第106話 貴族の役割
2階に上がり、オーリック達は足音を立てない様に気を配りながら奥に進む。
奥に進むにつれ、微かに話し声が聞こえてくる。
笑い声なども聞こえてくるところを見ると、マグラー達は全く気付いていない様だ。
夫人は部屋の前で立ち止まり、振り返って微笑んだ。
「わたくしが先に入りますので、皆様はこちらで少々お待ちください」
オライオンが頷き、室内からは死角になる壁際に移動する。
オーリック達もそれに倣い壁際に隠れると、夫人は扉をノックした。
「入れ・・・」
話の邪魔をされたからか、やや不機嫌そうなマグラーの声が聞こえてくる。
夫人は気にするそぶりも見せず、扉を開け中に入った。
「話が終わるまで部屋には来るなと言っておったであろう。
まったく、お前が皆に挨拶をしたいと言ったからわざわざ連れて来てやったと言うのに・・・して、一体何の用だ?」
「申し訳ありません・・・ですが、お客様がお見えになりましたので・・・」
夫人は先程迄とはうって変わり、弱々しい雰囲気の声音でマグラーに話し掛けた。
恐らく、夫であるマグラーを立てるため、普段は大人しく振舞っているのだろう。
来客と聞いたマグラーは怪訝そうな表情を浮かべた。
「私に客だと?一体誰が・・・」
「さぁ、わたくしは存じ上げません・・・。
ですが、今日こちらにあなたと皆様が集まるのを知ってらっしゃるようでした」
マグラーは集まっている者達を見渡したが、皆首を振る。
「もしかすると、騎士団の者かもしれませんな・・・軍議の結果を報告に来たのでは?」
「ふむ・・・わかった、通すがよい」
「はい・・・皆様、お待たせ致しました」
夫人が扉を開け手招く。
オライオン達はフードを目深に被り部屋に入った。
「軍議の結果が出たのであろうな?」
部屋の中は薄暗く、如何にも悪巧みをしている雰囲気の中、マグラーが尋ねた。
部屋の暗さとフードのため、まだバレてはいないようだ。
「どうした、答えよ・・・」
「報告か・・・良かろう。
今回は軍出さず話し合いの場を設ける事に決定した・・・其方の思い通りにはならなかった様だなマグラー?」
オライオンはフードを脱ぎ捨て、マグラーを見据えて言い放った。
マグラーは椅子を蹴るように立ち上がると、顔を真っ赤にしてオライオンを睨んだ。
「き・・・貴様等何故ここに!?」
「わたくしがご案内いたしました」
「なっ・・・わ、私を裏切ったのか!?」
オライオンに代わって夫人が答えると、マグラーは驚愕の表情を浮かべた。
夫人に対する当りは強かったようだが、それでも信用をしていたようだ。
「わたくしが裏切ったと仰いましたか?
わたくしは、今も昔もこの国に全てを捧げております・・・。
昔は、あなたもこの国にとって必要な人材であり、わたくしもそれに期待しておりました・・・だからこそ望まぬ婚姻にも目を瞑り、これまであなたを支えてきたのです。
ですが、今回に至っては国家の混乱を企て、陛下のお命を狙うだけでは飽き足らず、無関係な者の家族にまで手を掛けるなど、民の模範で在るべき貴族とは思えぬ所業の数々・・・わたくしの期待を裏切ったのはあなたではございませんか?」
「そ、それは・・・」
夫人は冷めた表情のまま、淡々と告げる。
マグラーは妻に裏切られたショックと、普段とは違う雰囲気に気圧されているようだ。
「それは・・・何でしょうか?
何か正当な理由がおありなら、ハッキリと申されたら如何でしょう?」
「つ・・・強ぇ・・・」
マグラーを睨んでいる夫人を見て、オライオンの背後に立って様子を伺っていたサンダラーがボソリと呟く。
「なんだかのう・・・余の出番を全て持っていかれた感じだな」
オライオンも腕を組んで傍観を決め込んでいる。
すると、マグラーがオライオンを指差して睨みつけた。
「お前は、その男がこの国のためになると言うのか!?
冒険者などと言う下賤の身であり、王侯貴族にあるまじき振舞いをし、民に媚びを売り続け、今回に至っては魔族と話し合うだと!?
それこそ国を治める者として如何なものか!!
王侯貴族とは民の上に立つ存在であろう!民に媚びを売って何とする!?
我々が正しく導く為にも、民には厳しく接し、決して甘やかしてはならんのだ!!」
怒鳴り散らすマグラーを見て、オライオンは小指で耳の穴を掻いた。
「耳が痛いな・・・だが、余は今のやり方を変える気なぞさらさらないぞマグラー。
まず、其方の言う貴族とは何だ?其方の祖先が功績を立て、それを称えられたからこそ今の其方が在るのではないのか?
それまでは、其方の祖先は貴族でも何でもなく、其方が見下しておるただの民の1人だったであろう?それが数世代と続いたから何だと言うのだ。
人は等しく人である・・・立場が違おうと其処は変えられん。
国とは人の集まりであり、その中で最も多いのは民だ・・・王侯貴族など一握りであり、我々は民を代表してはいるが、実際に社会を廻しておるのは民であろう?だからこそ、余は貴族も民も別け隔てなく接する・・・同じ人としてな。
余は、民が安心して暮らしていける国創りこそが、繁栄への近道だと考えておる」
オライオンの言葉を聞き、夫人は嬉しそうに微笑み頷いた。
「陛下の仰る通りでございます・・・民の安寧無くして、国の繁栄は望めません。
わたくしは、国を繁栄させるには、其処で暮らす人々が同じ目標を持ち、希望を持って生活出来る基盤が必要であると思っております。
我々貴族の役割とは、民に模範を示すと同時に、民の暮らしを守り支えていく事でございます・・・そうすれば、時間は掛かろうとも国は繁栄し、盤石となりましょう」
マグラーは形勢不利な状況に歯軋りをして仲間達を見たが、皆顔面蒼白俯き気付いていない。
自分達のリーダーであるマグラーの身内が裏切り、敵であるオライオンを招き入れたのだ・・・言い逃れしようの無い状況に絶望しているようだ。
そんな仲間達の表情を見て、マグラーは首を振って再度オライオンを睨んだ。
「だ、だが・・・魔族と話し合うという事に関してはどの様にお考えか!?
人族と魔族は、永きに渡り争って来たではないか!もし和睦を結ぶとして、それをどうやって民に理解してもらうのだ!?」
オライオンは腕を組んで唸り、困ったようにマグラーを見る。
「ふむ、そこは隠し立てせずに話すのが最善であろうな・・・下手に隠してしまった場合、真実を知った時にさらに混乱を招くであろう。
まぁ、それは話が纏り、和睦に向けて動く事になってからだがな・・・。
だが正直、魔王側がもし報告の通りの戦力だった場合、我々の勝ち目は薄い・・・出来れば和睦が最善の道だと思っておる」
「何故貴様はそこまで弱気なのだ!この国には何の為に騎士団が在る!?」
「マグラーよ、その騎士団を全て投入しても勝ち目が薄いとしたらどうする?
上位の魔族と戦う場合に、最も優先すべきなのは耐性を上げる事だ・・・武器もそうだが、何よりもまず防具や装飾品を揃えねばならん。
騎士団の全てにそれを支給するとして、必要な素材や経費はどうなる?恐らく、今回の戦だけでこの国は財政破綻をするであろう・・・。
余は、あのフェンリルとの戦いの時、身を以てそれを痛感した・・・どんなに剣の腕が立ち、強力な魔法が使えようと、耐性を持たぬ者など上位の魔族や魔物にとっては虫以下の存在でしかないのだ。
あれは、我々人族の理解の範疇をあまりにも逸脱しておる・・・余がフェンリルを討伐出来たのも、あの時奇跡が起きなければ不可能だったであろう」
オライオンは言葉とは裏腹に、懐かしむような表情を浮かべてマグラーを見た。
静かに語り出したオライオンを見て、その場に居た者達は、皆その雰囲気にのまれてしまった。
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