第107話 氷狼王フェンリル①

 オライオンは近くにあった椅子に勝手に腰掛け、息を吐いた。

 形勢は有利とは言え、敵陣のど真ん中だというのに、肝が据わっているところは流石は英雄と呼ばれるだけの事はある。

 マグラーは何か言いたげではあったが、気圧されて言葉が出てこないようだ。


 「フェンリルについて話す前に、其方達に一つ問いたい・・・ギルドが定める討伐難易度についてどう考えておる?」


 「それは・・・陛下が討伐されたフェンリルはSS級、世界の危機だったかと・・・。

 今回現れた魔王側はS級、国家の危機となる存在が3名と聞いておりますが・・・」


 「うむ、その通りだ・・・では、その国家の危機とはどの程度の物を表している?」


 「それは・・・わかりかねます・・・」


 オライオンは、遠慮がちに答えたマグラーの取り巻きに対し再度問い掛けたが、明確な答えは返ってこなかった。


 「ふむ、其方達はまだまだ勉強が足りぬようだな・・・。

 正直、S級及びSS級以上の国家や世界の危機に関しては、明確に区分されてはおらぬのだ。

 それは、どちらも事が起きた場合の被害が余りにも大き過ぎるためだ・・・よって、一定以上の強さを持ち、人に害を為す可能性のある者がS級以上に分類される。

 国で対処出来るならばS級、それ以上はSS級とされておる・・・どちらも、人の物差しでは推量れん程に強大であると言う事だ。

 今回魔王側にいるとされる探求者アルトリウスは、一夜にして王都に住む全ての人間をただ1人で虐殺した・・・夜間とは言え、騎士団や冒険者を含めた全ての人間をだぞ?

 それは、十数年前隣国で猛威を奮った赤龍よりも遥かに危険な存在である事を物語っておる。

 国家の危機と言っても、ピンからキリまで様々なのだよ・・・余が知る限り、我が国の騎士団が討伐したS級には、アルトリウスや赤龍クラスは居なかったと思うが、どうだサンダラー?」


 「へっ・・・?いきなり私に振らんでくださいよ・・・。

 えっと、陛下の仰る通り、アルトリウスや赤龍に比べるとややランクが落ちますが・・・ですが、あれはあれで厄介な相手ではありました」


 欠伸をしていたサンダラーは、オライオンにいきなり話を振られて慌てて答えた。


 「サンダラー殿、騎士団が討伐したのはどの様な相手だったのですか?」


 「あぁ、一番面倒臭かったのは壊れかけのエンシェントゴーレムだよ・・・神代の遺物だったみたいだが、あまりにも長い間放置されてたせいで老朽化してたんだろうな。

 壊れてたせいか、魔法よりも物理に特化しててな、こっちの攻撃は魔法以外全く効果が無かったんだわ・・・拳を振るえば山が吹き飛んで地形が変わるわ歩けば振動で身動き取れないわで近づく事すら出来なくて、結局は3日間ぶっ通しで攻撃魔法の雨あられでようやく討伐したんだよ。

 まぁ、的はやたらデカイし動きは遅いしでこっちの被害は少なかったけどな・・・。

 でも、あれが当たり前の状態だったら、今頃この国は無かったかもなぁ・・・そのくらいタフな相手ではあったかな。

 それでも、アルトリウスや赤龍と比べたら弱い部類なのは確かだけどな・・・」


 サンダラーはオーリックの質問に、ため息混じりに答えて苦笑した。

 オライオンは2人の会話が終わるのを待ってマグラーを見る。


 「マグラーよ、アルトリウスは一夜にして王都を滅ぼし、赤龍は隣国を壊滅寸前にまで追いやった・・・壊れかけていたとは言え、エンシェントゴーレムもまたS級だ。

 騎士団はゴーレムを討伐し、国を守ってくれたのは紛れも無い事実ではある・・・だが、それがアルトリウスや赤龍だったならどうなっていた?

 其方は、其奴等が3日もの間大人しく攻撃を受けて待っていてくれると思うか?

 しかも、今回の相手はS級が3名だ・・・国を滅せるだけの力を持つ者達が集まり、志を一つにしている。

 単純に計算しても、国が3つも滅ぶならばSS級相当と考えても良いだろう・・・SS級は、S級などとは比べ物ならぬぞ・・・」


 マグラーは生唾を飲み込んだ。

 オライオンの言葉の重みを感じ取ったのだ。


 「あれから50年は経ったと言うのに、余はいまだに夢に見る・・・あの日、余が目にした光景は美しく、そして絶望的な物だった。

 氷狼族とは人語を理解する程に知能が高いのだが、高い魔力を持っているにも関わらず、魔法を使わぬ種族だ・・・魔法など使わずとも、奴等は強いからな。

 奴等は、岩をも噛み砕く牙に鋼鉄を切り裂く爪、狼特有の身体能力の高さと狡猾さを持っており、連携して獲物を狩る。

 だが、奴等の最も警戒すべき能力は、高い魔力を体外に放出し、冷気へと変えると言うものだ。

 その冷気は吹雪を起こし、それに紛れて獲物を八つ裂きにする・・・もし傷を受けた場合、傷口が瞬時に凍り付き壊死を起こすのだ。

 氷狼王フェンリル、奴の起こす吹雪は破格であった・・・何せ、国を全て飲み込む程に巨大であったからな。

 さらには、直接傷を受けずとも、耐性の無い者はその吹雪に触れるだけで瞬時に物言わぬ氷像へと変貌したのだ」


 室内が静まり返り、オライオンは苦笑する。

 だが、皆何も言わずに話の続きを待っているようだ。

 オライオンは深呼吸をし、髭を撫でる。


 「あの時は、多くの国々がフェンリル討伐の為に騎士団や冒険者を送り込んだ・・・だが、フェンリルの造り出した吹雪の中で行動出来たのは、余を含めて100名足らず、全員が冒険者であった。

 現在と変わらず、騎士団に支給されている装備では、耐性が足りなかったのだ。

 我々はフェンリルの手下達から幾度も襲撃を受け、仲間を失いながらもなんとかフェンリルのいる王都へと辿り着いた・・・その時点で、40名程しか残っては居なかった。

 王都に入って我々は息を飲んだ・・・それまで猛威を奮っていた吹雪は跡形もなく、目の前には雲一つ無い青空、そして一面の銀世界が広がっていたのだ。

 人だけではなく、木々や建物まで凍り付き、余は目の前の芸術品のような美しさに見惚れてしまった・・・日常の風景をそのままに、人々はフェンリル襲来を知る事もなく瞬時に凍り付いたのだろう。

 だがその直後、何者かの咆哮が轟き、目の前が真っ赤に染まった・・・凍り付いていた人々が、粉々に砕け散ったのだ。

 余は我に返って警戒したが、赤い霧が晴れ、目の前に現れたものを見て恐怖で身体が動かなくなった・・・目の前には、この屋敷程の体躯を持つ氷狼・・・フェンリルが余を見下ろしていたのだ」


 オライオンは拳を握り、小刻みに震えた。

 フェンリルと相対した時の恐怖と悔しさを思い出したのだろうか、握りしめた拳からは血が滴っていた。


 

 

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