第98話ジルの思い
床に転がっていたジルは、アイテムボックスから2本の小瓶を取り出すと、仰向けになって一気に飲み干した。
すると、リンクスに抱きつかれたダメージがすぐさま回復し、立ち上がって身体に付着した埃を払い落とす。
「いやぁ、清宏のダンナから貰ってて良かったぜ、相変わらず訳の分からん効き目だなこいつは!」
ジルは空になった小瓶をアイテムボックスに直し、可笑しそうに笑った。
「今のは、清宏さんのポーションとヒロポンでしたわよね・・・あの程度のダメージで使うのは勿体ないのではないですか?」
「あのな、そういうのはリンクスの馬鹿力で抱きつかれてから言ってくれよ・・・。
まぁ、数に関しては心配しなくても大丈夫だ!清宏のダンナに頼んで、それぞれ30本は貰ったからな!!」
「30本・・・いくら何でも貰いすぎです!!
あの方に借りを作ると、次に何を要求されるか分かったもんじゃありませんわよ!?」
「良いじゃねーか別によ・・・俺がくれって言ったら、腐らせるよりは良いからって向こうがくれたんだぜ?
それに、これだけの物をタダ同然で貰ったんだ・・・仮に何かしてくれって言われても、ギルドの依頼を何回もこなすよりはマシだろ?金に換算すりゃあ相当な回数やらなきゃならないからな」
「それはそうかもしれませんが・・・」
ジルとルミネが言い争いをしていると、モジモジとしながらリンクスが挙手をした。
「ジル・・・すまないが、家族にはいつ会えるのだろうか?」
「ん?あぁ、ちょっと待ってくれ・・・そろそろ来るはずなんだがな」
リンクスに尋ねられたジルは、部屋に備え付けられている大きな棚を見た。
すると、見計らったかのように棚が音を立てて横に移動し始める。
「おっ、丁度来たみたいだな!」
「これは、隠し扉か!?」
棚が移動し、そこから5人の男女が現れる。
オーリックは最初こそ身構えたが、5人の服装を見て安心したように溜息をついた。
棚の裏から現れたのは、国王専属の侍従や側仕え達だったのだ。
5人はオーリック達にお辞儀をし、壁際に並ぶ。
「彼等は何故この部屋に?」
「俺達の代役だよ・・・マグラーは今、陛下からの指示に従って行動してはいるが、それが終わったら探りを入れられる可能性が高い。
この部屋は窓が一つだけで、今はカーテンで部屋の中は見えない・・・通路で見張ってる兵士もこっち側の人間だが、俺達が居なくなっちまったら声が聞こえないだろ?それじゃあ怪しまれちまう・・・室内に誰か居るかどうかなんて、離れていても分かる奴には分かるからな・・・。
だから、この5人に俺達の代役をしてもらうんだよ」
「そうか・・・ご迷惑をおかけして申し訳ない」
ジルの説明を聞いたオーリックが頭を下げると、5人は慌てて首を振り、侍従の1人が前に進んで頭を下げた。
「どうかお気になさらないでください・・・我々は陛下のご命令とあれば、どの様な事でも喜んで従う所存です。
それに、今回は皆様方の代役を務めさせて頂ける事を光栄に思っております。
我々の中にも、陛下を蔑ろにするマグラー卿の事を快く思わない者が多いのです・・・。
陛下は国を想い、民を慮れる素晴らしいお方でございます・・・ですが、我々では陛下のお力になる事は難しく、何か出来ないものかと思っておりました。
我々にはこのような事しか出来ませんが、どうか陛下にご助力お願いいたします」
「我々も陛下にはお世話になっている身・・・必ずや皆さんのご期待に応えてみせます」
2人が固く握手を交わすと、ジルがオーリックの肩を叩いた。
「んじゃまぁ陛下の所に行こうか・・・この人数が部屋に居たらマズイからな。
隠し通路は狭いから、一列に並んで付いてきてくれ・・・特にカリスはハマったら面倒だから気を付けろよ?」
侍従達に見送られたオーリック達は、隠し扉を抜けて通路に入る。
通路は人1人がやっと通れる程の広さしかなく、空気も薄いため息苦しい。
「この通路の構造はどうなっているんだ?」
「ここの通路は複雑じゃねーよ・・・通路の長さ自体は部屋の壁に準じた長さしか無いんだが、部屋の外の廊下側と外壁側の柱の内部に2階分登れるハシゴが設置してあるから、あみだくじみたいに進まなきゃならんのが面倒だな。
元々は直通だったらしいんだが、最上階付近で足を滑らして落ちたら死んじまうから、かなり昔に秘密裏に改装したらしい・・・。
この隠し通路は有事の際に陛下が逃げる為の物なんだが、この通路の存在を知ってるのは限られた者だけだ」
ハシゴにたどり着いたジルは、説明を切り上げランタンを口に咥えて登り切ると、階上でオーリック達を待つ。
「ほれ、あと3回は繰り返さなきゃならんから急げ・・・」
「狭い・・・」
「だから言っただろーが・・・お前もちっとは痩せろよな」
一番下で愚痴を言ったカリスに対しジルは呆れているが、全員が登り切るのを待ってくれている。
他の面々も息苦しさと蒸し暑さに顔をしかめてはいるようだ。
「この通路の存在を知っているという事は、貴方は陛下との付き合いは長いんですの?」
苦戦しているカリスを待つ間にルミネがジルに尋ねると、ランタンの光に照らされたジルは、笑いながら小さく頷いた。
「あぁ、お前達よりも遥かに長い付き合いだな・・・俺が駆け出しの頃からだがら、もう20年近くになるよ。
俺が仕事でヘマをして追われてる所を、偶然助けて貰ったのがきっかけだ・・・見ず知らずのガキ1人を庇ったって何の得にもならねーってのに、陛下はそんな事気にもせずに助けてくれたんだよ。
受けた恩は必ず返すのが俺の信条だ・・・命を助けて貰ったからな、だから死ぬまで陛下のいぬになるのが俺なりの恩返しなんだよ」
「そんな繋がりがあったんですのね・・・もしかして、貴方が私達と行動を共にし始めたのも陛下の指示なんですの?」
カリスがハシゴを登って来たのを確認したジルは通路を進み始めたが、ルミネの質問を聞いて声を出して笑い、振り返った。
「ははははは!あぁ、そうだよ・・・。
最初陛下から言われた時は、何が悲しくてS級冒険者なんかに近づかなきゃならないのかと恨んだぜ・・・S級って言えば、国が危機に陥った時には強制的に戦わされるだろ?俺がその仲間になっちまえば、いくらA級とは言え手伝わなきゃならなくなる。
俺はそんなん真っ平ごめんだと思ったね・・・俺は陛下の為に命を懸けてるんであって、国の為じゃねーからな。
でもよ、いざ一緒に行動してみたら、お前達といるのは楽しいんだわ・・・オーリックはクソ真面目だけど馬鹿な話でもちゃんと聞いてくれるし、カリスとリンクスは酒が入るとやたら饒舌になって楽しく飲める。
ラフタリアは生意気だが、あいつが居ると場が明るくなるし、お前は見かけによらず腹黒いがからかい甲斐があって面白い・・・。
普段の俺は組織でも他の仲間とは一定の距離を置いてるが、なんでかお前達とはウマが合う気がして楽しんじまうんだよな・・・だから、今回の件は本当に悪かったと思ってるよ。
今更何を言ってんだって感じだが、俺を今後もお前達と一緒にいさせて欲しい・・・」
ジルが改めて頭を下げて謝罪すると、それを見たオーリックが、ジルの肩を軽く叩いて笑った。
「気にするな・・・私達も、お前の思いも知らずに疑ってしまっていた。
お前はこうして私達の元に戻って来てくれたんだ・・・私はそれだけで嬉しいよ」
「正直、私が見かけによらず腹黒いとか、からかい甲斐があると言うのは納得しかねます・・・ですが、今更貴方に抜けられるのは困りますから、戻って来てくれましたし、今回だけは良しとしましょう」
「私は、今回お前に家族を助けて貰った恩がある・・・居なくなられては恩を返せなくなるだろう?それに、確かにお前と酒を飲むのは楽しいからな」
「俺は別に構わん・・・飲み仲間が減るのは残念だからな。
それに、お前が居なくなると、珍しい酒が飲めなくなるのも俺としては非常に困る」
オーリック達は頭を下げたジルを見て笑うと、それぞれ言葉をかけて快く承諾した。
だが、ジルは深く溜息をついてカリスを睨んだ。
「オーリックとルミネ、リンクスは良い!だけどカリスよ・・・お前には酒しか無えのか!?
くそぅ・・・長い付き合いだから、もうちょっと優しい言葉を期待したのになぁ」
「ふむ、まぁ俺は上手く言葉が出てこないからな・・・許せ」
「ちくしょう・・・もう良いよ!さっさと先に進むぞくそったれめ!!」
ジルは悔しさからか、それとも許された嬉しさからか、鼻をすすって目元を拭うと、肩を震わせながら通路を進み出した。
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