ。
「き、清宏・・・ヤバいなんてものじゃないぞこれは・・・」
「どうかしまし・・・って、壁が溶けてるーーーー!?」
ヴァルカンの泣きそうな声を聞いて振り返った清宏は、一瞬固まったかと思うと慌てて逃げ出した。
特別製の壁は、ミスリルを残してマグマのように溶け出し、広間の床を流れてくる。
「ヴァルカン様、何してんですか!?早く逃げてくださいよ!!」
「あ、あぁ!そうだな!!」
「あ痛っ!き・・・清宏、妾を置いて行かんでくれー!!」
「こんな時にコケんなよ!ほら、急ぐぞ!!」
「本当、散々な実験だったわねぇ・・・」
清宏は放心状態のヴァルカンを呼び、コケたリリスを回収して広間の奥に避難する。
いち早く逃げていたアルコーは、憔悴仕切った表情でボソリと呟いた。
その後、魔召石の効果が切れた時には広間の半分以上が焼け落ち、溶けて原型をとどめていない実験室の中からは、欠伸をしながらペインが出てきて二度寝をし始めた。
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