第71話喧嘩

 清宏達はギルドを出た後、少し遅めの昼食を摂る事になり、賑わっている料理屋を探し出して中に入った。

 客が多いということは料理が美味いか安いかのどちらかであろうという清宏の判断だ。


 「なかなか良さそうだな、匂いは申し分なさそうだ」


 「どっちでも良いわよ・・・美味かろうが安かろうが食べれば一緒でしょ?

 問題は私が食べられる料理があるかどうかよ」


 ラフタリアは腹をさすりながら唸るように呟いた・・・エルフ族のラフタリアは、肉や魚を始めとする動物由来の食材には一切口を付けない。

 必要な栄養素は全て植物由来のもので摂らなければならないのだが、そうなるとなかなか店が見つからないのだ。

 普段、城での食事は清宏やアンネ、レイスが作っているため問題ないのだが、街に出て店を探すとなれば一苦労だ・・・今入った店も、なんだかんだで5件目になる。

 清宏はすぐに店員を見つけ、確認をするため手招きをした。


 「すまないが、この店はエルフ族でも食べられる料理を出しているか?」


 「いらっしゃいませ!エルフ族の方が食べられる料理ですか・・・あまりご注文をいただく事はございませんが、食材を指定していただければお出しすることは可能ですよ!」


 この店の店主の子供だろうか・・・やって来た店員は、まだ10代前半くらいのあどけなさの残る少年だった。

 だが、やはり接客に慣れているのか笑顔を絶やさず感じも良い。


 「それは良かった、なら空いてるテーブルに案内して貰えるかな?」


 「はい!では、こちらへどうぞ!」


 清宏が頼むと、少年は満面の笑顔で頷いて足早にテーブルに案内をした。

 テーブルに向かう途中清宏は店内を見渡したが、店にいるのは冒険者や労働者が多いのか、すでに酒が入っている者も多いようだ。

 清宏はそれに若干の不安を覚えたが、案内を頼んだ手前断るのは気が引けてしまい、大人しく少年について行った。


 「こちらになります!では、メニューを持って参りますので少々お待ち下さい!」


 「あの歳でなかなかしっかりとした子ね・・・」


 足早に去っていく少年を見て、感心したようにラフタリアが呟く。


 「この店の客は冒険者や労働者の癖のありそうな大人ばかりだし、自然と身に付いたんじゃないか?まぁ、俺としてはあの歳ならもう少し子供らしく振舞っても良いとは思うけどな・・・」


 「そうですね・・・でも、楽しそうにお仕事をしている姿は可愛らしいですね」


 少年の立ち去った方向を眺めながら、アンネは優しく微笑んでいる。

 アンネはアリーの相手をするようになってからと言うもの、シスの影響もあり子供に対する母性本能に目覚め、元々の優しい性格も相まって今ではすっかり子供好きになっている。

 清宏達が話をしていると、店の奥からメニューを抱えた少年が歩いて来るのが見えた。


 「おまたせいたしました!ご注文が決まりましたら、またお呼びください!」


 「ありがとう、とりあえず飲み物を先に頂こうかな・・・この後は特に用も無いし、俺はエールで良いかな?2人はどうする?」


 「私は果実酒で良いわ!」


 「私も同じ物をいただきます」


 「エールを1つと果実酒を2つですね、少々お待ちください!」


 深々とお辞儀をすると、少年は踵を返して奥に歩いていった。

 清宏はその後ろ姿を見ながら腕を組んだ。


 「料理も一緒の方が良かったかもしれないな・・・何度も行ったり来たりは大変そうだ」


 「まぁ、良いんじゃない?料理は何があるのかちゃんと見ておきたいしね!」


 ラフタリアは特に気にするでもなくメニューに目を通し、自分が食べられそうな料理を見つけるのに夢中になっているようだ。

 清宏とアンネもメニューに目を通すと、それぞれ料理を決めて先程の少年が飲み物を持ってくるのを待った。


 「お待たせいたしました!エールと果実酒になります!」


 「ありがとう、ついでに料理も頼めるかな?」


 清宏は少年に3人分の料理を注文し、アンネとラフタリアに果実酒を回す。

 少年はメモを取ると、お辞儀をして厨房に戻っていった。


 「まぁ、なんとか問題無くギルドの手続きも済んだし、あとは明日までゆっくりしよう。

 とりあえず飯の後は宿をとって、その後は自由にしてくれて構わない。

 夕飯もどこか食べに行きたいから、陽が沈むまでには宿に戻って来てくれ」


 「了解!アンネ、後で街を見て回らない?」


 「はい!清宏様はどうなさいますか?」


 清宏はアンネに尋ねられ少しだけ悩んだが、苦笑して顔を上げた。


 「俺はフォルバン爺さんのところに行って、その後は宿で休むよ・・・明日話す内容をもう一度確認しておきたいからな。

 俺の事は良いから、2人はゆっくり楽しんでくると良い・・・ただし問題だけは起こすなよ、ラフタリア?」


 「そうですか・・・」


 「何で私だけに言うのよ・・・」


 アンネは残念そうに俯き、ラフタリアは自分だけ注意されて不服そうに呟いくと、果実酒を飲んだ。

 清宏はそんな2人を見て笑い、アンネの頭を優しく撫でた。


 「そう残念そうな顔をしないでくれ・・・今後も街に来る時には君に頼むつもりだから、街を一緒に見て回るのは次の機会にお願いするよ。

 ラフタリア・・・さっき言ったのは、お前とアンネは美人だからナンパをされる可能性もある・・・そうなった時、俺にするみたいに加減無しに相手を攻撃するなって意味だよ。

 そうそう居ないとは思うが、もし相手が手練れで数が多い時にはアンネを頼む・・・強さで言うならお前の方が上だからな」


 「何か釈然としないわね・・・でも良いわ、アンネの事は私に任せなさい!

 それにしても、貴方は羨ましいわね・・・」


 ラフタリアは、撫でられて嬉しそうに笑って俯いているアンネを見た後、ニヤケながら清宏を見た。

 清宏はその意味を理解し、苦笑しながら頷いた。


 「まぁ、ありがたい事だとは思ってるよ・・・」


 「え、何をでしょうか・・・?」


 アンネは自分に向けられる視線に気付き、慌てて2人を見る。

 アンネの反応を見て2人は笑い、酒を口に含んだ。


 「料理も来たみたいだし、とりあえず食べよう!」


 「そうね・・・もうお腹ぺこぺこよ!」


 「な、何なんですか!私にも教えてください!」


 「こっちの話だから気にしない気にしない!」


 清宏はなおも食い下がるアンネの頭を再度撫で、自分の料理を食べ始める。

 アンネもため息をつくと、諦めて料理を食べ始めた。


 「うん、美味しいわね!」


 「あぁ、味付けはシンプルだがその分素材の味がちゃんと活かされている・・・なかなかやるな」


 「これは何の調味料でしょうか?不思議な風味がします・・・」


 「山椒に似た独特の香りと辛味があるな・・・」


 ラフタリアは細かい味など気にせず、城の厨房を預かる清宏とアンネはどんな調味料が使われているかなどを話ながら食事をしている。

 すると、そんな清宏の肩を何者かが叩いた・・・清宏がそちらを見ると、見るからに酔っ払っている冒険者風の男が立っていた。


 「よぉ兄ちゃん、えらいベッピンさんを2人も連れて羨ましい限りだな?」


 「で・・・話の続きだが、俺はこの調味料は山椒の一種だと思うんだが、アンネはどう思う?」


 清宏は男をスルーし、アンネに向き直る。

 アンネは慌てているようだが、ラフタリアは可笑しそうに笑っているようだ。


 「俺を無視すんじゃねぇ!」


 男は無視された事に激怒し、持っていた酒を清宏の頭にぶち撒け、襟首を掴んで椅子から引きずり下ろした。


 「清宏様、大丈夫ですか!?」


 「あーあ、やっちゃった・・・ご愁傷様」


 アンネが清宏に駆け寄り、ラフタリアはテーブルに肘をつき顎に手を当て、男を憐れみの目で見た。


 「女に庇われて情けねぇ野郎だな・・・おい、そんな腰抜けより俺と一緒に飲もうぜ!」


 「おい、いい加減にしろ!あんた、自分が何やってるか分かってるのか!?」


 男が清宏に唾を吐きアンネの腕を掴むと、近くにいた客が慌てて駆け寄り男を止める。


 「あぁ、すみませんね・・・巻き添えくったら申し訳ないんで離れてた方が良いですよ」


 清宏はアンネを手で制すると、男を止めていた客に笑顔で謝り、立ち上がって男を睨む。


 「ここには酒の楽しみ方を知らないガキがいるようだ・・・ガキはさっさと帰ってママのおっぱいでも吸ってろよ」


 「喧嘩売ってんのかテメエ!?」


 清宏の挑発を受け、男は激昂して剣の柄に手を掛ける・・・それを見た清宏は嘲笑うように男を見て両手を上げた。


 「やっぱり頭の悪いガキには常識が理解出来ないらしい・・・喧嘩を売ったのはお前で、買ったのが俺なんだよ。

 お前達冒険者は有事の際でなければ武器の使用は禁止されているはずだよな?それに見ての通り俺は素手だし体格だってお前には劣る・・・そんな相手に武器を抜くのか?

 来いよベネット、武器なんか捨てて掛かってこい!どうした、怖いのか?」


 「誰よベネットって・・・」


 挑発する清宏の言葉を聞いてラフタリアが首を傾げたが、男はそんな事は気にならなかったらしく笑いながら剣と防具を床に落としていく。


 「へへへっ・・・お前みたいな貧弱そうな奴相手に武器なんて必要無え!へへへへっ・・・防具も必要ねぇや!!誰がテメエなんか・・・テメエなんか怖かねぇ・・・野郎、ぶっ殺してやぁぁる!!」


 男が清宏に殴りかかる・・・だが、清宏はその場を動こうとしない。


 「清宏様!?」


 アンネが叫ぶと同時に、男の拳が清宏の顔面に当たった・・・かのように見えたが、拳は清宏の鼻先で止まり、男はそのまま床に崩れた。


 『えっ・・・』


 その場に居た全ての者達の声がハモる・・・何が起こったのか理解出来ていないのだ。

 清宏はため息をついて男を見下ろした・・・その手には黒い棒状の武器が握られている。


 「それ、何持ってるのよ・・・」


 「スタンバトンだが?」


 『素手じゃなかったのかよ!?』


 ラフタリアの問いに答えた清宏に対し、呆気にとられていた者達が我に返って突っ込んだ。

 清宏はそれを聞いて悪い笑みを浮かべた。


 「お前達・・・一体いつから俺が素手で戦うと錯覚していた?」


 「いや・・・だってさっきあんたは、自分の事を素手って・・・」


 先程男を止めていた客が答えると、清宏は声を上げて笑い出した。


 「ははははは!あぁ、確かにさっきは素手だったさ!・・・だが、俺は素手で戦うとは一言も言ってはいない!!

 俺の言葉を聞いて疑いもせず、油断したこの男が悪いんだよ!バーカバーカ!!」


 「うわ・・・最低だわあんた」


 「いえ、これでこそ清宏様です・・・」


 ラフタリアは呆れてため息をつき、アンネは清宏が無事である事を喜びながらも苦笑した。

 清宏は気絶している男の背中を踏み付けながら勝ち誇っている・・・すると、店の扉が勢いよく開いて大柄な男が入って来た。

 店に入って来たのは、この街の冒険者ギルドのトップであるネルソンだった。


 「一体何の騒ぎだ!?」


 「あ、ネルソンじゃない・・・誰か通報したみたいね」


 店に入って来たネルソンを見てラフタリアが呟くと、ネルソンもそれに気付いて近寄って来た。


 「一体全体何の騒ぎだ・・・見たところ喧嘩をしてたように見えるが?」


 「ご名答、そこで転がってる男が清宏に絡んで返り討ちにあったのよ・・・」


 「はぁ・・・うちの奴じゃないか・・・清宏殿、本当に申し訳なかった。

 普段はあまり人に絡むような奴では無いんだが、酒が入るとな・・・すまないが、こいつには後でキツく言っておくから勘弁してやって欲しい」


 ラフタリアから事情を聞いたネルソンは清宏に頭を下げる。

 男は結構体格が良いはずなのだが、ネルソンは片手で軽々と持ち上げて肩に担いだ・・・スキルのおかげもあるのだろう。

 

 「あぁ、構いませんよ・・・ただ、酒を飲むのは構わないけど、他人や店に迷惑をかけるような飲み方はするなと言っておいてくれると助かります。

 それにしても、服が酒臭くて敵わんな・・・」


 清宏は笑顔でネルソンに答えると、自分の匂いを嗅いで顔をしかめた。


 「着替えの服と洗濯代はこちらで出させていただきます・・・それと、こちらの支払いも我々にさせていただきたい」


 「そこまでしていただくのは申し訳ないですし、着替えと洗濯代だけで構いませんよ」


 「ありがとうございます・・・では申し訳ありませんが、後程もう一度ギルドまでお越しください」


 ネルソンは清宏に頭を下げると、店主に謝罪をして店を出て行った。

 清宏は店主を呼ぶと、少し多めにお金を渡す。


 「こ、こんなにいただく訳には・・・」


 「いや、俺も絡まれたとは言え当事者だからな・・・それに、あの少年の接客も気に入ったしそのお礼だと思って欲しい。

 料理の味も気に入ったし、また寄らせて貰えたら嬉しい・・・」


 「はい!是非またお越しください!」


 店主は清宏に頭を下げ、その隣には清宏達を担当してくれた少年の姿もあった。

 清宏が笑いながら頭を撫でると、少年も恥ずかしそうに笑った。


 「騒がしくしてすまなかったね、また寄らせて貰うよ・・・仕事頑張ってな!」


 「はい!ありがとうございました!」


 少年の元気な返事を聞いて満足した清宏は、店を出る前に先程男を止めてくれた客に礼を言い、その日の支払いを立て替えてギルドに向かった。

 


 



 

 


 

 

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