第43話接触

 水晶盤には、ローエンとグレンがS級パーティを誘導している姿が映し出されている。

 2人は相手が格上であるにもかかわらず、たとえ追いつかれたとしても見事な連携で互いを補い、隙を突いてはまた逃げると言う事を何度も繰り返していた。

 2人が格上相手を翻弄出来ているのには、いくつか理由がある・・・。

 まず一つ目は、この城に来てからと言うもの、毎日夕食後の腹ごなしの為に、アルトリウスに稽古をつけて貰い、腕を上げていたと言う事。

 二つ目は、今2人が装備している武具の全てが、清宏が現状造れる最高の武具であると言う事だ・・・しかも、全てに何かしらの属性の付与が施されている。

 そして三つ目、それは清宏のフォローだ・・・清宏は2人がS級パーティの前衛を相手にしている間、回避されようとも常に女神官を執拗に狙って罠を仕掛けていた。

 後衛のサポートを受けられず、逃げては体力を回復してくる敵に対し、狭い通路と閉鎖された空間は、嫌でも精神力と体力を奪ってくる・・・。

 現在、S級パーティ達は休憩をしているが、見た目こそ冷静を装っていても明らかに疲れが出てきている。

 特に女神官の疲労は他の者よりも深刻なようだ。


 「くそっ、マジで罠に掛からないなあの女!?」


 清宏は憎々しげに水晶盤に映っている女神官を睨み、苛立ちを顕にしている。


 「ここまで来ると、噂は本当のようじゃな・・・」


 リリスは、舌打ちをしている清宏を見て苦笑しながら呟いた。


 「罠に関しては、部屋や通路に大掛かりなのを仕掛けても立ち寄らずに回避されるし、スキルであの女や他の奴の足元に設置しようとしても事前にバレちまうからやりようが無え・・・。

 だから、今は他の方法に切り替えてるが、効果が出るにはもうちょっと時間がかかりそうだ」


 清宏がため息をついて愚痴ると、アルトリウスが首を傾げた。


 「ふむ、見た感じ先程までと対処方法は変わっておらぬようですが、何かしてらっしゃるのですか?」


 「あぁ、今あいつ等が居るフロアは、完全に密閉された空間なんだよ。

 ローエンとグレンは適度に隠し部屋に逃げて酸素を吸ってるから問題無いが、それが出来ないS級パーティ達にとってはこれからが地獄さ・・・」


 アルトリウスに尋ねられ、清宏はニヤリと笑った。


 「酸素とは何でしょう・・・?」


 聞き慣れない言葉に、アンネも清宏に尋ねた。


 「こっちには酸素の概念はないのか・・・まぁ、化学が発達してなきゃ無理もないか。

 酸素と言うのは、空気中に含まれる物質の事だよ・・・生物は、その酸素を取り込まないと生きて行けないんだよ。

 呼吸により酸素を肺に取り込み、心臓がポンプの役割をして、血液中のヘモグロビンと結合した酸素を全身に送る事で生命活動を維持出来るんだよ。

 今、あいつ等はその酸素が薄い状態の中でローエン達と戦い、閉じ込められている。

 チアノーゼ・・・酸素欠乏症になるのも時間の問題だろう」


 「酸素・・・初めて聞きました。

 少ないと駄目ならば、多く取り込んだ場合は身体に良いのですか?」


 清宏は、アンネの質問に首を振った。


 「本来、酸素と言うものは猛毒だ・・・通常、空気は窒素78%・酸素21%・アルゴン0.93%の混合物なんだ。

 高濃度に圧縮された酸素を長時間体内に取り込んだ場合、嘔吐、めまい、視野狭窄を起こし、症状が悪化すると全身痙攣や昏倒、最悪は死に至る・・・。

 今俺があいつ等にやろうとしている低酸素状態も、あまりやり過ぎると死ぬ可能性があるから注意が必要なんだけどな・・・酸素濃度を6%まで落としたら6分で死んじまう」


 清宏が説明を終えると、リリスが清宏の脇腹を殴った。


 「そんな危険な方法を試すでない、この馬鹿ちんが!!

 妾達が解らんのをいいことに、調子に乗って危険な方法をとりおって!!」


 「やかましいわ!こちとらどうやってS級パーティに根を上げさせるか考えながらやってんだ馬鹿!

 予知なんてとんでもスキルを持った相手に、まともに勝負なんか出来るか!

 だから卑怯な手段をとらにゃならんし、死なないように常に監視してんだよ!!」


 清宏とリリスは殴り合いを始める。

 すると、2人に呆れて水晶盤を見ていたシスとウィルがある事に気付き、慌てての仲裁に入った。


 「清宏さん、女神官が倒れました!」


 「ま、マジか!?チアノーゼの症状が出るの早くね!?」


 清宏が慌てて水晶盤を見ると、女神官は床に倒れ、それ以外にもシーフと弓使いも唇が青くなり、苦しそうにしていた。

 S級パーティの人数は6人・・・その半数が酸素が足りなくなり、危ない状態になっている。


 「き、清宏!早くあやつ等を救い出せ、このままでは死ぬぞ!!」


 「わかった!わかったから首を絞めんな!!」


 清宏は涙目で首を絞めてくるリリスを引き剥がし、スキルでフロアを解放して空気を送り込んだ。


 「アルトリウスは一緒に来てくれ、他はここで待機していてくれ!」


 急いで部屋をS級パーティ達のいるフロアに繋ぎ、清宏はアルトリウスを連れて広間を出た。

 途中でローエンとグレンに広間に戻るように指示を出し、S級パーティ達のいる部屋の前で深呼吸をした。

 室内からは、仲間の安否を気遣う声が聞こえてくる。


 「準備は良いな・・・何があっても絶対に争うなよ?」


 「心得ております」


 清宏は手短に答えたアルトリウスを見て頷くと、ドアノブを回して勢いよく扉を開けた。


 「な、なんなんだあんた・・・!?」


 それに気付いた武術家のような道着を着た女が清宏を見て慌てて構えたが、清宏はそれに構わず倒れている者達に近づいてポーションを飲ませる。


 「よし、顔色は良くなってきたな・・・ここじゃあんたの仲間達も休めないだろうし、とりあえず俺達に付いてきてくれ。

 あんた等も既に体力的に限界だろう・・・この3人は俺達が運ぶ。

 アルトリウスはシーフと弓使いを頼む、俺はこっちの女神官を運んで行く」


 「お任せを」


 清宏達が倒れている3人軽々を担ぐと、アルトリウスという名前を聞いた他の3人が武器を構えた。

 長剣を持った男が前に出て、アルトリウスを睨む。


 「その日の光のように輝く金の髪・・・貴様、探求者アルトリウスか!?」


 「いかにも・・・まぁ、探求者と言うのは、貴様等人間が勝手に付けたものだがな。

 そう身構えるな・・・私は、主人から争う事を禁じられている。

 貴様等が主人に危害を加えない限り、私は何もしないと誓おう」


 アルトリウスの言葉を聞いてもなお、3人は武器を構えたままだ。

 それを見ていた清宏が、部屋の扉を蹴破った。


 「くっちゃべってんじゃ無え!仲間が心配ならさっさと付いて来い!!」


 ズカズカと苛立たしげに部屋を出て行く清宏を見て、3人は武器を納めて慌てて付いていく。

 アルトリウスはそれを見て笑いを堪えながら後を追った。


 


 

 


 

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