第132話 迷子の迷子の覇竜ちゃん

 ラフタリアとペインはヴァルカン達と別れた後、夜も休まず飛び続け、明け方には広大な森林地帯に辿り着いた。

 そこは見渡す限り樹木に覆われており、一度迷ってしまえば抜け出すことなど不可能と思われる程だ。

 2人はそんな森の前で立ち止まり、しばしの休息を取っている。


 「さ・・・流石に疲れたのである」


 「ご苦労様、でもこっからしばらくは歩くわよ」


 「何と!?どのくらいであるか!?」


 「私についてくれば夜には着くわね・・・道順を知ってる普通の人間でも3日もあれば行けるわ」


 「もし迷ったらどうなるのであるか?」


 「死ぬわね」


 「そんなさらっと・・・。

 飛んでは行けないのであるか?」


 「ここには、あんたが着地出来るような広い場所がないのよ・・・」


 ラフタリアの言葉を聞いたペインは大きなため息をつき、その場に座り込む。


 「まったく、エルフ族は何故こんな辺鄙な場所に住んでいるのであるか!肉も食わぬし理解出来ないのである!!」


 「昔から精霊信仰が盛んだった名残よ・・・自給自足で自然と共に生きるってのを守り続けてんのよ。だからこんな深い森の中で暮らしてんのよ。

 あと、肉を食べないのも同じような理由ね・・・私達は狩りはするけど、それは作物を狙う害獣を駆除するためであって、食べるためじゃないわ。

 動物達も同じ森に住む仲間ではあるけど、私達にだって生活があるもの」


 「なら食おうと思えば食えるのであるか?」


 「今更食べようとは思わないわね。別に食に困ってる訳じゃないし、何より食べ物から血の匂いがするのが耐えられないのよね・・・昔から食べてれば大丈夫なんでしょうけど」


 ペインは納得出来ていないのか、渋い顔をしている。


 「むぅ・・・頑固であるな。

 そんな事では旅の食事に困るのではないか?」


 「まぁ、昔に比べたらエルフ向けの店も増えたけど、店が無い時は自分で作るわね。

 ほら、無駄話はこのくらいにして行くわよ!早くしないと夜までに辿り着けないでしょ!」


 ラフタリアは面倒くさそうに答えると、立ち上がって森の中に歩いて行った。

 それを見たペインも慌てて立ち上がると、お腹をさすりながらよろよろと歩き出した。


 「ちょっと待つのである!我輩腹が減って動きたくないのである!」


 「そんなの歩きながらでも食べれるでしょ?

 出来れば肉類は今のうちに食べときなさいよ、里に着いたら食べられないからね」


 「行儀が悪いと清宏に怒られそうである・・・」


 「別に見てないんだから良いんじゃないの?」


 「それもそうであるな!いやぁ、最近では奴が怖くていつも気にしてしまうのである・・・」


 「あんた、すでにあいつ色に染まってんじゃないの・・・」


 ラフタリアは、マンガ肉のような肉塊を頬張るペインを振り返ると、呆れたように呟いた。






 「まだであるか・・・」


 「まだ半分しか進んでないわよ・・・」


 2人が森に入ってから約半日、太陽が真上まで昇り、木々の間からは優しい光が降り注いでいる。

 鳥の囀りが聞こえる非常に長閑な雰囲気なはずなのだが、歩いている2人の間には険悪な空気が流れ始めている。


 「ま・・・まだであるか?」


 「あんたね、何度も何度もしつこいのよ!夜には着くって言ってんでしょーが!!これでも早く着けるようにってペースあげてんのよ!?普段なら絶対に通らないような近道まで使ってやってんだから感謝しなさいよ!!」


 ラフタリアは怒りを露わにして振り返ると、ダラけきっているペインに怒鳴った。

 持って来ていた肉をあらかた食べ終わったペインは、事あるごとにまだかまだかと愚痴をこぼし、その度にラフタリアの逆鱗に触れていた。

 そのせいか、ラフタリアは明らかに通ってはいけないような場所でも構わずショートカットをし、目的地に向けて一直線に進んでいるのだ。

 それこそ底なし沼だろうが魔物の縄張りだろうが御構い無しにつき進んでいる・・・普通の人間ならば、すでに何度も命を落としているだろう。

 本来ならば、如何にペインといえども生まれ育ったラフタリアに迷わずに着いて行くのは不可能なのだが、そこはラフタリアなりの気遣いらしく、不慣れなペインにペースを合わせているようだ。

 まぁ、普通の人間では到底着いて行けないペースではあるのだが・・・。


 「むぅ・・・代わり映えのない景色ばかりで退屈なのであるよ。

 ラフタリアよ、何か面白い事は無いのであるか!?」


 「さっきから色々あったでしょうが!誰が好き好んであんな沼地や魔物の縄張りを突っ切ったと思ってんの!?愚痴ばっかりのあんたのためでしょうが!!」


 「だってなぁ・・・沼地と言っても木を伝って渡っただけであるし、魔物にいたっては我輩を見て逃げたのであるぞ?つまらないのである・・・」


 「魔物はイラついてたあんたが睨んだんでしょうが!あんなの私でも漏らすわよ!!」


 「乙女が漏らすとか言っては駄目なのである!夢が壊れるであろう!?いや、待てよ・・・貴様は確か、我輩と初めて会った時にすでに・・・」


 「ぎゃああああっ!思い出させんじゃないわよ!!いくら竜族の最上位種だからって、あんたにビビった私が馬鹿みたいにじゃないの!!」


 静かだったはずの森に、2人の声だけが響き渡る・・・先程まで健気に囀っていた鳥達も、2人の喧しさに驚いて逃げ出してしまったようだ。


 「まったく・・・こんなんじゃ、せっかく稼いだ時間が無駄になっちゃうじゃないの!次に文句言ったらその場に置いて行くわよ!!」


 「それは困るのである・・・しばらく黙っているのであるよ」


 ラフタリアに釘を刺され、ペインは肩をすくめて黙り込んだ。

 それからしばらくは何事も無く、ペインは一言も文句を言わずに進んでいたのだが、途中であるものを目にしたペインは立ち止まった。

 ペインの視線の先には、丸々と太った一頭の猪が餌を探して彷徨っていた。


 「小腹が空いたのである・・・。

 おーいラフタリア!あの猪を食っても良いであるか!?」


 ペインは前を走っていたラフタリアに確認をする・・・だが返事が無い。


 「おーいラフタリア!・・・あれ?」


 再度呼びかけてもラフタリアからの返事は返って来ない。

 ペインの表情が見る見る青くなっていく・・・。


 「じ・・・冗談は良くないのである!」


 ペインは周囲をキョロキョロと見渡し、誰も出て来ないのを確認して冷や汗を流し始めた。


 「我輩・・・まさか迷子になってしまったのであるか・・・?」


 ペインは自分の置かれた状況に気付き、その場に蹲る・・・。

 先程のペインの声で猪までも逃げてしまい、ペインはとうとう独りぼっちになってしまった。

 


 


 


 


 

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