第36話スパイス

 陽が傾き始め、侵入者達が城を離れたため清宏は城門を閉めて皆を広間に集めた。

 ビッチーズ達は部屋の掃除をしたため少し遅れたが、全員面倒臭がらずに集まったようだ。

 皆が集まったのを確認し、清宏が前に出る。


 「皆んな、今日は本当にご苦労だった。

 ビッチーズ達のおかげで、想定していた以上の利益を上げられた。

 相手が多かった者も少なかった者も居ただろうが、今日の反省なども踏まえてリリと話し合い、今後は均等に割り当てられるようにしていくから安心して欲しい。

 リリも昨日の今日で無理をさせてしまいすまなかった・・・体調に異常を感じたらいつでも言ってくれ。

 ローエンとグレンも侵入者をビッチーズ達の部屋に誘導するのに一躍買ってくれた事、礼を言わせてもらう・・・お前達が居なければ、ここまでの利益にはならなかっただろう。

 レイス、アンネ、レティの3人も罠の管理、宝の補充等で忙しかったと思うが、お前達のおかげで俺も余裕を持って皆のサポートが出来た・・・今後ともよろしく頼む。

 シスとウィルにはアイテム作成を任せきりになってしまい申し訳なく思っている・・・明日からは俺も手伝わせて貰う。

 これから入浴後夕飯になるが、ビッチーズは食べたい者だけ残ってくれ・・・他の者はそれぞれ自由にしてくれて構わない。

 何か気になった事や言いたい事がある者はいるか?」


 清宏は皆を見渡して確認するが、発言する者はいないようだ。


 「いないようだな・・・では解散する」


 清宏の話が終わり、皆風呂に入る準備をする。

 ここでは夕飯前の入浴が皆の日課になっている。

 その間、レイスが食材を倉庫から取り出し、下拵えをする。

 調理は、清宏とアンネが上がってきてから3人でやっていたのだが、ローエン達が来てからは、シスとレティも手伝っている。

 リリにも手伝わせた事があるのだが、彼女は壊滅的に料理が下手である事がわかり、清宏から刃物の所持を禁止されている。


 「いつもすまないな、お前が下拵えをしてくれるおかげで、すぐに調理が出来て助かってるよ」


 風呂から上がった清宏が、レイスが下拵えをした食材を炒めながら呟いた。

 アンネ達女性陣はまだ入浴中だ・・・女性は美容に気を使うため、ゆっくりするように清宏が許可しているからだ。

 

 (いえ、私はお風呂に入る必要はありませんので、皆様より時間がありますから)


 レイスは清宏と同じ工程をこなしながら、器用に文字を書く。

 調理場でチョークは衛生上問題があるため、食用油から清宏が作り出したインクで書いている。


 「これだけの量だからな・・・下拵えだけでも大変だろう?

 お前がいてくれなかったら、俺達の夕食は日付が変わった頃になっちまうからな。

 本当にレイス様々だよ・・・」


 (お褒めの言葉、身に余る思いでございます・・・)


 レイスの書いた文字を読み、清宏は笑っている。


 「堅苦しいよ・・・お前は俺とリリスにとって一番最初に出来た家族なんだから、リリみたいにもっと肩の力を抜いて良いんだぞ?

 そうしてくれた方が俺もリリスも嬉しいからさ・・・」


 清宏が笑いかけると、レイスは恥ずかしそうに俯いた。


 「すみません、遅れてしまいました!」


 清宏とレイスが話をしていると、アンネが慌てて厨房に入って来た。

 その後ろにはシスとレティも続いている。


 「あぁ、まだ大丈夫だよ。

 今日はカレーにする・・・こっちにも向こうと同じスパイスがあったのは僥倖だった。

 こっちではスパイスやハーブは香り付け程度にしか使わないみたいだから、今日はスパイスを活かした料理にしてみた」


 「この厨房に広がっている良い香りはスパイスの物だったんですね・・・食欲が湧きますね!」


 シスが嬉しそうに匂いを嗅いでいる。


 「スパイスは香り付けだけじゃなく、辛味や色付け、食欲増進や消化吸収の補助、発汗、健胃整腸、健康作用もあるからダイエットに効果的だ。

 だが、カレーはカロリーが高いから食べ過ぎは注意してくれ・・・いくらダイエットに良いからと言っても、食べ過ぎたら意味がないからな」


 清宏の説明を聞き、女性陣の目が輝いている。

 それを見た清宏は苦笑し、皆に指示を出しながらカレーを作りはじめる。

 米はまだ見つけていないため、昼に下準備をしていたナンを焼く。

 ある程度工程が進んだところで大型の寸胴を用意し、それぞれスパイスの量を調整して基本の甘口から激辛まで4つに分けた。

 ただ、それぞれ辛さの好みの違いもあるので、後から調整出来るように唐辛子や胡椒なども用意してある。

 清宏はカレーを煮込んでいる間にヨーグルトを使った飲み物であるラッシーを作って冷蔵庫で冷やし、他の皆が風呂から上がってある程度自由な時間を満喫するのを待って、広間に集めた。

 清宏は、作り終えてすぐに夕飯にはしない・・・空腹になるのを待つのだ。

 空腹は最高のスパイスと言われるように、空腹こそが一番の隠し味だと考えているからだ。


 「はーい、皆んな飯だぞー!!」


 清宏が広間で声を掛けると、ぞろぞろと皆が集まってくる。

 集まった者達は皆、清宏の後ろにある寸胴を見て首を傾げている。


 「今日は俺のいた世界にあった料理、カレーを作ってみた。

 左から順に甘口から激辛まで用意してあるから、好きなのを選んで自分の器によそってくれて構わない。

 あと、寸胴の隣に薄っぺらいナンと言うパンがあるから、それをカレーに付けながら食べてくれ。

 もし辛かった場合は、ピッチャーに飲み物を用意してあるから、それを飲んでくれたら多少は辛さが紛れる。

 説明は以上だ・・・口に合うかはわからないが、これは俺が好きな故郷の料理だ。

 お前達にも知ってもらい、気に入ってくれたら嬉しい・・・では、各自好きによそって食べてくれ」


 清宏が指示を出し、アンネ達が寸胴の蓋を開ける。

 すると、広間中にスパイスの食欲をそそる香りが充満する。

 広間に居なかったはずのビッチーズ達も、匂いにつられてやって来た。


 「ほぅ、これはまた腹に来る匂いじゃな・・・妾はまず甘口をいただこうかの?」


 「ほらよ、お前のは殆ど唐辛子を入れずに特別甘くしてある。

 辛さが欲しいなら、テーブルに置いてある小瓶にスパイスが入ってるからそれで調整してくれ」


 清宏はリリスが来たのを見て、小さな鍋からカレーを注いで差し出した。


 「おぉ、お主自ら注いでくれるとはな!

 お主の世界の料理、しっかりと堪能させてもらうぞ?」


 リリスの笑顔を見て清宏は嬉しそうに頷き、自分の分を注いで席に着いた。

 結局ビッチーズ達も皆食べるらしく、全員揃っての夕食になった。


 「皆んな準備は出来たな?では、いただきます」


 『いただきます!』


 清宏の挨拶を聞き、皆も真似をしている。

 清宏は食事の前には必ず言うよう皆に徹底させている。

 いただきますと言う言葉には、天地の恵みにより生かされている事への感謝や、食材となった物の命に対する感謝の意味などが含まれている。

 リリスが侵入者の不殺を誓っているからこそ、自分達が生きる為に奪う最低限の命に対して感謝しなければならないと考えているからだ。

 

 「うん、まぁまぁの出来だな・・・」


 清宏は一口食べて頷く。

 皆は清宏の反応を見て一斉に食べ始めた。

 清宏はそれを見て苦笑しているが、特に気にしてはいないようだ。

 誰しも未知の料理には抵抗はある・・・例え良い香りがしようとも、初めて食べる物には躊躇してしまうものだ。

 それは、この世界にやって来た清宏も十分承知の上だ。


 「美味しい・・・」


 誰かが小さく呟く。

 清宏はそれを聞いて嬉しそうに笑った。


 「これは、香りも相まって食が進むのう!」


 「そうですね・・・唐辛子だけではなく、色々なスパイスの辛味や風味が複雑に絡み合っていますし、じっくりと煮込んでいたので、食材の旨味が凝縮されていてとても美味しいです!」


 「このナンってパンもモチモチしてて結構イケるな!」


 皆初めて食べるカレーの感想を言いながら喜んで食べている。

 ローエンとレティはすでに2杯目を注ぎに行っている。


 「ははは、気に入ってくれたようで嬉しいよ・・・。

 そうだレティ、ちょっとこっちに来い」


 「はい!何です何です?」


 清宏が笑いながら手招きをすると、レティは嬉しそうに駆け寄る。


 「何と言うか、レティは犬みたいじゃな・・・」


 「レティの場合は雌犬だな・・・色々な意味で」


 「だな・・・あの特殊な性癖さえ無けりゃ良い女なんだろうけどな」


 呆れて呟いたリリスの言葉に、ローエンとグレンが頷く。

 それを聞いていたアルトリウスとアンネ、リリは苦笑している。


 「どうかしたんですかご主人様?」


 「実はな、お前専用のカレーを用意してあるんだが食べてみるか?」


 「本当ですか!?食べます食べます!!」


 清宏は満面の笑みを浮かべているレティを見てニヤリと笑った。


 「そうか、なら頑張ってくれているお前のために俺が食べさせてやろう・・・」


 「あーん・・・」


 清宏が差し出したスプーンを咥えたレティの動きが止まる。

 レティの顔が徐々に真っ赤になり、目に涙が浮かぶ。


 「か、かりゃいでしゅご主人ひゃま!?し、舌がいひゃいでしゅ!!」


 レティは床を転げ回っている。

 清宏はそれを見て水を差しだした。


 「すまんなレティ・・・スパイスの分量を間違えてしまったようだ。

 これでも飲んで落ち着け・・・」


 「ありがとうごじゃいます!!」


 急いで水を受け取ったレティは、それを一気に飲み干す・・・そして、そのまま気絶した。


 「な、何をしたんじゃ清宏・・・」


 一部始終を見ていたリリスが、畏怖の目で清宏を見ている。

 

 「さっきのカレーには、こっちの世界で一番辛い唐辛子を入れまくったんだよ。

 唐辛子の辛さの元凶はカプサイシンと言う無極性分子だ・・・それが火傷をしたような痛みに似た感覚を引き起こす。

 そんな物を食べた後に極性物質である水を飲んでも辛さを和らげる事は出来ず、さらにはカプサイシンを口腔内全体に広げてしまい、痛みが増すんだ・・・」


 「お主・・・水を差しだしたのもワザとじゃったのか!?」


 リリスは愕然とした。

 それを見て、清宏は妖しく笑った。


 「そうだ・・・今日の晩飯をカレーにしたのも、皆んなに食べて貰いたかっただけじゃなく、レティに怪しまれずに仕返しするためだったのさ!!

 俺は昨日の事を忘れちゃいない・・・こいつが俺の罠を勝手に改良したせいで2度も湖に叩き込まれたんだからな!!

 リリは死に掛け、アンネには泣かれ・・・俺の精神寿命は昨日だけで尽きかけたからな」


 清宏は苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 リリスは呆れてため息をついた。

 皆もレティを憐憫の目で見ている。


 「仕返しのためにここまでするのかお主は・・・」


 「大丈夫だ、問題ない・・・レティは嬉しそうに気絶してるからな」


 「はぁ・・・お主達は何だかんだ良いコンビじゃな」


 「やめてくれ気持ち悪い・・・」


 「レティが哀れじゃな・・・」


 心底嫌そうな顔をした清宏を見て、リリスは深いため息をついた。


 

 

 


 


 

 

 

 


 


 

 


 

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