第38話ツクダレポート①

 自分の名はツクダ・・・種族はスライムだ。

 先程、魔王リリス様に召喚され、副官の清宏様に名を授かったばかりだ。

 本来、我々スライムには名前など必要ない。

 声を出せず、音も聞こえず、自我も持たず、気配でしか状況を把握出来ない存在であるスライムにとって、名前など意味の無いものだからだ。

 そんなものより、食料の方が我々にとっては重要だ。

 だが、リリス様に召喚された事により自我が芽生え、音や声と言うものを理解し、記憶も出来るようになった。

 相変わらず見ることは出来ないが、音が聞こえ、記憶が出来るだけでも我々スライムにとっては劇的な変化だ。

 今日この時より、自分はこの身に起こる全ての物事を忘れぬよう記憶しようと思う。




 1日目


 自分は清宏様の案内により、部屋を与えられた・・・現在、室内には清宏様以外の他の生物の気配は感じられない。


 「俺の言葉は理解出来るようだが、お前は喋ることが出来ない・・・よって、簡単な伝達方法を考えたいと思う。

 しばらくは肯定か否定のどちらかで良いだろう・・・まず、肯定の場合はさっきみたいに激しく震えてくれ。

 逆に、否定の場合には動かないようにしてくれ・・・良いか?」


 自分は清宏様に問われ、身体を震わせた。

 すると、清宏様が満足そうに笑っているのがわかった。


 「他の仲間は否定的だったが、俺はお前が来てくれて嬉しいよ。

 これからは、俺が与える食料のみを食べてくれ・・・お前が食べた物の特性を得たら、仕事を頼むつもりだ。

 ただし、絶対に仲間や侵入者は食べるなよ?お前がそれを守るなら、いくらでも飯を食わせてやる」


 清宏様は何のためらいもなく、スライムである自分を撫でている。

 スライムとは、忌み嫌われる存在だということは自覚している・・・それは、清宏様以外の方々の反応から容易に想像出来る。

 別に他人の評価に左右される程気にしてはいないが、このように接して貰えるのはなんともこそばゆい。


 「今から今日の分の夕飯をやろう。

 今日から朝、昼、晩の3回は俺の用意した物を食べてもらう。

 飯の時間と、俺が居ない間はこの部屋で自由にしてくれて構わない・・・まぁ、今のところ何もないけどな」


 清宏様は笑い、容器を床に置いて食事の準備をした。

 何やら液体を入れているようだが、目の見えない自分には関係ない事だ・・・養分になるならば、味や形などさほど意味は無い。

 自分は清宏様の許しを得て、用意された物を飲み込む。

 やはり味は無い・・・だが、不思議な食感ではある。

 これも、召喚された事に関係あるのだろうか・・・。


 清宏様は、自分が全て食べ終えるのを待ち、満足そうに笑って部屋を出た。




 2日目


 睡眠を取る必要の無い自分は、ただひたすら部屋の中を動き回っていた。

 今いる部屋は、自分には少々広いようだが、何者かに狙われる心配が無いのは良い事だ・・・今までは自我も持たずにただ食べるだけだったが、今となっては安心して暮らせるのはありがたい。

 部屋の中を動き回っていると、部屋の外から気配を感じた・・・清宏様ともう1人いるようだ。


 「おはようツクダ、朝飯の時間だ。

 今日は客も来てるが、気にせず食べてくれ」


 清宏様は昨夜と同じく、容器に食事の準備をしてくれた。

 今日は、昨夜の液体の他にも何か薄く柔らかい物が入っている。


 「ふむ、よく食べておるの・・・」


 「だろ?こんだけ綺麗に食べてくれたら、準備した甲斐があるってもんだ!

 こいつは、言葉をしっかりと理解している・・・どうだ、リリスも触ってみるか?」


 「む・・・どうしようか迷うのう。

 じゃが、こやつも妾が召喚した仲間には違いない・・・触らせて貰っても良いか?」


 清宏様と一緒に来られたのは、リリス様だったようだ。

 自分は、清宏様との取り決め通り身体を震わせた。


 「うおっ!何じゃ、ダメなのか!?」


 「逆だよ・・・触って良いって事だ。

 震えたら肯定、動かなかったら否定って教えたんだよ」


 「そう言った事は早く言わんか馬鹿者!ちびるかと思ったわ!!

 ツクダよ、騒がしくしてすまんの・・・では、ちと触らせて貰うぞ?」


 自分はリリス様に近づき、大人しく撫でられた・・・やはり抵抗があるのだろう、少し震えているようだ。


 「お主は言葉を理解しておるのじゃろう?

 不甲斐ない主人ですまんの・・・苦手意識が邪魔をして、お主をまともに触ってやる事も出来ん・・・いずれは必ず克服するゆえ、少し待っていてくれ」


 「まぁ、これからは毎日見に来て、話しかけてやってくれ。

 自我があるから、しばらくとは言えこの部屋にこもりきりは辛いだろうしな」


 「うむ、そうしよう・・・ではツクダよ、妾はもう行くが、また明日も会いにくるからの」


 自分はリリス様の言葉を聞き、精一杯身体を震わせた。

 偉大な存在であるリリス様から、ありがたい言葉をいただき、身体の中に不思議なものが湧き上がるのを感じた・・・それが何であるかは解らないが、嫌なものではないようだ。

 リリス様は笑いながら部屋を出て行き、清宏様はその後も自分に語りかけて部屋を出て行った。




 3日目


 今日の朝食も昨日と同じ物だ・・・食べられるなら何でも良いのだが、少しだけ違う感触も欲しい。

 今日は清宏様とリリス様の他に、アルトリウス様とアンネロッテ様、それと自分と同じく一昨日召喚されたアルラウネのアリー様も来ているようだ。

 アリー様も自分同様、召喚された日に名を賜ったと聞いている。

 

 「アリー、あまり勝手にツクダ様を触ってはいけませんよ・・・迷惑をかけたら駄目でしょう?」


 「ん!!」


 アンネロッテ様は、自分を無警戒に触っているアリー様を注意しているが、アリー様は嫌がっている。

 アリー様は懲りずに自分をペチペチと叩いては喜んでいるようだ。


 「ははは、良いではないかアンネロッテ!

 ツクダ殿がスライムというだけで距離を置いていた我々に比べ、アリーは偏見を持たずにツクダ殿に接している・・・それは我々も見習わねばならない。

 ツクダ殿、これまでの非礼ご容赦いただきたい・・・」


 自分よりも高位の種族であるアルトリウス様がスライムの自分に謝罪している・・・こんな事があり得るのだろうか?

 自分の考えがまとまらず返答に困っていると、清宏様が身体を突いてきた。


 「ツクダ、アルトリウスが謝ってるぞ?

 お前は謝罪を受けいれるのか?」


 自分は清宏様に問われ、身体を震わせた。

 アリー様がそれを見て楽しそうに笑っている。


 「良かったなアルトリウス」


 「ツクダ殿、感謝いたします・・・これからは共に協力し、リリス様と清宏様のため精励いたしましょう!」


 「私も申し訳ありませんでした・・・」


 自分はアルトリウス様とアンネロッテ様の謝罪を受けいれ、身体をもう一度震わせた。

 すると、清宏様が笑いながらお2人に話しかけた。


 「じゃあ、謝罪ついでにツクダに触ってみようか?」


 『清宏様!?』


 清宏様の発言に、お2人が同時に聞き返した・・・まぁ、当然の反応だろう。

 だが、アルトリウス様は意を決して自分の身体に触れた・・・。


 「謝罪を受けいれていただき、私自ら仲間として共に歩もうと言っておきながら、躊躇するなど恥ずべき事・・・不甲斐ない私をお許しください!」


 (ちょっ・・・待って、痛い!!

 アルトリウス様、そんな強く握んないで!?)


 自分は驚いた・・・言葉は発せずとも、感情が芽生えている事に今気づいたのだ。

 リリス様にお言葉を賜った時に湧き上がった物も、アルトリウス様に謝罪され考えがまとまらなかったのも、感情だったのだ。

 自分は、痛みなど気にならなくなってしまう程に感動してしまった・・・。


 「アンネはどうするんだ?」


 清宏様が尋ねると、アンネロッテ様も自分の身体に触ってくださった・・・。

 アンネロッテ様は震えているが、優しい手付きで自分の身体に触れている。


 (あー、めっちゃ良いわ・・・このくらい優しくしてくんないとね!)


 「どうだアンネ、結構触り心地良いだろ?」


 「はい、驚きました・・・前、別のスライムに触った時にはベトベトして気持ち悪かったのですが、ツクダ様はしっとりとして、モチモチしてます。

 これは食事の効果なのでしょうか?」


 驚いているアンネロッテ様は、清宏様に尋ねた。


 (いえ、元からですよ?)


 自分で喋れないのがもどかしい・・・。

 

 「いや、その手触りは元からだ・・・結構良い個体だったのかもな?」


 (お、流石は清宏様!解ってらっしゃる!)


 感情に気付いてしまうと、なんだか楽しくなってくるから不思議なものだ・・・。

 今まで何も感じていなかったからか、余計に楽しく感じてしまう。


 「では食事の効果が現れたら、計画を実行なさるんですか?」


 「当然だ・・・今から楽しみだ」


 清宏様は、今までで一番楽しそうに笑っている。

 何をさせられるのかは不安だが、自分に出来る事なら何でもするつもりだ。

 この方々には、感情を与えていただいた・・・このご恩に報いるためならば、自分は何も躊躇わない。

 

 

 

 

 



 




 


 

 

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