第158話 両親①

 薄暗い広間の中、トイレに行くために起きて来たリリスは、工房から光が漏れているのに気付いて歩み寄った。


 「まったく、清宏はまた徹夜をしとるのか・・・彼奴が故郷に帰りたいのを知っとる手前、あまり口うるさく注意するのは気が引けるんじゃがなぁ」


 リリスはため息をついて工房の扉に手を掛ける。

 普段は何かと休むように言っているリリスだが、夜中に清宏が工房に籠っているのに気付いても、今までは敢えて注意はしていなかった。

 自分が召喚してしまった手前、あからさまに否定したくなかったのだ・・・これも、リリスなりの気遣いなのだろう。

 だが、清宏が我慢している事を皆が知り、負担にならぬよう変わっていこうとしている今、清宏自身が潰れては意味がない。

 リリスはやれやれと首を振ると、扉を掴んでいる手に力を込めて開ける・・・と見せかけて、扉に耳を近づけて聞き耳を立てた。

 工房の中からは、何やら怪しい会話が聞こえてくる・・・。


 「はぁ・・・はぁ・・・清ちゃんダメよぉ、そこはデリケートなところなんだからぁ、もっと優しく・・・ねぇ?」


 「アルコー様・・・これで良いですか?」


 「あんっ!とっても上手よぉ・・・それじゃあ、次のステップに進むわよぉ」


 (あの2人は何をしとるんじゃ!?まさかアレか!ギシギシアンアン言っとるのか!?)


 リリスは工房から聞こえてくる2人の会話に、目を白黒させながら慌てている・・・すぐに踏み込まずに悩んでいるところがリリスらしい。

 だが、そうこうしている間にも、2人は更に先へと進もうとしている。


 「アルコー様、ではいきますよ・・・」


 「良いわよぉ!」


 「ちょーつと待ったーーーい!!何をしとるんじゃお主達は!!・・・って、本当に何をしとるんじゃ?」


 2人の関係が進展する寸前、リリスは訳の分からない叫びを上げながら扉を開けたが、机の前で作業中の2人を見て首を傾げた。


 「何だ、リリスかよ・・・驚かせんなよな。

 まだ皆んな寝てんだし、静かにしろよな」


 「はぁい、リリス!お早いお目覚めねぇ?」


 「いや、何と言うかのう・・・妾はトイレに行った帰りじゃよ。

 して、お主達は何をしとったんじゃ?そこで寝とるのはヴァルカンか?」


 リリスは、普段通りの2人に呆気にとられながら工房内を見渡し、床に大の字で寝ているヴァルカンを指差した。


 「俺達は魔道具製作の最中だよ・・・ヴァルカン様は力尽きて寝ちまったけどな。

 今は、俺とアルコー様で仕上げの真っ最中だ」


 「清ちゃんて凄いのよぉ!教えた事をどんどん吸収しちゃうから、今じゃ殆どの作業を1人で出来るものぉ・・・これじゃあ、私達が抜かれるのも時間の問題ねぇ」


 リリスは自分の早とちりだった事を知り、安堵のため息をついて2人の近くに腰を下ろした・・・驚き過ぎて眠れなくなってしまったのだろう。

 清宏は察したのか、作業を中断してお茶の用意をする。


 「ほれ、何を勘違いしていたのかは聞かないでおいてやるから、飲んだら部屋に戻って寝ろ」


 「むぅ、助かるのじゃ・・・して、何の魔道具を造っておったんじゃ?」


 「狙った属性の配下を召喚出来る魔道具だな」


 「何と、まさか造れるのか!?」


 リリスが驚いて声を荒げたのを見て、清宏は急いでリリスの口を塞ぎ、ヴァルカンを指差した。

 ヴァルカンは、先程まで清宏に指導しながら土台作りに専念していたため、流石に疲れて死んだように眠っている。

 ヴァルカンが寝返りをうつのを見守っていた3人は、起きなかったのを確認して安堵した。


 「すまなかったのじゃ・・・それよりどういう事なんじゃ、昨日造った属性付きの魔召石では召喚出来んのか?」


 「無理だな・・・ですよね、アルコー様?」


 「えぇ、私も無理だと思うわぁ。

 あの魔召石は安定はしているけどぉ、無理矢理属性を付与しているからねぇ・・・もしあれで召喚したとしたらぁ、恐らく暴走して手に負えなくなるわよぉ」


 「むぅ・・・普通の魔召石は、我等魔王の魔力を使って召喚する為に容量に多少の余裕があるが、確かに属性付きの場合では、その余裕が無くなっているのかもしれんなぁ。

 もし何かしら事故でも起きた日には、相当な被害が出る可能性もある・・・清宏よ、暇を見て全ての属性付き魔召石による暴走実験をしておいた方が良いかもしれんぞ?」


 リリスはアルコーの話を聞いて真面目な表情で頷き、清宏に指示を出した。

 清宏も同じ考えだったらしく、満足気に頷いている。


 「どのような被害が出るか分からんのが余計に不安じゃが、やっておくに越した事は無いじゃろ。

 して、先程言っておった魔道具はどうじゃ・・・完成しそうかの?」


 「一応、アルコー様達と話し合ってから造ったから、大丈夫だとは思うよ・・・まぁ、仕様で色々と揉めたけど、今造っているのは召喚の時に目当ての属性以外が干渉出来ない仕組みにしてみたんだ。

 属性付き魔召石の時には作成時に属性ごと圧縮したけど、召喚の時に使う魔召石は無属性だから、そこに無理矢理属性を圧縮すると暴走するかもしれないって考えてさ・・・だから、魔道具自体を目当ての属性で覆う事で他の属性の干渉を防ぎ、中の魔召石で召喚する仕組みにしてみたんだ・・・」


 清宏はほぼ完成している魔道具をリリスに差し出して説明をする。

 魔道具の外観は正六面体の箱型で、それぞれの面には属性付き魔召石をはめ込む為の窪みがある。

 リリスは受け取った魔道具をマジマジと見ていたが、手を滑らせて落としてしまった・・・正六面体だった魔道具は、落ちた衝撃で展開図の様にばらけてしまっている。

 怒った清宏に殴られると思ったリリスは、慌てて頭をガードした。


 「何構えてんだよ、それはそうなる仕組みだから怒らねーよ・・・」


 「また怒られるのかと思ったのじゃ・・・出来れば言っておいてはくれんかの?」


 「説明する前に落としたのはお前だ」


 「すまんのじゃ・・・して、何故このような仕様にしたんじゃ?ばらけてしまっては、隙間が出来んかのう?」


 リリスが額の汗を拭って尋ねると、落ちた魔道具を拾ったアルコーが人差し指を立てて笑った。


 「それわねぇ、召喚した時に箱が潰されて壊れるのを避ける為よぉ!

 召喚されたのが、やたらと大きかったり重かった場合、箱のままだと潰されちゃうわよねぇ?

 でも、召喚と同時に箱がばらけてしまえばぁ、こうやって薄くなるから大丈夫なのよぉ!箱の素材はオリハルコンだからぁ、例え巨人や竜が踏んだって絶対に曲がったり折れたりなんかはしないわよぉ!」


 アルコーは得意気に笑うと、箱を組み立てなおして頬擦りをしている。

 魔召石用の物とは違い、今回の魔道具は総オリハルコン製だ・・・他属性を拒むだけの簡単な仕様の為、強度を重視したのだ。

 ただ、隙間が出来ては意味が無いため、召喚時に魔力を感知すると密閉する仕組みになっている。

 オリハルコンの加工は他の金属に比べて非常に困難なため、仕様に耐えられる物を鍛え上げたヴァルカンは力尽きてしまったのだ。

 リリスはそんなヴァルカンの苦労を思い、近くにあった毛布をかけて座り直した。


 「まさか、お主達は夜中にそんな物を造っておるとはなぁ・・・休むということを知らんのか?」


 「思い立ったら即行動しなきゃ忘れるだろ?特に、物を造るなら突然の閃きは大事にしないとな!」


 「三度のご飯より、思いつきと行動が大事なのよねぇ・・・何度後回しにして後悔したことかぁ」


 清宏とアルコーは頷き合いながら苦笑している。

 それを見たリリスは、呆れてため息をついた。


 「何事もほどほどにの・・・それで身体を壊したら意味が無いじゃろ?」


 「はいはい・・・ハンセイシテマース」


 「まったく反省しとらんな・・・まぁ良いわい!くれぐれも気をつけるんじゃぞ!?」


 リリスは清宏に釘を刺すと、アルコーを見た。

 アルコーは首を傾げて見つめ返している。


 「アルコーよ、お主に聞きたい事があるんじゃが良いか?」


 「あらぁ、何かしらぁ?」


 「そのな・・・妾の父上の事なんじゃがな?

 清宏が使っておる魔道具は、お主が造ったと言っておったじゃろ?何故父上はあんな魔道具を欲したんじゃ?」


 リリスが恥ずかしそうに俯くと、アルコーは可笑しそうに笑った。


 「あれはねぇ、貴女のお母様・・・ヴィクトリアスのためよぉ。

 あの男はねぇ、貴女を身篭っている間に浮気しないようにって頼んできたのぉ。

 本当に律儀な男よねぇ・・・まさか、出来たばかりの魔道具の性能を確認する間もなく掻っ払って行くとは思いもしなかったけどねぇ」


 アルコーは、リリスの頭を優しく撫でながら懐かしそうに笑っている。

 リリスも自分の知らなかった父の話を聞いて嬉しそうだ。

 2人の会話を聞いていた清宏は、少し戸惑いながらも遠慮がちに手を挙げた。


 「なぁ・・・そういえば、俺ってお前の親父の名前すら知らないんだけど?てか、両親の話を聞いた事が無い」


 「何と!そうじゃったかの・・・いや、そういえば確かに話した記憶が無いのう。

 では、改めて父上の名を教えよう・・・父上の名は、ヴァンガードじゃ。

 父上は、母上と結婚する前はかなりヤンチャじゃったと聞いておるが、妾の前では落ち着いた印象しかないからのう・・・妾も昔についてはあまり詳しくは知らんのじゃ」


 「へぇ・・・なんか、正直お前が気にするだろうって思って聞くに聞けなかったんだよな。

 両親の話をする時に寂しそうだったしな・・・まぁ、お前が分かる範囲で話せる事があったら、また教えてくれ」


 清宏が、珍しくリリスに対して申し訳なさそうに頭を下げると、それを見ていたアルコーが苦笑した。


 「清ちゃんってさぁ、何だかんだ言ってもリリスの事を気にかけてるわよねぇ・・・本当、貴方達って良いコンビよぉ。

 魔王と副官の仲が悪いと、他の子達が大変だからねぇ」


 「本当にそうかのう?常に怒られている感じしかせんのじゃが・・・」


 「お前が馬鹿な事をしなけりゃ、俺も怒らなくて済むんだが?」


 「すまんのじゃ・・・して、お主達の親はどんな感じだったんじゃ?

 何か、お主達の両親にも非常に興味がある・・・何をやったらお主達みたいに育つのかとかのう」


 まったく反省していないリリスがニヤリと笑って尋ねると、清宏は拳を握った。


 「喧嘩か?喧嘩売ってんのか?」


 「い、いやじゃなぁ・・・冗談じゃよ冗談!単純に、お主達がどのように育てられたか気になったんじゃ!!」


 リリスは慌てて距離を取り、ブンブンと首を振って改めて尋ねた。

 清宏は拳を収めると、アルコーと2人で天井を見上げて両親について思いを馳せた。


 

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