第12話処女とナルシスト

 翌朝、清宏はリリスの言い付け通りアイテム作成をせずに寝転んでいた。

 清宏の部屋は男風呂と同様に、和のテイストを感じる造りになっている。

 一面畳張りで、家具なども昭和の家屋をモチーフにした過ごしやすく、こだわりのある部屋だ。

 寝転んではいるものの、実のところ清宏は昨夜布団に入りはしたのだが、なかなか寝付けずにそのまま朝を迎えてしまっている。


 「野元清宏の朝は早い・・・早いどころか寝れねーんですけど!?」


 清宏は、包まっていた掛け布団を蹴飛ばす。


 「寝なければと思うと眠れないのがムカつく!あー何かしてえ!!」


 清宏は、布団の上で悶えながら叫ぶ。

 すると、入り口の襖が勢いよく開き、リリスが顔を覗かせた。


 「起きておるか!?しっかりと眠れたか清ひろぶはっ!!」


 勢いよく開けたため、反動で戻ってきた襖が、リリスのこめかみを直撃する。


 「おのれ、自室の入り口にまで罠を仕掛けておるとは・・・」


 「自業自得じゃねーか・・・」


 涙目でこめかみを押さえているリリスに、清宏は呆れてため息をついた。


 「して、昨夜はしっかりと休めたか?」


 「結局眠れなかったよ・・・」


 「なんじゃと?抱き枕が無くて眠れぬと申すなら、妾が代わりに添い寝してやってもよいぞ?」


 「簀巻きにして湖に叩き込むが、それでも良いならご自由に」


 リリスは、清宏の返事を聞いてニヤリと笑う。


 「まぁ、大人しくしとるだけでも違うからの。

 昨夜言ったように、しばらくは休め。

 さて、起きとるなら早くこっちに来ぬか、朝食にしようではないか!」


 リリスは清宏の手を引いて起き上がらせると、そのまま広間まで連れて行く。

 広間には、2人用の小ぶりなテーブルと椅子が2脚あり、テーブルに用意されている皿には、ズタボロになった野菜と黒い塊が乗っていた。


 「リリス・・・この炭化した物体はなんだ?」


 「見てわからんか?パンじゃよ!」


 清宏はそれを聞いて考え込む。


 「俺の記憶が確かなら、ライ麦パンみたいな黒パンでもここまでは黒くないはずだが?」


 リリスはそれを聞いて首を傾げる。


 「何を言っておるんじゃ、これは黒パンではなかったぞ?

 そうじゃな、色で言えば青とか白いふわふわの斑点がついておったな!!」


 清宏は優しくリリスの肩に手を乗せると、目を合わせてにっこりと微笑む。


 「そうか、青や白の斑点か・・・綺麗だっただろ?でもな、それはカビって言うんだよ?」


 「清宏・・・笑顔が怖いのじゃが?」


 リリスは滝のような汗を流している。


 「そのパンに付いてたのはな、青カビはペニシリウムって言ってな、良いものはチーズの製造に使われたりペニシリンと言う薬になるんだが、悪いものは腎臓病になるんだ・・・。

 それと白カビはアスペルギウスとユーロチウムって言うコウジカビの一種なんだが、良いものは食品製造に、悪いものは肝障害や腎障害を引き起こす大変危険な物なんだよ?

 お前さ、俺に休めと言いながら殺しにきてないか?」


 清宏は、肩を掴む手に力を入れる。

 リリスは、恐怖から来る震えで歯がカチカチと音を立てている。


 「し、知らなかったんじゃよ!焼けば大丈夫じゃろうと思ったんじゃ!!

 妾は、お主の為にと思っただけなんじゃ!!」


 「はぁ・・・もう良いよ。

 確かに、カビは熱に弱いから死んでるだろうけど、流石に食用じゃない炭を食べるのはやめとくよ・・・。

 それにしてもカビか・・・大豆さえ手に入れれば、醤油や味噌も作れるかな?暇な時に試してみようか・・・」

 

 清宏が今後の研究課題について悩んでいると、リリスが震えながら清宏の服を引っ張った。


 「妾は・・・妾はカビを殺してしまったのか!?お主には侵入者を殺すなと言っておきながら、妾はカビを・・・カビを殺してしまったのか!!?」


 リリスは今にも泣き出しそうだ。


 「お前さ、どんだけデリケートなんだよ・・・。

 あのな、俺らは常に何かしらの命を奪って生きてんだよ。

 飯を食えば、食材の命を奪って生きてんだ・・・細かい事をいちいち気にしてたら、生きてなんか行けないだろ?」


 「ふむ、それもそうじゃな!」


 「切り替え早いなおい・・・」


 あっさり納得したリリスは、席に座って炭化したパンを食べている。

 清宏はそんなリリスを見て呆れていたが、一応席に座り野菜を摘んで口に運んだ。


 「素材の味しかしねぇ・・・」


 愚痴を言いつつも、清宏は野菜クズを食べ切った。


 「で、召喚はいつやるんだ?」


 「なんじゃ、見たいのか?」


 リリスは真っ黒になった指をしゃぶりながら聞き返す。

 唇から覗く歯もお歯黒のようになっている。


 「見たいって言うか、使える奴かどうか知っときたいんだよ」


 「お主、本当に下衆いの・・・使える使えないで判断するでない」


 リリスに注意されたが、清宏はまったく悪びれていない。


 「まぁどのみち暇だし、とりあえずどんなのが来たかは知っといた方が良いだろ?

 その方が今後についても作戦立てやすいしな」


 「へいへい、そう言う事にしとこうかの・・・。

 食べ終わったらやってみようかの?早めにしやっておけば色々と教える時間も出来るからの。

 そうじゃ、先に言っておくが、絶対に揉めるでないぞ?上位種は皆クセが強いからの・・・」


 リリスは清宏に釘を刺したが、あまり期待はしていないようだ。

 2人が席を立つと、どこからかレイスがやって来て食器とテーブルを片付ける。


 (私は侵入者が来る前に、罠の確認をしてまいります)


 「そうじゃな、気をつけて行ってまいれ」


 (はい、では行ってまいります)


 片付けを終えたレイスは罠の確認に向かい、2人はレイスを見送る。

 レイスが広間を出ると、リリスは早速準備に取り掛かる。


 「んじゃ、ちゃっちゃとやっちゃって」


 「お主は見とるだけじゃから気楽で良いが、結構疲れるんじゃぞ?」


 リリスは広間の中央に魔召石を置く。

 レイスを召喚した時よりもふた回り程大きな物だ。


 「では、始めるぞ・・・」


 リリスは魔召石に手をかざし、魔力を送り込む。

 石が宙に浮いて眩い光を放ち、徐々に光が収まると、そこには際どい服装の妖艶な女性が立っていた。


 「ふむ、まあまあじゃな!」


 「どうなん?アタリ?」


 清宏が尋ねると、リリスは苦笑した。

 どうやら、期待していた結果にはならなかったようだ。


 「ハズレか・・・」


 清宏が小さく呟くと、女性がズカズカと近付き強烈な平手打ちを喰らわせた。


 「あんたねぇ・・・人を呼んどいて当たりとかハズレとか言ってんじゃないわよ!」


 「また何か気の強いのが出て来たな・・・」


 清宏は、叩かれた頬を指で掻きながらリリスを見た。


 「こやつはサキュバスじゃな」


 「サキュバスってあれか・・・ビッチか」


 「ちょっとあんた、人を無視してビッチ呼ばわりしないでよ!!」


 サキュバスは顔を真っ赤にして怒っている。

 

 「無視してしまってすまんかったな・・・妾の名はリリス、お主を召喚したのは妾じゃ。

 そして、妾の隣におる口の悪い男は清宏、妾の副官じゃよ。

 サキュバスよ、お主の名を教えてくれぬか?」


 「魔王リリス様、お会い出来て光栄でございます。

 私の名はリリアーヌ・・・リリとお呼びください」


 リリアーヌと名乗ったサキュバスは、片ひざをつき、恭しく頭を下げる。


 「リリアーヌか、妾の名と似ておるな!親近感のわく良い名じゃの!」


 リリスはリリアーヌの手を取って立ち上がらせる。


 「勿体無きお言葉、恐悦至極にございます!」


 リリアーヌは涙を浮かべて喜んでいる。


 「リリアーヌか・・・ストイコビッチとかイブラヒモビッチとかジョコビッチじゃ無かったんだな・・・」


 清宏は悔しそうに呟く。

 それを聞いたリリアーヌは清宏に向き直り、腰に手を当てて指差した。

 服装も相まってどこぞの店の女王様に見えてしまう。


 「あんたね、リリス様の副官かなんだか知らないけど、さつきからビッチビッチうるさいのよ!私は他の同族の子達とは違うの!!」


 「何が違うんだよ?」


 清宏が聞き返すと、リリアーヌは鼻で笑う。


 「私は他の子達と違って、まだ穢れを知らない清い身体なのよ!」


 「何だ、処女ビッチか・・・」


 リリアーヌがもう一度平手打ちをする。


 「あのさ、お前は自身満々で言ってるけどさ・・・サキュバスで穢れを知らないってのはどうなの?」


 「ぐ・・・別に良いじゃない!私は、初めては好きになった人に捧げるって決めてるの!!」


 リリスは2人のやり取りをみてうんざりしている。


 「清宏よ、癖の強いのが多いと先程注意したじゃろう?ビンタされたのも、元はと言えばお主の発言が原因なんじゃから、あまり絡むでない・・・はぁ、こんな事では次もどうなるか心配じゃわい。

 それとリリアーヌ・・・いや、リリよ。

 怪我をしたくなければ、その男をあまり刺激せん方が良いぞ?

 正直、今の妾とお主では、2人で挑んでも勝てる相手ではないぞ・・・その証拠に、お主の全力のビンタを喰らっても蚊に刺された程度にしか感じておらぬからな。

 下手な事を言うと、城から放り出されるぞ?」


 みかねたリリスは仲裁し、清宏を小突く。


 「人間・・・ですよね?」


 「たまに鬼や悪魔に見えはするが、正真正銘の人間じゃよ。

 まぁ互いについては、後程詳しく話をしよう。今日はもう一仕事あるのでな」


 リリは、リリスが作業に取り掛かるのを見て、邪魔をしないように距離を置いて見守る。

 リリスは先程同様、床に置いた魔召石に魔力を送り込み召喚を行った。

 光が収まると、そこにはリリとは対照的に貴族の衣装をきっちりと身に着けた長身長髪の美男子が現れた。

 男は出現するやいなや、手鏡を取り出してうっとりと自分を眺め、身体抱き締める様にポーズをとる。


 「あぁ・・・今日も私は美しい!」


 男を見ていた3人に微妙な空気が流れているが、男は気にも留めていない。


 「また強烈なのが来たな、あいつのあだ名はナルキッソスにしよう・・・」


 「馬鹿、あいつを刺激しないでよ!あんたがどのくらい強いかは知らないけど、あの男は正真正銘の化け物よ・・・」


 我に返ったリリは、小声で清宏に注意している。

 清宏が面倒臭そうにリリを振り向くと、彼女は震えていた。


 「あいつ、そんなに強いのか?」


 リリは清宏の言葉に頷くと、清宏を盾にして後ろに隠れた。


 「あいつは吸血鬼・・・しかも、真祖よ。

 個体差はあるけど、強さで言うなら魔王に匹敵するのもいるって言われてる。

 本来、吸血鬼にとって弱点であるはずの日光にも耐性を持ってる奴もいるわ。

 たぶん、まだ幼いリリス様じゃ相手にもならない・・・。

 あいつも召喚された事は理解してるだろうけど、吸血鬼は自分が認めた者以外には絶対に従わない・・・そのくらいプライドと、自分の強さに自信があるの。

 私は、あいつが大人しく言うことを聞いてくれるとは思えないわ」


 リリは生唾を飲み込み、リリスも緊張した面持ちで吸血鬼を見ている。

 だが、清宏だけは普段通り面倒臭そうに鼻をほじっている。


 「そこの不男・・・この美しい私の前で鼻をほじるとはどういう了見だ?

 貴様、命が惜しくないと見える・・・」


 吸血鬼は清宏に気付き、怒りに燃えている。

 清宏はそんな事など意に介さず鼻から指を抜くと、取れた物を吸血鬼に弾き飛ばした。


 「何をしとるんじゃお主は!?」


 リリスは慌てて清宏に駆け寄り、胸ぐらを掴んで怒鳴るが、清宏はあくびをしている。

 吸血鬼を見ていたリリは顔面蒼白になり、震えている。

 それに気付いたリリスも急いで清宏の後ろに隠れた。


 「あのナルシストに力を示さにゃならんのだろ?この女は使い物にならんし、お前が無理なら俺しかいないだろ・・・」


 清宏はそう言うと一歩前に進み出た。


 「すまんな清宏、休めと言っておきながらまた無理をさせてしまう。

 頼むから無理はするなよ・・・」


 「出現する奴が選べないんだから仕方ないだろ?まぁ、手が無い訳じゃないからやれるだけやるさ」


 清宏は手を後ろに回し、アイテムボックスから黒い小箱を取り出す。

 リリスはそれが何かを察してリリの目を塞ぎ、自分も強く目を閉じた。


 「貴様、魔王の従者か・・・魔王の従者は、主人である魔王が死なぬ限り生き続ける事は知っている。

 ならば貴様の目を抉り、舌を抜き、四肢を斬り落としてただ生きるだけの肉塊にかえてやる・・・!!」


 「10秒だ・・・」


 清宏は激怒する吸血鬼に宣言し、身構える。


 「人間風情が何をのたまうか!!」


 「人間でいられず、力に逃げた時点でお前は人間以下の負け犬だろう?

 負け犬風情が人間様に対して偉そうに振る舞うなよ・・・敬意を持ってこうべを垂れろ」


 清宏は吸血鬼に小箱を投げつけ、目と耳を塞ぐ。

 それを合図にして、吸血鬼は清宏との距離を詰めようと走りだした。


 「バ◯ス!!」


 清宏が叫ぶと同時に、吸血鬼の眼前で小箱が爆発した。

 召喚の時のものよりもさらに強烈な光と、耳をつんざくような爆音を轟かせた。


 「目が!目があああぁぁぁぁぁ!?」


 強烈な光に目を焼かれた吸血鬼は、床の上で悶え苦しんでいる。


 「どうだ、滅びの呪文を発動キーにした、俺特製の閃光玉は?」


 清宏はゆっくりと吸血鬼に近付き、髪を掴んで立ち上がらせ、拳を握り締める。


 「歯を食いしばれ!」


 清宏の拳が吸血鬼の顔面にめり込み、殴られた吸血鬼は大理石の壁に激突するとその場で気絶した。


 「10秒もいらなかったな」


 「あんた、卑怯にも程があるわよ!」


 自分達の元に歩いてくる清宏に、リリは呆れて怒鳴る。


 「戦いに卑怯もクソも無いだろ?あるのは勝つか負けるかだ・・・あいつは、どうせ人間の小細工だとか考えて油断してたんだろ?

 なら、油断したあいつが悪いだろ・・・それ以前に、俺の後ろに隠れてたお前に卑怯者呼ばわりされたくねーよ」


 「そ、それは・・・そうなんだけどさ」


 清宏に痛いところを突かれ、リリはくちごもる。


 「気絶しとるが、大丈夫なんじゃろうな?」


 「なんだ、叩き起こした方が良いか?」


 清宏に聞き返され、リリスは慌てて首を横に振る。


 「いやいや、しばらくあのままにしておこう!今起こしたら、またお主とやり合われても困るからの・・・。

 ては清宏ご苦労じゃったな、奴が目が覚めるまでしばらく休んでおれ」


 「あいよ・・・と、その前に」


 清宏は吸血鬼の方に歩いて行く。


 「どうしたんじゃ?まさか、イタズラするつもりではあるまいな!?」


 「そんなくだらねー事しないって・・・ポーションを浴びせるだけだよ」


 清宏はアイテムボックスからポーション入りの小瓶を取り出すと、中身を吸血鬼の顔にかける。

 すると、みるみるうちに傷が塞がっていく。


 「こいつ、自分大好きだったからな・・・万が一顔に傷が残ったら恨まれそうだ。

 吸血鬼だから傷は治りやすいとは思うが、流石に焼けた目の方は解らん・・・だから、念の為だよ。

 んじゃ、こいつが起きたらまた呼んでくれ」


 清宏はそう言うと、自室に戻って行った。


 


 


 

 


 


 


 


 

 

 

 

 


 

 

 

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