第95話戦力差

 オーリックが調査報告を終えると、静まり返っていたはずの玉座の間が喧騒に包まれた。

 下手に刺激しないように、リリス達の陣営に関してはまだ詳しく説明はしていないが、にわかには信じられない内容に、大臣達を始め、並んでいた兵士達までもが疑問の声を上げているのだ。

 だがそんな中、オーリック達を除いて2人の人物だけは慌てずに佇んでいた・・・1人は言わずと知れたこの国の主と、もう1人は王に最も近い場所に立っている恰幅の良い男だった。

 恰幅の良い男は、広間の喧騒を見て鼻で笑うと、オーリック達に冷たい視線を向けた。


 「何が平和を望んでいるだ・・・まさか、貴様等はその様な世迷言を信じて戻って来たと?

 まったく・・・この国でも指折りの冒険者と聞いていたが、情にほだされおめおめと帰還するなど、所詮は野良犬風情と言ったところか」


 男の言葉に、ルミネが殺気のこもった目で睨み付ける。


 「お言葉ではありますが、今回我々に依頼したのは、この国の主・・・オライオン陛下ではありませんでしたか?

 陛下直々の依頼を受けた我々に対しその様な言動を取るという事は、陛下を愚弄するも同義・・・一介の大臣が陛下を愚弄するおつもりですか?

 それに、我々は危険を冒してまで魔王が居るかもしれない場所に赴き、依頼通りに調査を行いました・・・安全な場所でただ報告を待っていただけの人物にとやかく言われる覚えはありませんわよ?

 我々の報告に疑問がおありなら、ご自身で確認に行かれるのが最も効率的だと思いますわ。

 あぁ、マグラー卿は身体を動かすのは苦手でいらっしゃいましたわね・・・その体型ではあの城の罠を回避するのは不可能でしょうから、行かない方が良いかもしれませんね」


 ルミネはマグラーの腹部を見て馬鹿にしたように言うと、口元を袖で隠しながら小さく笑った。

 それを聞いていたオーリックがやれやれと首を振ってマグラーを見ると、マグラーは顔を真っ赤にして激怒していた。

 激怒したマグラーはルミネに怒鳴ろうとしたが、オライオンがそれを止め、オーリック達を見る。


 「ルミネよ、そのくらいで勘弁してやってはくれまいか・・・余は其方達に感謝しておる。

 其方の言葉の通り、今回は国からの正式な依頼であった・・・向こうに残ったラフタリアは居らぬが、其方達は見事に依頼をこなし、こうやって無事に帰って来てくれた。

 余は、其方達が嘘を申しているとは思わぬが、マグラーの言葉の通り信じがたい内容であるのは確かだ・・・そこは理解してはくれまいか?

 マグラーよ、其方も言葉が過ぎるぞ・・・以後気をつけよ」


 オライオンが2人を諭すと、ルミネは恭しく頭を下げ、マグラーは憎々しげに舌打ちをしている。


 「本当に頭にくる男ですわ・・・陛下も何故あのような者を重用されているのか理解出来ませんわ」


 「まったく・・・聞き流す事は出来ないのか?」


 「それは無理ですわね・・・」


 ルミネとオーリックは、周囲に聞こえない程の小さな声で会話をする。

 マグラーはまだルミネを睨んでいるようだが、ルミネは涼しい顔でそれを無視した。


 「オーリックよ、魔王リリスの部下・・・確か清宏と申したか?

 その者から預かって来たという品々や手紙を見せてはくれまいか?」


 「はっ!直ちに・・・」


 オーリックはルミネ達に目配せをすると、アイテムボックスを開き、清宏から預かってきた魔道具やアイテムをオライオンの前に並べていく。

 ジルが居ないため全てではないが、それでも結構な量である。

 先程まで騒いでいた大臣達も見慣れない魔道具やアイテムに興味を惹かれて首を伸ばしながら様子を見ている。


 「ほほぅ、これはまた・・・随分と見慣れない物が多いようだが、どの様な道具だ?」


 オライオンは玉座から立ち上がり、小さな魔道具を手に取って首を傾げた。


 「陛下、そちらの魔道具を耳に着け、こちらを首に掛けていただけますでしょうか?」


 「ふむ・・・これで良いか?」


 「はい、では私が扉の外に出ますので、そのままお待ち下さい」


 オーリックはオライオンが魔道具を装着したのを見て広間を出て行く。

 大臣達が首を傾げていると、オライオンが目を見開いた。


 『陛下、聞こえますでしょうか?』


 「何と言う事だ・・・オーリックの声が聞こえてくるぞ!?」


 オライオンは驚いて周囲を見渡したが、広間の外にいるオーリックの姿があるはずもない。

 漏れてきた声が聞こえたらしく、大臣達も驚愕の表情を浮かべている。


 『良かった、ちゃんと作動したようですね・・・そちらは、小型の通信用魔道具でございます。

 まだ試作品との事でしたが、城内であれば会話は問題ないそうです。

 では今から戻りますので、他の品々に関してもご説明いたします』


 「あ、あぁ・・・頼んだぞ」


 オライオンは震える手で魔道具を取り外すと、オーリックが戻るまでの間、その小さな魔道具を眺めていた。

 彼が驚くのも無理はない・・・こちらの世界にも通信用の魔道具は存在しているが、それは巨大であり、とても持ち運べるような物ではないからだ。

 

 「ただいま戻りました・・・陛下、驚かれたましたか?」


 「あぁ、まさかこれ程の魔道具を製作出来る技術があるとはな・・・早速、他の品々についても説明を頼みたい」


 広間に戻って来たオーリックが尋ねると、オライオンは真剣な表情で頷き、説明を促す。

 オーリックは安堵したように笑うと、腕輪型の魔道具を装着した・・・すると、オーリックがスケルトンの姿に変わる。

 それを見ていたオライオンや大臣達の驚愕の声が広間に響き渡った・・・流石のマグラーも驚きが隠せないようだ。


 「なんと!?これは一体・・・」


 「こちらは変装用の魔道具です・・・他者の視覚情報を誤認させる事で、別の者になりすます事が可能です・・・実際、我々もこの魔道具には惑わされました」


 「今まで我々が使用していた物とは根本的に違い過ぎる・・・これを人が造ったと言うのか?」


 「はい・・・かの者は、これら魔道具以外にも、武具の製作にも長けております。

 私の剣と刃を交え、刃毀れすらしない剣や槍、貫けない防具の存在も確認しております」


 オーリックの答えを聞き、驚きのあまり広間が静まり返る。

 名の知れた冒険者であるオーリック達は、使用している武具なども一級品ばかりだ・・・そんな武具と対等に渡り合える物を製作出来る者など、世界中探してもそうは居ないだろう。

 しかも、ドワーフならいざ知らず、自分達と同じ人間が造ったとなれば尚更だ。


 「オーリックよ・・・もしその者達と戦になった場合、我々に勝ち目はあるか?」


 オライオンが神妙な表情で尋ねると、オーリックは俯き小さく首を振った。


 「恐らく、勝ち目は無いと言わざるを得ないでしょう・・・彼等は不殺を貫いてはいますが、数では圧倒的にこちらが有利でも、戦力や地理的条件を考えれば、彼等に分があります」


 「魔王リリス側の戦力とは?」


 オライオンは焦る様子も無く、ただ静かに尋ねた。


 「まず魔王リリスは高く見積もってもS級の下位と思われます・・・魔力量は尋常ではありませんが、身体能力が低く、性格からしても十分対処可能です。

 ですが、魔王リリスの身辺を警護している者と、清宏殿が最大の脅威です」


 「ふむ・・・副官以外にも、これ等を製作した清宏と言う人間も戦力であると?」


 オライオンの言葉に、オーリックが首を振る。


 「いえ、副官は清宏殿です・・・そして、魔王リリスの身辺警護を任されているのは、あの吸血鬼アルトリウスでございます」


 「アルトリウスだと!?あの探求者か!!?」


 「はい・・・そして、副官である清宏殿はそのアルトリウスを一撃で倒せる程の力を持ち、さらには魔王ダンケルクと同じトラップマスターのスキルを有しております。

 清宏殿は、これら製作不可能とも思える魔道具まで造り出す事が可能であり、もし無闇に攻め込めば、それ等の対処も考えねばなりません。

 以上を踏まえまして、彼等に対して攻め入るのは得策では無いと言わざるを得ません・・・」


 オーリックの答えを聞いたオライオンは溜息をつくと、玉座に戻って座り直した。


 「これは魔王リリスの言葉を信じ、和睦を結ぶべきか・・・」


 「なりませんぞ陛下!魔族と手を組むなど、他国からどの様に見られるか解ったものではありませんぞ!?それに、その様な事は民が納得せぬでしょう!!

 此奴等の言っている事など、ただのまやかしです!1人の魔王の元に、それ程の戦力が集まるなどあり得ません!!」


 前に進み出たマグラーが必死に説得するが、オライオンはただ唸っている。

 それを見かねたオーリックは、手紙を取り出した。


 「陛下、答えは清宏殿からの手紙を読まれてからでも良いと思いますが・・・」


 「そうだな・・・では、読ませて貰うとしようか」


 手紙を受け取ったオライオンは、封を開け手紙を読みだした。




 

 

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