第150話 最古の魔王と毒と薬

 夕飯を食べ終え、風呂を済ませてからは皆自由に過ごしている。

 ヴァルカン達は風呂を大層気に入ったらしく、長風呂をし、今はまた酒を飲んでいる。

 今酒盛りに参加しているメンバーは、ヴァルカン達と清宏に加え、ペインとリリスだ・・・まぁ、リリスだけは酒が飲めないため、フルーツ牛乳だ。


 「それにしても、清ちゃんの造ったお風呂は最高だったわぁ・・・ねぇ、今度うちにも造ってくれないかしらぁ?」


 「別に構いませんけど、近くに川か湖はありますか?無いと難しいですよ」


 「川があるわよぉ!なら、時間が出来たら連絡ちょうだいねぇ、歓迎するわよぉ!」


 清宏が引き受け、アルコーは湯上りの上気した顔でニコニコと笑い、腕に抱き着いた。

 アルコーはスキンシップ過多なため清宏は若干引き気味だが、世の男なら金を積んででも経験したいことだろう。


 「ふむ、なら俺のところも頼めるか?出来れば木の風呂が良いのだが・・・」


 「あら、そっちは木のお風呂だったのねぇ・・・興味があるわぁ」


 「明日は男女交代で入れば良いですよ」


 ヴァルカンまで風呂談義に加わったところで、リリスが苦笑しながらフルーツ牛乳を飲み干した。


 「うちに来た者達は、皆風呂を絶賛するのう・・・本当に清宏様々じゃな」


 「まぁ、あれは癖になるのであるからなぁ・・・我輩も、今更水浴びには戻りたくないのである」


 「湯船に浸かりながら飲む焼酎も格別だったからな、あれは病み付きになる」


 「何よその贅沢な時間はぁ!私も体験したかったわよぉ・・・あっ、清ちゃん焼酎おかわりよぉ!」


 「えっ、マジすか・・・ヤベェな、焼酎が切れそうだ」


 清宏は焼酎の在庫を見て冷や汗を流した。

 ヴァルカン達が浴びるように飲んでいたため、既に5つの甕が空になっている。

 清宏が頭を抱えていると、リリスが何かを思い出したかのように手を叩いた。


 「そういえば、お主は焼酎に梅を漬けておらんかったか?あれはどうなんじゃ?」


 「いや、まだ早いな・・・梅酒の飲み頃は、早くても3ヶ月くらい経ってからなんだよ。

 それ以前に、お前が馬鹿みたいに青梅食いまくったせいで、梅酒自体量が少ない」


 清宏にジト目で睨まれたリリスは、顔を引きつらせて項垂れた。

 ラフタリアが持ち帰って来た中には青梅があり、焼酎と蜂蜜で梅酒を作っていたのだが、作業中にやって来たリリスが青梅にハマり、集中していた清宏が気付いた時には、200個近く食べてしまっていたのだ。


 「ぐぬぬ!痛いところを突くのう・・・それについては謝ったじゃろ?」


 「謝ってどうこうって話じゃねーんだよ・・・青梅には毒があってな、人間の成人なら200個、子供なら100個も食えば下手すりゃ死ぬんだよ。

 お前は魔王だから大丈夫だったのかもしれないが、本来青梅に含まれるシアン化合物ってのは猛毒なんだ・・・言わなかった俺も悪いが、二度と知らん食材を馬鹿みたいに食うなよ。

 銀杏なんて馬鹿食いしてみろ・・・人間の子供なら最低7個で中毒を起こすからな」


 青梅に含まれるシアン化合物とは、青酸と糖が結合した物質であり、青酸配糖体とも言われ、梅だけでなく桃や杏、アーモンド、バラ科の植物などにも含まれる自然毒だ。

 梅などが何故このような毒を持っているのかについては、自己防衛の為と考えられている。

 他にも植物だけではなく、ヤスデという節足動物も体内に青酸の入った袋を持っている・・・ヤスデは身を守るため、青酸と揮発性の高いベンズアルデヒドを放出し、青酸ガスを発生させる。

 ヤスデは雨季に大量発生しやすく、山などで作業をする時には注意が必要なのだが、特に駆除目的であるなば火は厳禁だ・・・ヤスデの体液に引火した場合、爆発的に燃え広がる事になるからだ。

 清宏の説明を聞いていたリリスは徐々に顔が青くなり、涙目になっていく・・・それを見た清宏は、リリスの頭を優しく撫でた。


 「お前に何かあって困るのは、この城に住んでる仲間だ・・・今後は気を付けりゃ良い。

 ただ、次も同じ事をしたら、躊躇なく腹殴って吐き出させるからな!」


 「き、肝に命じておくのじゃ・・・」


 リリスが冷や汗を流しながら勢いよく頷いていると、アルコーが呆れたように笑った。


 「清ちゃんは、主人を殴るとか物騒な副官ねぇ・・・でも、ちゃんとリリスの事を考えてるんだから偉いわよぉ。

 それにしても、毒が有るものでも食べようとするなんて、人間て本当に貪欲よねぇ・・・」


 「まぁ、食に対する拘りは大事ですよ・・・ただ一番ヤバいのは、河豚って魚の卵巣をぬか漬けにして食べる事もありますからね」


 「そんなに危ないのか?」


 苦笑しながら答えた清宏にヴァルカンが尋ねると、清宏は真顔になった。


 「そうですね、1mgでネズミが1万匹死にますし、人間でも2〜3mgで死にます・・・河豚毒のテトロドトキシンは、さっき言ったシアン化合物の850倍程になりますね。

 まぁ、毒で一番ヤバいのはボツリヌス菌のボツリヌストキシンですが、体重が約60kgの人間なら、0.00006mgで死にますよ・・・まぁ、簡単に培養なんて出来ませんし、やり方も知りませんけどね!知っててもやるつもりは無いですし!!」


 「我々が知らぬところで、それ程の物が存在していたとはな・・・下手をすると、魔王ですら危ういだろう」


 ヴァルカンが重い表情でうなると、清宏は苦笑しながら首を振る。

 それを見たヴァルカンは首を傾げた。


 「別に、そいつらは好きこのんで人に害を与えてる訳じゃないんですよ・・・毒を持つ生物が、何故それ程強い毒を持つに至ったかなんて、未だによく分かってないらしいですけど、少なくとも生きる為なんですよ。

 一番の問題は、それを利用して他者を貶める奴が少なからず居るということですね・・・」


 「あぁ、確かに居るわねぇ・・・かく言う魔王の中にも1人ヤバいのが居るしぃ」


 「確かにな・・・良いか清宏、そいつに会っても絶対に今の話をするなよ?悪用しかねんからな、あの爺様は」


 ヴァルカン達が、あからさまに嫌悪感丸出しの顔をして清宏に忠告すると、リリスがヴァルカンの服を引っ張った。


 「のう、誰の事なんじゃ?そんな危険な奴がガングート以外におったかのう・・・」


 「いや、お前は知ってなければならんだろう・・・爺様が泣くぞ?」


 「爺様?魔王の中で爺様といえば・・・まさか、ポチョムキンのじぃじか!?」


 リリスは表情がパッと明るくなり、ピョンピョン飛び跳ねた。

 それを見たヴァルカン達は深いため息をついている。


 「あの爺様の事を聞いて喜ぶのなんて、貴女くらいのものよぉ・・・貴女がそうやって懐くから、貴女に会うたびに毎回毎回『リリスたんが可愛すぎてツラいんじゃぁ!あぁ^〜心がぴょんぴょんするんじゃぁ^〜!』とか言って私達の所に100年ごとに居座るのよぉ?非常に迷惑なのよねぇ・・・あの爺様、常に毒霧纏ってて配下達が嫌がるのよぉ」


 「そうかのう・・・妾には、優しいじぃじなんじゃがなぁ」


 「ポチョムキンて誰だ?おい、さっきから黙ってるペイン、説明してくれ」


 清宏はヴァルカン達の会話に混ざれず、先程からちびちびと酒を煽っていたペインの肩を叩いた。

 蚊帳の外だったペインは、涙目で清宏を見る。


 「やっと我輩にも理解出来る話が来たのであるよ・・・そうであるなぁ、ポチョムキンとは、今居る魔王の中でも最古の魔王であるな。

 魔王の中で古参と言われておるのは、ポチョムキン・ダンケルク・ヴァルカンとアルコー、あとは東の信濃あたりであるな・・・まぁ、古参だからと言って強い訳ではないのである。

 特に信濃などは強さで言うなら下から3番目で、副官の方がやたら強いと有名であるよ・・・恐らく、単純な戦闘力ではアルトリウスの方が遥かに上であるが、技でいうならそれ以上であろうな」


 「はー・・・信濃ねぇ・・・やっぱり東の方は日本みたいな国なんだな。

 ちなみに、信濃と副官ってどんな奴等なんだ?」


 「信濃は色白の顔に、金色に輝く髪と九つの尾を持つ女狐であるが、基本的に人型でいる事が多いようである・・・副官の名は鞍馬と言い、確か烏天狗であったかな?

 本来、烏天狗とは神獣などに類する者とも言われているのであるが、堕落した僧侶がなるという話もあるし、詳しくは解っていないのである・・・ただ、やたら剣術などの腕が立つというのは事実らしいのであるぞ」


 ペインの説明を聞いた清宏は確信して頷くと、ペインと向かい合うように座り直した。

 九尾の狐とは、古くから中国の神話などに出てくる神獣や瑞獣の一種なのだが、美女に化身して人を惑わす悪しき存在としても語られてきた。

 烏天狗は日本各地に伝説が残る存在であり、牛若丸に剣を伝授したとも言われている。


 「白面金毛九尾の狐と烏天狗とか、何処の日本の妖怪だよ・・・こりゃあ日本風の国で間違いないなマジで。

 なぁ、ちなみに信濃ってさ、お偉いさんを誘惑して国を傾けたりしてんの?」


 「おぉ、そうであるぞ!詳しいであるな?最近は大人しくしているのであるが、昔は傾国の美女とか言われていたのであるぞ!確か、やたらと名前を変えたがる困ったちゃんであるな」


 「妲己とか玉藻前だったりしちゃったりする?」


 「むぅ・・・何せ昔のことであるからなぁ、確かそんな名前だった気がするのである」


 「そうか・・・すまなかったな、取り敢えずこれは話の礼だ。

 また時間がある時に、残りの魔王についても教えてくれ・・・今まではあまり興味が無かったんだが、今回みたいに来る可能性もあるからな」


 清宏は、唸りながら答えたペインに肉の塊を差し出して礼を言うと、残り少ない焼酎を一気に飲んで考えこんだ。

 清宏が思案し始めてしばらくして、服を引っ張られて振り向いた・・・そこには、満面の笑みを浮かべるリリスが居た。


 「何だよ、やけに嬉しそうだな?」


 「うむ!ヴァルカン達と、今までじぃじについて話しておったんじゃがな・・・何でも、じぃじは長いことエリクサーの研究をしとるらしいんじゃよ!!」


 「で?」


 「で?とはなんじゃ!エリクサーじゃぞ!?もしじぃじがエリクサーを持っておれば、マーサの傷付いた魂を治せるかもしれないじゃろ!そうすれば、あとは魔道具さえ完成すれば万事解決じゃ!!」


 「・・・おぉ、確かに!先が見えてキターーーーー!!こりゃあ今夜は気持ち良く眠れるぞ!」


 清宏は万歳をして立ち上がると、ちょうど良い時間だったので酒盛りをお開きにし、ヴァルカンとアルコーを部屋に案内してから久しぶりに自室に戻った・・・だが、この後人生最大の危機が訪れる事を、清宏はまだ知らなかった。


 

 

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