第146話 魔王来たる

 ペイン達が城に戻ってからというもの、清宏達はヴァルカン達を迎えるための準備などで忙しく過ごし、あっと言う前に7日が経ってしまった。

 その間、清宏はアリーの特訓以外にも、ヴァルカン達に説明する為に必要な資料や模型などを造っており、この数日間まったく寝ていない・・・そのため非常に機嫌が悪く、マーサやアリーは危険を察知し、近寄ろうともしない。


 「あー眠みぃ・・・おいペイン、ヴァルカン達はまだか?」


 「いや、あの時は10日後と言っただけで時間は指定していなかったのである・・・」


 「誘うなら誘うでちゃんと時間指定しとけよな・・・侵入者達がいる時間に来られたら騒ぎになるじゃねーか」


 「すまんのである・・・」


 「仕方ねーなお前は・・・まぁ良い、念のためバルコニーは拡張したし、空から分かるように案内も出してはいるが、万が一もあるからな・・・アルトリウス、2人が来たら蝙蝠に化けて案内してやってくれ」


 「かしこまりました」


 「すまんが、俺はちっとばかし寝るわ・・・流石に寝不足見え見えの状態で出迎えるのは失礼になるからな。すまんが、マップは出しとくから2人が来たら起こしてくれ」


 清宏はあくびを噛み殺しながら指示を出すと、椅子に深く座って天井を見上げて寝始めた。

 すると、広間に居た者達の間に安堵の空気が流れた。


 「ここ最近は忙しそうじゃったからな・・・流石にイライラしとったな」


 「はい・・・ですが、それでも八つ当たりをしないところが清宏様らしいと思います」


 「じゃな!」


 リリスが清宏の寝顔を見て苦笑していると、アルトリウスは起こさないように気を付けながらブランケットを掛けた・・・流石、出来る男は気遣いも一流だ。

 清宏の涙を見て以来、皆も色々と思うところがあったのか、徐々にではあるが良い方向に変わろうとしている・・・中でも特に変わったのはペインだ。

 今まで、ペインの中での清宏は『強く理不尽でありながらも皆を気遣う男』であったのだが、先日の一件以来『自身の弱さを人に見せない意地っ張りで我慢強い男』というのが追加された・・・それが、清宏も普通の青年である事をペインに意識させたのだろう。

 そして、ビッチーズ達も今まで以上に真剣に仕事に取り組むようになった。

 今までも仕事としてルールに従ってはいたが、それでも自由奔放な振る舞いを見せていた・・・だが、ビッチーズ達もあの日以来皆真面目に仕事に取り組むようになったのだ。

 清宏は彼女達にとってはただの雇い主だが、清宏は自分達の事を考えて提案し、そして約束していた通り生活も随分楽になった・・・彼女達にとって、清宏は頼りになる雇い主だったのだが、彼も自分達が相手をしている男達と同じ、弱さを持つ人間だと気付く事で、より一層真剣に仕事に専念するようになった・・・まぁ、仕事が終われば今まで通り姦しい連中なのだが。

 清宏が仮眠をし始めて2時間が経過し、陽が傾き始めた頃、アルトリウスはマップの端に2つのマークが点滅し、結構な速さで城に向かって来る事に気付き、清宏の肩を軽く揺らした。


 「清宏様、ヴァルカン達が来たようです・・・迎えに行ってまいります」


 「ん・・・頼む」


 清宏は寝ぼけ眼でアルトリウスを見送ると、椅子から立ち上がって伸びをした。

 清宏が目覚めたのを見て、リリスが近付いてくる。


 「よう寝とったのう、眠気はとれたかの?」


 「おう、バッチリだ!ちっと顔を洗ってくる」


 「うむ!まぁ、あの2人は下手な事はせんじゃろうが、こちらから不快にさせるの訳にもいかんからのう」


 「だな!今回は互いに教わる立場になりそうだし、教わるからにはしっかりしねーとな!」


 清宏はそう言って笑うと、顔を洗いに洗面所へ歩いて行った。

 そして、清宏と入れ替わるようにバルコニーの扉が開き、アルトリウスが戻って来た・・・その背後には、ヴァルカンとアルコーの姿も見える。


 「ここに来るのも久しぶりねぇ」


 「確か、1000年以上になるか・・・大分様変わりしたようだ」


 「おぉ、久しぶりじゃな!元気にしておったか!?」


 2人の姿を見たリリスは、満面の笑みを浮かべて駆け寄った。

 

 「あらリリス、お久しぶり・・・ねぇ貴女、相変わらず小さいわねぇ?ちゃんとご飯は食べでるのぉ?」


 「最後に会ってから全く成長していないのではないか?」


 「や、やかましいわい!妾だって気にしとるんじゃぞ!?それを2人揃ってからかいおって・・・お主等じゃってずーっと辛気臭い仮面で顔を隠しとるじゃろうが!!」


 リリスは2人にからかわれ、笑顔から一転涙目になる・・・すると、2人が来た事に気付いたペインがリリスの横に立ち、優しく頭を撫でた。


 「2人共、そのくらいにしておくのである・・・流石の我輩も、主を馬鹿にされて黙っている訳にはいかないのであるからな・・・それに気を付けよ、貴様等の背後にはアルトリウスが居るのであるぞ?奴は主と清宏に忠誠を誓っておるから、あまり刺激するでない」


 ペインが2人の背後に視線を向けると、怒りに燃えたアルトリウスが刺すような視線で2人を睨み付けていた・・・それを見たアルコーは笑みを浮かべている。


 「あらぁ、あの悪名高いアルトリウスが随分と大人しくなったものねぇ・・・以前の貴方ならすぐにでも行動を起こしそうなものなのにぃ」


 「アルコー、あまりアルトリウスを刺激するな・・・奴だけならばまだしも、この覇竜もとなると流石に我等では分が悪い。

 リリスよ、すまなかったな・・・健勝なようでなによりだ。

 彼奴から話は聞いていると思うが、貴様の副官・・・清宏という男に会いに来た」


 ヴァルカンはアルコーを窘めると、リリスに向き直り改めて挨拶をした。

 アルコーはアルトリウスに対して妖しく微笑みながら手を振り、ヴァルカンの横に並んだ。


 「うむ、話は聞いておるぞ!じゃが、少しだけ待っていてくれると助かる・・・清宏は最近徹夜続きでさっきまで仮眠をしとっての、今はお主達に寝起きのままでは失礼になると言って顔を洗いに行っておるんじゃ。

 前もってお主達が来る時間を話し合って決めておけば良かったんじゃがな・・・」


 「気にするな・・・他の魔王が訪ねて来るなどそうある事ではないからな。

 我等には時間など腐るほどあるのだ・・・別段気にする必要はない」


 「そうよぉ、だって私はしばらく滞在する気満々で来てるしぃ」


 「なんじゃ、泊まっていくのか?お主達なら下手な事はせんじゃろうし構わんとは思うが・・・」


 リリスは言葉を濁して広間の奥を見た・・・リリスの視線の先には、緊張の面持ちで固まっているシスとウィルが小さくなっていた。

 ヴァルカン達はシス達を見て眉間に皺を寄せ、リリスに向き直った。


 「人間と暮らしているのか?」


 「うむ・・・あの2人以外にも、あと3人はおるんじゃよ」


 「魔族と一緒に人間がねぇ・・・物好きもいたものねぇ」


 「ちなみに、先日我輩と一緒に居たラフタリアとその母親も居るのである」


 「何よその集合住宅みたいなのぉ・・・」


 リリスとペインの言葉を聞いたヴァルカン達は、呆れてため息をついている。

 しばらく4人で話をしていると、玉座の奥から清宏が戻って来た・・・先程までの作務衣とは違い、今は余所行き用の服に着替えている。


 「おぉ清宏!やけに時間が掛かっておると思えば、着替えておったのか・・・紹介しよう、ヴァルカンとアルコーじゃ!2人共妾とは比べ物にならんくらいの先輩魔王じゃから、失礼の無いようにな!」


 「お待たせして申し訳ありません・・・話はペインから聞いております。

 私の名は清宏、お2人にお会い出来て光栄に思います」


 清宏が丁寧な挨拶をすると、2人は少し驚いた表情で苦笑した。


 「聞いていたのと随分と違うな・・・それに、やけに若い。人間の年齢だと10代後半から20代前半くらいか?」


 「どのように聞いてらっしゃったのですか?」


 「えっとぉ・・・理不尽で魔王以上に魔王らしいとか、飴と鞭が絶妙って聞いてたわぁ!」


 それを聞いた清宏は笑顔を引きつらせ、ペインを見る・・・ペインは顔面蒼白になり震え出した。


 「奴が恐れているのは本当のようだな。

 申し遅れてしまったが、俺の名はヴァルカンだ・・・今日は貴様が製作した弓などについて話を聞きに来た」


 「私はアルコーよぉ!あの弓って本当に貴方が造ったのぉ?その若さで凄いわぁ・・・」


 震えているペインを見て笑った2人は、清宏に挨拶をしたが、清宏は若干渋い顔をしている・・・何か気になる事でもあったのだろうか?

 2人が清宏の表情を見て首を傾げると、清宏はため息をついた。


 「貴方達は俺の話を聞きに来たんだろう?なら、挨拶する前にその仮面を取ったらどうだ・・・これは魔王だの人間だのの以前に、礼儀としての問題だと思う・・・貴方達は、素顔も見せないような輩に自分の技術を教えたいと思うだろうか?

 俺は、貴方達が来ると知って急いで迎える準備をし、今だって少しでも不快な思いをして欲しくないと思い、顔を洗って着替えて来た・・・これは、俺自身も貴方達に教わりたい事があり、その為には必要な事だと思ったからだ」


 「き・・・清宏!?」


 リリスが清宏の言葉を聞いて焦り、ヴァルカン達との間で右往左往し始めたため、ペインとアルトリウスはすぐにリリスを連れて距離を取った。

 しばらく広間に沈黙が流れていたが、意外にもそれを破ったのはヴァルカン達の笑い声だった。


 「はっはっは!魔王相手でも物怖じせぬとは良い胆力だ!!リリスよ、良い副官を持ったな・・・。

 すまなかった、我々は常に仮面を着けているため失念していた・・・」


 「貴方面白いわぁ!本当、私の配下とかって皆んな御用聞きばっかりでつまらないのよねぇ・・・立場が上の者に対して指摘出来るのは大事な事よぉ、リリスが羨ましいわぁ」


 2人はひとしきり笑うと、仮面とフードを脱いで素顔を晒した・・・2人共エルフ譲りの美形であるが、やはりドワーフの血が流れているためか、どちらかと言うと人間味のある美形だ。

 

 「ふむ・・・なんで俺が会う奴って美形が多いのかねぇ・・・ローエンくらいが一番親しみやすいんだがな」


 『うるっせーよ!聞こえてんだぞ馬鹿野郎!!』


 「あらぁ、通信用魔道具かしらぁ?」


 清宏の呟きが聞こえたらしく、魔道具からローエンの怒鳴り声が響き、すかさずアルコーが反応して観察を始めた。

 清宏はそれを見てため息をつくと、ヴァルカンに向き直る。


 「外させてしまって申し訳ないんですが、何か理由があったとかでは無いんでしょうか?」


 「いや、特にこれと言った理由は無いのだが、我々は本来産まれる筈のない混血だ・・・エルフ程の美しさは無く、ドワーフのような恵まれた膂力もない・・・それでも、やはり好奇の目で見られる事があるからな」


 清宏はヴァルカンの言葉に首を傾げる・・・魔道具の観察をしていたアルコーも、清宏の反応が気になったらしく戻って来た。


 「お2人は、親から貰ったその身体が嫌って訳では無いのでしょう?」


 「当然だ」


 「2人が居なければ産まれなかったしぃ、それに2人共優しくて大好きだったものぉ・・・嫌になるなんて有り得ないわぁ」


 即答した2人を見て、清宏は笑った。


 「ふむ・・・なら、素顔を隠す方がご両親に失礼なのではないですか?ご両親を誇りに思っているのなら、貴方達は胸を張っていれば良いんです。

 他人に何と思われようと、結局は自分の事なんですから気にするだけ無駄でしょう?

 行いは己のもの、批判は他人のもの、何を言われても知ったことではないでしょう?そもそも、貴方達は魔王です・・・そんな恐れ多い事を考える奴なんて居ないと思いますよ。

 私は、アルトリウスやラフタリアみたいな美形も良いなとは思いますが、貴方達の方が親しみやすく感じますよ・・・超絶美形は見てて疲れますから」


 ヴァルカン達はキョトンとした表情をしていたが、徐々に笑いが込み上げてきたらしく、しばらく笑いが止まらなくなってしまった。


 「あぁ・・・やっぱり貴方良いわぁ!私、貴方みたいな子大好きよぉ!どう、良かったら私の所に来ないかしらぁ?特別待遇してあげるわよぉ!」


 「俺も欲しいくらいだ・・・だが、それは無理な話だからな。

 それにしても、魔王である我等を親しみやすいとはな・・・本当に不思議な男だ」


 清宏は2人に気に入られたらしく、恥ずかしそうに頬を赤らめている。


 「貴様、我等に教わりたい事があると言っていたな・・・良かろう、俺は貴様が気に入った。あのような弓を造れる者に今更教えるものがあるかは疑問だが、望むならば力になろう」


 「私も構わないわよぉ!聞くだけっていうのは職人としての沽券に関わるしぃ、もともとそのつもりで来たんだしねぇ、その為のお泊まりセットも持って来てるわよぉ!!」


 「おぉ!ありがとうございま・・・って泊まり込み!?いや、まぁ私は別に構わないんですけど、私以外にも人間が居ますけど大丈夫でしょうか?」


 「問題ない、我等は争いに来た訳ではないからな・・・それに、あの2人を一撃で倒した貴様が相手とあっては、争うだけ無駄だろう?我等もそんな無駄な事はしたくはないからな」


 「えぇ、私も問題ないわよぉ」


 「なら良かった・・・では、早速私の工房に向かいましょう。

 アンネ・シス・ウィルも一緒に来てくれ・・・レイスは昼寝してるラフタリアとマーサを起こして、工房に来るように伝えて来てくれ」


 清宏は助手である3人を集めてレイスに指示を出し、ヴァルカン達を連れて工房に入って行った。


 「し、心臓に悪いのじゃ・・・」


 「主はまだ良いのである・・・2人が帰った後、我輩は一体どうなるのか・・・あの目は怖かったのであるよ」


 「何事も無くて良うございました・・・」


 広間に残されたリリス・ペイン・アルトリウスの3人は、深く長いため息をつき、しばらくの間工房の方を眺めていた。

 

 


 


 

 


 

 

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