第157話 レイスの魔道具

 皆が寝静まった深夜、今日も今日とて玉座の奥から光の漏れる部屋が一室・・・清宏の工房だ。

 引き戸の隙間からは、ご機嫌な清宏の口ずさむ歌が聞こえてくる。


 「サティスファクション ゴリラゴリラゴリラ

 燃えるアクション ゴリラゴリラゴリラ

 スラングル・・・」


 「何を奇妙な歌を歌っているんだ清宏・・・」


 「うひゃあ!?」


 背後から声を掛けられて驚いた清宏は、手に持っていた万年筆を落として飛び上がり、工房の入り口を振り返る。

 入り口の扉は10cm程開いており、隙間からら右半分だけ顔を覗かせたヴァルカンが困惑した表情で清宏を見ていた。


 「ヴァルカン様、いつからそこに!?」


 「いや、つい今しがただが・・・貴様がゴリラと連呼していた辺りからだったか」


 「恥ずか死ぬぅぅぅぅぅ!!」


 目を逸らしながら気まずそうに答えたヴァルカンを見て、清宏は頭を抱えて悶えた。

 工房中央の机で設計図を書いていた清宏は、床を転がり、自分がいつも使っている作業台に脛をぶつける。


 『あいたぁ!?』


 工房内に、清宏と女性の声が響いた。

 清宏は痛みを堪えて立ち上がり、中に入ってきたヴァルカンと共に作業台の下を覗き込む・・・そこには、頭を抱えたアルコーが蹲っていた。


 「何してんすか・・・」


 「はぁい、清ちゃん・・・元気ぃ?」


 「まさか、また夜這いですか?」


 「ち、違うわよぉ・・・聞きたい事があって、忍び込んでただけよぉ」


 作業台の下から這い出て来たアルコーは、清宏とヴァルカンに睨まれ、冷や汗を流しながら目を逸らした。


 「アルコー様、いつから居たんですか?」


 「清ちゃんがトイレに行った隙に忍び込んで隠れてたんだけどぉ、真ん中の机とは思ってなかったから出るに出られなくてねぇ・・・まさか、1時間以上も変な歌を聴かされるとは思ってなかったわぁ」


 「1時間以上もゴリラか・・・」


 「スラングルばっかじゃねーし!バクシンガーとかブライガーとかダルタニアスだって歌ってたし!

 てか、本当何がしたいんすかアルコー様!!?」


 疲れ果てているアルコーと複雑な表情で見てくるヴァルカンに対して、清宏は恥ずかしさから涙目になって反論し、無理矢理話を逸らす。

 アルコーは本来の目的を思い出したのか、真ん中の机の前に移動して座った。


 「そうそう、レイスちゃんの魔道具についてちょっとねぇ・・・ズバリ、清ちゃんって何者なのかしらぁ?」


 「いや、ただの人間ですよ・・・魔道具について聞きたいなら、レイス呼びます?」


 「そういう事じゃなくてねぇ・・・あ、レイスちゃんはまたで良いわよぉ。

 私はあの後から色々と考えてたんだけどぉ、何故レイスちゃんが話せる様になっているのからが解らないのよぉ・・・」


 「何がだ?」


 アルコーは神妙な表情で清宏を見つめ、ヴァルカンは内容が理解出来ずに首を傾げた。


 「私が考え出した答えとしてはぁ、正直に言ってあれは本来なら限りなく不可能に近い物なのよぉ・・・清ちゃんが造った通信機とは似て非なる物と言ったら良いかしらぁ。

 構造自体は似ているけどぉ、通信機は私達の声を振動に変えて飛ばしているのに対してぇ、レイスちゃんのは胸の魔道具で思いを魔力に変えて、さらにそれを振動として頭部の魔道具で受信して言葉にしているのぉ・・・違うかしらぁ?」


 「ちょっと実物を見ただけで、設計図も無くそこまで解るなんて・・・流石ですね。

 ですが、何故不可能に近いんでしょうか・・・あれを造るのは確かに苦労しましたが、実際に完成してちゃんと動いてますよ?」


 「清ちゃん、言葉を使って会話をするってかなり凄い事なのよぉ?

 ただ声を出すのとは違って、会話は他者との意思疎通が出来るでしょぉ?意思疎通が出来るということはぁ、感情があるって事よねぇ・・・じゃあ、その感情はどこに宿るのかしらぁ?」


 アルコーの問い掛けに、清宏とヴァルカンはその真意に気付いて顔を上げた。


 「・・・魂だ」


 「確かに、あの魔道具はそういう仕様に・・・ん?なら、俺はスキルに対する魔道具が造れるのか?」


 「清ちゃんがスキルに対する魔道具が造れるかは分からないけどぉ、かなり可能性は高いわよぉ。

 さて、それじゃあ話を戻すわよぉ・・・まず、何を持って魂とするかは人によって考え方は違うけどぉ、魂は生きとし生けるもの全ての根幹であると言う事は確かよぉ。

 意思なんて目に見えない物がどこに宿るかと言われたら、魂としか思えないわよねぇ・・・。

 ただ、あの魔道具はスキルに対する物とは根本的に違うところがあるわぁ・・・それは、スキルは後から発現して魂に刻まれる物であるのに対してぇ、意思は産まれながらに持っている物ってところよぉ。

 良いかしらぁ?言わば、意思や感情って言うのは魂そのものと言っても過言じゃないのぉ」


 説明が終わると、黙って聞いていた清宏が挙手をしてアルコーを見た。


 「ですがアルコー様、自身や他人の感情なんかを操る魔道具と何が違うんですか?感情が魂そのものであるなら、そのタイプの魔道具自体が有り得ないでしょう?

 まぁ、確かにレイスの魔道具は、生前の性別に沿って声が出せたりと特別な仕様ではありますけど・・・」


 「あのタイプはねぇ、今ある感情を操る物なのよぉ・・・所詮は喜怒哀楽を増幅するだけねぇ。

 でもレイスちゃんの魔道具はぁ、本来では話せないはずのレイスちゃんの意思を振動に変換して話すことを可能にしているのよぉ。

 大袈裟に言えばぁ、魂そのものを変換していると言っても良いわねぇ・・・。

 だからこそ、偶然とは言えそんな物を造れた清ちゃんが何者なのか気になるのよぉ・・・ねぇ清ちゃん、私達に何か隠してないかしらぁ?

 さっきの歌と言い昼間の長い都市の名前とかぁ、長いこと生きてきた私が知らないものばかりだったわよねぇ?何か、わざと情報を小分けにしてるような気がしてならないのよぉ・・・」


 「確かにな・・・正直、それは俺も感じていた。

 まぁ、無理に聞き出そうとは思っていなかったがな・・・誰にでも話したくない事はあるものだ」


 2人に見つめられ、清宏は観念してバンザイをした。


 「アルコー様の仰る通りですよ・・・わざと小分けにしていました。

 元々お2人には話したいと思っていたんですが、内容が内容だけに信じて貰えるか不安だったものですから・・・別に嫌がらせではないですからね?」


 「あらぁ、私達を信用してくれるのぉ?」


 「当然です!会う前はどんなのが来るんだろうと不安でしたが、実際会ってみたら良い人達で肩透かしを食らった気分でしたよ・・・俺は、例えリリス以外の魔王だとしても、貴方達になら知って欲しいと思いました」


 「人間にそう思って貰える事がこんなにも嬉しいと感じる日が来るとはな・・・貴様が今から話す内容は他言無用を固く誓おう」


 2人が頷いたのを見て清宏は嬉しそうに笑うと、自身の境遇について話し始めた。

 自分が異世界からの転移者である事、向こうの技術の応用で製作を行っている事、そして召喚されてから現在に至るまでの事を隠さずに話し、理解を求めた。

 2人は話が終わった後もしばらく沈黙し、ゆっくりと口を開いた。


 「そうか・・・正直、信じがたい内容ではあるが、俺は貴様が嘘を言っているとは思えん。

 向こうの技術や知識を利用しているのであれば、ある程度は貴様の造った物の説明もつく・・・見た事も無い物が多かったからな」


 「そうねぇ、でも私達にとっては嬉しい話よねぇ・・・知らない技術を得る絶好の機会なんだものぉ。

 まぁ、清ちゃんにとっては良い事じゃないけどねぇ・・・家族や友人と離れて辛いでしょぉ?」


 2人が優しく笑いかけると、清宏は困った様に苦笑して首を振った。


 「辛くない訳では無いですが、こっちはこっちで好きですよ。

 だって、こっちに来なければお2人には会えませんでしたし、仲間達とも楽しくやってますから。

 やりたい事や、やらなきゃいけない事もまだまだありますし、寂しがってる暇なんて無いくらいですよ!」


 「あらぁ、嬉しいわねぇ・・・本当、貴方がこの城のダンマスじゃなかったらお持ち帰りしたいくらいよぉ。

 取り敢えず、私達は貴方達が人族との交流を深めることを邪魔はしないと約束するわぁ」


 「あぁ、我等にとっても不利益は無いし問題は無い・・・だが、他の魔王達がどういう反応をするかは正直分からん。

 万全を期すならば、出来れば話を通した方が良いだろう・・・まぁ、それなりの見返りは求められるだろうがな」


 「見返りに関しては、我に秘策有りですよ!」


 清宏は、2人が快諾してくれたのを見てニヤリと笑うと、先程書いていた設計図を見せた。

 

 「清ちゃん、貴方って本当に良い性格してるわねぇ・・・」


 「貴様、我等をとことん利用するつもりだな?」


 「利用出来るものは、例え魔王でも骨の髄まで利用し尽くすのが信条なもので・・・で、どうします?」


 『のった!』


 3人は妖しく笑い、設計図を指差しながらあーでも無いこーでも無いと意見交換を始める。

 こうして、密かに魔王2人の滞在が延びる事が決定した。




 

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