第89話偶然か必然か
皆が寝静まった深夜、なかなか寝付けなかった清宏は、工房に籠って罠や仕掛けの製作を行っている。
途中で目が覚めて様子を見に来たアンネがお茶の用意を申し出たのだが、見るからに疲れているアンネを気遣ってそのまま休むように伝えたため、今は睡眠の必要無いレイスを除いて、清宏以外は皆完全にダウンしている状態だ。
清宏は既にいくつかの罠や仕掛けを造り終わっており、伸びをしてまた新たな罠の製作に取り掛かった。
すると工房の扉がゆっくりと開き、黒髪と褐色の肌を持つ美女が顔を覗かせた・・・顔を覗かせたのは、人型に変身したペインだった。
「まったく、呆れた男であるな貴様は・・・我輩が言えた事ではないが、あれだけ働いていながらまだやっておるのか?」
「なんだお前か、疲れすぎて寝付けないんだよ・・・で、お前は何しに来たんだ?」
ペインに気付いた清宏は、作業を中断して向き直ると、椅子を勧めてお茶の用意を始めた。
ペインはそれを見て嬉しそうに笑うと、軽い足取りで清宏の正面の椅子に座った。
「我輩は召喚されるまで寝ておったからな、睡眠は十分に取れたのである!貴様は大丈夫なのであるか?」
「問題ねーよ・・・いつも大体3時間くらいしか寝てないからな。
飯や風呂、部屋はどうだ、気に入ったか?」
「おぉ!ここの食事は大変美味であったぞ!風呂と部屋、ベッドなども出来が素晴らしく申し分ない!!
そういえば、確かラフタリアの弓も貴様が造ったのであったな・・・生産系スキルをいくつも習得していると言っていたが、武具だけでなくポーションや建築などあれだけの物を造れるとなれば、かなり上位のスキルなのであろう?」
嬉しそうに笑っていたペインがお茶を飲みながら尋ねると、清宏は苦笑して頷いた。
「こっちに来てから毎日、寝る間も惜しんで何かと造ってたからな・・・鍛治、薬師、建築のスキルはあらかた上げきった感じだ。
まぁ、普通にやっていたならここまで早く習得は出来なかっただろうけどな」
「話によると、貴様は異世界から召喚されたのであったな・・・確かに、貴様の居た世界の技術の応用が無ければ、たった数ヶ月でスキルを上げきるなど不可能だったであろうな。
それにしても、異世界からの召喚であるか・・・本当に魔王リリスとは何者なのであろうな?」
「確か、リリスも異世界からの召喚は前例が無いと言っていたな・・・お前は思い当たる節は無いか?」
清宏に尋ねられ、ペインは腕を組んで唸った・・・腕に乳房が持ち上げられ、なかなか良い眺めになっているが、ペインはまったく気にしていない。
「まず、偶然では無いのは確かであろう・・・偶然であったなら、過去に他の魔王が召喚していてもおかしくないであろう?
それが、魔王リリスに至っては異世界から貴様を召喚しただけでなく、アルトリウスや我輩など、最上位とも言える者まで召喚しているのは、偶然や運にしては出来過ぎだと思うのである」
「なら、必然ということか・・・だが、お前はそんな事があり得ると思うか?
俺は正直、リリスはお世辞にも魔王に向いているとは思えない・・・なのに、何故あいつばかりが他の魔王に比べて優遇されているんだ?」
「それが解れば悩む必要は無いであろう・・・」
「それはそうなんだけどさ・・・でも、実際気になるだろ?
なぁ、お前は長生きしてるなら、今までにも勇者やEX級に分類された魔王を何度か見た事あるんだろ、そいつ等はどんな奴等だったんだ?
強いはずのガングートでは勇者が現れないのには、何か違いがあるんじゃないのか?」
「む・・・それは確かに見た事はあるが、何か関係があるのであるか?」
ペインが聞き返すと、清宏は自信なさげに頷いた。
「確か、世界の理を変えられる程の力を持つ魔王が現れた時に、勇者が現れるんだよな?
だとすると、うちはリリス自体には力は無いが、異世界人の俺や、実力者であるお前やアルトリウスを召喚する程の幸運が世界の理を変えかねないと判断されたらどうなる・・・陣営が整えば、勇者が現れる可能性があるんじゃないのか?」
「確かにその可能性は否定出来ないのであるが、今まで勇者に討伐された魔王は、皆かなりの強さであったぞ?魔王リリスの父は、その中でも破格と言って良い程の強さであった・・・いくら魔王リリスが幸運であり我輩達が居たとしても、勇者が現れる程とは思えないのである。
我輩は以前、ラフタリアの弓を造ったのが魔族であったなら勇者が現れるかもしれないと言ったが、あれを造ったのが副官である貴様であった事を考慮しても、不殺を信念としている魔王リリスでは世界を危機に陥れるような事はしないであろうから、勇者が現れる可能性は低いと思うのである」
「だが、それは神がどう判断するかだろう?いくらリリスが不殺を信念としていても、神はリリスじゃない・・・可能性がゼロじゃないなら、対策はしっかり練っておかなきゃならないと思うんだよな」
清宏が俯くと、ペインは驚いて苦笑した・・・自信の塊のように思っていた清宏が悩む姿が意外だったのだ。
「まぁ、貴様が不安になるのも仕方ないのであるが、今はまだ何も解らぬのが事実であろう?
ならば、我輩は今しばらくは今まで通りで良いと思うのである・・・遅かれ早かれ、いずれ魔王リリスの格が上がれば、勇者が現れるかどうかある程度判断出来るであろうからな」
「・・・それは、どういう事だ?」
清宏に聞き返され、ペインは呆れてため息をついた。
「貴様がガングートと勇者が現れる程の魔王との違いを聞いて来たのであろうが・・・。
ガングートに対して勇者が現れないのには、決定的な違いがあると言われているのである・・・魔王とは、ある条件を満たした場合にのみ格が上がるのであるが、通常であれば魔王のみが格上げになるのである。
だが、勇者が現れる程の力を持つ魔王の格が上がる時には、その召喚された配下までも格が上がるのである・・・ガングートにはそれが無かったため、勇者が現れなかったと言われているのである」
「なぁ、もしリリスの格が上がった時に、お前やアルトリウスも格が上がったら、戦力としてはどの位になると思う・・・?」
「まぁ、この世界で我輩達の陣営に勝てる者は皆無であろうな・・・」
清宏は生唾を飲み込むと、冷静を装ってペインに尋ねる。
「なぁ、格上げになる条件って何なんだ?」
「それは解らないのである・・・条件はそれぞれ違うらしいから、魔王リリスの条件が何であるかは誰にも解らないのである。
少なくとも、現在居る魔王の中で格が上がっていないのは魔王リリスだけであるから、その結果次第であろうな・・・」
「そうか・・・どうなるか解らないってのが一番厄介なんだよな。
なぁ、俺が魔道具を造るのが関係するとかってあり得るかな?」
「どうであろうな・・・格上げの条件は基本的に本人が何をしたかであるらしいから、直接関係があるかは解らないのである。
まぁ、魔王リリスの格上げの時に我輩達も格上げになったからと言って、勇者が現れるかはまだ解らないのである・・・以前の魔王がそうであったからと言っても、平和を望む魔王リリスの場合には勇者は現れない可能性もある。
神は人族の安寧を望む存在であるから、それを邪魔しないのであれば問題ない可能性も大いにあるのである・・・どちらにせよ、魔王リリスの格が上がった時にしか解らないということであるな」
ペインは話を締めると、冷めてしまったお茶を飲み干した。
清宏は不安を打ち消すように首を振ると、ペインに新しいお茶を淹れてやる。
「すまんな、お前も解らない事ばかりだったのに色々と聞いちまって・・・」
「なに、気にする必要はないのである・・・たまにはこうして真面目な話をゆっくりとするのも悪くない。
それより我輩は、貴様がここまで色々と考えている事に驚いたのである・・・最初に出会った時も今みたいに真面目であれば良かったと思うのである」
「それはお互い様だ・・・まぁ、なんにせよこれからは頼むぞ?リリスの護衛はアルトリウスに任せているが、この城を守るのは、防御力に長けたお前に任せるからな?」
「ふはははは!泥舟に乗った気持ちで我輩に任せておけば良いのである!!」
「それを言うなら大舟だろう・・・不安になってきたな」
「真面目に受け取られたら困るのである・・・」
ペインは苦笑し、新しいお茶を口に含む。
清宏もお茶を啜ると、しばらくペインの昔話に付き合った。
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