第96話疑心暗鬼

 オーリックから手紙を受け取ったオライオンは、封蝋を剥がして中身を確認する。

 黙々と読み進めているオライオンを、その場にいる全員が固唾を飲んで見守っているが、手紙で隠れているためオライオンの表情が伺えず、皆心中穏やかでないようだ。

 だがそんな中、ふと背後を振り返ったオーリックは、リンクスを見て目を疑った・・・リンクスは血が滲む程に唇を噛み締め、震えていたのだ。


 「どうしたんだリンクス・・・今朝から様子がおかしいぞ?」


 オーリックは小さな声で問いかけたが、リンクスからは返答がない。

 それに気付いたルミネとカリスも心配になりリンクスに問いかけようとしたが、オライオンが手紙を読み終わり、畳む音が聞こえたため断念し、正面を見た。

 オライオンは険しい表情で深く溜息をつくと、読み終えた手紙をオーリックに差し出した。


 「其方も目を通してみよ・・・」


 オライオンのただならぬ雰囲気に不安を感じたオーリックは、受け取った手紙に目を通して驚愕し、膝から崩れてしまった。


 「そ・・・そんな!何故このような・・・」


 「一体どうしたと言うんですの・・・」


 絶句しているオーリックを見て、肩ごしから手紙を覗き見たルミネもまた、オーリック同様言葉を失ってしまった。

 手紙に書かれている文字は間違いなく清宏の筆跡ではあるが、オーリック達が予備で貰っていた手紙とは内容が違っていたのだ。

 清宏達が求めているものに関しては同じではあるのだが、妥協案など説得に必要な事柄が書かれておらず、手紙の最後には、要求を受け入れぬ場合には争いも辞さないとだけ書かれていた。


 「余には、其方達の報告と手紙の内容には、大きな相違があるように見えるのだが?」


 オライオンの厳しい視線を受け、オーリックはもう一度読み返そうとしたが、何者かに手紙を奪われてしまった・・・オーリックが顔を上げると、そこには、いやらしい笑みを浮かべたマグラーが立って見下していた。


 「どれどれ・・・ははははは!これは傑作だ!!お前達はまんまと口車に乗せられたと言う事か!?

 これは、お前達がのこのこと帰って来たおかげで、奴等には戦の準備をする溜息の時間が出来たと言う事になるのではないのかね?

 あれだけの魔道具を造る男だ・・・今頃、我々に対抗する為の魔道具を大量に造っていても不思議ではない!!

 この責任、どうやってとるつもりか是非お聞きしたいものですなぁ!?」


 マグラーは、オーリックの目の前で手紙を破り捨てた。


 「陛下!これは何かの間違いでございます!!

 魔王リリスや清宏殿が、この様な一方的な要求をするはずがございません!!」


 オーリックは跪き説得を試みたが、オライオンは厳しい視線を向けたまま首を振った。


 「其方達が持ち帰った魔道具などは、確かに素晴らしい物であった・・・だが、それらがただの贈り物ではなく、あちらの技術力を知らしめ、我々には敵わぬ相手であると思わせるための物であったとも考えられるのではないか?

 其方が何と言おうと、手紙に書かれている事はただ一つ・・・奴等は、我々が従わねば争いも辞さないと言う事だ。

 其方は、何故そこまでして奴等の肩を持つ・・・ただ奴等に騙されているのであればまだ良いが、魔道具や魔法による洗脳か、あるいは裏切りか・・・其方達には改めて詳しく話を聞く必要があるようだ」


 オーリックはオライオンの言葉に返す言葉もなく、ただ悔しさに拳を震わせた。

 オライオンは玉座から立ち上がり、広間を一瞥する。


 「今すぐ軍部の主だった者達を集めよ・・・オーリック達から魔王側の情報を聞き次第、すぐに軍議を開く。

 マグラーよ、其方は他の者達と共に兵糧の確認を行い、備えておけ」


 「は、ははぁっ!仰せのままに・・・!!」


 マグラーは指示を受けて何か言いたげにしていたが、オライオンに睨まれ、慌てて他の大臣達を従え足早に去って行った。


 「オーリック達を連れて行け・・・」


 控えていた兵士がオーリック達を捕らえ、連行する。

 大人しく従ったオーリックは、背後から自分達に向けられた殺気を感じとり、振り返った・・・だが、そこには広間を出て行く大臣達の姿しか見当たらない。


 「さっさと歩け!」


 「あぁ、わかっている・・・」


 武具を奪われたオーリック達は、兵士に急かされながら力なく歩き出した。







 オーリック達は城内の一室に連行され、しばらく待つようにと支持を受けた。

 壁にもたれ掛かっているオーリックは、仲間達を見て溜息をつく。

 ルミネは不安と混乱で室内を忙しなく歩き回り、カリスは不満そうに椅子に腰掛けて目を瞑っている・・・だが、リンクスは部屋に入れられてからずっと床に座り込んで膝を抱えたままその場を動かない。

 心配して何度か声を掛けたのだが、先程と同様に「何でもない・・・」や「ほっといてくれ・・・」としか言わず、取り付く島もない状態だ。


 「それにしても、気になる点が多いな・・・」


 「何がですの?」


 オーリックが小さく呟くと、それを聞いたルミネが立ち止まって聞き返した。


 「いや、私達の置かれた今の状況についてだよ・・・。

 まず、私はあの手紙が本物だとは思えないんだ・・・清宏殿達を信じたい気持ちがあるのは確かだが、仮にあの手紙が本物で、我々が騙されていたとしても、あの様な回りくどい事をする意味があるだろうか?

 あちらの戦力は、数は少なくても魔王級が3人だ・・・しかも、リリス様が無事であれば、清宏殿とアルトリウス殿は不死身と言っても良い。

 そんな彼等が、我々を生かして還すなんてメリットが無いだろう?」


 「まぁ、確かにそうですわね・・・元々戦線布告をするつもりだったならば、私達を殺した上でした方がより効果的だと思います。

 それに、仮に手紙の通り争いも辞さないのだとしたら、今まで侵入者に死者を出していない理由も説明がつかなくなりますもの・・・魔石が必要だと言っていたのに、それでは手に入らなくなりますわ」


 話し込んでいるオーリックとルミネを見て、カリスは首を傾げた。


 「なら、あの手紙は偽物か?」


 「それはありませんわ・・・だって、私が常に持っていたんですのよ?

 ちょっと・・・私はすり替えてはいませんわよ!?それこそメリットがありませんもの!!」


 ルミネは慌てて首を振って否定する。

 オーリックはそれを見て苦笑したが、ある事を思い出して憎々しげに呟いた。


 「・・・いや、一度だけ奪われた」


 「えっ?そんなはずは・・・」


 「ジルだ・・・」


 ルミネは昨日のやり取りを思い出し、手で顔を覆った。


 「まさか・・・彼が私達を裏切ったということですか?」


 「わからない・・・だが、ジルならあの一瞬で手紙を差し替えるのは可能だろう。

 それに、本当に裏切っていたのならば、今日来なかったのにも説明がつく・・・」


 ルミネは自分の行動がこの状況を招いた可能性を感じて俯いた。


 「清宏殿が騙していたのか、はたまたジルが裏切ったのか・・・どちらにせよ、私達にとっては辛い事実になりそうだな」


 オーリックが深い溜息をつくと、それと同時に扉が開き、そこにはフードを目深に被った人物が立っていた・・・。


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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