第97話ジルと雇い主
扉が開き、フードを目深に被った人物が部屋に入って来た。
オーリック達は諦めもあるのか、慌てる様子も無く席に着く。
「始める前に私から一つ伺いたいのだが、良いだろうか?」
「あぁ、構わねえぜ?」
オーリックの提案に、最初に入って来た人物が答えたのだが、聞き覚えのある声にルミネが勢いよく立ち上がった。
「その声、ジルですわね!?」
「御名答!」
フードを脱ぎ捨て、笑いながらジルが拍手をする。
「これはどういう事ですの!?貴方、まさか本当に私達を裏切って・・・」
「裏切った訳じゃないんだが、黙ってなきゃいけない理由があったんだよ・・・。
で、お前が聞きたい事ってなんだ?」
泣きそうになったルミネを見て、ジルは申し訳ないなさそうに謝り、オーリックを見る。
オーリックは溜息をつくと、椅子に座ったままジルに尋ねる。
「いや、何故牢屋ではなくこの部屋に全員一緒に入れられたのかと思っていたんだが・・・この部屋にお前が現れたということは、まさか陛下もぐるなのか?」
「あぁ、俺の雇い主は陛下だよ・・・人使い荒いのなんのって!そのせいでお前達に疑われなきゃならんかったし散々だぜまったく!!」
ジルはオーリックの正面の椅子に腰掛けると、机に突っ伏しながらぼやいたが、改めて真面目な表情でオーリック達を見た。
「今すぐ陛下の所に案内したいところなんだが、まだ時間がかかるから手短に説明するぜ。
俺は今回、陛下ともう1人から依頼を受けていた・・・」
「もう1人とは?」
オーリックに尋ねられ、ジルはニヤリと笑う。
「マグラーさ・・・」
「何故あの男の依頼を?」
「まぁ、話せば長くなるんだが・・・こっちから依頼されるように仕向けたんだよ。
知り合いの賭場の帳簿をいじって、俺が多額の借金で首が回らないって事にしたのさ。
で、あいつの耳に入るように噂を流して貰って、借金返済の肩代わりを条件に依頼を受けたって感じだな。
あの城が最近色々と噂になって魔王の存在が疑われ始めてから、マグラー一派の動きがきな臭くなってな、探りを入れて欲しいって陛下が俺に依頼して来たんだよ。
マグラーの方は、お前達が王都に戻るまでに情報を流すのが依頼の内容だった・・・まぁ、俺ならお前達の警戒心も薄れるから、あいつとしては渡りに船だったんだろうな」
ジルの話を聞き、ルミネが首を傾げる。
「いつの間に情報を流してたんですの?」
「あのな、俺だって四六時中お前達と一緒に居た訳じゃねーだろ?
街に寄れば宿の部屋は別だから夜中はフリーだし、便所に行けば1人の時間なんかいくらでも作れるんだよ」
ジルが小馬鹿にしたように答えると、ルミネは悔しそうに俯く。
オーリックは2人のやり取りに溜息をつき、真面目な表情でジルを見る。
「手紙を差し替えたのはお前か?だとしたら、いつ用意したんだ?」
「あぁ、ルミネから奪った時に差し替えた。
手紙の情報は流してたから、用意したのは王都に着いて報告の為に別れた後だな・・・いやぁ、時間が無いから焦ったぜ。
あの時は、最初にマグラーの所に行って手紙を差し替えろって言われて、すぐに偽物を用意したんだよ・・・清宏のダンナの字は見た事あるから大丈夫だったんだが、クリス代表のは見た事無かったから適当に書いた。
封蝋印は、今までに来てたクリス代表の手紙の封蝋から型を取って複製したんだよ。
その後、急いで陛下の所に行って、マグラーから受けた指示の内容を報告してオーリックと合流したって感じだな!」
「あの短時間でよくもまぁ・・・」
オーリックは呆れて笑ったが、ジルは憎々しげに舌打ちをしてリンクスを見る。
オーリックも釣られてリンクスを見て首を傾げた。
「ただ、陛下に報告に行った時、嫌な事を知らされてよ・・・だから今日は来れなかったんだよ」
「リンクス絡みで何かあったのか?」
「あぁ、リンクスの家族が拉致されたんだよ・・・」
「何だって!本当なのかリンクス!?何故私達に言わなかったんだ!?」
オーリックはリンクスに詰め寄ろうとしたが、ジルが急いでそれを止める。
リンクスは俯いたまま動かず、オーリックは舌打ちをして座り直した。
「あまり責めないでやってくれよ・・・リンクスは、お前達には話すなって脅されてたんだよ。
俺の仲間が、リンクスが家族を捜し回ってる間に家を調べてくれたんだが、今日の謁見の時に、陛下が出兵を選択した場合には襲い掛かれって書かれた脅迫状を見つけたんだとよ・・・。
だが、旦那の実家の方には、身代金を要求する脅迫状が届いてたらしい。
まぁ、お前達が裏切ったか洗脳されてるって事にしたかったんだろうな・・・そうすれば慎重派も反対出来なくなるから、リンクスが陛下を殺せなくても清宏のダンナ達にどうにかしてもらう魂胆だったんだろう。
この国は冒険者が厚遇されてるが、お前達が何かしらやらかせばそれも難しくなる・・・さらに、陛下が居なくなってくれれば、喜ぶのはマグラーとそのお仲間だ」
「どこまでも下種な男ですわね・・・」
「俺も、まさかそこまでやるとは思ってなかったから頭に来たぜ・・・。
昨夜お前達と別れて後、陛下とマグラーに手紙を複製して届けてから色々と調べたんだが、少なくともマグラーはリンクスの家族に危害を加える気は無さそうだぜ?」
ジルの言葉を聞いたリンクスは、虚ろな表情で顔を上げた。
「お前ん所の旦那の実家は不動産屋だろ?
あいつは、最近王都近郊の土地を買おうとしていたらしいんだが、お前の旦那の実家にも何度か行ってたみたいだ。
ただ、あいつは権力を傘にして値切ろうとして門前払いされたって話だ。
仲間の調べでは、お前が陛下を襲おうが襲わまいが、自分が保護した事にして土地を安く買い叩こうって魂胆じゃないかって言ってたよ。
まぁ、お前が陛下を襲ってたら、さらに旦那の実家は苦しい状況になってたかもしれないがな」
「私の家族はまだ無事なんだな・・・?」
リンクスの問い掛けにジルが無言で頷くと、リンクスは安堵と怒りの入り混じった表情で立ち上がった。
「待て待て!お前は今の自分の立場が分かってんのか!?」
「今が無事でも、これからの保証は無い・・・」
ジルは慌ててリンクスの前に立ち塞がるが、今まで黙って話を聞いていたカリスも、怒りのこもった表情で立ち上がった。
「だから待てって!!武器も無く、拉致られてる場所も知らずにどうすんだよ!?
それに、俺が今までただ遊んでたとでも思ってんのか!?」
「まさか、何か分かったのか!?」
「当たり前だろ?うちの情報網ナメんじゃねーよ・・・俺は今朝、居場所を特定してすぐに頭とそこに行ったんだよ。
丁度お前達が陛下に謁見してる頃だ・・・その時間ならマグラーに知られる心配も無いからな。
で、マグラーの野郎が雇っていたごろつき共に、用が済んだら消されるから俺達に付けって言って買収したんだ。
俺の仲間もそこで張ってくれてるから、そいつらがマグラーにバラす心配は無い。
今お前の家族は、この王都で一番安全な場所に匿われてるぜ?」
ジルは笑いながら上を指差した。
「まさか・・・この城に居るのか?」
「あぁ・・・どうよ、俺ってなかなか優秀だろ?
おかげ様で徹夜だったんだからな!?マジで感謝しろよ!!」
「あぁ、ありがとう・・・本当にありがとう!
この恩は必ず返す・・・!」
リンクスは泣きながらジルに抱きつき、何度も感謝の言葉を口にした。
ジルは笑いながらリンクスの背中を優しく叩いていたが、徐々に顔色が悪くなり、背中を力一杯叩き始める。
「待て待て待て!女に抱きつかれるのは嬉しいが、力が強い!!背骨が折れるから!!」
「す、すまん!嬉しくてつい・・・」
「つい・・・で半殺しにあいたくねーよ・・・」
解放されたジルは、うつ伏せで床に倒れながら呟き力尽きてしまった。
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