第58話声

 清宏がルミネのペンダントの修復を終え、魔道具製作を再開して2時間程が経った。

 白み始めていた空には太陽が昇り、工房の外から慌ただしい物音が聞こえてくる。


 「あー・・・やっと完成した・・・長かったなマジで」


 「んっ・・・清宏さん?・・・おふぁようございまふ・・・」

 

 物音に気付き、ルミネが目を覚ました。

 身体を伸ばして欠伸をしているが、目には覇気がなくまだ眠そうだ。


 「おはようさん、もう落ち着いたか?」


 気付いた清宏が声を掛けると、ルミネは周囲を確認して動きを止めた。


 「・・・何故私は清宏さんの部屋に?

 はっ!清宏さん・・・貴方、私の寝込みを襲ったりしませをでしたか!?」


 「おい・・・寝言は寝てる間に言えよ?

 寝込みを襲う程あんたに惚れちゃいねーから安心しろ。

 それより、朝からテンション上げんなよ・・・こちとらあんたのせいで、余計な仕事が増えて徹夜だったんだ」


 「び、微妙に失礼ですわね・・・私、そんなに魅力が無いのでしょうか?」


 清宏の言葉を聞いたルミネは、肩を落としてうな垂れた。


 「魅力は十分だと思うが、なんかあんたとは合わないんだよな・・・俺に似てんのが引っかかるんだよ」


 「私が清宏さんと・・・そんなに似ていますか?」


 「いかにも曲者だからな・・・人が困ってるのを見て楽しむところとか似てると思うぞ?

 あんた、アンネの反応好きだろ・・・嗜虐心をくすぐられる感じがいかにも好きそうだ」


 清宏に指摘され、ルミネは冷や汗を流した。

 思い当たる節があるのだろう。


 「正直、あの子は小動物みたいで可愛いと思います・・・妹に欲しいタイプですわね!

 私、あの子が妹だったら甘やかす自信がありますわ!!」


 「開き直んなよ・・・でもまぁ、それも良いんじゃないか?

 いつまでも過去に縛られているよりはマシだろうしな・・・ヨダレの跡が残ってなけりゃさらにマシだな」


 「ヨ、ヨダレ!?そんなはしたない姿を貴方に見られるなんて・・・!」


 ルミネは慌ててハンカチで口元を拭ったが、確認してもハンカチが汚れていない・・・清宏の嘘だったのだ。


 「油断は禁物ですよ、ルミネお姉たま?」


 「酷い人!!女性をそんな風にからかうものじゃありませんわよ!?」


 ルミネは顔を真っ赤にし、笑っている清宏にクッションを投げ付ける。

 怒りよりも恥ずかしさの方が優っているのか、すぐに俯き鏡で顔を確認した。


 「良かった・・・本当に付いていませんわ」


 「気にするくらいなら、ちゃんと布団で寝る事だな。

 テーブルに突っ伏して寝るのは身体に悪い・・・骨格が歪むと身体を壊すからな」


 「解っていますわ・・・今日は油断しただけです!!・・・ところで、その手に持っているのは何ですの?」


 ルミネは清宏が持っている魔道具を見て首を傾げた。

 清宏はそれを見てニヤリと笑うと、背後に隠してしまった。


 「内緒だ!あんたに知られて、他の奴等に漏れても困るからな!!」


 「失礼ですわね!私、これでも口は堅い方ですのよ!?」


 「そんなムキにならんでも、もうすぐ解るからちょっと待っとけって・・・さて、んじゃまあ飯に行こうか?」


 「あっ、ちょっと待ってくださいまし!

 私も行きま・・・って痛っ!?」


 工房から出ようとしている清宏を追うため立ち上がったルミネは、テーブルの角で脛をしこたま打つけ、床を転げ回った。


 「慌てるからそんな事になるんだよ・・・ほれ、掴まんなよ。

 これでも飲んで落ち着け・・・まったく、しっかりしてんだかしてないんだか解らんなあんたは」


 「うぅ・・・ありがとうございます・・・。

 はぁ、やっと落ち着きました・・・やはり良く効きますわね?」


 ルミネは清宏の手を掴んで立ち上がり、ポーションを飲んで一息ついた。

 清宏はそれを確認し、笑いながら扉を開ける。

 

 「はいはい、さっさと行かんと冷めるぞ?」


 「今日の朝食は何でしょう?昨夜の夕飯も美味しかったですし、期待してしまいますわ・・・」


 「あまり食い過ぎたら太るぞ?30過ぎたら痩せにくくなるって言うからな」


 清宏に注意され、ルミネは頬を膨らませて睨む。


 「そう言った事を食事の前に言わないでいただけますかしら?私だって体型維持のための努力はちゃんとしています!!」


 ルミネは腰に手を当てて胸を張った。

 出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる見事なプロポーションだ。


 「ちゃんとやってるなら良いけどな。

 まぁ、冒険者は身体を使う仕事だし、少しくらい食べ過ぎても問題なさそうだしな。

 おっす、皆の衆!酔いは覚めたか!?」


 清宏は広間を見渡して手を上げる。

 床で寝ていた男達も皆起きていたらしく、テーブルの準備を手伝っている。

 すると、清宏に気付いたオーリックが笑顔で頭を下げた。


 「これは清宏殿、昨夜は久しぶりに楽しく飲めました・・・な、何故清宏殿とルミネが一緒に出て来るのですか!?ま、まさか・・・」


 「何故って、さっきまで俺と一緒にいたからな・・・」


 清宏の言葉を聞いてオーリックは青くなった。

 ルミネはそれを見て顔をそらした・・・肩が震えているところを見ると、笑いを堪えているようだ。


 「さっきまでって・・・共に夜を明かしたと言う事ですか!?」


 「マジかよ・・・ダンナ凄えな」


 「手が早いにも程があるな・・・」


 慌てているオーリックに加え、グレンとローエンまでが清宏を呆れた表情で見ている・・・皆、完全に誤解をしているようだ。


 「熱い夜でした・・・まさか、清宏さんがあんなに積極的だったなんて・・・って、痛いですわね!何をしますの!?」


 悪ノリしたルミネが身体をくねらせていると、広間に乾いた音が響いた。

 清宏が、履いていたスリッパでルミネの後頭部を叩いたのだ。

 

 「マジで面倒だから、誤解を招くような事をすんなよ・・・言っておくが、お前達が考えてるような事は何も無かったから心配すんな。

 昨夜遅くに、こいつとアンネが工房にお茶を持って来てくれて、こいつはそのままヨダレ垂らして寝ちまっただけだよ」


 「ヨダレは出てなかったでしょう!?」


 「いやいや、机に世界地図が出来てたのを俺が掃除してやったんだぞ?感謝しろよ?」


 「え・・・それは申し訳ありません・・・」


 「嘘だけどね」


 からかわれたルミネは、顔を真っ赤にし清宏の背中を叩いて抗議している。

 それを見たオーリックは安堵して深呼吸をすると、清宏に頭を下げた。


 「ルミネがご迷惑をおかけしました。

 それと、誤解をしてしまい申し訳ありません」


 「気にしなくて良いって・・・それより、ルミネはいつもこんな感じなのか?」


 「いえ、いつもはまだ普通なのですが・・・」


 「ちょっと、私がおかしい様な言い方はやめてくださらない!?」


 ルミネが清宏とオーリックに抗議をしていると、後ろから足音が聞こえてきた。

 3人がそちらを見ると、アリーに抱きつかれたリリスと、それを笑いながら見ているアルトリウスが部屋から出て来た所だった。


 「おはようございますリリス様・・・アリーちゃんは、今日は清宏さんではなくリリス様にべったりですのね?」


 「うむ、おはよう・・・こやつは、昨夜妾のベッドに入って来てから離れんのじゃ。

 どうじゃ、昨夜はゆっくり休めたか?」


 「えぇ、夜中に目が覚めてしまいましたが、清宏さんとアンネロッテさんとご一緒にお話をさせていただいて、とても有意義な時間を過ごせましたわ」


 「そうか、それは良かった・・・して、其方らはいつまで居るんじゃ?報告があるのであれば、あまり長居は出来んのではないか?」


 ルミネはリリスに問われオーリックを見る。

 リーダーである彼の判断に任せるようだ。


 「よろしければ、今日までは滞在をお許しいただきたいのですが・・・一応、報告の為に実際にどのようにしているのかを把握しておきたいのです。

 疑っている訳ではないのですが、サキュバス方の仕事ぶりや、罠の危険性はどうなのかなどをこの目で見ておきたいのです」


 「ふむ・・・妾は構わんが、清宏はどうじゃ?」


 「俺も良いぞ?別に隠す事も無いからな」


 リリスと清宏が頷くのを見て、オーリックは深々と頭を下げた。


 「そうだ、リリスちょっと良いか?」


 「ん?なんじゃ?」


 清宏はリリスを呼び出して玉座の裏で何やら話をしている。

 リリスの嬉しそうな声が聞こえてくるが、内容までは解らない。

 オーリックとルミネは顔を見合わせて首を傾げた。


 「既に皆集まっておるな?朝食の前に少しだけ時間を貰いたい」


 リリスが声を掛けると、ビッチーズを含め全ての者が玉座の前に集まった。

 

 「レイスよ、こちらに参れ」


 リリスは皆の一番後ろに居たレイスを呼び、隣に立たせた。

 皆の注目を浴びたレイスは、落ち着かない様子でそわそわとしている。


 「呼び出してすまんのレイス、実は妾と清宏からお主に渡した物があるんじゃ・・・清宏、持って参れ」


 「はいよ!レイス、いつもお前には世話になってるし、お前には生活必需品なんかも必要無いだろ?

 だから、リリスの許可を得てお前専用の魔道具を造った。

 今から俺が着けてやるから、黒板を置いてじっとしててくれ」


 清宏は先程まで作製していた魔道具を取り出し、魔石のはめ込まれたブローチの様な物をレイスの胸骨の辺りに固定し、同じ型だが少し小さ目の物を頭蓋骨のこめかみ、上顎、下顎の両側に固定した。

 計7個・・・どれも小さな物だが見事な装飾が施されている。


 「さてと、設置完了だ・・・レイス、罠を設置する時と同じで、魔力を込める感じで俺の名前を思い浮かべてくれ」


 清宏が魔道具の設置を終えて指示を出すと、レイスは不安そうにしながら清宏を見た。


 「キ・・・キヨヒロサマ・・・?」


 しばらく躊躇していたレイスの口から、清宏の名が発せられた。

 広間に集まっていた皆がどよめき、レイスは唖然として頭と胸の魔道具を触っている。


 「良し、成功だオラァ!!どうだ聞いたかリリス!?」


 「見事じゃ清宏!良くやってくれた!!」


 清宏とリリスはハイタッチをして喜び、レイスを見て優しく微笑んだ。


 「どうだ、久しぶりに声を出した感想は?

 今はまだぎこちないだろうが、慣れてくれば自我の性別に合った声が出せるようになる。

 お前は今までなかなか会話に混ざれなかったが、これなら今後は皆んなと会話を楽しめるだろ?」


 「ナ、ナントオレイヲモウシアゲレバヨイカ・・・」


 レイスは声と肩が震えている。

 リリスはレイスの手を取り、満面の笑顔で頷く。


 「礼などいらぬよ・・・お主は妾にとって2番目の家族じゃ、家族の為に何かしてやるのは当然じゃろう?

 妾は許可を出しただけで何もしておらんが、以前からお主に何かしてやれんかと思っておった・・・せっかく話せるようになったんじゃ、これからは妾に出来る事は何でも言ってくれ!」


 レイスは喜びのあまり声が出て来ないらしく、必死に頷いている。


 「これは驚きました・・・まさかこの様な魔道具まで造り出してしまうなんて」


 「本当に凄いわ・・・前にあんたが秘密にしたいって言ってた理由が今解ったわ。

 これは流石にバラせないわよね・・・」


 ルミネとリリは清宏に尊敬の眼差しを向けて呟いた。

 すると、魔道具大好きなウィルが好奇心に負けてレイスに近付き、魔道具を見て唸った。


 「清宏さん、これはどう言った構造なんです?」


 「結構面倒だったよ・・・まず胸の魔道具を使って、思い浮かべた言葉を魔力に変換してこめかみの魔道具に飛ばすんだ。

 こめかみの魔道具はそれを振動に変換し、振動は頭蓋骨内で声となって反響する。

 後は上顎と下顎の両側にある魔道具で雑音を取り除いて安定させ、前に飛ばすって感じだな。

 これは骨伝導を利用しているが、レイスがスケルトンだからこそ出来たんだ」


 「良く思い付きましたね・・・それにしても、これは凄く革新的な技術ですよ!!

 この魔道具を元にすれば、音声障害の人達にとって助けになるはずです!それに骨伝導の通信機も改良すれば、聴覚障害の方にも使えます!」


 ウィルの発言を聞いたオーリックが挙手をした。

 彼は確信めいた表情をしている。


 「清宏殿、宜しければその技術の件を報告する事をお許し願いたい。

 もしこの技術を知ったならば、国王や大臣などが協力を拒む可能性がさらに低くなるかと思います」

 

 「俺は構わないが・・・正直、これを改良するってなるとかなり難しいぞ?

 生身の人間なら声を出す時に声帯を使わないとならないが、もしその声帯に異常があったら声を出すのは厳しいと思う・・・さっきも言った通り、これはレイスがスケルトンだったから使えた技術だ。

 骨なら振動を伝えやすいし、頭蓋骨内が空洞だからこそ反響も出来るからな」


 「今後国の協力を得られれば、他の技術者達の知恵も得られます。

 清宏殿1人では難しくとも、多くの方々の知恵が合わされば可能になるかもしれません!」


 清宏とオーリックが押し問答をしていると、レイスが遠慮がちに手を上げた。


 「ワ、ワタシハ・・・ヨイと思います・・・」


 清宏に話しかけたレイスの声が安定し始め、涼やかな女性の声に変わった。

 その声を聞き、清宏とリリスが目を丸くした。

 他の者達も、アンネ以外は驚いているようだ。


 「き、清宏・・・どういう事じゃ?何故レイスから女の声が出てくるんじゃ?」


 「いや、待て・・・一度だけなら誤射かもしれな・・・いや、気のせいかもしれない。

 レイス・・・もう一度喋ってくれる?」


 「はい・・・私は報告した方が良いかと思っております」


 清宏はもう一度レイスの声を聞き、その場に崩れ落ちた。

 何やらブツブツと呟いている・・・。


 「すまん、ちょっと確認させてくれ・・・あぁ、マジで女だわ・・・」


 レイスの前でしゃがんだ清宏は、骨盤を見て乾いた笑いを漏らした。

 男性と女性では骨盤の形が異なる・・・女性の場合、子供を産む為に横に広がっているのだ。


 「は?何で解るのよ・・・」


 「女は男と違って、子供を産むから骨盤が広いんだよ・・・マジで盲点だったわ。

 てか、マジかー・・・女だったかー」


 ラフタリアに尋ねられた清宏は、項垂れながら答え、そのまま現実逃避をしている。


 「私が女性だった事は不都合だったのでしょうか・・・」


 レイスは悲しげに呟き、肩を落とした。

 それを聞いた清宏は立ち上がってレイスの肩を掴んだ。


 「そうじゃない!お前はここに来てから、これまでもこれからも初めての友人に変わりはない!!

 俺がショックなのは不都合だからとかじゃ無いんだよ・・・」


 「じゃあ何なのよ・・・」


 呆れたリリに尋ねられ、清宏は一瞬身体を強張らせた。


 「お前達が来る前・・・そう、あれは風呂場が完成した日だった。

 俺はそれが嬉しくてな?風呂を上がってから姿見の前で、スチュアート大佐ごっこをしちまったんだ!しかも、レイスの目の前でだ!!

 うわーん!恥ずか死ぬぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 清宏は床を転がりながら泣きだした。

 全裸で好きな映画のシーンを真似しているところを見られたのだ・・・レイスが女性だとは知らずに。

 周りの者達からため息が聞こえ、清宏は涙目で男達を睨む。


 「お前達だって他人事じゃないんだからな!?

 昨日レイスの前でち○こ自慢してたのを俺は知ってんだからな!馬鹿みたいにブラブラさせやがって!!」


 清宏の言葉を聞き、男達は顔が青くなった・・・女性陣からの視線が突き刺さる。


 「くだらない理由でしたわね・・・ところで、スチュアート大佐ごっこって何ですの?」


 「寸分違わず再現出来ますが、披露いたしましょうか?」


 ルミネの質問に答えたレイスがポーズをとった瞬間、清宏は慌ててレイスに抱きついた。


 「もうやめて!とっくに清宏君のライフはゼロよ!?」


 「あれは素晴らしいものでした・・・是非皆様にも知っていただきたく思いますが・・・」


 「やめてよー!死体蹴りしないでよー!!」


 完全に泣きだした清宏は、しばらくそのままレイスに抱き着き、グレンやシス達が休暇のために街に出るまでずっといじけていた。

 

 

 

 


 

 


 

 


 


 


 

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