第131話 双子③

 山頂に集う4人の間に、微妙な空気が流れている。

 ヴァルカンとアルコーは、目の前に居る見知らぬ2人を前にして警戒しているのか、半身になって構えているようだ。


 「本当に我輩の事が分からぬのか?」


 ペインは寂しげに再度問いかけたが、ヴァルカン達の反応を見るに全く思い当たる節がなさそうだ。

 

 「ごめんなさいね・・・私には心当たりは無いわぁ」


 「知り合いを騙った新手の詐欺か?」


 「失礼な!詐欺では無いのである!!我輩は貴様達のおしめも変えてやった事だってあると言うのに!!」


 申し訳なさそうなアルコーとは対照的なヴァルカンの言葉に、流石のペインも涙を流しながら怒鳴った。

 すると、それまで黙って様子を見ていたラフタリアが挙手をした。


 「あら、何かしらぁ?」


 それに気付いたアルコーが間延びした声で尋ねると、ラフタリアはペインの頭を軽く叩いた。

 ヴァルカンとアルコーは何事かと思ったようだが、特に敵意を感じなかったらしく、敢えて何も言わなかった。

 頭を叩かれたペインは、意味が分からず首を傾げている。


 「邪魔して悪いんだけどさ、あんたは産まれたばかりの頃の事を覚えてる?」


 「いや、忘れたのである・・・」


 「だったら、2人が覚えてる訳無いでしょ?

 それに、その後だってその姿で2人に会った事あんの?」


 ラフタリアの言葉を聞き、ペインはハッとして手を叩いた。


 「考えてみれば、全く無いのである!!

 いやぁ、我輩とした事が完全に忘れていたのであるな!!」


 「だと思ったわ・・・」


 ラフタリアは呆れてため息をつくと、再度後ろに下がった。

 あとはごゆっくりと言いたげな表情をしている。


 「いやぁ、2人共すまなかったのであるな・・・我輩は覇竜である!!

 今はペインという名を賜ったが、貴様達は好きに呼ぶが良い!!」


 ペインが胸を張って改めて名乗ると、ヴァルカンとアルコーは滝の様な汗を流し始めた。


 「覇竜ってあの覇竜かしらぁ・・・まさか、あのうるさいだけが取り柄だった奴が、私と同じ女性だったなんて・・・」


 「貴様、女だったのか・・・馬鹿げた話し方をするから男だとばかり思っていたぞ・・・」


 「やかましいのである!我輩だって傷付くのであるぞ!?

 この話し方だって、我輩がいかに威厳を出すかと悩みに悩んで辿り着いたのである!!」


 馬鹿にされペインは地団駄を踏んで悔しがったが、すぐに懐かしそうに2人を見つめた。


 「それにしても、貴様達は相変わらず顔を隠しているのだな・・・久しぶりに顔を見せてはくれぬか?ヴェスタルの子である貴様等は、奴等の友である我輩にとっても我が子同然であるからな」


 「貴様を親と思った事はない」


 「嫌よぉ」


 「そんな無体な・・・これでも貴様達の事を本当に心配していたのであるぞ?」


 躊躇なく断られたペインは見るからに落ち込んでいる。

 すると、アルコーは何かを思い出したかのようにペインの顔を覗き込んだ。


 「そういえば貴女、さっき名を賜ったと言ってたわよねぇ・・・まさか貴女、誰かの下についたのかしらぁ?」


 「む?あぁ、召喚されたのであるよ」


 「何だと?誰かは知らぬが、貴様程の者を召喚するとはな・・・」


 アルコーの質問に何げなく答えたペインを見て、ヴァルカンは苦々しく呟いた。


 「心配するでない・・・我輩の主は争いを好まぬゆえ、攻めて来なければ我々からは何もしないのである。

 まぁ、仮に攻められようが絶対に負ける事など無いであろうがな」


 「あら、相当自信があるようねぇ・・・」


 「そりゃあもう自信満々である!例えガングートが攻めて来ようが、我輩達は絶対に負けぬ!何せ我輩以外にも、探求者アルトリウスと馬鹿みたいに理不尽な副官がおるからな!!」


 「貴女の主は一生分の運を使い果たしたんじゃないかしらぁ・・・まさかアルトリウスまで居るなんてねぇ。うちにももっと良い子が来てくれないかしらぁ・・・」


 アルコーは、高笑いをしているペインを羨ましそうに見つめながらため息をついた。

 だが、ヴァルカンは神妙な表情をしている。


 「貴様が副官ではないのか?馬鹿みたいに理不尽な奴とは一体誰だ?」


 ヴァルカンに尋ねられてペインの顔が引きつり、ラフタリアに助けを求めたが、睨まれて項垂れてしまった。

 覇竜や真祖を気絶させる程の存在だ・・・敵対する可能性のある他の魔王達に知られるのは正直よろしくない。

 ペインとアルトリウスですら、召喚したとなれば他の勢力にとっては一大事だ・・・条件付きでそれ以上だとしても、脅威と見なされる可能性もある。

 下手をすると、それを理由に他の魔王達が結託し、排除するために動き出す事だって有り得るのだ。

 ペインは言葉に詰まりしばらく考え込んだが、うっかり口を滑らせたのが運の尽きだ・・・誤魔化しようが無い。


 「むぅ・・・貴様達だからこそ特別に教えるが、絶対に他の魔王達には言わないと誓って欲しいのである」


 「良いだろう・・・」


 「誓うわぁ・・・貴女を敵に回したくないしぃ」


 2人が承諾したのを見て、ペインは胸を撫で下ろして深呼吸をした。


 「スキルなどの詳細は言えぬが、少なくとも、其奴は城にいる限り我輩でも勝てんのである・・・。

 最強の防御力を誇っていると自負していた我輩を痛みによって気絶させ、アルトリウスですら一撃で倒す程の馬鹿力を持った人間である・・・」

 

 「ん?聞き間違いじゃなければ、今貴女は人間って言ったかしらぁ・・・?」


 「魔王の中では歳は上の方だが、俺はまだまだ若いつもりだったんだがな・・・」


 ヴァルカンとアルコーは信じられずに苦笑しているが、ペインの真面目な表情を見て悟ったようだ。


 「貴様達が信じられぬのも無理はない・・・正直、我輩だって信じたくないのである!何度叱られて泣かされた事か!!

 其奴は主の代わりに城の運営を任されているため、性格やスキルも相まって魔王以上に魔王らしい人間であるぞ!!

 主との契約もあるため逃げられぬし、このままじゃ我輩は彼奴色に染められてしまうのである!!」


 いきなり大声で泣き出したペインを見て、ヴァルカン達はドン引きし、ラフタリアは泣き出したペインを宥め始めた。


 「そ・・・そんなにその副官に不満があるなら、主に言って窘めて貰えば良いんじゃないかしらぁ・・・?」


 「其奴は主からの信頼も厚いのであるよ!!面倒臭がりながらも休まず仕事をするし、常に厳しいが時折見せる優しさが癖になるのである!!

 しかも成果を挙げればこちらの想定以上の報酬を出すし、飴と鞭が絶妙で不満よりも使われている悔しさの方が勝っているのである!!」


 「他人の使い方が上手い奴だな・・・」


 「厳しさと優しさのギャップには逆らえないわよねぇ」


 ヴァルカン達は何か感じるところがあるのか、しきりに頷いている。

 

 「む・・・そういえば、貴様達は最近は順調であるか?噂では、いまだ2人して別々にやっていると聞いているが?」


 ガン泣きしていたペインは、ハッとして2人に問いかけた。


 「感情の振り幅が大きいわねぇ・・・情緒不安定なんじゃないのぉ?

 まぁ、調子は良くも悪くもないわねぇ・・・正直、今のままではあの人達を越えられる自信は無いわぁ」


 「経験も技術も負けてはいないと自負してはいる・・・だが、未だ高みには届いていない。

 今ある素材だけでは限界である事は承知の上だが、諦めるつもりはない」


 困惑していたヴァルカン達は、ペインの質問に苦々しげに答えた。


 「何故武具と魔道具だけに拘る必要がある?貴様達の父母は、共に手を取り合って製作をしていたのであるぞ。

 どちらか片方だけでは限界がある・・・あの2人はそれぞれを高め合い、協力する事で偉業を成し遂げたのだ・・・今のままでは越える事など不可能であるぞ?」


 「そんな事は百も承知だ!だが、同じ物を造って何になる!?我々は亜人を含め、全ての人族に自身の愚かさを認めさせたいのだ!!器が小さいと誰に言われようと我々は一向に構わん!!」


 「私もヴァルカンと一緒よぉ・・・奴等は父様と母様を認めなかったにも関わらず、いざその性能を目の当たりにしたら賞賛しはじめたのよぉ・・・それなのに、私達の存在を知ると掌を返して2人を責め立て、挙げ句の果てに殺したのぉ・・・許せないわよねぇ?

 同じ物を造っても、所詮は二番煎じでしかないわぁ・・・現状、私達に造れる物は人族の物より上程度でしかないけどぉ、私達のやり方で両親を越える物を造って、奴等の悔しがる顔を見てみたいわぁ」


 2人はペインの提案を頑なに拒否し、そっぽを向いた。


 「あの・・・両親を殺されたのに、何故人族を滅ぼそうとしないのかしら?」


 ラフタリアが遠慮がちに尋ねると、アルコーは可笑しそうに笑った。


 「殺すのなんていつだって出来るわぁ・・・それに、わざわざ私達がやらなくてもいずれ勝手に死ぬしぃ。

 でも、それ以前に私達は魔王ではあっても職人としての誇りがあるものぉ・・・やっぱり、職人なら自分の造った物で認めさせないと意味が無いと思うのぉ」

 

 「魔王と言ってもガングートのように好戦的な者ばかりではない・・・我々のように目的を持って魔王として生きる者もいると言う事だ。

 我々は、人としての生を犠牲にする事で、膨大な時間と魔力を得た・・・それは全て、両親を超え、認めさせる為だ・・・笑いたければ笑うが良い」


 「いや、笑いはしないわよ・・・むしろ、私は好感が持てると思うわ。

 正直、ただ殺して恨みを晴らすより、職人としての誇りを持って生きるってのはカッコイイと思ったし・・・」


 「あらぁ、貴女話がわかるじゃないのぉ・・・私も貴女みたいな子は嫌いじゃないわよぉ!ハグしてあげるわぁ!」


 自分達の意見に好意的なラフタリアを見て、アルコーは抱き着いた。


 「まさか魔王にハグされる来るなんて思いもしなかった・・・いや、最近は慣れてきたかな?」


 ラフタリアが複雑そうに笑っていると、ペインが肩を叩いた。


 「ラフタリアよ、すまぬが2人に弓を見せてやってくれぬか?」


 「私は別に良いけど・・・大丈夫かしら?」


 「構わぬ・・・怒られるなら我輩だけにして貰うのである。

 ヴァルカン、アルコーよ・・・先程は敢えて言わなかったのだが、貴様達の為になるならば一度その弓を見ておくが良い」


 ペインは弓を受け取ると、ヴァルカン達に差し出した。

 2人は弓を手にした途端、目を見開いた。


 「この弓は何処で手に入れた・・・いや、誰が造ったのだ!?」


 「こんな構造今まで見た事無いわぁ・・・魔石の数に比べて、あまりにも出力が高過ぎるわねぇ」


 「持ち手の中に、魔石の代わりに魔召石を埋め込んだらしいのであるが、正直我輩には解らぬ」


 『魔召石!!?』


 「な、何であるかいきなり・・・驚くような事なのであるか?」


 2人の剣幕に気圧され、ペインは後ずさる。


 「驚きよぉ・・・魔召石は魔石よりも魔力の含有量が格段に多いから、私達も使おうと試した事はあるのよぉ・・・でも、一度も成功はしなかったわぁ」


 「あぁ、とにかく制御が難しいのだ・・・魔召石の膨大な魔力量を無駄にせず制御するには、かなり高度かつ膨大な魔術回路が必要になる・・・それこそこの弓と同じ性能の物を造るとなると、その大きさは人の扱える物ではなくなるだろう。

 だがこの弓は、人が扱える最適な大きさを維持しつつそれを可能にしている。

 正直、荒さは目立つが性能だけなら我々の・・・いや、ヴェスタルの武具をも軽く凌いでいる。

 何故だ・・・何故このような事が可能なのだ!!?」


 ヴァルカンは怒りと羨望に拳を震わせた。

 ペインは、そんなヴァルカンを見て優しく笑った。


 「ヴァルカンよ・・・それを造った者は、先程話した副官なのであるよ。

 奴は、我々の思いつかないような事を平然とやってのける・・・いや、この言い方は流石に奴に失礼であるな。

 奴は常に何かを考え、実現する為の努力を惜しまぬ男だ・・・理不尽な男ではあるが、そこは評価出来るのである。

 奴ならば、きっと貴様達の今後の為、力になってくれるであろう・・・奴も貴様達同様、物造りが大好きであるからな!!」


 「・・・人族に教えを請うなど」


 「そうよねぇ・・・人族を見返したいのに、人族に教えて貰うなんて本末転倒じゃないかしらぁ?」


 迷っている2人を見て、ペインはため息をついた。


 「何を恥じる必要がある!人族と言っても、奴は魔王の副官であるぞ!!言わば我等の同類であるぞ!!ちなみに、我輩がこっそり奴の書斎で見た設計図の中には、魔召石に属性付与をする為の道具のものがあったのは内緒である・・・」


 「それなら行くわぁ!」


 「む・・・それが可能かは解らぬが、非常に興味がそそられる」


 「ふははははは!チョロいのであるぞ!!」


 目を輝かせた2人を見て、ペインは高笑いをする・・・あわよくば彼等を仲間に引き込もうという魂胆が見え見えだ。


 「あんたね・・・いくらなんでも今のは駄目なんじゃないの?絶対に清宏に怒られるわよ?」


 「怒られるのは既に決定事項であるからな・・・それよりも、悩んでいる此奴達を放っておく訳にはいかないのであるよ。

 それに、此奴達を今のうちに引き込んでおけば、他の魔王達を牽制出来るであろう?

 清宏にとっても何かと得るものがあるであろうし、悪い事にはならないと思うのであるよ・・・きっと」


 ペインは何処となく自信なさげに答えたが、怒られるのを想像して震えている。


 「いつなら大丈夫かしらぁ?」


 アルコーに尋ねられ、ペインは我に返る。


 「うーむ・・・我輩達はこれからちと行くところがあるゆえ数日は戻らぬから、10日後くらいなら大丈夫だと思うのである。

 主と副官の男には伝えておくが、副官はかなり癖が強いゆえ、気を付けてくれると助かるのである・・・間違っても怒らせたら駄目であるぞ?我輩でも止められる自信は無いからな」


 「わかってるわよぉ・・・貴女が敵わない相手に喧嘩を売るほど馬鹿じゃないわぁ」


 「ならば、我々も墓参りを済ませて戻るとしよう・・・では、10日後に行く」


 「うむ!では、魔王リリスの城で待っているのである!!」


 ペインは2人に手を振ると、ラフタリアの手を引いて山頂から飛び降りる。そして、竜の姿になって彼方へと飛び去って行った。


 「魔王リリス・・・まさかあの子の所とはねぇ」


 「親子揃って騒がしい魔王のようだな・・・」


 ヴァルカンとアルコーは、ペインが飛んで行った方角をしばらく眺めたあと、両親の墓に向かって祈りを捧げて去って行った。


 

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