第129話 双子①

 ラフタリアとペインは砂漠を越えて街で休み、食料を調達して翌朝早くには目的地に向かった。

 街ではペインが何か問題を起こすかと思われたが、美人2人組でしつこくナンパされた事を除けば特に目立った問題も無く、ペインはやれば出来る子であると言う事を自ら証明した。

 街を出てからは、森の奥でペインが本来の姿に戻り、その後は寄り道せずに目的地であるヴェスタルの墓へと向かい、食事と睡眠時以外は人目につかぬように気を付けながら飛び続け、当初の予定よりも早く翌日の昼には目的地の近くまで辿り着き、森の中の開けた場所に降り立った。

 

 「で、何処にお墓があるのよ?」


 「あの山の頂上である!」


 ラフタリアが身体を伸ばして大きな欠伸をしながら尋ねると、ペインは目の前に聳え立つ山を見上げながら鼻息荒く答え、山を見たラフタリアは大きなため息をついた。


 「得意げに言わないでくれるかしら・・・いくら私がエルフだからって、山登りとか好きな訳じゃないのよ?」


 「仕方ないであろう?山頂には我輩が降りれる程の広さは無いのである。

 まぁ、貴様も冒険者の端くれであればこの程度の高さは余裕であろう?」


 「山って言っても岩山じゃないのよ!木が全く生えてないじゃない!?しかも、上は雪がかかってるし!!」


 「文句の多い女であるな!山など木があろうが無かろうが登れば一緒なのである!!」


 「一緒じゃないわよ!装備とか色々違うのよ!?山舐めてたら死ぬわよ!?・・・って、あんたは死なないんだったわね」


 「この程度の高さ、例え落ちようが蚊ほども痛くないのである!そこまで心配ならば、我輩に捕まっていれば良いのである!ほれ、無駄口叩く前にさっさと行くのである!!」


 ペインは長いロープを取り出して片側を腰に巻くと、反対側をラフタリアに渡した。


 「あんまり飛ばさないでよ?」


 「任せるのである!」


 ラフタリアは腰にロープを巻いて念押しし、ペインは自信ありげに笑って切り立った斜面を登り始めた。


 「このくらいのペースで良いのであるか?」


 「ええ、問題ないわ・・・ところで、ヴェスタルの墓ってなんでこんな人目につかないような山の上にあるのよ?」


 2人は岸壁から突き出た足場を軽やかに移動しながら会話する。

 質問されたペインは少し広めの足場に腰掛け、ラフタリアが追いつくのを待った。


 「まぁ、正直あまり面白い話ではないのであるよ・・・貴様は、ヴェスタルについてどれだけ知っているのである?」


 「ふぅ、短時間で結構登って来たわね・・・よいしょっと!あんたも食べる?」


 「おっ、食べるのである!・・・いやいや、我輩は貴様の質問に答えてやろうとしていたのであるが!?」


 ラフタリアはペインの隣に腰掛け、アイテムボックスからパンを取り出して差し出した。

 ペインは突っ込みを入れたが、パンの誘惑には勝てず、奪うように受け取って口いっぱいに頬張った。


 「朝早かったんだし、お昼には丁度良い時間だったでしょ?」


 「むぐむぐ・・・それはそうであるが、貴様もなかなか突拍子のない奴であるな。

 それで、貴様はヴェスタルの事をどれだけ知っているのである?」


 「どこまでって言われても、遥か昔の鍛治師で魔剣やらの始祖としか聞いてないわね・・・エルフとドワーフの夫婦ってのも、あんたの話を聞いて初めて知ったしね・・・そもそも、ヴェスタル自体が書物とかにも殆ど詳しく記されてないし、謎が多いのよ」


 ラフタリアは、口の中のパンをお茶で流し込んで答えた。

 それを聞いたペインは、少し考えこんで腕を組んだ。


 「ふむ・・・まぁ、今となっては昔の事であるし、言っても良かろう。

 あの2人の事が記されてないのには、一応ちゃんとした理由がいくつかあるのであるよ」


 「何でよ?」


 「細かい事は省かせて貰うが、大きな理由は主に2つ・・・1つは、この前言ったようにエルフとドワーフの夫婦であった事であるな。

 エルフとドワーフは昔から仲が悪いと有名で、それは今に至ってもそれは変わっていないが、昔は今よりも遥かにその傾向が強かったため、2人は人前に姿を現さなかったのであるよ」


 「まぁ、それは納得出来るわね・・・私は別に気にしないけど、私の住んでた村にもドワーフを毛嫌いしているのは多かったしね・・・それで、もう1つの理由は何かしら?」


 尋ねられたペインは大きく深呼吸をすると、寂しそうに笑った。


 「2人の間に、本来ではあり得ないと言われていた子供が生まれたのであるよ・・・しかも、男女の双子であった」


 「ぶっ!?げーっほ!げほっ!!・・・は、鼻からお茶がっ!!」


 「まったく、わからぬでも無いが、驚き過ぎである・・・」


 「驚かない訳無いでしょ!?多種族間で子供を作れるのなんて人間だけよ!?それがエルフとドワーフなんて聞いたこともないわよ!!」


 ラフタリアは顔を真っ赤にして詰め寄り、ペインの顔めがけて唾と鼻水が飛び散った。


 「き、汚いのである!?ちゃんと口元を拭いてからにして欲しいのである・・・」


 「ご、ごめん・・・あまりにも驚き過ぎて・・・」


 ハンカチで顔を拭うペインを見て、ラフタリアは慌ててそれを手伝う。

 顔を拭き終わったペインはため息をつくと、続きを話し始めた。


 「まぁ、貴様が驚くのも無理はないのであるよ・・・我輩も長い事生きてはいるが、人間以外との混血児など後にも先にもその双子しか見た事がないのであるからな。

 ただ、それ以上に驚くべきことがあった・・・その双子の額には、魔王の証である魔石があったのであるよ」


 「うっそだぁー・・・だって、エルフとドワーフでしょ?魔族以外に魔王が生まれるなんて聞いたこともないわよ!まぁ、エルフとドワーフの混血児も聞いたこと無いけどさ・・・」


 「事実は事実である・・・神の悪戯か魔神の呪いか、はたまた我輩と長く共に過ごした事が原因か・・・いくら考えても、分からぬものは分からんのである。

 ただ、ヴェスタル達はそれはたいそう喜んでおったよ・・・例えどの様な姿であろうと、2人の間に子が生まれた事は奇跡であり事実、子をなすことを諦めていた2人にとっては、何よりも嬉しい贈り物だったのであろうな・・・」


 ペインは優しく笑っているが、どこか寂しそうな表情をしていた。

 

 「色々と聞きたい事はあるんだけど、その後はどうなったの?」


 ラフタリアは気を遣ったのか、遠慮がちに尋ねる。


 「幸せそうであったよ・・・だが、それも長くは続かなかったのである」


 「理由を聞いても良いかしら?」


 ペインは無言で頷くと、しばらく遠くを見つめた。


 「我輩は竜族の中でも最上位の存在である・・・滅多な事では戦いを挑む者など現れぬが、それでも長く生きていれば何度となく現れる。

 ヴェスタル達だけならば仮に見つかってもいくらでも誤魔化しようはあるが、子供はそうはいかないのである・・・それが、魔王の証を持っていたとなれば、尚のこと難しい・・・もし見つかりでもすれば、いくら魔王の証を持っていようと、幼い子供では大人の冒険者に敵うはずもないであろう。

 それに、我輩が助けてしまえば、双子の親であるヴェスタル達の立場も危うくなる・・・よって、我輩はヴェスタル達を案じて住処から立ち去らせたのである。

 その後は奴等との接触を控え、風の噂で近況を知るに留めていたのである・・・それから30年程経った頃であったか、双子の存在が明るみに出てしまい、我が子を守ろうとしたヴェスタル達は殺され、製作した武具などは全て奪われたのである・・・」


 「その後、双子達はどうなったの・・・?」


 ラフタリアに尋ねられたペインは、悲しそうに笑った。


 「今も生きておるよ・・・魔王としてな。

 両親を殺された事に怒り暴走した双子は復讐を果たし、揃って魔王として生きる道を選んだのである・・・ヴェスタル達は魔王になる事を望んではいなかったはずなのだがなぁ・・・ただ幸せに生きて欲しいと笑いながら話していたのである・・・。

 我輩がヴェスタルが危ないとの噂を聞いた時には既に遅く、双子に説得を試みたが聞いては貰えなかったのであるよ・・・」


 「そうだったのね・・・でも、双子の魔王っていたかしら・・・」


 「奴等は常にフードを被り、仮面で素顔を隠しておるし、何より殆ど表舞台には出てこないのであるからな・・・2人の名は、ドワーフの血を色濃く受け継いだヴァルカン、そしてエルフの血を継いだアルコーである」


 「えっ・・・あの2人がヴェスタルの子供だったの!?確かにヴァルカンは武具製作、アルコーは魔道具製作が得意な魔王だとは聞いた事があるけど・・・ん?そういえば、リリス様は魔族以外の魔王がいるの知ってるのかしら?まぁ、私は知らなかったけど」


 ラフタリアの疑問を聞いたペインは可笑しそうに笑い出す。


 「いや、引きこもりの主殿は知らないであはろうな・・・まだ若い主殿に比べヴァルカンとアルコーは古参の魔王であり、これまでも素顔を見た事がある者は殆どおらぬからな。

 恐らく、あの2人の事を詳しく知っておるのは、我輩を含めても片手で足りる程であろう」


 「ねぇ、まさか魔王になる奴って引きこもりじゃないとなれないとかあるの?」


 「主殿・ダンケルク・ヴァルカン・アルコーと確かに引きこもりは多いが、別にそれが当たり前と言う訳では無いのである・・・ガングートのように気紛れに暴れるような奴もいるのであるからな」


 ラフタリアに真面目な表情で尋ねられ、ペインは呆れながら答えた。

 ラフタリアは、乾いた笑いをしながら身震いしている。


 「それもそうね・・・ガングートが暴れてるのを想像しただけで嫌になるわ・・・。

 さて、そろそろ行きましょう!話し込んでだいぶ時間が経っちゃったしね!」


 「うむ、ならば少しペースを上げて行くのである!」


 2人は気合いを入れて立ち上がると、いまだ雲に覆われている山頂に向けて進み始めた。


 

 


 

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