第88話君の名は

 覇竜が片付けに参加した事により、手付かずになっていた大きな瓦礫などが瞬く間に片付いていく。

 人型になった覇竜は、見た目こそモデル体型の美女であるが、やはり竜族であるらしく、人間の倍以上もある瓦礫を片手で軽々と持ち上げては隅に運んでいる。


 「やりゃあ出来るじゃねーか・・・暴れるしか能の無い馬鹿かと思ってたが、案外まともに仕事は出来るんだな?」


 「だから、貴様はさっきから失礼なのである!我輩だってやる時はやるのである!!

 まったく・・・我輩が覇竜であると知ると、大抵の者達は恐れおののき命乞いをするというのに、貴様は肝が座っていると言うより怖いもの知らずであるな?」


 覇竜は担いでいた瓦礫を放り投げると、呆れたようにため息をついて清宏を見た。

 清宏は、皆が運んできた瓦礫をスキルで形を整え、崩れた壁や天井の修復の真っ最中だ・・・覇竜のおかげでペースが上がり、あと少しで雨風をしのげる状態にはなりそうだ。

 覇竜に話しかけられ、作業を中断した清宏は腕を組んで胸を張った。


 「良いか、俺はリリスからこの城の管理と運営、皆をまとめる権限を与えられている・・・要は、リリスの代理人だ。

 そんな俺がビビってて、周りの連中に示しがつくか?俺は、どんなに分が悪かろうがビビっちゃいけねーんだよ・・・俺がドンと構えてなきゃ、皆んなが安心出来ねーだろ?

 だから、俺は誰に対してもいつも通りの態度を崩さないんだよ・・・まぁ、取引先の相手には猫を被るけどな」


 「むう・・・悔しいが、正直ちょっとだけカッコいいと思ってしまったのである!!

 それはそうと、我輩以外の女は何処に行ったのであるか?男ばかりではむさ苦しいのである!!」


 覇竜は周囲を見渡し、リリスやラフタリアを始め、女性陣が居なくなっているのを見て地団駄を踏んだ・・・覇竜の地団駄のせいで、埃が舞う。


 「男女平等パーンチ!!」


 「ぐほっ!い、いきなり何をするのであるか!?

 いくら我輩が竜であるといっても、女に手をあげるのはいかがなものかと思うのである!!」


 「やかましい!俺は、例え仲間だろうが男も女も関係ないんだよ!お前のせいでまた汚れたじゃねーか!!」


 清宏は、暴れ出した覇竜の顔面を殴り飛ばして箒を投げつけた・・・覇竜は頬をさすりながら箒を手に取り、大人しく埃を集めていく。

 周りの男達は、そんな2人を見て苦笑しながら作業を続けている。


 「公平に接するのは良いが、他の女連中に同じ様にしてはダメであるぞ?」


 「お前みたいに暴れる奴は他にはいねーから安心しろ・・・俺が殴るとすりゃあリリスくらいだ」


 「主人を殴る副官・・・型破りも甚だしいのであるな・・・」


 「副官って言っても、俺はあいつの部下じゃねーからな・・・協力者って言った方が良いだろうな。

 まぁ、詳しくは後で話してやるよ・・・ところで、お前の事は何て呼べば良い?流石に覇竜なんて個体名で呼ぶのは良い気がしないんだが」


 清宏に尋ねられ、覇竜は首を傾げる。


 「覇竜は我輩しか居らぬからな・・・別に覇竜でも構わないのであるが、好きに呼べば良いのである!」


 「ふむ・・・どうするかな?おーい、お前達はこいつの名前は何が良いと思う!?」


 「俺達に聞くんじゃねーよ!いきなり振られても困るわ!!」


 「そうだぜダンナ!」


 何気なく聞いてきた清宏に、ローエンとグレンが汗を拭いながら怒鳴った。

 清宏はそれを聞いてため息をつくと、腕を組んで唸り出した。


 「好きに呼べとは言ったが、変な名前は嫌であるぞ?」


 「解ってるよ・・・そうだな、ジェーン・ドゥなんてどうだ?」


 清宏の提案に、覇竜が嬉しそうに頷く。


 「む?なかなか良さそうな名前であるな・・・何故それにしようと思ったのであるか?」


 「女版の名無しって意味だよ・・・ちなみに、男版はジョン・ドゥとかリチャード・ロウだな」


 「却下なのである!何故我輩に名前が無いからと言って、名無しという名で呼ばれなければならないのであるか!?」


 覇竜は顔を真っ赤にして怒り、箒をへし折った・・・それを見た清宏が、すかさず覇竜に拳骨を喰らわせる。


 「備品を粗末にすんな馬鹿!!ジェーン・ドゥだって良い響きじゃねーか!?」


 「響きが良いとはいえ、嫌なものは嫌なのである・・・」


 拳骨を喰らってしゃがみ込んだ覇竜は、涙目で清宏に訴えた。


 「ちっ・・・じゃあどうするか、あーもう!悩むな!!」


 清宏は頭を掻きながら試行錯誤し、しばらくして顔を上げて覇竜を見た・・・清宏はニヤリと笑っている。


 「何か良いのが考えついたのであるか?」


 「おう!これならお前も気に入るだろう・・・ペインなんてどうだ?」


 「ほほう!シンプルではあるが、なかなか悪くはない・・・だが、問題は何故それにしたのかである!」


 覇竜に尋ねられ、清宏は胸を張った。


 「まず、ペインとは痛みや苦痛を意味する言葉だ・・・お前は痛みに耐性があるから皮肉も含めているが、最近になって初めて痛みを知ったということもあるから、初めての名前には痛みと言う意味の言葉も良いんじゃないかと思ったのが一つ。

 次に、お前は金銀財宝を沢山持っているだろう?鉱石の中には、ペイン石と言う稀少な物がある・・・その石は宝石として販売されているのは透明感のある薔薇色で、お前の瞳の色に似ている。

 ペイン石は数が少なく稀少であるところも、覇竜がお前しかいないってのと共通してると思ったんだよ・・・どうだ、なかなか良さげじゃね?」


 清宏が説明を終えると、覇竜は俯いて肩を震わせた・・・表情が見えないため、どのように思っているのかはうかがい知れない。


 「気に入らんか・・・じゃあどうするかねぇ?」


 「待つのである!」


 答えがないのを見て清宏が再度悩み始めると、覇竜が清宏の肩を掴んでそれを止めた・・・顔を上げた覇竜は、嬉しそうに笑っていた。


 「ペイン・・・響きが良く、初めて痛みを知った我輩にはピッタリなイケてる名前である!!

 ペイン石と言う名の鉱石は知らぬが、その鉱石に因んだと言うのもまたニクいのである・・・我輩、貴様のネーミングセンスに心を打たれたのである!!」


 覇竜は清宏に抱きつき、くるくると回り出す・・・清宏は胸の谷間に顔を押し付けられ、ジタバタと暴れているが、完全にホールドされているため逃げだせない。


 「何故だろうな、まったく羨ましく感じないな・・・」


 「だな・・・あ、力尽きたな・・・」


 「仮にもお前等の上司だろ?助けてやれよ・・・」


 「あれに飛び込むとか自殺行為だろ?」


 ローエンとグレンが清宏を見て苦笑していると、アッシュが呆れて注意をしたが、巻き添えを恐れた2人は揃って拒否をした・・・覇竜に抱きつかれた清宏は、窒息して気絶したまま、覇竜が気付くまで振り回されていた。

 

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