第156話 マーサへのプレゼント
アルコーと清宏が魔道具の仕上げに入り、最初の無骨な外観は見る影もなくなっている。
彫金に関しては清宏に一任され、花や果物をモチーフに、ボルネオタイプのトライバルなデザインで仕上げた。
アルコーとヴァルカンは見た事の無いデザインに興味が湧いたらしく、しきりに清宏に尋ねては邪魔をしていたが、清宏自身も特に気にしてはおらず、快く説明しながら楽しそうに作業をしていた。
そして、目の細かいヤスリで表面を滑らかにしていた清宏は、全体のチェックをして満足気に頷く。
「これで良いかな?どうでしょうか・・・」
「ちょっとだけ時間は掛かったけどぉ、丁寧な仕事で良いと思うわよぉ!トライバルって言うデザインも、珍しいけど意味や背景を考えるとエルフっていう種族にマッチしてると思うしねぇ!」
「そうだな・・・どれも素晴らしかったが、俺は特にポリネシアン・マオリというデザインが気に入った。
武具は、装飾するとなれば宝石であったりとやたら豪華に仕上げる職人もいるが、俺は武具に装飾など必要無いと考えていた・・・性能さえ良ければ問題無いと思っていたんだ。
だが、この様にただ彫るだけでも印象がこれ程変わるとは思ってもいなかった。
ただ付け加えるのではなく、逆に彫って削る事で価値を上げる・・・俺も今後は取り入れていこう」
2人はブレスレットを手に取って絶賛している。
ヴァルカンの言うように、武具とは性能が第一という考えは間違っていないのだが、実際に高値で取引されている刀剣類の中には、儀礼や儀式用であるチンクエデアや、ヒロイッククレイモアなど美麗な装飾が施されている物が多い。
ただ、美麗な装飾が無いからと言って必ずしも安いと言う訳ではない・・・その代表格が日本刀だ。
対象を叩き斬る西洋の剣とは違い、日本刀は引き斬る事に特化しており、独特の製法や反りのある刀身の美しさから、海外でもかなり高い評価を得ている。
ただ、チンクエデアやヒロイッククレイモアとは違い、日本刀の見た目は地味と思われる事がある・・・西洋の剣のような美麗な装飾があれば素人目にも価値がわかりやすいのだが、日本刀にも金属や宝石を使った拵えはあるが、基本的には素材や歴史的価値が重要視される事が多く、素人目にはわからないのだ。
現存している拵えとしては、平安時代に造られた『黒漆太刀拵え』という坂上田村麻呂作とされており、美術的な拵えに漆を塗っただけと言うシンプルな物と、鎌倉時代に造られた『兵庫鎖太刀拵』と言う銅の鞘に金メッキを施し、帯取に鎖を使用した豪奢な物だ・・・この2つは対象的ではあるものの、どちらも国の重要文化財に指定されている。
西洋の剣とは違い、目に見えない価値こそが日本刀の魅力なのではないだろうか。
清宏は2人が子供の様に目を輝かせているのを見て笑い、窓から夕陽が差し込んでいるのに気付いて立ち上がった。
「そろそろ風呂と夕飯の時間ですし、ちょっと時間を貰ってマーサにプレゼントしませんか?」
「そうねぇ!多分、効果が出るまでは時間が掛かると思うからぁ、早く渡して様子を見た方が良いわねぇ!」
「あぁ・・・心が読めなくなっている事に気付くかが問題だがな。
まぁ、効果があるかどうか解るまでは時間が掛かるだろう」
苦笑してつぶやかヴァルカンを見て、アルコーが頬を膨らませる。
「何で貴方はそんなにネガティヴなのぉ?たまには良い方に考えなさいよねぇ!」
「何事も疑ってかかるのは大切だろう・・・その方が、失敗してからの立ち直りも早いからな」
2人が仲良く喧嘩をしているのを放置し、清宏は工房を出てラフタリアとマーサを呼んだ。
清宏が居ない事に気付いたヴァルカン達は、慌てて走ってくる・・・見逃したくないのだろう。
清宏はラフタリア達が来たのを見て、マーサの前にしゃがんだ。
「取り敢えず完成したから渡しとく。
効果があるかは分からないし、それがいつになるかも定かじゃないが、装飾以外はヴァルカン様とアルコー様がやってくれたから心配は無いと思う・・・まぁ、何かあったら教えてくれ」
「ありがとうなのよー」
清宏にブレスレットを着けて貰い、マーサはくるくると回って笑いながらお礼を言っている。
それを見ていたラフタリアも、涙を浮かべて頭を下げた。
「さっきも言ったが、効果が出るまで分からないんだから、礼にはまだ早いだろ・・・まぁ、アルコー様は自信満々だから大丈夫だとは思うけどな」
「例え無理だったとしても構わないわよ・・・だって、母様の為に造ってくれたんだもの。
清宏・・・ヴァルカン様とアルコー様もありがとうございました」
「構わんさ・・・弓を見せて貰った礼だからな」
「そうよぉ!それでも気になるなら、マーサちゃんが気付いてからちゃんと親孝行してあげなさぁい!」
ラフタリアは2人にもう一度頭を下げ、マーサを連れて風呂場に向かった。
泣いてしまったため、風呂に入って落ち着くつもりなのだろう。
「さてと、俺達もひとっ風呂浴びてスッキリしましょうか?流石に疲れましたよ・・・」
「あっ!じゃあ今日は清ちゃんとヴァルカンと3人で飲みながら入りたいわぁ!他の子達も一緒にどうかしらぁ?」
『ガタッ!!』
アルコーの提案を聞いたローエンとグレンが立ち上がったが、清宏に睨まれて大人しく椅子に座り直す。
「無理ですからね?酒なら飯の時に飲みましょうね」
「別に良いじゃなぁい!タオル巻いてたら問題無いでしょぉ!?」
「チラリズムが目の毒なので駄目です・・・それ以前に、湯船にタオルを巻いて入るのは許さん」
清宏の声が低くなったのを聞いて、アルコーは震えだした・・・ペインがボコボコにされたのを思い出したようだ。
「が・・・我慢するわぁ」
ヴァルカンは、すっかり大人しくなった妹を見て声を殺して笑うと、清宏と2人で風呂場に向かった。
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