第133話 自由人
「ぐすん・・・ラフタリアー!我輩を1人にしないで欲しいのであるー・・・」
陽が傾き始めた森の中を、ペインは泣きながら彷徨っている。
自分が仲間からはぐれてしまった場合は、その場を動かない方が良いのだが、今までは飛んで移動していたペインにとって、森で迷子になるなど初めての事で気が動転しているようだ。
虫の鳴き声が響き渡る中、ペインは木の幹にもたれかかるように座って膝を抱えた。
「飛んで移動出来たならばどれ程楽であろうか・・・。
だが、我輩が竜の姿に戻ってしまえば、周りの樹々を薙ぎ倒してしまう・・・この森はラフタリアの故郷・・・奴が悲しむ姿は見たくないのである」
ペインは最後の干し肉を食べながら、樹々の間から見える茜色の空を眺めた。
「買いだめしておいた肉もこれが最後であるか・・・先程の猪も逃げてしまったし、我輩はこれからどうなるのであろうなぁ」
ペインは鼻をすすりながら、鳴り止まぬ腹をさすっている。
「1人というのがこれ程辛いとは思いもしなかったのである・・・。
腹が減って動けぬし、我輩はここで死ぬのであろうか・・・」
リリスが死なない限りそんな事にはならないはずなのだが、今のペインにはそんな事に気付く余裕すらないようだ。
「あらあら、迷子さんかしらー?」
「ははは・・・幻聴まで聞こえるとは、いよいよであるか・・・。
ラフタリアよ、我輩が我儘を言ってばかりで迷惑をかけてすまなかったのである・・・出来れば直接謝りたかったのであるよ」
「ラフちゃんのお友達かしらー?」
「ラフちゃん?」
ペインは幻聴ではない事に気付くと、慌てて声のする方を見る・・・ペインの隣では、エルフの少女がしゃがみ込み、ニコニコと笑いながら覗き込んでいた。
「何と!貴様は誰であるか!?」
「私はマーサ。貴女のお名前はー?」
「我輩はペインである・・・」
「ペインちゃんねー。貴女はラフちゃんのお友達?」
マーサと名乗った少女は笑顔を崩さずにペインに問いかけたが、ペインは少女の顔を見て喜びに満ちた表情になった・・・マーサの顔は、エルフには珍しく少々タレ目ではあるが、ラフタリアにそっくりだったのだ。
「マーサよ、貴様はラフタリアの家族であるか!?」
「そうよー」
マーサはやはりニコニコと笑いながら頷いた。
あどけなさの残る表情とその言葉遣いから、少なくともラフタリアより歳下のように見える。
「まさか、ラフタリアにこのように可愛らしい妹がいたとは!我輩にも黙っているとはなんたる事か!?」
「・・・そうですよー。私はラフちゃんの妹のマーサちゃんですよー」
「やはりそうであるか!貴様と会えたということは、我輩はもう飢え死にしなくて済むのであるな!?早く里へ案内して欲しいのである!!」
ペインは先程までとはうってかわって、急にヤル気が出てきて立ち上がった。
すると、マーサは1人歩き出した。
「ちょっと待つのである!我輩も行くのである!!」
ペインは慌てて走り出したが、マーサはゆっくりとしたペースでふらふらと歩いている。
途中、木の根で躓いたり、張り出した木の枝に頭をぶつけながらも、マーサは森の奥に向かって歩き続ける。
(大丈夫なのであろうか・・・先程から何とも覚束ない足取りで、見ているこっちが心配になるのである)
ペインは内心ハラハラとしながらも、黙ってマーサの後をついて行く。
「あー・・・蝶々さーん」
「待つのである!あれは蝶々ではなく蛾であるぞ!?」
「待ってー」
「だから蛾だと言っているのである!毒を持っていたらどうするのであるか!?」
「わかったー」
「ふぅ・・・あまり見知らぬものに不用意に触れたらいけないのである!ってこら!!」
マーサはペインの説教など意に介さず、次は木の上にリスを見つけて走り出した。
「だから危ないと言っているであろう!?」
その後もしばらく2人は歩き続け、その間ペインはマーサに振り回されていた。
魔物に襲われること5回、沼に沈みかけること3回、リスや虫に気を取られて居なくなること15回・・・マーサは自由気ままに歩き回り、その都度ペインは身体を張ってマーサを守り続けた・・・結局、最終的にマーサの腰に紐を括り付ける事で、何とかまともに進めるようになった。
周囲はすっかり暗くなり、樹々の間から差し込む月明かりを頼りに休憩を挟みながら歩く。
「マーサよ、いつになったら里に着くのであるか?」
流石のペインも、うんざりした表情でマーサに尋ねる。
だが、マーサは初めて会った時から変わらずニコニコと笑っている。
「知らなーい」
「何と!?」
「私も迷子だものー」
ペインはマーサの言葉を聞いてその場に崩れた。
「早く言って欲しかったのである・・・」
「大丈夫ー」
「何が大丈夫なのであるか?」
ペインが問いかけると、マーサは胸元から小さな笛を取り出した。
「皆んなを呼ぶー」
「そんな便利な物があるなら早く使って欲しかったのであるよ・・・なぜ我輩があんな大変な目に・・・」
マーサはニコニコと笑顔で笛を咥える。
「ピョロロロロロ・・・」
「情け無い音であるな!?もっと強く吹くのである!!」
「すぅ・・・ピョロロロロロ・・・すぅ・・・ピョロロロロロ・・・」
「・・・?」
マーサの様子がおかしいのを見て、ペインは顔を近づける。
「寝とる!!?」
マーサの寝息に合わせ、咥えられた笛から気の抜ける音が漏れている。
怒る気すら起きないペインは、立ったまま寝ているマーサを抱き上げてしゃがみ込んだ。
「我輩、生まれてこのかたここまで自由な奴を見たのは初めてである・・・」
疲れ果てたペインが項垂れていると、遠くから草を掻き分ける音が聞こえてくる。
ペインはマーサをゆっくりと降ろして立ち上がると、疲れているにも関わらず構えた。
音はどんどん2人に近付き、目前まで迫る。
「マーサ!そこに居るのか!?」
草むらから飛び出して来たのは、1人のエルフの男性だった。
ペインは構えを解いてその場にヘタリ込む。
「あれで聞こえるとは、エルフの聴力恐るべしである・・・」
「見つかったの!?」
男性の他にもどんどんエルフ達が集まってくる。
そして、その中に見覚えのある顔を見つけ、ペインは嬉し涙を流した。
「ラフタリアよ!会いたかったのである!!」
「ペイン、あんたも一緒だったの!?いきなり居なくなって心配してたのよ!!」
ラフタリアはペインに抱きつかれ、驚きと喜びの表情を浮かべている。
「ラフタリアよ、妹の教育はしっかりするのである!我輩、散々な目にあったのであるぞ!?」
ペインが泣きながら怒鳴ると、ラフタリアは首を傾げた。
「妹?私に妹なんて居ないけど?」
「何を言っているのである!ならば彼奴は貴様の何であるか!?」
ペインは男性に抱き上げられて目覚めたマーサを指差した。
「あぁ、私の母よ」
「ラフちゃんのママでーす。よろしくー」
マーサは寝ぼけながらもニコニコと笑い、ペインに向かってピースをしている。
「エルフ恐るべし・・・」
そう呟いたペインは、驚きと疲労、空腹に負けて気絶した。
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