第16話説教

 清宏の休みは3日目に入った。

 前日集まったサキュバス達は皆、清宏の提案を了承し、その後の話も思いのほか素直に聞いていた。

 遅れて来たレイスに対しても、スケルトンに指導を受ける事に意を唱える者はおらず、顔合わせも問題なく終了し、今はレイスとアンネの指導のもと人に対する接し方を習っている。

 しかし、あまりにも順調に進んでしまったため、現在清宏は暇を持て余し、自室の座布団に座り唸っている。


 「人は何もしないとダメになるってのは本当なんだな・・・。

 何か暇つぶしになる娯楽でもあれば別なんだが・・・」


 清宏が天井を見上げて呆けていると、いつものように勢いよく襖が開いた。


 「またかよ・・・毎回毎回何なんだ?」


 清宏がうんざりして振り向くと、そこにはアンネが泣きながら立っていた。


 「リリスかと思った・・・どうした、何かあったのか?」


 清宏が優しく問い掛けると、アンネは清宏に抱きついた。


 「清宏様、お助けください・・・!」


 「アンネ、色々と当たってるからちょっと離れて!落ち着いてくれ!!」


 アンネに抱きつかれた清宏は、顔を真っ赤にして照れながら彼女を引き剥がした。


 「申し訳ございません・・・」


 「こっちとしては嬉しいハプニングだったから気にしなくて良いよ・・・。

 それより、何かあったのか?確か、今はサキュバス達に指導をしてる時間だったはずだよな?」


 清宏に問われ、アンネは鼻をすすりながら頷く。


 「はい・・・私は先程まで彼女達の指導をしていたのですが、彼女達は私の話を真面目に聞いてくださらないのです!

 清宏様から直に賜ったご命令でしたから、私も最初は我慢しておりました・・・ですが、徐々に彼女達はエスカレートして行き、最終的には私を巻き込み、衣服を脱がそうとし、身体を弄ってまいりました・・・まだ殿方にも身体を許した事がありませんのに!

 私、もう彼女達にはついていけません・・・」


 アンネは説明を終えると、また涙を流して清宏に抱きついた。

 よく見ると、彼女のドレスはいたるところがよれている。


 「はぁ、問題無いなと安心してたらこれかよ・・・。

 アンネ、俺が注意するから一緒に来てくれるか?」


 清宏はアンネを立たせて頭を撫で、彼女を連れて広間に向かった。


 「はい、アンネ組のビッチーズちょっと集合!」


 清宏は、広間に着くなり手を叩いてサキュバス達を集めた。

 ビッチーズとは、清宏が名付けたサキュバス達のグループ名だ。

 

 「あのさ、今アンネが泣きながら俺の部屋に来たんだけど、お前ら一体何してんの?

 言っとくけど、あの子はうちの唯一の良心なんだ・・・お前らと違って純真なんだからな?」


 清宏は一段高い場所に立ち、腕を組んでビッチーズ達を見下ろす。


 「ごめんね清宏、私も注意したんだけど・・・」


 彼女達の監視役を命じられていたリリが、申し訳なさそうに清宏に謝る。


 「お前が付いていながらなんでこんな事になるんだ?」


 「いやぁ何と言うか、あの子達だけじゃなくて、アンネにも少しだけ問題があったと言うか・・・」


 清宏はリリの話を聞き後ろにいるアンネを見たが、アンネは俯いたままだった。


 「アンネがどうかしたのか?」


 「アンネはね、ちゃんと指導しようとしてたのよ?でも、緊張してたのか声が小さくて聞こえづらかったり、説明が解りにくかったりしたの・・・。

 だから、あの子達も徐々にヤル気がなくなって、最終的にアンネをからかったりしたのよ。

 アンネをからかうと良い反応するから、あの子達もどんどんエスカレートしちゃって・・・」


 リリは清宏の顔色を伺いながら事情を説明した。

 リリは、清宏とアルトリウスの一戦を見た後から、極力清宏を刺激しないように心がけている。

 とばっちりを受けたく無いらしい。


 「はぁ、まったくお前らは・・・学級崩壊したクラスじゃあるまいし。

 俺は昨日言ったよな、ルールを守るならお前らを守るってさ。

 これはその為の前準備だ・・・それを放棄するなら、お前らを解雇せざるを得ない。

 だが、今後しっかりと指導を受けると言うなら、今回の事には目を瞑る。

 まぁ、今回の件はお前らだけに問題があった訳ではないから、正直俺もあまりキツくは言いたくない」


 清宏が注意すると、ビッチーズ達はアンネに謝り、今後は真面目に指導を受ける事を誓った。

 そして、清宏はアンネを振り返ると、ビッチーズ達の時よりも強い口調で叱りつけた。


 「アンネ・・・俺は君に彼女達の指導をしろと言ったはずだ。

 君はさっき俺に何と言った?俺からの命令だから我慢したと言ってたよな?

 リリの話を聞いた限りでは君にも問題があったようだが、さっき君は彼女達が真面目に聞いてくれないと言っていた・・・。

 彼女達の指導を頼んだのは俺だが、君はそれをやると言ったよな?

 やると言ったからには、自分の仕事に責任を持つべきだろう?

 君が真面目で優しく、あまり自分を出せない性格なのはこの数日で理解しているつもりだが、それとこれとは話が別だ・・・。

 彼女達が真面目に聞いてくれないなら、君が態度を改めるべきじゃないのか?

 指導する立場にあるなら、聞かせる努力をするべきだと思う。

 一つ人材育成をする上で、俺が手本にしている言葉を教えてやろう・・・。


 やって見せ、言ってきかせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ。

 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。

 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。


 人の上に立って物を教えると言う事は、これ程の行程が必要なんだ・・・君はこの中のどれだけの事を実践した?

 出来ていなかったと言うならば、君の努力が足りなかっただけだ。

 人の上に立つと言う事は、嫌でも責任が付き纏うと言う事だ・・・結果を出さなければ人の上に立つ事は出来ないんだよ。

 今回はお互い様と言う事で大目に見るが、今後は同じ事がないように頼む」


 清宏に叱責され、アンネは唇を噛んで泣くのを堪えている。

 清宏に叱責されている事より、自分自身の不甲斐なさに涙しているようだ。


 「清宏、そのくらいにしてあげてよ・・・私だってあの子達を止められなかった責任があるんだし」


 「そうよ清宏様!アンネちゃんの話を聞かなかったのは私達よ?」


 リリとビッチーズ達は口々にアンネを擁護している。


 「元はと言えばお前らが原因だろうが!

 何でこんな天使を叱りつけてると思ってんだビッチ共!?

 俺の見てない所であんな事やこんな事しやがって・・・羨ましいわ馬鹿!!

 俺もアンネが可愛く羞恥の表情で悶えてる姿が見たかったわ!!」


 「き、清宏様!?」


 清宏が叫ぶと、アンネがその発言に驚いて顔を上げた。

 驚きで涙が引っ込んだようだ。


 「何よそれ、贔屓じゃないの!!

 上に立つ人が公私混同はどうかと思うわよ!?」


 リリとビッチーズ達は口々に清宏を責め立てる。


 「清宏・・・お主と言う奴は、そこまで童貞を拗らせておったのか?」


 「清宏様、ご所望ならばアンネをお貸ししますが・・・」


 騒ぎを聞きつけやって来たリリスとアルトリウスが、清宏に微妙な目を向けている。

 皆の視線に、清宏はため息をついた。


 「ぶっちゃけた話、好みで言えばアンネがダントツだ・・・だけど、遠慮するよ。

 それがアンネ以外でも、この中にいる奴とそう言う関係になる気は全く無いからな?」


 「それではお主は一生童貞じゃろ?」


 リリスの言葉に、皆が頷く。

 清宏はリリスをジト目で睨んで咳払いをした。


 「それもまた良しだろう?俺にとって、ここにいる連中は皆んな平等に仲間だ・・・上も下も無いんだよ。

 なのに、この中の1人に特別な感情を持ったらそれこそ公私混同だ。

 俺はさっきみたいな冗談は言っても、絶対にこの中の1人を特別視するつもりはない。

 だから、例えアンネだろうが非があれば怒るし、お前らが良い結果を出したならしっかりと評価する。

 それがお前達の上に立つ俺の責任だ」


 皆は清宏の言葉を聞くと、さっきとは打って変わり感心したように見ている。


 「ならば、立場上お主の上になる妾はその対象に入るのか?」


 リリスが期待の眼差しで清宏を見ている。


 「俺がお前に?それこそあり得ないだろ・・・何で俺がお前みたいなまな板に惚れにゃならんの?

 そう言う目で見て欲しいなら、せめてアンネクラスになってから言えよ?」


 「なんじゃとこの馬鹿ちんが!妾はまだ発展途上なだけじゃ!!

 おのれ見ておれよ清宏!いずれ妾もボン!キュッ!ボン!のナイスバデーになってやるからの!!」


 リリスは清宏に飛び付き、唾を撒き散らしながら胸ぐらを掴む。


 「1000年近く幼児体形の奴が何言ってんだ・・・最早成長は絶望的だろ?」


 清宏が鼻で笑うと、リリスはさらに激怒したがまったく相手にされていない。

 そんな騒がしい広間の中、レイスとレイス組のビッチーズ達は、黙々とその日の講義を行っていた。

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