第21話酒と泪と男と女

 清宏は、ローエン一行と共に大通りを歩いている。

 先程までの騒ぎは収まり、ギルド職員の姿も見あたらない。

 たが、夕陽に染まる大通りで2人だけ注目を集めている人物がいる・・・清宏とレティだ。

 レティは眼を覚ます前に、清宏に飛び掛らない様に縛られていたのだが、ただ縛るだけではなく亀甲縛りにされている。

 レティは注目を集め、恥ずかしそうにはしているが、満更でもない表情だ。


 「あのさ、何で俺が引っ張らにゃならんのさ・・・?」


 レティを縛っているロープの先を握らされている清宏が、少し離れて前を歩いているグレンに尋ねた。


 「仕方ないだろ・・・この格好で歩くなら、せめてお前にってレティが言うんだからさ」


 グレンは笑いを堪えながら清宏を見ている。

 その前を歩いているローエンの肩も少し震えているのを見ると、彼も笑いを堪えているのだろう。


 「こいつ歩くの遅いんだよ・・・さっきから変な声だしてるしさ。

 お前らの仲間なんだからどうにかしてくれよ」


 「もう少しだから我慢してくれ」


 グレンはそう言って早足になる。


 「おい、俺達を置いていくな!お前らに居なくなられたら、俺がこいつの仲間だと思われるだろ!」


 清宏は焦って急ごうとし、ロープを引っ張ってしまった。

 縛られているレティがその場に崩れ落ちる。


 「あっ・・・良い感じにロープが食い込んで・・・」


 レティは恍惚の表情を浮かべ、艶っぽい喘ぎ声をあげている。

 清宏とレティを見る周囲の目がやたら冷たい。


 「やっべ、これガチの変態だ・・・」


 「おーい、置いて行くぞー!?」


 グレンは他人事の様に遠くで笑っている。


 「おい、いい加減にしないとマジで放置されるぞ?」


 「わかりましたよー・・・せっかくイケそうだったのに・・・。

 はっ!これはもしや焦らしプレイ!?流石ご主人様・・・公衆の面前でもブレないサディスティックなナイスガイです!!」


 「やかましい!さっさと歩け馬鹿!!」


 「痛い痛い痛い!ご主人様、ただ痛いのは嫌なんですー!!」


 我慢の限界に達した清宏は、地面に転がっているレティを力任せに引きずってローエン達を追いかけた。


 「やっと追いついた・・・マジで置いて行きやがったな!?」


 しばらく歩き、やっとのことでローエン達に追いついた清宏は涙目で怒鳴った。


 「ははは、まぁそんなに怒んなよ!ここが俺がさっき言ってた店だからさ!!」


 グレンが指差す店を見て、清宏の動きが止まる。


 「な、良い店だろ?」


 「あのさ・・・ここって、良いお値段のする店だよな?」


 清宏はジト目でグレンを睨む。


 「あぁ、だから良い店だろ?ま、冗談だけどな」


 「いや、良いよ・・・ここにしよう」


 「そうそう、ここに・・・って何だって!?」


 清宏を発言に、今度はグレン達の動きが止まる。


 「あのな、この店で出される料理は超が付くほどの高級料理なんだぞ!

 それこそ、下手すりゃ1人分が大金貨1枚だ!!」


 「別に良いよ・・・魔道具売った金が結構あるし、こう言う店なら色んな食材が使われてるだろ?どんなのがあるか知っておけば、今後食材の買い出しの時に役立つからな。

 まぁ、そんな事よりも・・・俺は早くこいつから解放されたい」


 清宏は遠い眼をしている。

 地面に転がっているレティは、涙とヨダレを垂らしながら幸せそうな顔をしている。


 「いや、あんたが良いならありがたいけどよ・・・流石にこの人数は」


 「冗談でも連れて来たのはお前だろ?俺が良いって言ってんだから奢られたら良いんだよ。

 とりあえず、この変態を解放しないとマズイな・・・」


 焦っているグレンを放置し、清宏はレティにポーションを飲ませてロープを解いた。


 「あれ?痛くない・・・」


 レティは自分の身体を見渡し、首を傾げている。

 ポーションを飲んだ彼女の身体には、擦り傷もロープの跡も残っていなかった。


 「こう言う店は、ドレスコードにうるさいからな・・・少しでも見栄えを良くしとかないと門前払いもあり得るからな。

 最悪、店員に微妙な顔されたら金握らせて個室を借りよう・・・んじゃ、行くぞー?」


 清宏は軽い足取りで店の扉をくぐる。

 ローエン達は尻込みしていたが、仕方なく清宏の後に続く。


 「いらっしゃいませ、何名様でございますか?」


 「6人だけど入れるかな?」


 挨拶をした店員に清宏が答えると、清宏達を見た店員の表情が曇った。


 「誠に申し訳ございませんが・・・」


 清宏達を見た店員はため息をつき、断ろうとした・・・。

 だがその瞬間、店員の後ろにある人物が現れ、清宏に手を挙げた。


 「おぉ、これは清宏殿!貴方もここでお食事ですか!?」


 そこに現れたのは、昼に清宏が魔道具を売ったオズウェルト商会の代表、クリスだった。

 クリスは清宏を見るなり、店員の横をすり抜けて清宏の前に歩みでた。


 「これはクリス殿、今日は良いお取引が出来、とても助かりました」


 「いえいえ、清宏殿それはこちらの台詞です・・・今回は貴方のご厚意もあり、あの金額での取引となってしまいましたが、今後また何かお持ち頂いたおりには、是非高値で買い取らせていただきますよ!」


 清宏とクリスは握手を交わし、店員そっちのけで話し込む。


 「クリス殿は、よくこちらのお店を利用されるのですか?」


 「えぇ、私がこの街に来た時には必ず利用しております。

 料理の味も良く、個室もありますのでゆっくり食事が出来ますからな!」


 「クリス殿が仰るなら、それは素晴らしい店なのでしょう・・・」


 清宏はクリスと会話をしつつ、ちらりと店員を見る。

 清宏と目が合った店員は、状況を理解して慌てている。

 ローエン達は状況が飲み込めていないらしく、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 「清宏殿、もし良ければ今度一緒に食事でもどうですかな?

 今は訳あってご一緒出来ませんが、今日のお礼も兼ねて是非!!」


 「えぇ、私がこの街に来る前には商会の方にご連絡いたします。

 では、また魔道具談義が出来る事を楽しみにしております」


 清宏とクリスは再度握手を交わす。


 「君、彼は私の大事な客人だ・・・粗相の無いように頼む」


 クリスに話を振られた店員は涙目になっている。


 「か、かしこまりました・・・オズウェルト様、またのお越しをお待ちしております」


 「清宏殿、ではまた!」


 クリスは清宏に手を挙げ、笑いながら店を出て行った。


 「なんかごめんね・・・」


 「いえ、オズウェルト様のご友人とは知らず失礼いたしました・・・」


 清宏が慰めると、店員は力なく笑って頭を下げた。


 「いや、俺達の格好を見たら、誰だってわからないよ。

 他のお客さんの目もあるし、離れた場所にある個室を借りられるかな?お金はちゃんと払うからさ・・・」


 「過分なご配慮いたみいります・・・ただ今当店のオーナーに事情を説明して参ります」


 店員は深々とお辞儀し、奥に消えた。


 「おい、どういう事だ・・・?」


 ローエンが清宏に耳打ちする。


 「さっき、魔道具を売ったって言ってただろ?その時、ちょうどクリス代表がいてさ、俺の魔道具に興味あるって言ってたから、あの人に直接交渉したんだよ・・・そしたら気に入られた」


 「いやいや、あの人はそう簡単に会える人じゃないんだぞ!?

 商売や礼儀には自他共に厳しいので有名で、ちょっとでもあの人の機嫌損ねると、その街で暮らして行けなくなるって噂なんだぞ!!」


 ローエンを押しのけ、グレンが清宏に突っかかる。


 「そんな感じは無かったけどな・・・ただの魔道具好きの人って感じだったけど?」


 ローエン達は呆れて押し黙ってしまった。


 「お待たせいたしました・・・事情を説明しましたら、オーナーも是非にとの事ですので、個室にご案内いたします。

 後程オーナーがご挨拶に伺います」


 戻って来た店員は、清宏に頭を下げて部屋に案内する。

 ローエン達はキョロキョロと店内を見渡しながら清宏に続いた。


 「では、ごゆっくりお寛ぎください。

 ご注文がきまりましたら、部屋の外におりますスタッフにお申し付けください」


 店員は案内を終え、部屋から出ていく。


 「さぁ、何食べる?」


 「いやいやいや、あり得ないだろこんな部屋!?なんでお前は当たり前の様に寛いでんだ!!?」


 椅子の上で胡座をかいてメニューを見ている清宏を見て、グレンとローエンは叫んだ。


 「離れとは言っても、他のお客さんいるんだから静かにしろよ」


 清宏はローエン達を手招き、着席させる。


 「いやいや、この部屋の広さはヤバいだろ・・・昔俺の住んでた家くらいの広さだぞ?」

  

 「良いじゃないか、どうせ俺の金だろ?

 城に持って帰る分残しても、ここの支払いくらい心配いらないよ」


 「ところで、お前の魔道具はいくらで売れたんだ?」


 ローエンは清宏に遠慮がちに聞いた。

 流石のローエンも居心地が悪そうだ。


 「大金貨2000枚だよ・・・本当なら3000枚だったんだけど、この街の支部には2000枚しか無いって言われたから、残りの1000枚は授業料って事で辞退したんだ」


 「2・・・2000枚!?初めて聞いたぞそんな金額!!?」


 「魔道具の設計図と、その生産権と販売権を全部だったからな・・・妥当と言えば妥当な金額だと思うぞ?

 稼げるって思ったからそれだけの金額を出したって事だろ?」


 「それはそうかも知れないけどよ・・・」


 「とりあえず何か頼もうぜ?」


 清宏はローエンを落ち着かせ、メニュー表を渡す。


 「くそっ!考えてもキリがねぇ!」


 ローエン達は考えるのを諦め、メニュー表を見て注文する料理を決めた。

 メニュー表に書かれている価格は、全てが日本円なら数千円から数万円だ。


 「酒も飲むだろ?適当に頼んどくからな」


 清宏は外に待機していたスタッフに注文し、自分の席に戻る。

 すると、注文してすぐにいくつもの酒瓶と、人数分のグラスが運ばれてきた。


 「うおっ!?やけに早いな・・・」


 清宏はあまりの早さに驚いたが、店員からグラスを受け取って笑顔で礼を言っている。

 店員はお辞儀をして部屋を出て行った。


 「さ、料理はまだだけどとりあえず飲もうか?」


 清宏が皆を見渡してそう言うと、ローエンがグラスに入った酒を差し出した。


 「今日はお前の奢りなんだろ?乾杯の音頭はお前がやれ」


 「お、おう・・・なんかすまん」


 清宏はグラスを受けとり、ローエンの意外な行為に少し驚いた。

 他の皆もそれぞれ酒を注ぎ、グラスを手に持つ。


 「まぁ何だ・・・お前達とは色々あったけど、偶然とは言え、こうやって一緒に酒を飲めるのは正直嬉しく思っている。

 この席では、今までの事はしばらく忘れて楽しんでくれたら嬉しく思う・・では、乾杯!!」


 『乾杯!!』


 清宏達はグラスを高らかに掲げ、グラスの酒を一気に飲み干した。

 すると、清宏は盛大に吹き出した。


 「ぶほっ!?げーっほ!げほっ・・・何この酒!めっちゃ辛い!!口の中痛い!?」


 清宏は床を転げ回っている。


 「ぶっ・・・だはははは!見たかグレンあいつの顔を!?」


 ローエンは転げ回っている清宏を見て、腹を抱えて笑っている。


 「まさか引っかかるとはな・・・」


 「大丈夫でしょうか?」


 「あれはキツイですよ・・・」


 「良いなー・・・」


 グレン、シス、ウィルは清宏を憐憫の目で見ている。

 レティだけは羨ましそうだ。

 

 「な、何だこの酒・・・!?」


 清宏は涙目になりながら、机を支えにしながら立ち上がった。


 「それはな、度数の高い酒をお酢で割って、大量の唐辛子を漬け込んだめちゃくちゃ辛い調味料なんだよ・・・」


 清宏が飲まされたのは、沖縄にあるコーレーグスに似た調味料のようだ。


 「な、何でそんなもんを・・・」


 清宏がローエンを睨むと、ローエンはニヤリと笑った。


 「これでチャラにしてやるよ。

 全部を納得した訳じゃないが、曲げたくねぇ物ってのは誰にでもあるからな・・・。

 だから、今までの事はこれでチャラにしてやる」


 そう言ったローエンは照れながらそっぽを向いている。


 「男のツンデレは嬉しくねーよ!」


 広い室内に、清宏の悲痛な叫びが響き渡った・・・。


 


 

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