第105話 内通者の正体

 見張りが絶命し、地面に血溜まりが出来ていく。

 魔道具により姿を消しているサンダラーは、塀を乗り越えて敷地内に入ると、周囲に誰もいない事を確認して門を開け、見張りの死体を敷地内の茂みの中に隠す。


 「さてと、まずは門の前をどうにかしないとな・・・」


 サンダラーは布を取り出して死体に被せ、魔力を込める。

 するとサンダラー同様、死体の姿が周囲に溶け込み消えてしまった。

 それを確認したサンダラーは門の前に戻り、血溜まりに向けて2種類の魔法を使用する。

 まず水属性の魔法で血溜まりを洗い流し、次に火属性の魔法で濡れた地面を乾かしたのだ。

 本来であればしっかりと後処理をしなければならないのだが、あまり時間を掛けられないため手早く済ませる。

 若干地面が赤茶色く変色し、血の臭いが残ってはいるのだが、すでに陽は傾き、暗くなるまでそう時間は掛らないためバレる心配は無いだろう。

 その後サンダラーは再度敷地内に戻ると、他の見張り達も次々と音も無く処理して行った。


 「よし、粗方片付いたな・・・早くしねーとまた愚痴言われちまう」


 門を開き、魔法を解除して姿を現したサンダラーは、手を振ってオライオン達に報せる。


 「ご苦労だったな、中はどうであった?」


 「屋敷の外に8人居ましたが、全員お眠の真っ最中ですよ。

 ちゃんと隠してありますから、まずバレる心配は無いでしょう」


 オライオンに報告したサンダラーは、ヘラヘラと笑いながら全員を招き入れると、小さな声で部下に何やら指示を出した。

 指示を受けた部下達は素早くその場を去って行く。


 「サンダラー団長、彼等はどうしたのですか?」


 「いや、念の為増援を寄越すように伝えただけだ・・・いくら人通りが少ないとは言え、近衛騎士団が大人数でまとまってたら目立つだろ?

 あいつらには、近くの倉庫で待機してる残りの連中を呼びに行かせたんだよ。

 ほれ、さっさと行って済ませようぜ?」


 サンダラーはオーリックに説明すると、警戒しながら入り口の扉を開けて中に入った。

 中には誰もおらず、薄暗い広間は蝋燭の淡い灯りが揺らめいている。


 「中に見張りはいないのでしょうか?」


 「マグラーは他人を屋敷に入れたがらないからな・・・特に、冒険者や用心棒みたいなのは絶対に入れないって話だ。

 普段はマグラーの息のかかった騎士達が屋敷内の警備をしているらしいが、今日は緊急招集をかけたから詰所で拘束されてるよ」


 サンダラーはジルと手分けしながら、注意深く広間の散策をする。

 侵入者を報せる仕掛けなどがないか確認しているのだ。


 「陛下、そろそろ内通者を教えていただけませんか?

 誰か知らぬままでは、危害を加えてしまう可能性がありますので・・・」


 サンダラー達が広間を調べている間に、オーリックはオライオンに尋ねた。


 「そうだな・・・だが、話すまでもなく向こうから来てくれたようだぞ?」


 オライオンが階段の上を指差すと、オーリック達はそこに立っている人物を見て目を疑った。

 その人物は、上品なドレスを身に纏った細身の中年の女性だったのだ。


 「な、何故マグラー卿の奥方がここに・・・」


 オーリックはオライオンを見たが、返答は無い。

 夫人はゆっくりと階段を降りると、オライオンの前で立ち止まり頭を下げた。


 「陛下、お久しゅうございます・・・」


 「うむ、其方も息災のようでなによりだ。

 其方には悪いが、今回ばかりは彼奴を見過ごす訳にはいかんようだ・・・すまぬ」


 オライオンが沈痛の面持ちで頭を下げると、夫人は首を振った。


 「陛下、どうか頭をお上げくださいませ・・・一国の王たる者が軽々しく頭を下げてはなりません。

 わたくしの方こそ力及ばず、主人の企てを阻止できなかった上に陛下のお命まで・・・わたくしは、いかなる処罰も受け入れる所存でございます」


 「いや、其方に罪は無い・・・これも余の力不足が何よりの原因だ。

 今まで苦労を掛けたな・・・己が夫の行動を監視し、内通をせねばならぬ日々はさぞ辛かったであろう」


 「労いのお言葉、身に余る思いでございます。

 ですが、これもお国のため・・・それを思えばこの程度の苦労は有って無いような物でございます。

 陛下は身を削る思いでこの国のために尽力なさっていらっしゃいます。

 ですが、片やわたくしの夫は私利私欲にまみれ、民を蔑ろにしてばかり・・・国とは、民無くしては成り立ちません・・・それを理解出来ぬ者が貴族を名乗るなど、恥晒しにも程がございましょう。

 わたくしは女なれど、この国で生まれ育ち、この国を愛しております・・・お国の為に命を捧げる覚悟も出来ております。

 陛下、わたくしの苦労を労うと仰られるならば、この国をより良い未来へとお導きください・・・それこそがわたくしにとって最高の労いとなりましょう」


 オライオンはその言葉を聞いて深く頷き、跪いている夫人に手を差し出す。


 「其方の言葉、この胸にしかと刻んでおこう。

 余は、其方程愛国心に溢れる者を知らぬ・・・其方の期待を絶対に裏切らぬとここに誓おう」


 「お心遣い、感謝の言葉もございません。

 皆様、お待たせしてしまい申し訳ございません・・・では、主人の部屋にご案内いたします」


 夫人はにこやかに笑うと、先を歩きながら階段を登って行く。


 「何故この様な女傑があんな男と・・・」


 オーリック達は内心酷く混乱していたが、オライオンとサンダラーが夫人を警戒していない事を確認し、仕方なく後に続いて行った。

 

 

 

 

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