第31話乙女の友情

 休暇最終日、清宏は工房でアンネとシス、ウィルと共に魔道具作成に勤しんでいた。

 ウィルに聞いてみたところ、彼は付与魔法も使えるとの事で、光属性の魔石のストックを用意して貰っている。

 アンネとシスは、清宏に頼まれた魔道具の作成中だ。

 今回制作している魔道具は、小型の通信機のような物だ。

 ローエンやグレンに城内で動いて貰う場合、水晶盤で彼等の状況を確認する事は出来るが、指示を出すことが出来ない・・・それを解消するため、大掛かりな術式を組み込んだ魔道具になっている。


 「清宏さん、終わりましたよ」


 アンネ達と共に魔道具のパーツを作成していた清宏に、ウィルが話しかける。


 「お、あんがとな!いやぁ、光属性の付与はリリスには出来ないから助かったわ・・・うちは属性付与の魔石は大量に使うから、毎回買ってたらキリがないんだよ」


 「いえ、このくらいお安い御用ですよ。

 僕も色んな魔道具とか見れて嬉しいですから」


 ウィルは作成した魔石を清宏に渡し、作成中の魔道具を覗き込む。


 「清宏さんが造ってるのは、あの2人とは違うんですね・・・」


 「あぁ・・・俺が造ってるのは、あの2人が造ってる通信機にこっちの声を送るための送信機と言うか増幅器みたいな物だよ。

 直接声を送れたら良かったんだけど、どうしても上手くいかなくてな・・・やっぱり城内だと遮蔽物が多いせいか、しっかりと声が届かないんだよ。

 だから、俺の造ってるこいつで声を魔力に変換・増幅してより遠くに、遮蔽物に邪魔されず届くようにしようかなと思ってるんだ」


 ウィルは清宏の説明を首を傾げ、苦笑しながら聞いている。


 「はぁー・・・説明を聞いても全く頭が付いていかないですね。

 離れた人と会話するための魔法はありますけど、相手の正確な場所と距離がわからないと使う事は出来ませんし、通信用の魔道具も無くはないですが、送信側も受信側もかなり大きな物が必要です・・・なので、個人で持ち運ぶ事は不可能です。

 それに、どちらも傍受される心配があります・・・これはその心配は無いんですか?」


 清宏はウィルに問われ、腕を組んで唸る。


 「試してみたから大丈夫だとは思う・・・一応骨伝導タイプにしようと思ってるんだけど、アンネ達の造ってる受信機でしか聞こえないようにはするつもりだよ」


 「骨伝導・・・それはどういった物なんです?」


 「あぁ、音って言うのは空気の振動で進んで行くのは、初めて会った時に説明したよな?

 骨伝導って言うのは、振動する物体を頭部や頸部に接触させる事で、音の一部を直接内耳に到達させる事が出来るんだよ。

 最初造ってたのは音を魔力で受信機に飛ばして、受信機が空気の振動を感知して耳で聞くって造りだったんだ。

 でも今造っている骨伝導タイプは、音を魔力に変換して飛ばして、受信機自体を振動させる事で、直接耳で聞かなくても外部の音に邪魔されずに聞く事が出来るんだ。

 音を振動させて魔力で飛ばして受信するより、音を魔力に変換して受信機自体を振動させた方が、送信される情報が魔力だけで単純なせいかしっかり届くんだよ」


 ウィルは清宏の説明にしきりに頷いている。

 魔道具に興味があると言っていただけあり、このような話が好きなのだろう。


 「凄いです!いやぁ、清宏さんの魔道具は面白くて勉強になります!」


 「ははは、気に入ってくれたなら嬉しいよ・・・まぁ、俺が造ったとは言っても、元になっている道具にはまだまだ追いついていないけどね・・・」


 清宏の言葉に、ウィルは首を傾げる。

 シスも聞こえたらしく、清宏を振り向いた。


 「お前達にははぐらかしていたが、俺はこの世界の人間じゃないんだよ。

 今造っている物は、俺の元居た世界にあった物の模倣なんだよ・・・」


 ウィルとシスは驚愕し、言葉が出てこないようだ。


 「俺は、向こうの世界に帰るために魔道具を造っているんだ・・・まぁ、どんな物が必要なのかもわからないから、念のために手当たり次第に造ってスキルアップしてる感じだけどな」


 「それは・・・辛いですね」


 ウィルは居心地悪そうにしている。


 「気にすんな、なっちまったもんは仕方ないんだから、今は何だかんだ魔道具作成を楽しんでるよ・・・こっちに来なければ、皆んなにも会えなかったしな」


 「清宏さんが誰とも深い仲にならないって言ってたのは立場上ってだけではなく、帰ることを前提にしてるからなんですか?」


 シスが真面目な表情で清宏に尋ねる。

 清宏はそれに苦笑して頷いた。


 「そうだよ・・・誰かとそんな関係になれば、別れが辛くなるからな。

 自分の欲に忠実に生きるのも良いかもしれないけど、いざと言う時に後悔だけはしたくないんだよ・・・そんなのは、こっちに来た時だけで充分だからな」


 清宏の言葉を聞いたアンネは拳を握り、唇を噛みしめている。

 それに気付いたシスは、ため息をついた。


 「もし、誰かに迫られたらどうするんです?居なくなる前にどうしてもって言われたら?」


 苦笑していた清宏は、シスの言葉を聞いて真面目な表情になる。


 「断る・・・この考えを変える気は無い」


 清宏は断言した。

 だが、シスは納得していないようだ。


 「帰れなかった場合はどうするんですか?」


 「どうしたんだよ一体・・・やけにしつこいな?

 先の事はまだわからないけど、もし帰れないならその時は誰かを選ぶんじゃないか?

 まぁ、俺なんかが良いって言う酔狂な奴はいないだろうけどな」


 「じゃあ、誰にでもチャンスはあるんですね?」


 シスに問われ、清宏はニヤリと笑った。


 「何だよ、まさか君が酔狂な奴なのか?」


 「違います!」


 シスは顔を真っ赤にして否定した。

 すると、清宏はそれを見て笑う。


 「だろうな・・・まぁ、安心しろ。

 君はグレンの義妹だ・・・それはレティも含めて、俺はどんな理由があろうと友人の家族や仲間に手を出す気はないよ。

 あいつやローエン、ウィルとギクシャクした関係になったら嫌だからな・・・」


 「それは何か複雑な気分です・・・私も一応女なんですから、まったくそう言う目で見てもらえないのは悔しいと言うか何と言うか・・・」


 「どうしろって言うんだよ・・・」


 清宏が苦笑すると、シスとウィルも可笑しそうに笑った。


 「さてと、こっちは終わったけどそっちはどう?もし終わってるなら試したいんだけど・・・アンネ、どうかしたか?」


 清宏は席を立ち、先程から黙っているアンネに問いかけた。


 「は、はい!大丈夫です!」


 「そう?なら広間に戻って試そうか・・・体調が悪いなら無理はするなよ?」


 清宏はアンネの反応に首を傾げ、彼女を気遣った。


 「問題ありません・・・少しボーっとしてただけですから」


 アンネはそう言って立ち上がり、清宏の後を追う。

 すると、アンネの横にシスがやって来て耳打ちをする。


 「可能性がゼロじゃなくて良かったですね・・・私なんてゼロですよ?」


 シスは、清宏やウィルには聞こえない程小さな声で話しかける。

 アンネは顔を真っ赤にしてシスを見る。


 「そ、そんなんじゃありませんよ・・・」


 「だって、アンネさんは清宏さんの事好きなんでしょ?

 昨日もリリス様の話を聞いた後、なんか気合い入ってたし、さっきも清宏さんの話を聞いて辛そうでしたよね?」


 シスに指摘され、アンネは縮こまる。


 「見られてたんですか・・・確かに、清宏様は仕事には厳しいですが、とても優しい方です。

 良いなとも思いますし、気になってはいます・・・でも、これが好きと言う感情なのかは正直わからないんです。

 単なる憧れかもしれないですし・・・」


 「アンネさん、今まで恋愛経験は無いんでしたよね?」


 シスの問いかけに、アンネは小さく無言で頷く。


 「それって初恋じゃない?」


 シスの言葉を聞いたアンネは、さらに顔を真っ赤にしている。


 「そう、なんでしょうか・・・何ぶん、こんな感情は初めてでよく分からないです」


 「よし、なら私がアンネさんの為に一肌脱ぎます!これから頑張りましょう!!」


 「お待ちくださいシス様!」


 アンネは意気込むシスを慌てて止めようとしたが、シスは笑顔でアンネを見ている。


 「様付はやめて欲しいな・・・これからは呼び捨てね!

 私もそうするから・・・嫌かな?」


 アンネはそれを聞いて口ごもる。

 シスが顔を覗き込むと、アンネは恥ずかしそうに小さく頷いた。


 「あはは!じゃあ、これから頑張ろうねアンネ!」


 「はい、こちらこそよろしくお願いします・・・シス・・・」


 アンネは上目遣いで遠慮がちにシスの名を呼ぶ。

 アンネの反応を見たシスは、嬉しさのあまり抱きついた。


 「あーん、アンネ可愛いよー!リリス様の次に大好き!!

 こんな可愛い子をほっとくなんてあり得ない・・・私が男だったら絶対にほっとかないのに!清宏様は羨まけしからんですな!!」


 「シス・・・苦しいです!」


 アンネは恥ずかしそうにしているが、とても嬉しそうな表情だ。


 「あのさ、君達何楽しそうな事してんの・・・?

 そんな楽しそうな事をするなら、俺も混ぜて欲しいんだけど?」


 「き、清宏様!いつからそこに!?」


 いつの間にか目の前にいた清宏を見て、アンネが慌てる。


 「いや、今だけどさ・・・遅いから気になってね。

 それよりさ、君達仲良くなるの早くない?あと、組んず解れつするなら俺も混ぜてよ」


 清宏が残念そうに呟くと、シスがアンネを庇うように間に割って入る。


 「清宏様はそう言った目で私達を見ないんじゃなかったんですか?」


 「ふむ・・・確かに言ったな。

 だが、これだけは誓おう・・・俺は、いやらしい事はしても、やましい気持ちは一切無い!!」


 清宏が胸を張って宣言し、それを聞いたアンネとシスは呆気にとられている。


 「手は出さないのは変わらないが、冗談くらいは許してくれよ?

 さて、ウィルも待ってるからあまり遅くならないでくれよ」


 清宏は2人に笑顔で手を振り、広間に戻る。


 「ねえアンネ・・・本当に清宏様で良いの?」


 「はい、あんな所も含めて清宏様らしくて良いと思います・・・」


 アンネはシスの問いかけに笑顔で答え、清宏の後ろ姿を見る。


 「まぁ、アンネが良いなら私は何も言わないよ・・・さぁ、行こうアンネ!」


 シスはアンネの手を取り、笑顔になる。

 アンネはその手を優しく握り返し、笑顔で頷いた。


 


 



 

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