第86話バールのようなもの
清宏はアッシュをからかうのに飽きたらしく、持っていた魔召石をリリスに渡した。
やっと解放されたアッシュは、舌打ちをしてその場に座り込んだ・・・汗ひとつかいていない清宏とは対照的に、アッシュは汗だくになっている。
「くそっ・・・んだよあの男は!本当に人間かよ!?」
「くくく・・・良い様だな、あの方に喧嘩を売るなど命知らずにも程がある」
背後から話しかけられたアッシュが振り向くと、そこにはアルトリウスが笑いながら立っていた・・・アッシュはそれを見て顔をしかめる。
「あいつが言ってた魔族ってのはテメエの事かよ・・・他にはサキュバスも居るみてえだな」
「久しいな、相変わらず下品な喋りは健在のようだ・・・誰彼構わず喧嘩を売るからああいう目にあうのだ・・・まぁ、私が言えた事ではないがな」
「あ?どう言う意味だ?」
「私も、お前同様あの方に戦いを挑んで返り討ちにあったということだ・・・一撃で戦闘不能にまでなるとは思っていなかったがな」
「マジかよ・・・俺、よく生きてんな」
アルトリウスとアッシュが会話をしていると、それに気付いた清宏とリリスが近付いて来た。
「何だよ、お前達知り合いか?」
「知り合いと言うほどの間柄ではございません・・・何度か手合わせをした程度でございます」
「ほぅ、世間は狭いもんじゃなぁ・・・まぁ、知り合いがおるなら、アッシュも少しは気が紛れるじゃろ?仲良くやってくれ」
アルトリウスは、清宏とリリスに簡単に説明をして深々と頭を下げた・・・アッシュはそれを見て驚いているようだ。
「魔王は分からんでもねぇが、お前が人間に頭を下げんのかよ・・・信じられねぇ」
「お前にもいずれ解る・・・このお2人は忠誠を誓うに値する方々だ」
「それまでここに居るかは分からねえけどな・・・」
アルトリウスの言葉を聞き、アッシュは胡座をかいて頬杖をつきながら答えた。
「ほれ、まだ片付け終わってねーんだから身体動かせ!アッシュ、お前もアルトリウス達を手伝ってやってくれ」
「へーへー・・・来たばっかで片付けかよ」
「まぁ、あまり無理せん程度にやってくれ・・・片付けが終わったら、飯と風呂にするからの」
嫌々ながら立ち上がったアッシュに、リリスが苦笑しながら声をかけると、アッシュはバツが悪そうに後頭部を掻きながらアルトリウスについて行った。
「あの2人が知り合いね・・・アルトリウスは覇竜とも知り合いだったし、この世界は俺が思ってる以上に狭いのか?」
「妾に聞くでない・・・妾はこの城から出た事など数えるほどしかないんじゃからな。
あるとすれば、父上に連れられて魔王同士の会談に行ったくらいじゃ」
リリスは首を振りながら清宏に答え、肩を竦めた。
「会談とかあんのかよ・・・」
「そりゃああるじゃろ・・・情報交換や取り決めなどを話合わねば色々と問題も起きるからの。
まぁ、妾が最後に行ったのは父上が死ぬ少し前じゃったから、もう500年以上も前の事じゃよ」
「お前、たまには外に出ないと、その内キノコ生えるぞ・・・」
「そりゃあ良いの、食料の調達の手間が省けると言うものじゃな!」
「皮肉にもならんとは・・・哀れな魔王だな。
さてと、さっさと次の召喚を頼むわ」
笑っているリリスを見て清宏は哀れんだが、すぐに気を取り直してリリスに召喚を促した。
アッシュが来たとは言え、夕飯の支度のためにアンネとレイスが抜けた穴を埋めるには心許ないからだ。
「うむ、次もアッシュのように話が通じる奴が来てくれたら嬉しいの!」
「ひと暴れしたんだから話は通じてなかっただろ・・・」
清宏がため息をつくと、リリスは笑いながら魔召石を床に置いて儀式を開始した・・・先程同様、赤い光が収まると、そこには見覚えのある巨体が佇んでいた。
「な・・・何ということじゃ・・・」
リリスは愕然として清宏の背後に隠れる・・・片付けをしていた者達も、召喚された者を見て動きが止まっていた。
「むにゃむにゃ・・・ふははは!我輩の勝ちであるぞ!参ったであるか!?」
どうやら、召喚されたその巨体の持ち主は眠っているらしく、寝言を言いながらヨダレを垂らしている・・・笑っているところを見ると、余程良い夢を見ているようだ。
清宏はそれを見て肩を震わせている・・・異常を感じたリリスが、清宏の顔を覗きこんで腰を抜かした。
「ア・・・アルトリウスー!妾を助けてくれー!!清宏がヤバいのじゃ!!」
「これは、近付かぬ方が良いでしょうな・・・」
アルトリウスは素早くリリスを抱き上げると、清宏から離れた場所で様子を伺った。
他の者達もとばっちりを受けない様にアルトリウスを盾にしている。
「おい、何なんだあのッベーのは!何であいつはあんなに嬉しそうに笑ってンだよ!?」
遠目から見ても嬉しそうにしている清宏を見て、アッシュは身震いしている・・・清宏は声を押し殺し、ただ身体を小刻みに震わせながら笑っているが、纏っている空気は尋常じゃない程にどす黒い。
「今召喚されたのは覇竜じゃよ・・・妾達が片付けをする羽目になった元凶じゃ。
今朝、清宏がなんとか撃退したんじゃが、覇竜は騒ぐだけ騒いで逃げて行ったんじゃ・・・それが清宏は気に食わんかったみたいでの、次に会ったらボコるとか物騒な事を言っておったんじゃよ。
まさか偶然とは言え、こんなに早く再会してしまうとはの・・・悪い事は言わん、絶対に今の清宏を刺激するでないぞ?とばっちりを受けるのは確実じゃからな」
「アルトリウスだけじゃなく、あんな化け物まで相手にしてんのかよあの男は・・・マジで人間辞めてんな・・・」
リリスがアッシュに説明を終えて清宏の様子を伺っていると、清宏は鎖を取り出して覇竜に括り付けて行った・・・逃がさない為の保険だろう。
覇竜はいまだに夢の中で楽しい思いをしているらしく、時折笑っているようだ。
覇竜に鎖を巻き付け終わった清宏は、鼻歌を歌いながらアイテムボックスを弄っている。
「何が出るかな♪何が出るかな♪」
「おい、何であいつは歌ってるんだ・・・超こえーんだけど」
「しっ!清宏に聞かれたら厄介じゃぞ!?」
歌っている清宏を見てアッシュが呟くと、リリスが慌てて口を塞いだ・・・清宏には聞こえなかったらしく、まだ歌いながらアイテムボックスを弄っていた。
「せっかくだから、俺はこの最近造った謎の道具を選ぶぜ!・・・こうして清宏は、バールのようなものを手に入れた・・・」
清宏は、アイテムボックスからバールのようなものを取り出すと、頬ずりをしてゴルフスイングを始めた・・・それを見た皆の顔が引き攣る。
「・・・一体あいつは何を言ってンだ?」
「放っておけ・・・覇竜に対する怒りと、仕返しが出来る喜びに清宏自身も混乱しとるんじゃろう」
「こうなると、流石に覇竜が不憫に思えてまいりますな・・・」
「おっ・・・素振りが終わったようじゃな」
覇竜の鼻先でバールのようなものを構えた清宏は、ブツブツと何かを呟き、身体を捻りながら高々と振り上げる。
「チャー・・・シュー・・・メーーーーン!!」
バールのようなものが吸い込まれるように鼻先に直撃し、覇竜の巨体が跳ね上がる。
「!?」
「!?」
殴られた覇竜と、その威力を見たアッシュが驚愕している・・・その時清宏は、手のひらを額の近くに持って行き、遠くを見るポーズを取っていた。
「¥+々*%\〜×☆€→♪$#!!?」
脳が殴られた事を理解したらしく、あまりの激痛に覇竜が悶え始める・・・だが、覇竜は全身を鎖で固定されているせいで身動きが出来ない。
「うふ・・・うふふふふ・・・あははははは!!
ざまぁ無えなぁおい!テメェ、今朝はよくも舐めた真似してくれたな・・・簡単に許して貰えると思うなよ?」
「げえっ、貴様は!?あだだだだ!締まる!鎖が食い込んで痛いのである!!
何故貴様の攻撃は、こうも我輩の防御を無効化するのであるか!?いくらスキルとは言っても卑怯であるぞ!!」
「やかましい!良いか、俺は今からお前をボコる・・・君がッ!泣いても!殴るのを辞めないッ!!」
「待て!待つのである!泣いたら許して欲しいのである!!」
「喰らえ!マッハ叩き!!」
「このきたならしい阿保がァーーッである!」
清宏は高速でバールのようなものを覇竜に連続で叩きつける・・・覇竜は身体を捩って清宏から逃げようとしたが、抵抗虚しく滅多打ちにされ、あっという間に気絶した・・・。
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