第147話 守破離

 清宏がヴァルカン達と工房に入って2時間程が経ち、まず清宏から新しく考え出した魔術回路に関する情報を伝え、2人が理解するまで説明を行った。

 その後はアンネ達が実際に魔道具を製作する工程なども見てもらい、2人はその間一言も喋らず、ただただ真剣に見入っていた・・・やはり2人共職人としての性がなのだろうか、その眼差しは新たな技術に対する興味と関心、己がそこへ至らなかった事への苛立ちが垣間見えた。

 今は粗方説明なども終え、ヴァルカン達が新しい魔術回路を用い、比較的簡単に造れる扇風機とドライヤーを製作中だ・・・この2つは、既に製造権などをオズウェルト商会に譲っているため、あくまで個人的に使用するようにと念を押した。


 「それにしても、この魔術回路は素晴らしいな・・・これだけ小さなものの中に、これだけの仕様を書き込めるとは驚きだ」


 「強弱を含む風量調節と、高温になり過ぎないようにするための温度調節・・・本来なら、これだけを書き込むだけで片手で扱えない大きさになるのに、それを可能にするんだものねぇ。

 でも、これだと大量生産には向かないのが難点よねぇ・・・ここまで複雑だと造れる職人は限られてしまうしぃ」


 2人は魔術回路に関心しながらも、目にも留まらぬ速さで組み上げている・・・経験の差を目の当たりにし、清宏は冷や汗を流して苦笑する。


 「今のところ、この魔術回路を使えるのは私達とオズウェルト商会の技術者だけです・・・せっかくの新技術ですし、易々とコピーされては意味がありませんからね」


 「まぁ、それもそうだろう・・・この技術は、業界に革命をもたらすに値する物だからな。安易に広まってしまっては混乱を起こしかねん」


 「清ちゃんは攻撃用魔道具は造らないのかしらぁ?」


 「・・・ん?清ちゃん!?ま、まぁ良いですけど・・・。

 私は日常生活に役立つ物を中心に造っているので、武具などは後回しになっています・・・まぁ、趣味でいくつか造ってはいますが、とてもお2人と比べられるような物を量産は出来ませんよ」


 清宏は自分に付けられたあだ名に驚きつつ、平静を装ってアルコーに説明した。

 当のアルコー本人には悪気は無いらしく、いたって普通にしているようだ。


 「あれ程の弓を造っておきながら謙虚なものだな・・・だが、相手によっては皮肉と受け取られるぞ?」


 「いえ、私はまだまだ未熟ですよ・・・あの弓だって、知識と魔術回路があったからこそですから。

 それにひきかえ、貴方達には長年の経験と技術があります・・・それは、今の私では埋めようのない差なんですよ」


 「あの弓は、経験と技術の差を補って余りある性能だったわよぉ?それに比べ、私達は既存の技術にこだわって停滞していたのぉ・・・貴方なら、職人にとっての停滞が何を意味しているかわかるわよねぇ?」


 アルコーに尋ねられた清宏は、静かに頷いて2人を見た。


 「これは私の知り合いの受け売りですが・・・職人にとっての停滞とは、退化と同じだと教わりました」


 「その通りだ・・・そこに気付いたのであれば、その知り合いとやらは、停滞し、抜け出す事が出来た良き職人なのだろうな。

 我々にとっての停滞とは、ただ現状維持を表しているものではない・・・停滞にはいくつかの段階があり、俺はその中でも特に焦りに恐怖すら覚えている・・・一度焦りが生じれば、気は急くばかりで周りが見えなくなり、何が正しいかなど、そんな簡単な事すらも見失ってしまう。

 俺も昔は焦りから新しい技法などを探す事に躍起になり、基本を見失ってしまった経験がある・・・その頃は文字通り地獄だった。今まで出来ていた事すら出来ない日々が続き、魔王として生きる事を選んだのは間違いだったとすら思ったものだ」


 ヴァルカンは苦々しくも懐かしむような表情で語っている。

 清宏はそれを黙って聞いていたが、遠慮がちに手を挙げた。


 「今は抜け出したのでしょうか?」


 「いや、抜け出した訳ではない・・・父母の教えを思い出し、基本に帰ったのだ。

 今でも何かしらの解決策を模索してはいるが、奇をてらった物ではなく、基本を軸に性能の底上げをする方法を目指している・・・その為に、今までは避けていたアルコーと『ある装置』の共同開発にも着手してはいるが、いまだに結果は出ていない」


 「その『ある装置』とは、魔召石に属性を付与するための物でしょうか?」


 清宏が尋ねると、2人は顔を見合わせて頷いた。


 「そうよぉ・・・魔召石なら私達魔王の魔力も上乗せされるから、並みの魔石よりも遥かに魔力量が多いのよぉ。

 でも、私達が考えた装置では事実上無理だったのよねぇ・・・貴方に解るかしらぁ?」


 アルコーは設計図を取り出して清宏に差し出す・・・それを受け取った清宏は、しばらくして確信したように顔を上げて頷いた。


 「えぇ・・・私の推測では、今までの魔術回路だと不可能に近いと思います。

 お2人の造られた装置の基本的な仕様は、私が考えている物とそんなに変わらないようですが、今までの魔術回路では書き込める情報量が少なく、膨大な量になってしまいます。

 そして、何より不可能と考える一番の理由は、必要な魔石や素材の量です・・・今までの魔術回路では魔召石を使用するには容量が足りず、仮に使うとしたら装置自体を大きくしなくてはいけません。

 そうなると、まず魔力伝導率の高いミスリルと、強度を上げるためのオリハルコンが大量に必要になります・・・まぁ一番厄介なのは、魔召石に付与する為の属性付きの魔石ですかね」


 「素晴らしいわぁ、まったくもってその通りよぉ!!流石は新しい魔術回路を考え出しただけはあるわねぇ!!」


 アルコーは嬉しそうに拍手し、清宏は照れて咳払いをして手を叩いた・・・ヴァルカン達はそれに少し驚いたようだが、清宏が話し始めるのを待った。


 「私の知っている修行についての言葉に『守破離』というものがあるのですが、この言葉は、元々は『規矩作法 守り尽くして破るとも離るるとても本を忘るな』から来ています。

 『守』とは、修行とは師の教えを『守る』事から始まるという意味です。

 『破』とは、師の教えは勿論ですが、自分自身で考え出したものを模索し、試す事で既存の型を『破る』という意味です。

 『離』とは、師の教えと自分自身の型を理解し、それに囚われず、言わば型から『離れて』自由自在になるという意味があります。

 最後に『本を忘るな』とありますが、これは教えを破って離れたとしても、根源の精神を忘れてはならないということです。

 型がある者が型を破ると『型破り』、型がない者が型を破ると『形無し』と言われるように、何事であっても修行には段階というものが有ります・・・失礼かと思いますが、私が思うにお2人はその工程に問題があるのではないでしょうか?」


 「我等の問題とは何だ?」


 ヴァルカンは気分を害した風もなく、清宏に問いかけた。


 「お2人のご両親は協力し合い、製作をされていたのですよね?ですが、お2人は最初からそれぞれ別々に製作する事に拘ってこられました・・・それはご両親から教えられた事なのでしょうか?

 最近になって協力をし始めたと仰っていましたが、それ以外では協力してはいないと聞いております・・・はたして、これで『守破離』が出来ていると言えますでしょうか?

 私は、お2人のご両親にとっての基本とは、協力する事にあると思います・・・先ずはお2人が協力し合い、その中で新しい可能性を見つけ、自身の目標に向けて型を破り、そしてそれぞれの道を歩む事こそが、今のお2人に大切な事だと思います」


 清宏の言葉を聞き、2人は口を噤んで俯いている。

 怒っている様子は無いのだが、空気が重くなってしまったため、作業をしていたアンネ達は気が気じゃ無いようで冷や汗を流している。

 しばらく黙って見ていた清宏は、アイテムボックスからバスケットボール程の大きさの、パイプで出来た球体模型を取り出して2人に差し出した。

 俯いていた2人は顔を上げ、模型を手に取った。


 「今のは私個人の意見ですが、もしお2人がこれから先協力していく考えがお有りなら、最初の仕事として、私と一緒にこれを造りませんか?

 これは私が考えている装置の模型なんですが、新型魔術回路を用いる事で魔召石の使用が可能になり、尚且つ小型化も出来る仕様になっています。

 まず、魔召石は上下で2つ使用しますが、1つは装置内部の属性の循環と加速、もう1つは安定と圧縮を行う為の物です。

 フレームはミスリルとオリハルコンの3層構造のパイプ状になっていて、ミスリルで内と外からオリハルコンを挟む事で、魔力伝導率と強度を保ちつつパイプ内での属性の循環・加速が可能になります。

 使用する属性付与された魔石は上段6、中段12、下段6の24個になりますが、それは魔召石を使用して安定させるとは言っても、極力ムラを無くす必要があると思ったからです。

 装置を使用する場合は、まず少量の魔力で装置内部に属性を循環・安定させ、予め内部にパイプに繋がった容器を設置してあるので、そこに入れた魔石に属性ごと圧縮する事になります・・・これなら、わざわざ属性を付与する事を考えなくても、いつも通り魔召石を造る作業を行うだけで付与可能になるのではと思っています。

 ただ、3層構造のパイプ内部にもコントロール用の回路を書き込めむ必要があるため、今の私や仲間だけでは練度が低く造れない状況です・・・もしよろしければ、お2人のお力添えを頂けないでしょうか?」


 清宏に頭を下げられた2人は、しばらく呆気に取られて目を丸くしていたが、声を出して笑い出した。


 「我等を諫めたかと思えば協力の要請か!いや、やはり貴様は豪胆な男だ!!属性付与の魔召石が作製出来る可能性があるならば、我等としても断る理由はない・・・喜んで協力しようではないか!」


 「ふふふ・・・やっぱり、私のところに欲しいわねぇ!どう?貴方が望むなら、私の全てを差し出しても良いわよぉ?身体には自身あるしねぇ」


 ヴァルカンは豪快に笑って清宏の肩を叩き、アルコーは清宏の腕にドワーフの血が混じった豊満な胸を押し当て、耳に息を吹きかけた。

 清宏は背筋をゾクゾクと振るわせ、慌てて距離を取っている。


 「俺自身は別に何も要りませんよ!ただ、スキルの効果を阻害する魔道具製作の手伝いと、助言をいただければ十分ですから!!」


 「あら残念ねぇ・・・でも、その程度ならいくらでもやってあげるわよぉ?別にタダで良いしねぇ、でしょヴァルカン?」


 「あぁ、もし属性付与の装置が造れるならば、その程度では借りを返すには足りんからな。

 今後、我等に対して畏る必要もない・・・我等は魔王であり貴様はリリスの副官だが、協力者であるならば対等の立場だからな・・・それに、貴様もその方がやり易かろう?」


 2人は、慌てる清宏を見て笑っているが、清宏は身の危険を感じてまだ震えている・・・いくら清宏と言えど、リリス以外の魔王相手では対応に困るらしい。


 「ありがとうございます・・・では、お言葉に甘えさせていただきます。

 あ・・・アルコー様、言ってなかったですけど、俺に色仕掛けは通用しないので無駄ですよ?魔道具で性欲ゼロなんで」


 「貴方、まるで求道者ねぇ・・・その若さで性欲抑えるなんて関心通り越して引くわねぇ」


 なんとか立ち直った清宏は、笑顔を引きつらせたアルコーを見てため息をついた。


 「いや、失礼ですからねそれ!?まぁ良いですけど・・・ほれ、ラフタリアとマーサはちょっとこっちに来い!」


 清宏は、部屋の隅でオセロをして待っていたラフタリア達を呼び付ける・・・他者の心が読めるマーサはさておき、いくら一度会っているとは言え、途中気不味い空気が流れていたにも関わらず、それを気にしていなかったラフタリアもなかなかに豪胆だ。


 「では、お2人に手伝って欲しい魔道具について話しますね」


 「よろしくなのよー」


 清宏は、膝の上に座ったマーサを気にもとめず、ヴァルカン達に説明を始めた。

 2人は清宏がまったく動じないのを見て困惑したが、大人しく耳を傾けた。



 

 

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