第153話 暇人
清宏の脱童貞疑惑が晴れた翌日、工房に集まった清宏達は、早速魔召石に属性を付与するための魔道具の製作を開始した。
ヴァルカン達が居る間の侵入者対策はレイスとレティに任せ、清宏は魔道具製作に専念するつもりのようだ。
まずは、練習がてら清宏がヴァルカンに教わりながらフレームの製作を行なっている。
他の者達は、アルコーの指示のもとで属性付きの魔石を各24個ずつ製作し、フレームにはめ込む為の土台に魔術回路を書き込んでいる。
やはり、練習とはいえ清宏には3層構造のパイプフレームは難しいらしく、何度となく造っては解体し、また一から造り直している。
「ぐぬぬ・・・やっぱり隙間が出来る・・・」
「焦る必要は無い・・・正直、昨日自身で言っていた通り、貴様は知識と技術は申し分無いが、やはり圧倒的に経験が浅過ぎる。
だがな、経験など何かしら造っていればいくらでも積めるものだ・・・大事なのは、それを無駄にしない事だというのを忘れるな。
これから先貴様が経験を積んでいけば、その知識と技術で必ず俺では叶わぬ遥か高みへと至るだろう・・・慢心せず、目標を持って挑み続ければ結果は後から付いて来るのだから、今はとにかく貴様のペースでやっていけば良い」
ヴァルカンは、唸る清宏を優しく笑って諭した。
清宏が作業している間はアドバイス以外に多くは語らず、行き詰まったら優しく諭す・・・そんな事が既に4時間以上続いている。
普段の清宏ならばとっくに諦めて後回しにしているはずなのだが、いまだに諦めずに作業をしているところを見ると、ヴァルカンのやり方は、清宏との相性が良いようだ。
「皆、少し休憩したらどうだ?集中するのは良いが、その状態が続けば気付かぬ内に気力も体力も消耗してしまうからな・・・アルコー、そっちはどうだ?」
「こっちも丁度良いわよぉ、皆んな優秀だから、仕事が捗るわねぇ!」
アルコーは、作業に集中していたアンネ達3人の肩を優しく叩くと、工房の中心にあるテーブルを指差して笑いかけた。
3人は頷き、息を吐いて肩の力を抜くと、お茶の用意を始める。
「清宏よ・・・皆何も言わずとも理解し、率先して準備をするのはお前が指導したのか?」
「いえ、最初は俺が率先してやってたんですけど、最近では俺が言う前にはお茶が用意されてますよ・・・まぁ、今日は皆んな集中してて忘れてたみたいですが、本当助かりますよ」
清宏は、感心しているヴァルカンに苦笑しながら答えると、茶菓子を大目にテーブルに並べた。
清宏は、以前アンネを叱った時の言葉を常に意識して人を育てるようにしている・・・自分が率先して動き、皆に見せ、教え、そして褒めて伸ばす。
アンネが淹れたお茶を飲みながら、清宏はあの時の言葉を、改めてヴァルカン達に教える。
2人はその言葉を聞き、心の中で反芻するかのように目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「素晴らしい言葉だ・・・まさに、人材育成とはかくあるべしということを的確に表現しているな」
「人間って本当に面白い生き物よねぇ・・・私達より長く生きれない存在でありながら、時として悟ったかのような事を口にするんだものねぇ」
2人の言葉に清宏は苦笑し、お茶を飲んで一息つき皆を見た。
「俺、昔の偉人の言葉を読むのって結構好きなんですよね・・・やたら核心を突いてるし、読んでて腑に落ちる感じがするじゃないですか?でも、それと同時に暇人だったんだなとも思うんですよねぇ」
清宏がボソッと呟くと、それを聞いた5人がお茶を吹き出してむせてしまった。
清宏は申し訳なさそうに謝ると、急いで皆にタオルを渡して苦笑した。
「清ちゃん、流石に暇人は無いと思うわよぉ?」
「その人達が聞いたら怒りますよ?」
「いや、表現が悪かったよ・・・時間の使い方が上手いというか、暇な時間の使い方を知ってるって言ったら良いのかな?だってそうだろ、人間なんてすぐに死ぬのに、その答えに至れる時間があったって事なんだからさ。
まぁ、中には咄嗟に閃いたって人も居るだろうけど、そんな事がそうそうある訳じゃないだろ?なら、生きてる中でそこに至るための時間があったんだよ・・・普段の生活や仕事がある中で、それについて考えるなんて、暇な時間じゃなきゃ無理なんじゃないかって思うんだよね」
アルコーとアンネに呆れられ、清宏が慌てて言い直すと、皆は唸って考え込んでしまった。
清宏は面倒くさい話をしてしまったなと後悔したが、時既に遅かった。
「俺は清宏の言いたい事は解らないでもないがな・・・俺達が作業中に考え事なんてしていたら、大惨事だからな。
それにしても、暇な時間か・・・正直、なかなか無いぞ」
「無ければ作れば良いじゃなぁい?それが、時間の使い方が上手いって事だと思うわよぉ」
ヴァルカンとアルコーが意見を出し合っていると、シスが元気よく手を挙げて清宏を見た。
「私には難しい話は解りませんが、一つだけ確かな事があります!」
「何だ?」
聞き返されたシスはニッコリと笑うと、清宏を指さした。
「私は、そういう事を考えてる清宏さんこそ暇人だと思います!!」
「やかましいわ!俺は常に考え、学んで生きるのをモットーにしてんだよ!頭ん中お花畑のお前に暇人とか言われたくねーわ!!」
清宏は手に持っていたタオルを鞭の様にしならせ、シスの顔面を叩いた・・・工房内に乾いた音が響き渡り、シスが悶絶し、のたうち回るシスの踵がウィルの顔面にヒットして気絶した。
それを見ていたアルコーは清宏の肩に手を置き、ニッコリと微笑んだ。
「シスちゃんが言ってた通り、清ちゃんは結構暇人だと思うわよぉ?常に難しい事考えてたら、ハゲちゃうわよぉ」
「夜這いする暇がある人には言われたく無いですね・・・」
「あら、あれは大事な検証のためよぉ?」
「アルコー様、物は言いようって言葉知ってます?知らないなら、脳みそに刻み込んで赤線引いといたら忘れませんよ・・・」
「言うじゃないの清ちゃぁん!私、こんな喋り方だけど頭の良さには自信があるのよぉ!?」
清宏とアルコーが火花を散らして睨み合っていると、ヴァルカンが2人に拳骨を食らわせた。
「今の貴様等の状況が暇人というものだ・・・いがみ合っている暇があるなら、さっさと作業に戻るぞ!」
ヴァルカンに襟首を掴まれた2人は、そのまま強制的に作業に戻らされたが、事あるごとに挑発し合ってまた拳骨を食らっていた。
その後、清宏とアンネはある程度切りが良いところで昼食の準備の為に席を外し、食事が終わってから魔道具製作の本番に取り掛かった。
「さて、では今から本番という事になるんですが、まずはアルコー様にフレーム用のミスリルに補助回路をやって貰って、次がヴァルカン様、仕上げは俺って感じで良いですかね?」
「まぁ、それ以外に無いわよねぇ・・・流石に、私でもパイプの内側に魔術回路を作るなんて出来ないものぉ」
「ですよねー・・・じゃあやっちゃって下さい!」
清宏の言葉と同時にアルコーが作業を開始し、幅3cm程のミスリルの板に、加速と安定用の補助魔術回路が書き込まれていく。
見た目は地味な作業で清宏にも出来そうな感じがするのだが、一番の問題はパイプ状に加工する際の繋ぎ目がズレずに重なるかなのだ。
アルコーが使用している作業用のルーペ越しに見える板には、真ん中の回路を挟む様に半分に切れた回路が上下に書かれている・・・パイプ状にした際に半分になっている回路が上下で綺麗に重なり、内側では2つの回路が向き合う型になるのだ。
「ヴァルカン様・・・あの美女はどなたですか?」
「お前は何を言っているんだ・・・アルコーだろう」
「アルコー様って、あんな真面目な表情が出来るんですね?」
「あいつも職人の端くれだからな・・・作業中くらい真面目にもなるだろう。
言っておくが、あまり邪魔をするなよ?あいつは作業中に邪魔されるのをとことん嫌うからな・・・昔、それで殺された馬鹿が1人いる」
清宏とヴァルカンが小声で話していると、それまで黙々と作業をしていたアルコーが手を止めて振り向いた。
「ちょっとぉ、聞こえてるわよぉ?まぁ、終わったから良いけどねぇ」
「えっ、もうですか?」
「えぇ、この程度なら楽勝よぉ。
どうかしらぁ、私って出来る女でしょ?ご褒美にハグしてくれても良いわよぉ!」
アルコーは完成した板をヴァルカンに渡し、清宏に抱き着いた。
清宏はヴァルカンが持っている板を確認し、本当に出来上がっているのを見て項垂れた。
「経験の差があり過ぎて生きるのが辛い・・・」
「あらぁ、そんな事言ったらダメよぉ・・・私がハグして慰めてあげるわぁ!」
「いや、さっきから抱き着いてますよね?まぁ良いですけど・・・。
ではヴァルカンの兄貴、やっちまって下さい!」
「何なんだそのキャラは・・・まぁ良いだろう。
清宏、しっかりと見ておけよ・・・他人の作業を見るのもまた、修行の一環だからな」
ヴァルカンは清宏を振り返って苦笑したが、工具を手に持った途端、真面目な表情に変わった。
魔術回路を傷付けないよう慎重に、そして素早くパイプを造っていくヴァルカンの姿は、まさに熟練の職人そのものだ。
目の前の素材を見る真摯な表情はアルコーと重なり、やはり兄妹である事が伺える。
清宏は、そんなヴァルカンを目を輝かせて見つめている。
「清ちゃん・・・私の時と反応が違くないかしらぁ?」
「アルコー様はギャップ萌え、ヴァルカン様は凛々しいんです・・・あちき、ヴァルカン様になら純潔を捧げても良いわ!」
苦笑した清宏が拳を握りしめて力説すると、アルコーは顔を引きつらせてドン引きした。
「やだぁ・・・まさか、清ちゃんってそっちの趣味があったのかしらぁ?」
「冗談に決まってるでしょう」
「清宏様は、いつもご自分が暇になった途端に悪ノリししだしますよね・・・」
清宏とアルコーのくだらないやり取りを見ていたアンネは呆れてため息をつく。
そしてその瞬間、清宏の鼻先を何かが掠めて壁に突き刺さった・・・清宏が冷や汗を流してそれを確認すると、壁には金属板をパイプ状にする為のオリハルコン製の棒が、根元付近まで埋まっていた。
「うるさいぞお前達・・・作業の邪魔だ」
「へ・・・へい兄貴!暇人は大人しく良い子にして待ってます!!」
真顔のヴァルカンの威圧感に屈した清宏は、その後は自分の番まで正座をして待っていた。
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