第99話ギャップ
オーリック達はジルに案内されながら、長年放置されてカビ臭くなった通路を進む。
閉鎖された空間のあまりの蒸し暑さに辟易していたが、通路の途中でジルが立ち止まって振り返るのを見て、皆顔を引き締めた。
「ここが陛下の自室に繋がる扉だ・・・」
「・・・ただの壁にしか見えないが?」
ジルが指差す壁を見たオーリックは首を傾げる。
「まぁな・・・もしこの隠し通路を偶然見つけられたら困るから、部屋への扉はわからない様にしてあるんだよ。
悪いが、例えお前達であっても見分け方を教える訳にはいかねえ・・・」
「いや、別に構わないよ・・・我々がここを通る事など、これから先の人生でもそうある事でも無いだろうからな」
「それもそうだな!んじゃ、ちょっと待ってな!」
ジルは笑いながら頷くと、壁に組み込まれているレンガを抜き、別の場所に組み込まれているレンガと入れ替え始める。
「何をやっていますの?」
「いや、扉を開けるんだけど・・・これがこっちでこっちがこれで・・・あれ?」
尋ねてきたルミネに作業中のジルが答えたが、手に持っているレンガを見て首を傾げた。
「いくら念の為って言っても複雑過ぎるんだよなぁ・・・」
「その作業が扉を開ける鍵の代わりと言うことですの?だとしたら、開いた後はどうするんです?
いくら見分けがつきにくいとしても、そのままでは危険ではないのですか?」
「あぁ、それに関しちゃ心配いらねえよ。
この壁に使われてるレンガは全て魔道具みたいなもんでな、一度扉を開けて締めると、また開く前の配置に戻る仕組みなんだよ。
だから、こっちから入った場合には再度組み替える必要は無いんだよ・・・っし!開いたぞ!」
ジルは額の汗を拭うと、壁を押し込んだ。
壁が横にずれて行き、閉鎖されていた通路に眩しい光と新鮮な空気が流れ込んで来た。
「ふぅ・・・やっぱ外の空気は美味いな!」
「汗で服がビチョビチョで流石に気持ち悪いですわ・・・あの城のお風呂が恋しくなりますわね」
皆は部屋になだれ込む様に入ると、襟のあたりを摘んでパタパタと扇いで涼をとる。
扇ぎながら部屋を見渡していたオーリックは、一国の王の部屋とは思えない内装に首を傾げた。
「ここが陛下の自室か・・・思っていたよりも大分質素だな」
「まぁ、あの人は派手なのは好まないからな。
冒険者やってた時のこだわりなのか、自室には必要最低限の物以外は置きたくないんだとさ。
さてと、隣の部屋で待ってるから早いとこ行こうぜ?」
オーリック達がジルの後に続いて扉に近づくと、隣の部屋から話し声が聞こえきた。
聞こえてくるのは、幼い子供達の笑い声と、困った様な男性の声、そして楽しそうなオライオンの声だ。
「陛下、ただ今戻りました・・・」
「おぉ、やっと戻ったか!遠慮はいらん、入るが良い!!」
ジルが扉をノックして声をかけると、それに気付いたオライオンが楽しげな声で応えた。
謁見の時とは違い、オライオンの声には威圧感を感じられない。
オーリック達は頷きあって扉を開けると、目の前の光景を見て目を疑った。
そこには、豪華なソファーにゆったりと腰掛け、抱きかかえた2人の子供に髭を引っ張られて笑っているオライオンが居たのだ。
「陛下・・・何してんすか?」
「はっはっは!やはり子供とは良いものだな!!
このような元気な子供達を見ていると、この国の未来は明るいと思えてくる!!」
ジルが呆れて尋ねたが、オライオンは髭を引っ張られながらも嫌な顔一つせず、優しく子供達の頭を撫でて豪快に笑った。
「こら!お前達、陛下になんという無礼な事を!?」
「あっ!お母さん!!」
我に返ったリンクスが怒鳴りながら駆け寄ると、子供達はオライオンの膝の上から降り、嬉しそうに抱きついた。
「はっはっは!やはり母親には勝てんな!!」
「陛下、数々の無礼申し訳ありませんでした・・・」
リンクスが深々と頭を下げると、オライオンは笑いながら首を振る。
「なに、気にするでない・・・謝らねばならぬのはこちらの方だ。
其方の家族を巻き込み、子供達にも怖い思いをさせてしまい、本当に申し訳なく思っておる。
オーリックよ、其方達にも濡れ衣を着せるような真似をしてしまった・・・」
「簡単ではありますが、ジルから話は伺っております・・・どうかお気になさらないで下さい。
我々も、出来るだけ陛下のお力になれるよう尽くさせていただきます」
オーリック達は膝をつき、頭を下げる。
それを見たオライオンは嬉しそうに頷き、立ち上がり、オーリック達に席に着くように促した。
「余は、其方達ならそう言ってくれると信じていた・・・さて、軍部の主だった者達が集まるにはまだ時間があるだろう。それまで詳しい話をさせて貰いたい。
リンクスよ、家族との再会の邪魔をして申し訳ないが、しばし時間を貰えるだろうか?」
リンクスは頷くと、子供達を夫に預けて少しだけ会話を交わし、3人を抱きしめて席に戻った。
リンクスが戻ったのを確認し、オーリックは居住まいを正す。
「陛下、私もお聞きしたい事があるのですが宜しいでしょうか?」
「遠慮せずに申せ、今回の件に関して余は其方達に隠し事をするつもりはない」
「ありがとうございます・・・では、陛下は何故軍議を開かれようとなさったのでしょうか?
私達をここに招いたということは、報告の内容を信じていただけたということでしょう・・・ならば、魔王リリスと争う事のリスクを理解して頂けたのではないのでしょうか?」
オライオンはオーリックの質問に静かに頷く。
「S級相当の魔王リリスに加え、それに匹敵・・・いや、それを上回る配下が2人であったな?
先程マグラーが言っていたように、にわかには信じがたい事ではあるが、其方達が嘘を言っているとは思わぬ・・・余はジルを其方達と組ませ、これまでの其方達の行動に関する報告を受け、信頼に足る事は理解しておる。
其方達の報告が事実と考えれば、魔王リリス側は多く見積もってSS級に届く戦力と考えても良いだろう・・・ただ、向こうに戦う意思が無いのが幸いだな。
誠に情けない限りだが、守りを固められればこの国の軍だけでは到底敵う相手では無い。
それに、余は魔族が争いを好む者ばかりではない事も知っておるからな・・・」
「・・・そこまで分かっているのならば、何故わざわざ招集をかけたのですか?
それに、陛下は何故魔族が争いを好む者ばかりではないと知っているのでしょうか?」
オーリックが尋ねると、オライオンはニヤリと笑った。
その表情は齢80とは思えぬ程に若く見え、楽しげで、いたずらをした子供の様な笑顔だった。
「まぁ、魔族に関しては長くなってしまうからな・・・いずれ話す機会を設けよう。
オーリックよ、其方は軍内部にマグラー側についておる将が何人居るか知っておるか?」
首を振ったオーリックはルミネ達を見たが、他の者達も同様に首を振る。
オライオンは笑みを崩さずに頷くと、話を続ける。
「約4割と言ったところだ・・・本当に嘆かわしい事だが、これは余の力不足である事の証明でもある。
マグラーは以前から色々と画策しておったようだが、なかなか機会に恵まれなかった・・・そんな折、魔王城の噂が流れ始めた。
奴はそれを好機と見て、調査に向かうジルを雇って報告させ、計画を企て、其方達を貶め、余に魔王リリス討伐の決断を下すように仕向けたのだ。
魔王討伐となれば軍を動かさねばならぬから、それに乗じて余を亡き者にしようと考えているのだよ・・・リンクスの家族に関しては、余に討伐を決断させ、穏健派を抱き込むための保険のつもりだったのだろう。
今回軍部に招集をかけたのは、マグラー側の将の足止めのためだ・・・。
先程、マグラー側に潜らせている間者から報告を受けたのだが、奴はこの後仲間を集めて仲良く話し合いをするらしい・・・そこで、余はその場にお邪魔しようかと思っているのだが、良かったら其方達もどうだろうか?」
今オーリック達の目の前に居るのは、普段の威厳のあるオライオンとは違い、街中を歩いていても誰も気付かないと思える程に印象が違う・・・おそらく、これこそがオライオンの本来の姿なのだろう。
オーリック達はそのギャップに戸惑っていたが、彼等が自分達を貶めたマグラーに対する意趣返しが出来る機会を逃すはずもなく、皆ニヤリと笑って頷いた。
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