第87話仮の姿

 覇竜が気絶し、何とか溜飲の下がった清宏は、スッキリとした表情で額の汗を拭いながらリリス達を振り向いた。


 「テメェ、身動きの取れない相手にも手加減無しかよ・・・」


 「あぁん?動けないからこそだろうが!こいつには、自慢の広間を壊された恨みがあるからな、これでもまだ手加減してんだよ俺は!!」


 清宏は呆れているアッシュに怒鳴ると、アイテムボックスから大量のポーションを取り出して覇竜にかけていった。

 ポーションにより、剥がれた鱗や傷がみるみるうちに修復され、覇竜は召喚された時よりも綺麗な状態に戻っていく。

 それを見たアッシュが関心したように覇竜に近付き、傷の無くなった鱗を軽く叩いた。


 「それにしても、こんなかてーのぶん殴ってお前は大丈夫なのかよ?」


 「いや、まだ手の感覚が無いよ・・・はっきり言って、防御力は途轍もないぞこいつは。

 それでいて痛みに耐性があるんだからチートだわ・・・攻撃自体はおお振りで避けやすいんだが、こんなのとまともにやり合ったら、確実にこっちが先にバテるな」


 清宏は、震える指を見ながらため息をついた。

 すると、傷が癒えて痛みが和らいだのか、覇竜がゆっくりと目を開けた。


 「むぅ・・・朝であるか?」


 「朝じゃねーよ、ボケてんのか?」


 「ひいっ!貴様は!?」


 清宏が覗き込むと、覇竜はあからさまに怯えだした・・・清宏の折檻は効果があったようだ。

 清宏は覇竜に絡まっている鎖を解くと、目の前で座り込んだ。


 「状況が理解出来るか?」


 「いや・・・寝ていたらいきなり貴様が目の前に居たので、何がなんだか解らないのである」


 「お前はリリスに召喚されたんだよ・・・だから、強制的にここに来たわけだ。

 一応、さっきので城を壊した分と俺を馬鹿にした分はチャラにしてやるが、また暴れたら次はこんなもんじゃ済まさないからな・・・傷も治してやったんだから感謝しろよ?」


 覇竜は自分の身体を確認し、傷が癒えているのを見て目を見開いた。


 「あれ程の傷が跡形もないとは驚いたのである・・・貴様、名のある薬師か何かであるか?」


 「生産系は全般的に持ってるよ・・・お前がこの前戦ったラフタリアの弓も俺が造った物だ。

 お前は、魔王に召喚された者がどうなるかは知っているな?」


 清宏が尋ねると、覇竜は深く頷いた。


 「無論知っているのである・・・だが、魔王リリスとは何者であるか?

 副官である貴様は、人間でありながら我輩を気絶させる程のスキルを持ち、高位の魔族であるアルトリウスを召喚し、さらには我輩までも召喚してしまった・・・これは明らかに異常なのである」


 「知らん・・・俺が知っているのは、リリスの父親は500年前に勇者に討伐されたって事くらいだよ・・・あとは見ての通りチンチクリンのガキで、争いを好まないって事だ」


 清宏の説明を聞き、覇竜は目を見開いてリリスを見た。


 「なんと・・・彼奴に娘がいたとは驚きである!

 だが、父親にはあまり似ておらぬようだが、母親には似ておるな!」


 「お主、父上と母上を知っておるのか!?」


 離れて様子を伺っていたリリスが、慌てて覇竜に詰め寄る・・・その表情は、驚きと喜びに満ちている。


 「おぉ、知っているのである!まぁ、知っておるとは言っても、戦いを挑もうとして断念しただけであるが・・・あれはガングートなど比べ物にならぬ程の化け物であったぞ。

 この世に生まれて数千年・・・我輩が戦わずして負けを認めたのは彼奴のみである。

 そして、あれを倒してしまう勇者もまた化け物である」


 「他には何か知らんのか!?」


 「ふむ、母親はそれはもう美しい女であったな・・・あれ程の美貌の持ち主は、まさに数百年、いや千年に1人と言っても良い!

 魔族とは思えぬ白く透き通るような肌に、黄金色に輝く長い髪がまた美しかった・・・お主は目鼻立ちが良く似ている・・・成長すれば、母親同様美しくなりそうである。

 親しい訳ではなかったゆえあまり多くは語れないが、また思い出したら話してやるのである」


 覇竜の話を聞いたリリスは、嬉しそうに頷いた。

 内心どうなる事かと心配していた清宏は、2人の会話を聞いて安堵した・・・清宏は覇竜の事を馬鹿だと思っているため、間違えてリリスを殺さないか心配していたのだ。


 「おい、お前はこれからどうする?召喚されたからには、リリスを守らないとお前も気が気じゃないと思うが?」


 「問題はそこである・・・正直、貴様と毎日顔を合わせるのは精神的にキツいのである!」


 「あ゛ぁ!?」


 「そういったところである!我輩も戦いは好きであるが、貴様みたいにキレやすくはないのである!!まったく・・・貴様ほど危ない人間は初めて見たのである」


 清宏が眉間に皺を寄せて睨むと、覇竜は後退り、翼で頭をガードした・・・殴られるのを警戒したようだ。


 「お前が俺達の仲間になり、指示を守るなら怒りはしない・・・だが、今朝みたいに暴れて城を壊したら教育的指導だ。

 お前が俺が納得のいく仕事をしたなら、正当な評価をするつもりだ・・・正直、お前は馬鹿だが戦力としては申し分ないから、来てくれたら助かる」


 「むう、言い方がいちいち引っかかるのであるが、我輩の知らぬところで召喚主に死なれては困るのもまた事実である・・・良かろう、しばらくは様子を見させて貰うのである」


 覇竜はため息混じりに清宏を見て頷く。

 清宏は覇竜の返事を聞いてニヤリと笑ったが、すぐに何かに気付いて唸った。


 「あのさ、お前って小さくなれないのか?」


 「なれなくはないのであるが、我輩はこの姿が威厳があって気に入っているのである!」


 「ふむ、部屋を用意してやろうと思っていたんだがな・・・なら、お前は野宿で良いか?」


 「ふ、ふははは!我輩の仮の姿を見せてやろうではないか!!・・・野宿は嫌なのである」


 覇竜は冷や汗を流しながら豪快に笑うと、巨体を屈める・・・すると、みるみるうちに覇竜の巨体が小さくなり、人の姿になった。

 その姿を見た清宏達は絶句し、目を見開いた。


 「ふふふ、驚いたようであるな?これこそが我輩の仮の姿である!!」


 半壊した広間に、よく通る凛とした声が響き渡る・・・人型になった覇竜は、長い黒髪に褐色の肌と赤い瞳を持ち、立派な双丘が目を惹く引き締まった身体をした身長180cm以上もある美女の姿をしていた。


 『な・・・何だってーーーー!?』


 片付けをしていた皆が驚き、手に持っていた瓦礫を落とした。

 清宏は慌ててアルトリウスを見たが、アルトリウスも口を開けて呆然としている・・・彼にとっても意外な事実だったらしい。


 「ふはははは!何を驚いているのであるか!?」


 「いや・・・だって、お前・・・女だったのか!?」


 「そうであるが?我輩は一度も男とは名乗っていないのである!」


 「確かにそうだが・・・喋り方とか、アンネやラフタリアを嫁にとか・・・」


 清宏は、目の前の状況を何とか理解しようとしているが、なかなか頭が追いつかない。


 「話し方など個人の自由であろう?それに、美しい者を見かけたら、我が物としたいと思うのは当然である!!」


 「そ、そうか・・・まぁ良い、とりあえず広間の片付けを手伝ってくれ・・・その後、飯と風呂にして、部屋を用意しよう」


 「ふむ、良かろう!これでも我輩は綺麗好きであるからな!」


 清宏は深く考えるのを諦め、片付けを再開する。

 覇竜は快く頷くと、巨大な石材を片手で軽々と担いぎ、手際よく片付けを進めていった。

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