第72話歓喜

 清宏達が街に着いて一夜明け、クリスと会う日となった。

 昨日は再度ギルドに寄った後、昼食時に話していた予定通りにアンネとラフタリアは買い物に出かけ、清宏はフォルバンに会った後ギルドで洗濯して貰った服を受け取り、宿を取って休んでいた。

 夕食は皆が集まってから昼に利用した店に行き手厚くもてなされたが、清宏が他の客を巻き込んで酒を飲んでいると、昼に一悶着あった冒険者がネルソンと共に謝罪に訪れた・・・だが、「正しい酒の楽しみ方を教えてやる」と豪語した清宏が悪ノリし、ネルソンと謝罪に来た冒険者の2人がダウンするまで酒を飲ませてしまい、結局店に迷惑をかけることになってしまった。

 日が変わるまで飲んだ後、3人は宿に戻ってそれぞれ部屋で休み、軽い朝食を摂った後、最終的な打ち合わせをして昼前にオズウェルト商会に向かうため宿を出た。


 「貴方、あれだけ飲んどいてよく平気な顔してられるわね・・・私なんか二日酔いで頭が痛いわ」


 オズウェルト商会に向かう途中、唸りながらラフタリアが清宏を見た。

 一番飲んでいたはずの清宏は、何故かけろっとしている。


 「まぁ、飲む前に酔い止めと、飲んだ後にポーションとヒロ○ンを飲んだからな・・・お前も飲むか?」


 「そんな良い物があるなら早く渡しなさいよ!」


 清宏がアイテムボックスから小瓶を2つ取り出すと、ラフタリアは凄まじい勢いでそれを奪い取り、一気に飲み干して息を吐いた。


 「あー、やっぱり良く効くわー・・・」


 「おっさん臭いぞお前・・・見た目は良いんだから気を付けろよ」


 「毎回毎回、何気に失礼よね・・・」


 憎まれ口を叩きあっている清宏とラフタリアを、少し後ろからついて来ていたアンネが笑いながら見ている。

 清宏とラフタリアは、出会ってからというもの、些細なことでも言い争いをしている。

 別にお互いを嫌っている訳ではないのだが、口を開けば何かと揉めている・・・喧嘩するほど仲が良いと言ったところだろう。


 「清宏様、オズウェルト商会はどんな所なんでしょう?」


 「ん?何と言うか、綺麗な所だよ・・・店舗自体も清潔感があるし、何より従業員の接客態度が素晴らしい。

 多くの支店を持っているのに、1つの店舗であそこまで徹底出来ているのは、クリスさんや支店長の教育の賜物だと思うよ」


 「あぁ、こっちもそうなんだ・・・王都の本店も凄いわよ?店に入った瞬間から空気が違うもの。

 ゆったりとしているのに、緊張感があると言うか何と言うか・・・場違いな感じがして、とにかく居心地が悪いわね」


 アンネに尋ねられ、清宏とラフタリアは感想を言ったが、2人はそれぞれ違う印象を受けているようだ。

 まぁ、それは仕方の無い事だろう・・・クリスは忙しい身の上とは言え、基本的に彼は本店に居る事が多い・・・そうなれば、本店に勤める従業員達は常に気を張っていなければならないため、否が応にも緊張感が高まってしまうからだ。

 

 「うーん、俺は居心地良かったけどな・・・まぁ、行ってみれば解るだろ!

 あ、そう言えばラフタリアに渡し忘れてたのがあるんだった・・・」


 「何よ?」


 清宏は立ち止まってアイテムボックスを開くと、中から工具やミスリル製の矢などを取り出してラフタリアに渡した。


 「弓の調整キットと矢の追加分、それと弦の予備だ・・・調整キットは説明書があるから確認しといてくれ」


 「あら、ありがたいわね・・・ねぇ、つかぬ事を聞くけど、この大量の矢はいつ用意したのかしら?」


 ラフタリアは清宏から道具を受け取ってアイテムボックスに入れると、首を傾げて問いかけた。


 「今朝だよ・・・日の出前には目が覚めて、あまりにも暇だったから造っといた」


 「殆ど寝てないじゃない・・・身体壊すわよ?」


 「3時間も寝りゃ十分だよ・・・それ以上寝ると、逆に調子が悪くなるんだ」


 清宏の答えを聞き、ラフタリアは呆れてため息をついた。

 アンネはいつもの事だと思いつつ、苦笑しながら頷いていた。

 

 「おっ、着いたな・・・んじゃまぁ、打ち合わせ通り頼むぞ?」


 「はい、お任せください」


 「了解、まぁ心配しなさんな!」


 「何と言うか、お前の心配するなはどうも信用ならんな・・・」


 清宏はため息をつきつつ商会の扉を開く。

 すると、それに気付いた一番手前に居た受付嬢が深々とお辞儀をして出迎えた。


 「いらっしゃいませ・・・まぁ!これは清宏様、お久しぶりでございます!」


 清宏を見た受付嬢は、朗らかに笑い挨拶をする。

 その受付嬢は、清宏やシス達が来店した時に応対してくれた女性だった・・・毎回一番手前に居ると言う事は、彼女はこの店の看板受付嬢なのだろうか?


 「やぁ、久しぶりだね・・・先日はうちの者が大変お世話になったみたいで、皆感謝していたよ。

 クリス殿に会う約束をしていたんだが、今大丈夫かな?」


 「いえ、こちらこそご利用いただき、ありがとうございました。

 ただいま呼んで参りますので、少々お待ちください」


 受付嬢はお辞儀をすると、清宏達に席を案内してクリスを呼びに行った。


 「ここの方が雰囲気は良いわね」


 「落ち着いた雰囲気ですし、清宏様が仰ってた通り清潔感があって気持ちが良いです。

 受付の女性も笑顔が他人行儀な感じが無くて、親しみやすいです」


 「だろ?正直、俺が今まで見てきた中でもトップクラスの店だよ。

 それに、ここで出される紅茶がまた美味いんだよな・・・」


 案内された席に腰掛けながら3人が話をしていると、店舗の奥から1人の男性がもの凄い勢いで走ってきて清宏に抱き着いた・・・その男性はクリスだった。


 「清宏殿、お久しぶりでございます!!」


 「ク、クリス殿!?お元気そうでなによりです・・・」


 クリスに抱きつかれた清宏は、狼狽えながらも笑顔で挨拶をする。

 すると、クリスは清宏から離れて笑顔で頭を下げた。


 「清宏殿もお元気そうでなによりでございます!

 いやぁ、この日が来るのを心待ちしておりました・・・清宏殿が私に用事があると聞き、仕事もそっちのけでやって参りました!!」


 「ははは、そこまで喜んでいただけるとは光栄ですよ・・・ですが、よろしかったのですか?」


 清宏が尋ねると、クリスは笑って首を振る。


 「いえ、清宏殿が気にされる事はございません!

 あの日、清宏殿から譲っていただいた設計図を皆で確認したところ、あまりの素晴らしさに目から鱗が落ちる思いでございました・・・そのご恩をお返しする為ならば、私は地の果てからでも飛んで参る所存でございます!」


 「身に余るお言葉ありがとうございます・・・今日は連れも居りますので、ご紹介させていただきたく思います。

 まず私の右に居りますのは、私の身の回りの世話と魔道具製作の助手を務めておりますアンネロッテと申します。

 左に居りますのは、私の護衛などを務めている冒険者のラフタリアと申します」


 清宏が頭を下げて2人を紹介すると、クリスは慌てて居住まいを正し、丁寧にお辞儀をした・・・清宏と再会した喜びのあまり、全く2人に気付いていなかったようだ。


 「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ごさいませんでした・・・私は当商会の代表を務めておりますクリス・オズウェルトと申します。

 ここでは何ですので、宜しければあちらでお話をお伺いいたします」


 「ご配慮感謝致します・・・先程主よりご紹介いただきましたアンネロッテと申します。

 本日は、クリス様にお会い出来まして誠に光栄に存じます」


 「えっと、ラフタリアと言い・・・申します。

 あぁ、ダメだわ・・・慣れてないから言葉がうまく出てこないわね・・・よろしくお願いします」


 アンネとラフタリアも、クリスに深々とお辞儀をしたが、アンネと違いラフタリアはつっかえつつも恥ずかしそうに挨拶をする。

 清宏がため息をつくと、クリスはそれを見て笑った。


 「ははは、気にする事はございません!誰しも慣れない事はございますから、お気持ちだけで嬉しく思っております!ささ、ではこちらの方へ・・・」


 「ご配慮感謝致します・・・ラフタリア、お前はもう喋んな」


 「ごめん・・・でも仕方ないじゃない」


 清宏は礼を言い、クリスに聞こえないように小さな声でラフタリアに指示を出した。

 ラフタリアは申し訳なさそうに謝り、アンネに気遣われながらクリスについて行った。


 「どうぞ、今お茶をご用意いたしますので少々お待ちください!

 いやぁ、それにしてもお2人共お美しい!清宏殿が羨ましいですな!

 確か、そちらのお嬢さんはラフタリア殿でしたか・・・もしや、あのS級冒険者のラフタリア殿でございますかな?」


 「えぇ、彼女とは偶然知り合いまして、今回私とアンネの護衛をお願いしました。

 今は別行動をしておりますが、彼女の仲間であるオーリック殿やルミネ殿にも大変お世話になりました」


 「そうでございましたか・・・S級冒険者の中でも特に名高い方々とお知り合いとは、流石は清宏殿でございます。

 そちらのアンネロッテ殿は魔道具製作の助手との事でしたが、普段から造っておられるのですか?」


 「えぇ、彼女は魔道具製作の腕も申し分なく、大抵の物は彼女1人に十分任せられます。

 組み立てる速度なら、私よりも早いくらいですよ・・・」


 清宏の言葉を聞き、クリスは目を丸くして驚いた・・・アンネは恥ずかしそうに俯いている。


 「驚きました・・・私の娘と同い年程でありながら、それ程の腕をお持ちでしたか。

 機会があれば私共にご教授いただきたいですな!」


 「主には到底及びませんので・・・」


 「ご謙遜なさらないでください・・・そもそも清宏殿と比べてしまえば、いかな職人でも見劣りしてしまいますからな!」


 クリスは清宏を見て笑いながら頷いている。

 

 「そう言えば、今日は支店長はいらっしゃらないのですか?」


 「マイクは所用で出かけております・・・まぁ、私が清宏殿にお会いする事になったので、私の仕事を押し付けた感じですな!今朝、マイクに恨み言を言われてしまいましたよ!」


 クリスは笑いながら答え、それを聞いた清宏は、心の中でマイクに謝った。

 すると、何かを思い出したようにクリスが手を叩いた。


 「おっと、本題を忘れておりました!清宏殿は今日はどの様な御用件でしたかな?

 時間をいただきたいとの事でしたから、魔道具の買取と言う訳では無いかと思いますが・・・」


 「はい、今回はクリス殿に共同事業のご提案と、私の工房をご案内出来ればと思いまして・・・」


 清宏が説明をすると、椅子を蹴るようにクリスが立ち上がった・・・クリスは俯いていて表情が読み取れないが、肩を震わせている。


 「えっと・・・クリス殿?急な話で申し訳ありません・・・」


 クリスの機嫌を損ねてしまったと思った清宏は、顔色を伺うようにクリスに謝った。

 すると、クリスは顔を上げて清宏の手を取った。

 顔を上げたクリスは、涙を流していた・・・。


 「光栄でございます!!まさか、清宏殿の工房に招待していただけるとは・・・このご恩、生涯忘れませんぞ!!

 共同事業の件も、清宏殿の頼みとあれば前向きに検討いたします!!

 いやぁ、清宏殿の工房・・・心が踊りますな!」


 『えっ・・・重要なのそっち!?』


 清宏とラフタリアの声がハモる・・・アンネは呆れて言葉が出て来ないようだ。

 クリスは完全に妄想の世界にトリップしている・・・。


 「何だか、ここまで喜んで貰えるのはありがたいけど、向こうに行く時の反応が怖いな・・・」


 「そうですね・・・」


 「多分、腰を抜かすわね・・・」


 妄想の世界に旅立ってしまったクリスを見て、3人は揃ってため息をつく。

 先程の受付嬢が紅茶を持って来たが、クリスはそれにも気付かずくるくると回っていた・・・。


 

 


 

 

 


 


 


 


 

 

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