第73話クリスの決意

 清宏達はクリスが落ち着きを取り戻すまでの間、紅茶を飲みつつ待ち続けていた。

 時間が経つにつれ、ラフタリアの機嫌が悪くなり、彼女は指先で何度もテーブルを叩き徐々にそのスピードが加速していく・・・。


 「ねぇ、私達はいつまでこの奇妙な踊りを見てなきゃならない訳?

 そろそろお腹空いてきたんだげど・・・」


 「そうだな・・・だけど、気付いてくれるかな?

 おーいクリス殿、聞こえてますか?」


 「まだ戻ってこられないようですね・・・」


 腹を空かせたラフタリアに急かされて清宏が声を掛けたが、クリスの意識はまだ妄想の世界から戻ってくる気配が無い・・・。

 清宏はため息をついて席を立つと、クリスの肩を掴んで身体を揺らした。

 その効果があったのか、クリスは我に返って清宏を見て慌てて居住まいを正した。


 「はっ!清宏殿!?」


 「やっと戻ってこられましたね・・・時間も時間ですし、宜しければご一緒にお昼でもどうでしょう?昼食後、私の工房にご案内いたします」


 「お、おぉ・・・それもそうですな!では、前回お約束した店に参りましょう。

 皆さん、興奮して我を忘れてしまい申し訳ありませんでした・・・食事の支払いは、是非私にお任せください!」


 「お言葉に甘えさせていただきます。

 昼食後、クリス殿の準備が済み次第向かいましょう・・・泊りがけになりますから、着替えなどをご用意していただけると助かります」


 「そちらに関しては抜かりありません!着替えなどの必需品は、アイテムボックス内に常備しておりますからな!昼食後すぐに発ちましょう!!」


 クリスは近くにいた部下に事情を説明し、清宏達はクリスの行きつけの高級料理店に向かった。

 その店は、普通の店とは品数や食材の新鮮度が段違いであったため、アンネとラフタリアも大変満足しているようだった。

 ただ、あまりゆっくりとはしていられなかったため、1時間程で店を出て街を発つ事になった。

 街の入り口まで来たところで、清宏はラフタリアにお金の入った袋を渡す。


 「その金は俺のポケットマネーだ・・・滞在費はその中から好きに使ってくれて構わない」


 「ありがたく使わせて貰うわ、気を付けてね!

 私はギルドの任務をこなして弓の確認なんかをしておくから、ゆっくりでも良いわよ!」


 ラフタリアは清宏からお金を受け取ってアイテムボックスに入れると、弓に手を掛けて笑った。

 なんだかんだ言っていても、やはり新しい武器は嬉しいようだ。

 2人が話をしていると、清宏の隣で会話を聞いていたクリスが首を傾げる。


 「ラフタリア殿は一緒に行かれないのですか?」


 「私達の移動手段は2人しか利用出来ませんので、彼女には残って貰わないといけないのです・・・詳しい事は、後程頃合いを見てご説明しましょう」


 「はぁ、それは構いませんが・・・」


 クリスは清宏の言葉に首を傾げながらも了承し、街道を歩き出した。

 ラフタリアは清宏達が見えなくなるまで見送ると、踵を返してギルドに向かった。


 「さてと、この辺りで良いかな・・・クリス殿、こちらの茂みの中に」


 清宏はクリスを手招きし、茂みの中に入って行く・・・アンネは近くに誰もいない事を確認してから茂みに入る。


 「清宏殿、ここからどのようにして工房に向かわれるのですか?」


 「はい、それを今からご説明しましょう・・・しかし、何が起こっても大声を出さぬようにお願いいたします。

 それじゃあ、アンネ・・・頼む」


 「はい・・・」


 アンネは短く返事をすると、清宏とクリスの前に進み狼の姿になる。

 その光景を目にしたクリスは、目を見開いて恐怖に震えている・・・。


 「き、清宏殿・・・これは・・・これは一体」


 「クリス殿・・・驚かれた事と思いますが、アンネロッテの正体は吸血鬼でございます。

 ですが、恐れる事はございません・・・彼女は私が最も信頼している仲間の1人であり、人に害をなす者ではございません。

 これから彼女の背に乗り、この先にある魔王城へと向かいます・・・そこが私の家であり、工房です。

 クリス殿にはそこで私の協力者である魔王リリスに会っていただき、人族と魔族の今後についてお話をさせていただきたいと思っております・・・」


 「何故・・・何故そのような話を私に?」


 説明を受けたクリスは、震える声で清宏に確認する・・・清宏は頷き、クリスの目を見た。


 「魔王リリスは、人族との和解を望んでおります・・・そのためには、クリス殿の協力が必要不可欠なのです。

 私は、クリス殿がご存知の通り魔道具製作を行っております・・・私は人々の生活に役立つ物を造る事を信条としており、魔道具製作を通して、人族と魔族の間にある溝を埋めていきたいと思っているのです。

 ですが我々だけでは手が足りない・・・国や民からの信頼があり、私の製作した魔道具を世に広められるのは、クリス殿・・・貴方しか居ないのです。

 他にもお伝えしたい事があるのですが、そちらについては城に着いてからお話をさせていただきます・・・もし私の言葉を信じていただけると言うならば、アンネの背にお乗りください。

 信じる事が出来ないと言うならば、我々の事は気にせず戻っていただいても構いません・・・街まではお送りいたします」


 清宏はクリスの返事を待つ・・・クリスは俯いたまま沈黙し、答えを出しかねている。

 清宏は諦め、ため息をついてクリスを見る。


 「無理を言ってしまい申し訳ありませんでした・・・街へ送りましょう」


 「いえ、その必要はございません・・・ラフタリア殿が一緒におられたと言う事は、少なくとも彼女やその仲間の方々は貴方方を人族の敵と見なしてはいないと言う事でしょう。

 それに、私は先程前向きに検討させていただくとお約束いたしました・・・それを反故にしてしまっては、清宏殿から受けた恩に仇で返す事になってしまいます。

 まだ全てを信用出来た訳ではありませんが、是非お話を伺わせていただきたい・・・話を伺い、もし本当に私にも人族と魔族の和解の手助けが出来ると言うならば、協力する事を誓いましょう」


 決意に充ちた表情をしているクリスを見て、清宏は頷く。


 「では、城にご案内いたします・・・馬であれば1日は掛かりますが、アンネであれば3時間程で到着すると思います」


 「よ、よろしくお願いいたします・・・」


 アンネの背に乗った清宏はクリスの腕を掴んで引き上げ、それを確認したアンネは、城に向けて走り出す。

 周辺の景色が目にも留まらぬ速さで流れ、風を切る音が聞こえてくる。


 「こ・・・これはまた凄まじい速度ですな!」


 「暴れさえしなければ落ちる心配は無いので、安心して下さい!」


 後ろに乗っているクリスが若干怯えた声で叫び、清宏は笑いながら答えた。

 アンネは街に行く時よりも注意しながら走っているため、揺れも少なく快適だ。


 「この速度と高さから落ちたら、ひとたまりもありませんな!」


 「えぇ、ラフタリアは街に向かう時、何度も落ちかけて大変でしたよ!」


 風の音で聞こえ難いため、清宏とクリスは声を張って会話をしている。

 アンネは集中しているのか、ほとんど喋らない・・・クリスは重要な客人であるため、万が一にも事故などを起こしてはならないからだ。

 その辺りがアルトリウスとの経験の違いだろう・・・仮に今清宏達が乗っているのがアルトリウスであれば、余裕を持って走る事が出来るだろう。

 しばらく走っていると、谷が近づいて来たため、アンネが速度を落とす。

 すると、眼下に広がる景色を見てクリスが感嘆の声を上げた。


 「この辺りの景色は綺麗ですな!魔王城が近くにあるなどとは想像も出来ません!」


 「リリスは先代の魔王の一人娘なのですが、彼女は父親である先代が勇者に討たれてからと言うもの、私と出会うまではずっと1人で城に籠っており、外の世界を知りません。

 齢1000にも届く年齢でありながら、見た目はまだ幼い少女の姿をしております・・・そのせいか他の魔王に比べ力も弱く、恐らくS級のパーティであれば討伐出来る程の力しかないでしょう。

 その弱さも相まって、この辺りまで影響が出ていないのだと思われます」


 「魔王リリス様は、勇者にお父上を討たれた事を恨んではおられないのですか?」


 「リリスは、恨む事を辞めたのですよ・・・彼女は先代の時代から死を何度も目の当たりにしてきたと言っておりました。

 先代は幾度となく人族と戦い、殺し、そして勇者によって討たれたのです・・・その事を恨み、人を殺せば先代の辿った道の繰り返しになってしまいます。

 仮に恨みを晴らしたとしても、同じことの繰り返しでは何も変わらないのです・・・リリスは、その憎しみの連鎖を断ち切りたいと言っておりました。

 私はその確固たる信念に感銘を受け、彼女の協力者としてその手伝いをしております」


 清宏の言葉を聞き、クリスは絶句した。

 それもそのはず・・・リリス以外の魔王は、人族の事など歯牙にも掛けない者が多い。

 戯れに街を襲い、蹂躙し、全てを破壊し尽くす・・・侵入者以外に犠牲者を出さないダンケルクなども居るため全ての魔王がそうであるとは限らないが、基本的には人族の命になど興味の無い者達ばかりなのだ。


 「聞けば聞くほど耳を疑いたくなってしまいますな・・・ですが、リリス様が本当にそのような方なのであれば、人族と魔族の和解も遠からず実現可能でしょう。

 清宏殿はどのようにしてリリス様に出会われたのですか?」


 クリスに尋ねられ、清宏はアンネの首を軽く叩いた・・・すると、アンネはスピードをさらに緩めて立ち止まった。

 クリスはそれを見て首を傾げた。


 「どうかされたのですか?」


 「城に着いてからと思っていましたが、周りには誰も居ないようですし今お話ししましょう。

 クリス殿は、私の造った魔道具を素晴らしい物であると言ってくださいましたね?それがもし、実際にある物の模造品だったとしたらどう思われますか?」


 清宏が尋ねると、クリスは顎に指を当ててしばらく考えこんだ。


 「模造品と言う事は、誰か他の者がオリジナルを製作していたと言う事でしょうか・・・ですが、今までにも近い物はありましたが、あれ程の物は見た事がありません。

 あれ程の物であれば、オリジナルを製作した者が世に出さないのは不思議な話ではないでしょうか・・・私が清宏殿にお渡しした額に相当する利益があるのですからな」


 清宏はクリスの答えを聞いて頷き、続きを話し始める。


 「その通りです・・・まぁ、欲が無くて個人用だとすれば世に出さない可能性もありますけどね。

 先程の質問の答えですが、私はこの世界の人間ではありません・・・魔王リリスによって、異世界から召喚されたのですよ。

 クリス殿にお売りした魔道具は、全て私が元々住んでいた世界に実在した道具の模造品なのですよ」


 「い、異世界ですと!?」


 クリスは驚きのあまりアンネの背から転げ落ちる・・・立ち止まっていて正解だったようだ。

 清宏はそれを見て苦笑し、手を差し伸べてクリスを再度アンネの背に乗せた。


 「驚かれましたか?」


 「えぇ・・・まさか異世界とは・・・ですが、今聞いてみれば、納得出来る部分もありますな。

 あの複雑な魔術回路にしても、この世界には無いものでございました・・・あれも異世界の技術だったのですか?」


 クリスが尋ねると、清宏は笑いながら首を振った。


 「いえ、あの魔術回路は私のオリジナルですよ・・・まぁ、原型となったのは、向こうの世界にあるQRコードと言う物なんですが、それを元に私が独自に開発しました。

 お売りした設計図を見ていただいたなら気付かれたと思いますが、既存の魔術回路は書き込める仕様などが少ないため、複数入れるには魔道具自体が大きくなってしまいます。

 ですが、あのQRコード型であれば、あの小さな魔術回路の中に縦と横、さらには数字や言語なども組み込めます。

 私のいた世界は魔法などが無い代わりに、科学が発展した世界でした・・・クリス殿にお売りした魔道具なども、元々は起動するための原理そのものが違い、それをこちらの技術で再現したのですよ」


 「そのような世界があるとは・・・清宏殿の知識の源流を垣間見ることが出来ました」


 クリスが頭を下げると、清宏は笑った・・・彼が真実を知ってなお、態度を変えずに接してくれたのが嬉しかったのだ。


 「これからも、向こうにあった物を色々と造っていきますから、完成したら真っ先にクリス殿にお見せしますよ!」


 「おぉ、それは楽しみですな!今からその時が待ち遠しく感じますぞ!!

 ですが、清宏殿は召喚されたと言う事は、いずれは元の世界に帰られるのですか?もし、帰る事になったならば、必ず私にお知らせください・・・」


 クリスが寂しそうに呟くのを見て、清宏は苦笑しながら首を振る。


 「それはどうなるかまだ解りません・・・リリス曰く、異世界からの召喚自体が前例の無い事らしく、帰る術も解っておりません。

 家族や友人に何も告げずにこちらに召喚されたので、出来る事なら帰りたいとは思っていますし、その為の研究もしてはいますが、まだ何も進展していない状況です。

 まぁ、最近ではもし帰れないならそれも良いかなと思っています・・・。

 こちらに来て、大切な物が沢山出来ました・・・こちらに骨を埋めるのも悪くないのかもしれません」


 「辛い事をお聞きして申し訳ありませんでした・・・仮に私が清宏殿と同じ立場であれば、家族や友人と離れ離れになってしまう事は想像したくもありません。

 あまり力になれるかはわかりませんが、私も少なからずご助力いたします・・・」


 「ははは、お気持ちに感謝いたしますよ!

 まぁ、まだまだこちらでやりたい事ややらなければならない事は山ほどありますから、帰るとすればまだ先の話です・・・それまでは、私の良き友としてお付き合いいただけたら幸いですよ。

 いや、クリス殿の方が私より歳上ですし、先輩後輩としてと言った方が良いですね・・・失礼いたしました」


 「いえいえ、友としてお付き合いいただけた方が、私としては嬉しく思います。

 それに、お世話になっているのは私の方でございます・・・出来れば、クリス殿などと堅苦しい呼び方や話し方ではなく、クリスと呼び捨てにしていただいた方が嬉しく思います」


 クリスはそう言って笑うと、清宏の後ろから握手を求めた。

 清宏は苦笑しながらその手を取って固く握手をする。


 「では、流石に呼び捨ては気が引けるので、クリスさんと呼ばせてもらいます。

 城での話し合いの結果に関わらず、これからも私の良き友としてお付き合いください」


 「えぇ、私からもよろしくお願いします」


 「では、城に急ぎましょう・・・なんだかんだで結構話し込んでしまいましたからね!

 アンネ、すまなかった・・・出発しよう」


 『いえ、私もお2人の会話を聞けて嬉しく思いましたので・・・では、少しだけ速度を上げて参ります!』


 アンネは笑いながら答え、再度走り出す・・・緊張もほぐれたのか足取りは軽く、先程より速度を上げていても安定した走りで城まで走り抜けた。

 


 


 

 

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