第59話順調な異世界ライフ

 グレン達が休暇のために城を発ち、残った者は皆普段通りに持ち場に着いた。

 オーリックとルミネは清宏やアンネ、レイスの罠がどういった物であるかを見るために付き添い、ジルはリリと一緒にビッチーズの監視、リンクスとカリスはグレンの代わりに囮役を買って出た。

 ただ、ラフタリアだけはアリーの相手をしている。

 森林地帯に住んでいる事の多いエルフ族は、ドライアドやアルラウネなど森に生息する精霊や魔物に対する接し方や扱い方に長けているため、アリーに抱き着かれて困り果てたリリスが、エルフであるラフタリアに押し付けたのだ。

 子供のアルラウネにしては珍しく人懐っこいアリーは、ラフタリアの事をたいそう気に入り、ラフタリアもまたアリーを可愛がっている姿が微笑ましい。


 「こうして改めて見ると、ここの罠はどれも命に関わるような物が一切無いのがわかりますね・・・私達は初見だったので警戒していましたが、今来ている冒険者達は皆警戒心が薄いようです。

 彼等は、ここに何度も来ている者達なのですか?」


 水晶盤を清宏の右側で見ていたオーリックが苦笑しながら尋ねた。

 清宏の左側にいるルミネも、罠に掛かった仲間を笑っている冒険者達を見て呆れている。


 「あいつらは常連さんだ・・・だいたい週に2回は必ず来てるな。

 まぁ、うちはただ排除するだけじゃなくて、基本的にある程度は稼がせるようにしてるからな・・・俺達もあいつらも持ちつ持たれつの関係だよ」


 清宏が新たな罠を設置しながら答えると、今度はルミネが質問をする。

 清宏は、横から話しかけられても特に気にせず、淡々と侵入者達を排除している。


 「こちらの収入は魔石だけなんですの?」


 「ここでの収入に限ればそうだ・・・あとは、その魔石を利用して俺が造った魔道具を、街で換金するくらいかな?

 誰かしら城に来てくれれば魔石は手に入るから、あとはリリスに素材を召喚して貰えば、元手はゼロで金が稼げる。

 金の使い道は、俺達の食費や足りない素材くらいだな・・・作物は自分達で育てても良いんだが、街やここに来ない人達にも、少しでも還元したいからな」


 「侵入者達は命の危機も無く収支はプラスになり、清宏殿達は魔石さえ手に入れば幾らでも稼げる・・・なかなか面白い仕組みですな。

 この仕組みであれば、殺さずとも・・・いや、殺してしまえば逆効果になりますな」


 「その通り!理解が早くて助かるよ・・・少なくとも、罠に関しては信用して貰えたか?」


 清宏が安堵の表情で振り返ると、オーリックとルミネは笑顔で頷いた。


 「さてと、そろそろ良い時間だし昼飯にしようかね・・・。

 レイスとリリ、ビッチーズ、ローエン以外は広間に戻って来てくれ」


 清宏は通信機で皆に連絡をして席を立ち、厨房に向かう。

 

 「あら、清宏さんの手料理は何気に初めてですわね?何を作ってくださるのですか?」


 「あのな・・・料理屋じゃないんだから、何が出てくるか知ったら楽しみが減るだろ?

 食えない物は出さんから安心して待ってろ」


 清宏はルミネに注意し、そのまま厨房に入っていく。

 しばらくすると厨房から良い匂いが漂い始め、匂いにつられたかの様に皆が集まってくる。


 「ねぇ、私この匂い知ってる気がするんだけど・・・」


 「私もです・・・ですが、まさかこの国で作る人がいるはず無いですわよね?」

 

 アリーをおぶっているラフタリアがルミネに話しかけ、2人は首を傾げて厨房を見る。

 厨房から漂って来るのは、食欲をそそる刺激的なスパイスの香りだ。


 「おーい、もうすぐ出来上がるからテーブルの準備をしといてくれー!」


 しばらくすると厨房から清宏の声が聞こえ、皆でテーブルの準備をする。

 準備が整うと、それを見計らったように清宏とアンネが厨房から出て来た。


 「ほれ、皆んな自分達で器に盛っていってくれ」


 清宏が台車に載せている寸胴の蓋を開けると、広間中にスパイスの香りが充満する。

 ラフタリアとルミネは確信めいた表情で頷くと、寸胴の中身を確認した。


 「やっぱりカリだ・・・」


 「えぇ、しかもかなり本格的ですわね」


 「え・・・カリってカレーの事だよな?こっちにもあんの!?」


 顔を見合わせて頷いている2人に、清宏は驚いて尋ねた。

 魔族であるリリス達だけでなく、ローエン達もカレーの存在を知らなかったため、この世界には無いと思っていたのだ。


 「えぇ、この国ではスパイスをメインにした料理はあまり知られてはいませんが、大陸中央部の砂漠地帯ではスパイスの生産が積極的に行われていますから、カリは日常的に食べられているようです。

 私達は仕事柄色んな国に行っていますから、その時に食べた事があります。

 スパイスは肉などの保存にも使えますし、結構重宝するんですのよ」


 「それにしても、まさかこっちで本格的なのを食べられるなんて思わなかったわ・・・貴方何でも知ってるのね?」


 「別に何でも知ってる訳じゃないよ・・・。

 なぁ、これまでに色んな国を周っていたなら、穀物や穀類の加工品って知らないか?例えば大豆を発酵させた味噌とか醤油とかさ・・・他にも、米と言う食材もあったら教えて欲しい」


 清宏が尋ねると、ラフタリアは目を輝かせた。


 「貴方、味噌と醤油、お米まで知ってるの!?」


 「あ、あぁ・・・知ってるも何も、味噌と醤油は今製作中だ。

 まぁ、どちらも完成にはまだまだ掛かるけどな・・・」


 「せ、製作中!?」


 清宏の製作中という言葉を聞き、ラフタリアは驚愕した。

 それを見ていたルミネは、可笑しそうに笑っている。


 「味噌と醤油、お米はラフタリアの故郷では毎日の様に使われていた調味料や食材ですの・・・どれも本来は大陸東端の小国で作られているのですが、住んでいる地域が近いエルフ族はその国と深い交流があるので輸入していたそうです。

 ただ、味噌や醤油は製造方法がかなり特殊らしく、秘匿されているそうですわ・・・」


 「あぁ、確かに麹を作るのが面倒か・・・発酵と腐敗は表裏一体だし、知らない奴からすればどちらも一緒に思えるからな。

 だから、敬遠されない様に秘匿してるんじゃないか?」


 「発酵・・・?」


 清宏が納得して頷くと、ルミネとラフタリアが首を傾げた。

 腐敗はまだしも、発酵という概念は2人にとって聞き慣れない物だったのだろう。

 

 「食材を微生物が分解して人体に悪い影響をもたらすのが腐敗、同じく食材を微生物が分解して人体に良い影響をもたらすのが発酵だ。

 どちらも同じ工程であるにもかかわらず、真逆の効果があるんだ・・・見た目じゃ判断出来ない物が多いし、それが身体に良いかなんて実際に口に入れてみなきゃ解らん。

 まぁ、発酵に関して俺達の身近にあるものを挙げるなら酒だな・・・あれは、糖分を微生物が分解してアルコール発酵した物だ。

 極端な例としては、瓶に入った蜂蜜を唾液の付いた指で何度も舐めて、その蜂蜜を水で薄めれば蜂蜜酒が出来たりもする。

 それは、唾液の成分の働きで蜂蜜がアルコール発酵をした結果だ・・・お前達は、人の唾液が入っている酒なんか飲みたいと思うか?

 味噌や醤油ではそんな作り方はしないが、いくら身体に良いとは言え、腐敗と見分けがつかないような物を提供するのは難しい・・・だから秘匿してるんだろうな」


 清宏が説明をすると、ラフタリアが遠い目をした・・・何か思い当たる節があるのだろう。


 「昔、私も同じ様に蜂蜜を舐めてたら、親からこっ酷く叱られたのを思い出したわ・・・あれ、お酒になってたのね。

 そんな物を舐めてたら、そりゃあ気分が良くなる訳だわ・・・」


 「無知とは恐ろしいな・・・」


 「私でしたら倒れているでしょうね」


 清宏とルミネは、ラフタリアを哀れむ様な目で見る。

 

 「まぁ、話はこれくらいにしてさっさと食べようか」


 清宏達が話し込んでいる間に、他の者達はすでに食べ始めていた。

 清宏は2人にカレーとパンを渡す。


 「あ、私パンもダメよ・・・牛乳やバターを使ってるでしょ?

 あのさ・・・もし良かったら、実家から味噌と醤油を取り寄せてあげましょうか?」


 ラフタリアに提案され、清宏の表情が明るくなる。

 

 「米も付けてくれるなら言い値で買おう!よし、たんとお食べ!!」


 清宏はラフタリアと固く握手を交わして嬉し涙を流し、ラフタリアの器に大量のカレーを注ぎ足した。


 「ちょっと、溢れるからやめてよ!?」


 「遠慮するな、これは俺の気持ちだからな!!

 いやぁ・・・今から米が待ち遠しい!!」


 騒がしい2人に対し、他の者達は静かに食べろよと言いたげな視線を向けていたが、テンションの上がった清宏がそれに気付くはずもなく、昼食の時間は騒がしく過ぎ去って行った。


 



 


 

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