第154話 完成

 ヴァルカンの作業は2時間程で終わり、いよいよ清宏の出番がやって来た。

 真球状に加工されたフレームを受け取った清宏の手は、緊張から汗が滲んでいる・・・自分が失敗すれば、手伝ってくれたヴァルカン達の苦労が水泡に帰すからだ。

 緊張している清宏を見て、ヴァルカンは優しく肩を叩いた。


 「失敗は誰にでもある事だ・・・今からそんな状態では、失敗する確率も上がるだろう。

 例え貴様が失敗しても、我等は責めたりはせんから気を楽にして作業をすれば良い・・・なにせ、我等は失敗の数でも貴様の比ではない大先輩なのだからな」


 「そうよぉ、失敗しても造り直せば良いんだから気楽にやりなさぁい!」


 2人に励まされ、清宏は静かに頷いて作業台に向かい、工具を手に取った。

 清宏の作業は、アルコーとアンネ達が用意した魔召石や属性付きの魔石の土台をはめ込むフレームのくぼみに、魔術回路を施す事だ。

 魔召石などには、既に装置に魔力を供給し作動する為の回路は施されているのだが、それを接続する為の回路は装置側に施す事になっている・・・回路の数を増やす事で、それぞれの負担を減らすのが目的だ。

 この接続部分に問題があれば、魔道具自体が起動せずにただの置物になってしまう為、清宏は緊張していたのだ。


 「では、頑張りますかね・・・」


 清宏が深呼吸をして作業に取り掛かると、離れて見ていたアルコーがニヤリと笑ってアンネ達を見た・・・良からぬ事を考えている悪い笑顔だ。


 「私達は暇だしぃ、何かゲームでもして遊びましょうかぁ?」


 「いや、駄目だろう・・・貴様は自重する事を覚えたらどうだ?」


 「仕返しのつもりですか?」


 笑っているアルコーをヴァルカンが注意し、作業を中断した清宏が呆れて振り返った。


 「あら失礼ねぇ・・・これはねぇ、どのような状況でも集中力を維持する為の特訓よぉ?

 今からするのは『一所懸命覚えたけど、くっそ役に立たなかった長い名前』を言っていくゲームよぉ!」


 「古今東西ゲームかよ・・・しかも、需要無いお題なのに不思議と経験があり過ぎるチョイスだな」


 「あまり簡単じゃ面白くないからぁ、次の人は前の人より長い名前を言う事ぉ!じゃあ、最初は清ちゃんからぁ!!」


 アルコーに指名され、清宏は机に突っ伏した。


 「作業させる気ないだろマジで・・・」


 「ほらほらぁ、特訓よぉ!」


 清宏は注意するのを諦め深呼吸をすると、ゆっくりと口を開いた。


 「The 150 Murderous Passions, Or Those Belonging To The Fourth Class, Composing The 28 Days Of February Spent In Hearing The Narrations Of Madame Desgranges, Interspersed Amongst Which Are The Scandalous Doings At The Chateau During That Month」


 『・・・ふぁっ!?』


 清宏が204文字にも及ぶ長い名前を流暢な英語で呟くと、その場に居た清宏以外の全員が同時に聞き返した。

 清宏はアルコーを振り返ると、ニヤリと笑った。


 「ほれ、俺より長い名前言ってみろよ」


 「いや清ちゃん、ちょっと待ってぇ・・・今の名前なのかしらぁ、ただの文章にしか思えなかったわよぉ?」


 「ちゃんとしたバンドの名前ですよ・・・これが駄目なら他にしますか?

 都市の名前ですが、クルンテープ・マハーナコーン・アモーン・ラタナコーシン・マヒンタラーユタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラッタナ・ラーチャターニー・ブリーロム・ウドム・ラーチャニウェート・マハーサターン・アモーンビーマン・アワターンサティト・サッカタットティヤ・ウィサヌカム・プラシット・・・略名はバンコクです。

 これならでどうです?ほら、次の奴は早く言えよ」


 「清ちゃん・・・貴方、続けさせる気無いわねぇ?」


 「当然でしょうが!何が悲しくて馬鹿みたいな遊びに付き合わにゃいかんのか!?」


 清宏が頭を掻き毟って怒鳴ると、アルコーは悪びれもなく笑った。


 「緊張はほぐれたかしらぁ?」


 「やり方がウザいわ!もっと他にあるでしょうが!?」


 清宏は涙目で叫ぶと、その後は耳栓を使い音を遮って無理矢理集中し、5時間にも及ぶ長く孤独な時間を何とか戦い抜いた・・・。


 「雨ニモマケズ、風ニモマケズ・・・アルコー様の幾多の邪魔にも負けず完成したぞオラァ!!」


 「すまなかったな清宏・・・よく頑張った!感動した!!」


 涙を流して喜ぶ清宏に、隣で見守っていたヴァルカンは目尻を拭いながら謝り、称賛した。

 ヴァルカンは清宏の頑張りに感動したのもあるが、何よりもトランプ・オセロ・ジェンガと遊び倒して寝落ちした妹の傍若無人さに悲しくなったのだ。

 ヴァルカンは額に青筋を浮かべながらアルコーに近づくと、思い切り尻を蹴り上げた。


 「起きろ馬鹿者!」


 「いったぁい!・・・何なのぉ?」


 「魔道具が完成したから起こしたのだ馬鹿者!貴様、清宏が頑張っているというのに遊び倒して寝るとは何事だ!?」


 「痛い痛い痛いわよぉ!悪かったわぁ!!」


 アルコーはヴァルカンに耳を引っ張られ、無理矢理座らされて涙目になる。

 清宏はそんなやり取りを見て、何故か笑いが止まらなくなっている。


 「なんか、こうして見てると仲の良い兄妹ですよね?」


 「それって褒めてるのかしらぁ・・・?」


 「誠に遺憾だな・・・」


 「良いじゃないですか、兄妹仲良くいられるのは良い事ですよ。

 さてと・・・せっかくですし、どちらか早速試運転してみますか?」


 清宏が笑いを堪えながら完成したばかりの魔道具を差し出すと、2人は顔を見合わせてから首を振った。


 「いや、まずはリリスに試させるのが筋だろう」


 「そうねぇ、元々は清ちゃんが居ないと完成どころか造る事すら出来ない物だったんだしねぇ・・・やっぱり、最初はあの子が良いわぁ」


 2人は優しく笑いながら辞退し、清宏は深く頭を下げて立ち上がった。


 「では、皆んなの前でお披露目といきますか!」


 皆は笑って頷くと、リリス達の居る広間へ向かった。


 「待たせたなお前等!完成したんだぜ!!」


 「本当か!?でかしたぞ清宏!!」


 清宏が広間に入って開口一番、近くに居たリリスが嬉しそうに駆け寄り、抱き着いた。


 「まぁ試運転がまだなんだが、今から頼めるか?」


 「む、妾で良いのか?手伝ってくれたヴァルカン達の方が良いのではないかのう・・・」


 「2人は了承済みだ・・・是非お前にってさ。

 じゃあ。まずはマーサの魔道具用の魔召石を造ってみるか?成功したらそのまま使えば良いしな。

 アルコー様、マーサの魔道具に使う属性は何が良いんでしょう?」


 清宏は抱き着いているリリスを優しく降ろすと、アルコーに尋ねる。


 「マーサちゃんの場合、心を読めなくするのが目的なのよねぇ・・・なら、清ちゃんなら何が良いと思うかしらぁ?人に聞けば早いけど、やっぱり自分で考えなきゃダメよぉ」


 「確か、色と魔石の関係性やイメージが重要なんでしたよね・・・なら、俺は闇属性が良いと思います」


 「理由を聞いても良いかしらぁ?」


 アルコーは確信を持って答えた清宏に、笑顔で聞き返した・・・恐らく、満足のいく答えだったのだろう。


 「本当は灰色と言いたいところなんですけど、そんな魔石はありませんからね・・・闇属性は黒い魔石になりますから、色としてのイメージなら高級感、威厳、恐怖や絶望などになります。

 ですが、闇そのもののイメージって、暗く何も見えない不安だと思うんです・・・その闇に対するイメージを利用出来れば、他人の心を読む『目』を曇らせる事が出来るんじゃないかなと思っています。

 なんか、うまくまとまらなくて説明が変になってしまって申し訳ないです・・・」


 「良いのよぉ、ちゃんと考えて答えを出すのが大事なんだからぁ!人に説明するのって難しい事だけどぉ、そんなのは聞き手次第で変わるものでしょう?私は今のでも十分よぉ!良く頑張って答えてくれたわねぇ、私はそういう姿勢って大好きよぉ!」


 アルコーは優しく笑い、頭を撫でた・・・清宏は耳まで真っ赤になり、照れている。

 

 「リリス・・・俺は清宏だけでなく、貴様にも同じくらい感謝している。

 やはり、最初にそれを使うのは貴様以外には居ないだろう」


 「妾は別に構わないんじゃがなぁ・・・じゃが、せっかくのお主達の申し出じゃし、喜んで受けさせて貰う!では、早速やらせて貰うとしようかの!」


 リリスは闇属性の魔石を装置にはめ込み、装置の内側に設置してある容器に魔召石用の魔石をいくつか入れる。


 「このまま同じ要領で良いんじゃな?」


 清宏が頷くのを確認し、リリスが装置に魔力を込める・・・すると、24個の闇属性の魔石がボンヤリと輝き、収束した。

 リリスが装置を振ると、魔石を入れていた容器内で硬い物が打つかる音が聞こえてきた。


 「よし・・・では、開けるぞ?」


 「ちゃんと出来てたら良いんだけどな・・・」


 「大丈夫よぉ!だって、私達と清ちゃんの考えていた物は殆ど変わらなかったのでしょう?私達3人が同じ答えに行き着いたのなら、それは正解に近いって事じゃないかしらぁ?」


 「まぁ、そもそも3人共間違えていれば意味はないがな・・・だが、それは開けて見なければ解らぬ事だ」


 広間に集まっていた者達は、皆固唾を飲んで見守っている・・・リリスは大きく深呼吸をし、蓋を開けて装置を傾けた。

 傾けられた装置の隙間から、音を立てて直径5cm程の石が床に転がり落ちた・・・その色は黒だ。


 「おぉ・・・マジか・・・」


 「見事に真っ黒じゃな・・・まるで、清宏の腹の内のようじゃな・・・いひゃい!いひゃいのじゃ!?」


 リリスの言葉を聞いて、清宏は彼女の頬を千切れんばかりにつねった。

 アルコーは、床に転がっている黒い魔召石を拾い、しばらく観察して満面の笑みを浮かべた。


 「やったわねぇ、清ちゃん!ちゃんと安定してるわよぉ!!」


 「そのようだな・・・正直、属性を無理矢理付与したような物ゆえ、耐え切れずに暴発する危険性も考えてはいたのだが、この様子なら心配は無いだろう。

 清宏よ、良くやってくれた・・・これで、我等兄妹も先へ進む事が出来そうだ」


 アルコーは嬉しそうに清宏に抱き着き、ヴァルカンは満足そうに笑って握手を求めた。

 清宏も安堵のため息をつき、笑ってそれに応える。


 「では、次はマーサの魔道具造りじゃな!」


 「おぉ・・・喜ぶ時間も許されないとは、清ちゃんショック!」


 「まぁ、こっちが完成したなら後は楽勝よぉ!このアルコー様に任せなさぁい!!」


 清宏達は喜びも束の間、再び工房に戻り、またもや魔道具製作に打ち込む羽目になってしまった・・・。

 



 

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