第74話話し合いの場

 清宏達が街を発ってから4時間程が経ち、予定より少し遅れて城の近くまで到着した。

 だが、清宏達はまだ城には向かわない・・・それは、まだ城を訪れている冒険者達が居るからだ。

 清宏達は今、ダンジョンマスターの効果範囲ギリギリの所で待機し、マップを見ている。

 日没までにはまだ時間があるため、城内には多くの冒険者達が残っているようだ。


 「商売繁盛は有り難い限りだが、今日に限っては厄介だな・・・クリスさんとの話し合いをしなきゃならないし、今日は早めにお帰りいただくかな?」


 『それが良いかと思います』


 「このマップは、清宏殿のスキルですかな?」


 清宏とアンネが相談をしていると、横から見ていたクリスが興味深げに尋ねた。

 

 「えぇ、これはリリスから譲って貰ったダンジョンマスターというスキルですね。

 ダンジョンマスターはこのようにマップを見るだけでなく、テリトリー内の部屋や通路、備品などの配置を自由に変更出来るスキルです。

 私は他にもトラップマスターと生産系スキルを多数習得しています。

 城に誰かしら来てくれれば魔石が手に入るので、それを使って魔道具を製作しているんですよ。

 ただ、毎回アイテムを持って行かれたら赤字になってしまうので、適度に罠に掛けて排除していますけどね。

 もちろん、命に関わるような危険な罠はありません・・・死なせる訳にはいきませんからね」


 「ほほう、それは良いですな!どのような原理で魔石を得ているのかは解りませんが、キャッチ&リリースをする事で、恒常的に魔石を得られるということですか!」


 「その通りです!どうやって魔石が作られているかは後でお見せしますが、魔物や魔族を討伐して手に入れる物に比べ、傷も無いので高品質ですよ!」


 「それは楽しみですな!では、どのようにして彼等を排除するのかお手並みを拝見させていただきましょう!」


 楽しそうにしているクリスを見て、清宏は苦笑しながらマップを確認する。

 すると、城内で点滅していた多数のマーカーが忙しなく動き始めた。


 「このマップ上で上下左右に忙しなく動いているのが侵入者です・・・今彼等は、私が遠隔操作で仕掛けた落とし穴に掛かり、床下に張り巡らされた滑り台で城の外にある湖に向かっています。

 扉から出られてしまうとアイテムを持って行かれますが、それ以外の手段で外に出ると全て没収されます・・・そのため、彼等はそれを取り戻そうとまた城に来てくれるという訳ですね」


 「それはさぞ悔しいでしょうな・・・それにしても、遠隔操作で罠を仕掛けられると言うのは、敵に回したく無いスキルですな」


 「リリスの話では、トラップマスターを持っているのは、現在わかっているだけで私と魔王ダンケルクの2人だけだそうです」


 清宏が何気なく答えると、頷いていたクリスが見事な二度見をした。

 清宏とアンネはそれを見て笑う。


 「あの鉄壁のダンケルクですか!?いや、それはまた凄いスキルですな・・・そうなればおいそれと城を攻める訳にはいきませんから、国も慎重にならざるをえませんな」


 「えぇ、私の切り札の1つですよ・・・もし国との交渉などが上手くいかなかった場合でも、このスキルが抑止力になりますからね・・・さて、侵入者の排除も終わりましたし、城に向かいましょう。

 アンネ、城門は閉めてあるから城壁を飛び越えてくれ」


 『承知いたしました』


 清宏とクリスが再び背に乗ると、アンネは素早く城に近づき、城壁を飛び越えた。

 アンネは2人が背から降りるのを待って人型に戻り、マップで誰も居ない事を再度確認してから城内に入った。


 「では、この扉を玉座の間に繋ぎます・・・向こうは私達が城内に入った事は確認済みでしょうから、すぐに話し合いに移りましょう」


 清宏は入り口から一番近い部屋の扉の前でクリスを振り向いた。

 クリスは再び緊張してきたらしく、唾を飲み込んで頷いた。

 清宏は苦笑しながら扉を開ける・・・扉の先では、リリスを中心に主立った者達が既に待機していた。


 「クリス・オズウェルト殿、遠路はるばるよくぞ参られた・・・妾がこの城の主リリスじゃ。

 今日は我等のため、貴重な時間を使いご足労願った事、誠に感謝し、そして申し訳なく思っておる。

 後少しで日も暮れる・・・話し合いの後は、ゆっくりと疲れを癒していただきたい。

 清宏とアンネもご苦労であった・・・其方達も疲れておるじゃろうが、今しばらく妾に付き合って欲しい」


 リリスがクリスに挨拶をして清宏達を労うと、クリスはリリスの前に進み、胸に手を当てて深々とお辞儀をした。


 「魔王リリス様、お招きいただき光栄至極に存じます。

 改めまして、私の名はクリス・オズウェルト・・・主に魔道具の売買を行っておりますオズウェルト商会の代表を務めさせていただいております。

 本日は人族と魔族の今後について、及び共同事業に関するお話をと伺っております。

 私はまだ未熟な身ではございますが、清宏殿たっての願いを受け、馳せ参じた次第にございます」


 「其方の商会には、清宏を始めグレン達も大変世話になった・・・その上無理な願いをせねばならぬ事、誠に申し訳なく思っておる。

 其方にも、家族や商会で働いておる部下がおるじゃろう・・・その者達の生活を守るのが其方の責務じゃ。

 これからする話に関し、仮に其方が断ったとしても妾は責めはせん・・・其方は、自身の守らねばならぬ者達を第一に考えて判断して欲しい」


 クリスはもう一度リリスに深々とお辞儀をする。

 清宏は2人の会話が終わるのを見計らい、他の者達に指示を出した。


 「アルトリウスとリリは俺達の話を聞いていてくれ。

 アンネはお茶の用意を、その後は夕飯の支度だ。

 レイスは俺が呼ぶまではアンネのサポートを、他の者は城内の片付けをしておいてくれ。

 ではクリスさん、あちらへ・・・」


 清宏に案内され、クリスは席に着く。

 アルトリウスの名を聞いて若干青ざめているようだが、それでも話し合いに臨もうとしている。


 「清宏、クリス殿にはどこまで伝えておる?」


 「お前が不殺を信念にしている事、その理由は伝えてある・・・あと、俺の素性も伝えた。

 あと話し合うとすれば、国を説得するための方法と、共同事業についてくらいだな」


 「ふむ、前もって話をしておいてくれて助かったわい・・・時間も時間じゃし、あまり長引かせるのも何じゃしな。

 では、まずは国を説得する方法を考えようかの」


 話し合いが始まり、すかさずクリスが挙手をする。


 「では、いくつかお聞きかせいただきたいのですが、まず、国との和解を考えておられるのであれば、納得させる為にはそれ相応の対価が必要になります・・・恐れながら申し上げますと、リリス様もご存知の通り、魔族に対しての人族の憎しみは相当なものでございます。

 それを払拭する為には、魔族と和解する事の有用性を理解して貰わねばなりません・・・それに関する策はありますでしょうか?」


 クリスの質問を受け、リリスは頷く。

 その質問に対する答えは、クリスに会いに行く前に話し合って決めていたのだ。


 「まず第1に、この城を攻められぬ限り、妾達はこの国や民に対してあらゆる戦闘行為を行わない事を誓う。

 第2に、この国が他国からの侵攻を受けた際は、抑止力としてこちらからアルトリウスを派遣する事を約束する・・・アルトリウスには敵を殺させはしないが、S級討伐対象になっておる程の魔族が控えておるだけでも、敵にとっては十分過ぎるほどに驚異じゃろう。

 第3に、もし他の魔王がこの国に侵攻して来た場合、こちらで率先してその撃退を請け負う・・・こちらは人数的にはちと心許ないが、妾の知る限り他の魔王の配下にはS級クラスの魔族は殆どおらん。

 高位の魔族は癖が強く扱い辛い上に、そうそう召喚出来るものでもないから絶対数が少ないんじゃ・・・総攻撃でさえなければ、アルトリウスと清宏だけでも十分撃退可能じゃろう。

 以上が和解した場合に妾達が示せるこちらの有用性じゃ・・・何か補足が必要であれば遠慮せず言って欲しい」


 「いえ、それだけの譲歩をすれば納得して貰えるでしょう・・・譲歩し過ぎのようにも感じますが、これ以上無い条件を突きつけられれば、断り難くなりますからな。

 ですが、私が気掛かりなのは清宏殿も参加されると言う事です・・・本当に大丈夫なのですか?」


 心配そうに見てくるクリスに対し、清宏は笑って頷く・・・清宏は自信のある表情をしている。


 「大丈夫ですよ!別に殺す訳では無いですし、トラップマスターは屋内だけで使えるスキルじゃありませんから問題ありませんよ!」


 清宏は基本的に城に篭っているため今まで使ってはいなかったが、トラップマスターは屋内だけに限らず、屋外でも無類の強さを誇るスキルだ。

 屋内の場合は自身のテリトリー内であればマップと併用して何処に居ても瞬時に罠を設置出来るが、開けた屋外であれば目に見える場所全てがその効果範囲となる。

 ただ、その場の地形を熟知していなければならないため、事前の調査や高台などから広範囲を見下ろす必要があるのが難点だ・・・さらに、清宏は目が悪いためあまり遠くが見えないと言うリスクもあるが、それを差し引いても十分強力なスキルだ。


 「そうですか・・・ですが、あまりご無理はなさらないようにしてください。

 では、次に貴方方と和解する事で国が得られる利益についてお聞かせください。

 国とは、極端な例えを言ってしまえば巨大な家庭の様な物です・・・国が家であり、国王陛下を父、王妃殿下を母、国民は子であると言い表わしても良いでしょう。

 家庭を切り盛りするには、それを成す為の収入が必要になります・・・貴方方は、この国に対しどの様な利益をもたらせるのかをお聞かせください」


 話を切り替えたクリスに、清宏が挙手をした。


 「それに関しては私がご説明しましょう・・・共同事業にも関わる話になりますからね。

 まず、私の居た世界にあった武器以外で、生活に役立つ物に関する魔道具や日用品、アイテムなどは、全て製法を開示します。

 製造権と販売権はオズウェルト商会に、その売上の5%を我々、15%を国、残りの80%はオズウェルト商会の取り分にしてはどうかと考えています。

 国には工場建設用の土地と建設工事時の人材の提供及び工事費用の一部を提供していただき、オズウェルト商会には資材の確保、工場の運営、従業員の給与の管理をお願いしたいと思っています。

 国は土地、人材の提供と工事費用を出すだけで、その後は恒常的に利益を得ることが出来、工場が稼働すれば雇用が増えて民も潤いますので、それに伴う税収の増加など支出以上に価値があるかと思います。

 オズウェルト商会には工場完成後の運営をしていただく代わりに、我々の魔道具などの設計図、製造権、販売権を無償で提供させていただきます。

 我々は基本的に食費以外では金銭は必要ありませんが、人族の仲間の為にもいざと言う時の蓄えがあれば問題ありません。

 どの様な魔道具やアイテムを開示するかはクリスさんに後程実物を見ていただき、決めていきたいと思っています」


 「ふむ・・・国や私共にとって、条件としては申し分ないでしょう。

 ただ、私共は魔道具製作は問題ありませんが、日用品やその他アイテム類の製造は不慣れでございます・・・そちらに関しては、清宏殿にご助力いただけますでしょうか?」


 説明を聞いたクリスが尋ねると、清宏は笑顔で頷いた。

 清宏としても、全てを任せ切りにする訳にはいかないのだ・・・製造などに自身も加わる事で、人々と関わる機会を作り、理解を深めるのが目的だ。

 

 「はい、私に出来る事であれば何なりと・・・魔道具やその他アイテム類の製造に関しては、私以外にもアンネや人族のシス、ウィルも居りますので、指導は我々が責任を持って行わせていただきます」


 「ありがとうございます・・・ここまで前もって決めていらっしゃるのであれば、交渉もスムーズに進むと思います。

 私としましても、商会の利益にも繋がりますのでお断りする理由はございません・・・ただ、私だけではなく、他にも協力者を得た方が良いでしょう。

 ご協力させていただきたいとは思いますがリスクも高いため、万全の状態で事に当たりたいのです・・・」


 苦笑しているクリスを見て、リリスがニヤリと笑う。


 「それに関しても既に手は打ってあるぞ・・・其方もラフタリアに会ったであろう?あやつの仲間であるオーリックやルミネも、妾達の協力を買って出てくれたのじゃ。

 彼奴らは今、国王への報告の為に王都に向かっておる・・・ただ、出来れば彼奴等の後押しをしてやれればと思うんじゃがな」


 「それでしたら、私が国王陛下宛に手紙をご用意いたしましょう。

 問題は、それをどうやってオーリック殿達が王都に着くまでに渡すかですが・・・」


 「確か、ラフタリアが連絡手段を持ってると言っていたな・・・クリスさん、街に戻ったら手紙の用意をお願いします。

 では、今日はこの辺で良いですかね?夕飯にはもう少し時間がありますから、私の工房をご案内しましょう」


 清宏が席を立って話を締めると、リリが手を挙げる・・・なんだか不服そうだ。


 「ねぇ、名前の上がったアルトリウスは良いとして、私って居る意味あった?」


 「あぁ、すまんな・・・お前のことすっかり忘れてたわ。

 まぁ、真面目な話し合いにも花があった方が良いだろ?」


 「あっそ・・・本当に口だけはよく回るわねあんたは・・・まぁ、そう言う事にしといてあげるわ。

 ではクリス様、ごゆっくりされて行ってください」


 リリはそのまま深く長いため息をつき、クリスにお辞儀をして立ち去っていった・・・。


 「清宏殿、あの女性は見た限りサキュバスなのですよね・・・それにしては随分と落ち着きがありますな?」


 「あぁ、彼女はまだ処女なんですよ・・・何でも、サキュバスは経験をするとタガが外れてしまうらしいのですが、処女であれば理性を保ったままとの事です。

 うちには、他にも20人のサキュバスが居ますが、話は通じますし支持にも従ってくれるので問題なくやっていけてますよ。

 さぁ、では私の工房に行きましょう!」


 「夕飯の準備が出来たらお呼びいたします・・・ではクリス殿、どうぞごゆっくり」


 清宏とクリスはアルトリウスに見送られ、工房に向かう。

 リリスは2人の後ろ姿を微笑みながら見送り、自室へと戻っていった。


 


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