第11話リリスの気遣い

 シーフ達を撃退し、精神的に疲れた清宏は、風呂に入ることにした。

 場所は広間の奥、男と書かれた暖簾が下がっている。

 その隣には、もちろん女湯もある。

 この世界に来たばかりの頃、身体を拭くだけでは満足出来なかった清宏が、魔石が安定して得られるようになった半月ほど前に、リリスに火属性と水属性の魔石を大量に造らせ、ダンジョンマスターとアイテムメーカーのスキルをフル活用して建設した特別製だ。

 男湯は城の外にある森から木を拝借し、削り出して組み上げた純和風、女湯は総大理石製だ。

 リリスは最初こそ清宏のこだわり具合に呆れていたが、今ではすっかり風呂好きになっている。

 仕組みとしては、水属性の魔石で湖の水を汲み上げ、不純物などを濾過し、火属性の魔石で適温まで温めるというものだ。

 古くなったお湯は再度濾過して湖に返しているため、自然にも配慮している。

 ただ、湖に返す際に、落とし穴の先に繋がる滑り台を滑りやすくする為、そのお湯を利用しているのが、清宏らしい下衆さ加減が伺える。


 「ふぅ、やっと一息ついたな・・・今日は心身共に疲れたわ」


 清宏は肩まで湯船に浸かると、顔の上にタオルを乗せて深いため息をついた。

 清宏とリリスは、先程の冒険者達を撃退してからもしばらく震えていた。

 どうやら2人は、シーフの性癖は身体が受け付けないらしい。


 「それにしても、とんでもない奴だったな・・・変な奴だとは思っていたが、まさかあれ程の変態だったとはな。

 しばらくは、見かけても放置しとこう・・・」

 

 清宏が大きく伸びをして、湯船の縁にもたれ掛かると、風呂場の扉が勢いよく開いた。

 そこには、全裸のリリスが仁王立ちしていた。


 「待たせたな!!」


 「待ってねーよ!!」


 清宏はすかさず近くにあった木製の桶をリリス目掛けて投げ付け、リリスの顔面にクリーンヒットした。

 リリスは蹲り鼻血を垂らしている。


 「何しに来た・・・」


 清宏は湯船からリリスを睨みつけている。


 「こっちの風呂はまだ入った事が無かったからの・・・くそっ!鼻血が止まらんぞ!?」


 リリスは首の後ろを軽く叩きながら風呂場に入って来た。


 「だから入ってくんな!」


 「ほほう、なかなか良い作りじゃな?シンプルではあるが、まとまっておる!」


 リリスは清宏の言葉を聞かず、ズカズカと湯船に近くと、飛び込もうとした。

 清宏は、リリスが湯船に浸かる寸前でそれを阻止した。


 「何故邪魔をするんじゃ!?ははーん、さてはお主、どさくさに紛れて妾の裸体を堪能する腹づもりじゃな?

 あの女に見向きもせんかったから、もしやと思うたが、妾も罪な女よの・・・。

 良かろう!お主には世話になっとるからな、どうしてもと言うならやぶさかではないぞ!!」


 清宏は、リリスを床に叩きつける。

 リリスは干からびたカエルの様な姿で痙攣している。


 「ぐぬぬ・・・今までで一番屈辱的かつ痛いぞ」


 痛みに耐えながら顔を上げたリリスだが、床の木目の跡がくっきりと残っている。

 

 「おい・・・せっかくのお湯が汚れるだろうが!!」


 「・・・は?」


 清宏の言葉を聞き、リリスの目が点になる。


 「汚れた身体で湯船に浸かるんじゃねえ!

 日本人にとって、風呂は神聖な物なんだぞ馬鹿野郎!!」


 「え・・・妾の身体を張った冗談はスルーか!?」


 「今はそんな事はどうでも良い!今からお前に、風呂に入る時の作法を叩き込んでやる!」


 清宏は湯船から出ると、床に倒れているリリスの足を掴んで引きずり出した。


 「熱い熱い!摩擦で背中が焼ける!!」


 リリスが悶えるが、清宏は無理矢理引きずり椅子に座らせた。

 清宏は手際よく準備をし、特製のシャンプーをリリスに渡す。


 「良いか、人によって異なるが、俺はまず頭から洗う・・・先に身体を洗ってしまうと、頭を洗った時に汚れが身体に付くからだ!」


 「お、おぅ・・・」


 リリスは清宏の監視のもと、頭を洗い始める。

 リリスの髪は腰まであるため、非常に洗いにくそうだ。


 「全然なってない!こうだ!!」


 清宏はリリスの洗い方が気に喰わず、代わりに洗ってやる。


 「むぅ、なんたる気持ち良さ・・・これは癖になるの」


 「良いか、まず予洗いをする事が大事だ。

 予洗いだけで、汚れの約70%は落ちる!

 次にシャンプーを使って洗うが、使い過ぎはダメだ!

 まず手の平で泡立たせる事で、摩擦による髪へのダメージを減らせる。

 洗う時は頭皮を揉む様にし、髪の毛を泡で包み込のがコツだ!」


 清宏は手際よくリリスの髪を洗い、次に身体の洗い方もレクチャーした。

 リリスは、終始されるがまま気持ち良さそうにしていた。


 「よし、ここまですれば大丈夫だ!湯船に浸かって良し!!」


 「やっとか・・・風呂に入るのも難儀なものじゃの」


 清宏とリリスは、肩を並べて湯船に浸かる。


 「どうだ、身体を綺麗にしてからだと気持ち良さが違うだろう?

 次に使う人のため、湯船に汚れを持ち込んではダメだ・・・解ったな?」


 「なんたるこだわりか・・・今後は気を付けるのじゃ」


 リリスが納得したのを見て、清宏は満足気に頷き、2人はしばらく無言のまま湯船を満喫した。


 「なぁ、何か話があったんじゃないのか?」


 沈黙を破り、清宏がリリスに尋ねる。


 「なんじゃ、気付いておったのか・・・」


 リリスは意外そうに答えた。


 「俺に怒られると解ってて馬鹿みたいな冗談を言ったんだ。

 何かあると思わん方がおかしいだろ?」


 「それもそうじゃな・・・」


 リリスはため息をつくと、少し間を開けて話し始めた。


 「清宏、お主は凄いの・・・この1ヵ月で風呂を造り、日用品や数々の魔道具を作成し、レイスも居るとはいえ侵入者の撃退まで難なくこなしておる・・・」


 「何だよ、そんな事を言いたかったのか?」


 清宏が聞き返すと、リリスは首を横に振って否定した。


 「お主、解体者のスキルを習得したな?」


 リリスの言葉を聞いた清宏は、バツの悪そうな顔をした。


 「察しの良いお主なら、あれがどんなスキルかは解っておるはずじゃ・・・違うか?」


 リリスに問いかけられた清宏は、黙ったままだ。


 「沈黙は肯定とみなすぞ?・・・まぁ良い。

 お主が言わぬなら、妾が言おう・・・あのスキルは、この世界に来て1ヵ月足らずのお主には早過ぎる。

 解体者を得るには、自身の造った道具を解体せねばならぬが、1個や2個では習得出来ん・・・少なくとも100は必要じゃ。

 解体はすぐに出来るが、アイテム作成には時間が掛かる・・・優秀な人間でも、習得までに最速でも半年は掛かるスキルじゃ。

 お主、今日レイスが呼びに行った時にもアイテム作成に没頭しとったそうじゃな?

 昨日も一昨日も、その前もじゃ・・・。

 お主、最後に食事をしたのはいつで、何を食べたか覚えておるか?最後に寝たのがいつで、何時間寝たか言えるか?」


 清宏はいまだに黙ったままだ。

 リリスは、清宏が何も言わないのを見て話を続ける。


 「お主が素材の催促をせん時点で気付くべきじゃった・・・考えてみれば気付かぬ方が可笑しな話よな?お主は完成した物しか持って来んかったのに、妾は疑いもせんかったのじゃからな。

 人間に限らず、全ての生きとし生けるものは失敗をするものじゃ・・・完璧な存在などありはせん。

 清宏、お主はしばらく休め・・・このままでは、そう遠くないうちに壊れるてしまうぞ?」


 リリスは立ち上がり、清宏を見据える。


 「別に休まなきゃならない程疲れてないし、眠くもない・・・だから大丈夫だ」


 清宏は小な声で呟いた。


 「清宏、それは違うぞ・・・お主は・・・いや、お主の身体がまだ気付いておらぬだけじゃ。

 お主が疲れを感じておらんのは、妾に召喚され、スキルによって身体強化がされているからじゃ。

 お主はこの世界に来てまだ1ヵ月・・・スキルが身体に馴染み始めたばかりじゃろう。

 本来スキルとは下位の物から習得し、それを身体に馴染ませながら育てる物じゃ。

 じゃが、お主は毎日のようにスキルを酷使するばかりか、スキルが完全に馴染む前に新たなスキルを習得し、既存スキルのレベルまで上げておる・・・このままでは、スキルが完全に身体に馴染んだ時、大きな反動が来るぞ?

 妾は今さらながらに後悔しておるよ・・・お主の性格をまだ知らぬ段階で頼ってしまった事、ダンジョンマスターを譲ってしまった事をな・・・。

 お主が自分の居た世界に帰りたい気持ちも解っておるが、壊れてしまってはそれも出来ぬぞ?確かに妾との契約がある内は死にはせぬが、無理をすれば身体を壊す。

 これは、気付くのが遅れてしまった妾の落ち度じゃ・・・勝手な言い分じゃが、しばらく休んでくれぬか?」


 リリスは俯く清宏の前に移動し、目尻に涙を溜めて懇願した。


 「わかったよ・・・」


 清宏は、目を逸らして不満気に了承する。

 リリスはそれを聞いて微笑んだ。


 「そうか・・・少なくとも1週間は休んでくれ・・・ダンジョンマスターに関してはどうにもならんから頼むが、それ以外ではスキルを使わんように気を付けてくれ・・・。

 あと、妾は明日召喚を行うつもりじゃ。

 レイスだけではお主の代わりは荷が重いじゃろうから、上位種を2体ほど召喚するつもりじゃ」


 「魔石は大丈夫なのか?」


 清宏が問い掛けると、リリスはニヤリと笑った。


 「皮肉なものじゃが、お主と変態シーフ達のおかげで備蓄は十分じゃ!

 お主は何も心配せずにゆっくりと身体を休めるが良い!」


 「明日から休むとなると、あのマゾ女が残念がるだろうな・・・いい気味だ!」


 「そうじゃな!・・・さて、長湯は身体に障るしそろそろ上がろうかの?」


 2人は女シーフの残念がる姿を想像して笑い、風呂から上がった。


 「レイス、いつものを頼むのじゃ!」


 風呂から上がって開口一番、リリスがレイスを呼びつける。


 (ただちに・・・)


 リリスに呼ばれたレイスは、首から提げた黒板で返事をすると、薄黄色の液体の入った瓶を2本持って来た。


 「流石にわかっておるな・・・風呂上がりにはやはりこれじゃ!」


 リリスはレイスの持って来た液体入りの瓶を受け取ると、片方を清宏に渡した。

 2人は腰に手を当てて、それを一気に飲み干す。


 「くーっ・・・キンキンに冷えたフルーツ牛乳は火照った身体に染みるわい!」


 「だろう?まぁ、俺的にはコーヒー牛乳の方が好きなんだけど、今ある素材じゃフルーツ牛乳しか作れないんだよな・・・」


 2人は満足そうに笑っている。


 「本当にお主は良い物を作ってくれた・・・これもそうじゃが、何より冷蔵庫が無ければこの爽快感を味わえなかったんじゃからな!」


 「それを考えると、俺が解体者を習得するまでアイテム作成してたのも無駄じゃなかったって事だな!」


 「そうじゃが、油断は禁物じゃぞ?」


 リリスは清宏に念を押す。


 「解ってるよ・・・さてと、リリスはそこに座れ。

 特別に、俺が昨日造ったばかりのドライヤーで髪を乾かしてやろう」


 清宏はリリスを椅子に座らせドライヤーを手に持つと、シャンプーとリンスで綺麗になった彼女の長く美しい髪を優しく乾かした。


 

 

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