第9話ニューカマー
清宏とリリスは、氷柱から滴り続ける赤い液体を無言で見つめている。
1時間以上経過している事もあり、リリスはまだ痛む手をさすっているが、すでに泣き止んでいるようだ。
「なぁ・・・なんだか多くね?」
沈黙を破り、清宏がリリスに尋ねる。
「じゃの・・・正直、妾が予想しておったより遥かに多い。
先程の奴等は確かに長居してはおったが、普通の冒険者達ではここまで魔石は貯まらん。
もしかすると、奴等は結構な手練れじゃったのかもしれんな・・・」
リリスは腕を組んで唸り、それを聞いた清宏は鼻で笑った。
「あれが?あの脳みそまで筋肉で出来てそうな奴がリーダーなんだぞ?」
「まぁ、他が優秀であれば、ある程度は通用するじゃろ?
もしかすると、あの剣士は性格に難があっても、腕前は一流かもしれんぞ?」
清宏はリリスの答えを聞いて唸る。
「まぁ、確かに奴等が戦ってる所は見てないからな・・・実際、ここにはお前と俺しかいないしな。
それを考えると、あいつらは運が良かったな・・・運も実力のうちか?」
「何故じゃ?あんな卑怯な罠に掛けられ、何も持ち帰れなかったのにか?」
リリスは首を傾げ、清宏に尋ねた。
「だからだよ・・・まず、侵入したのがお前の城で、俺がお前の意思に従ったのが奴等の運が良い証拠だよ。
もし侵入したのが別の魔王の城で、俺がそいつに召喚されてたら、俺は自分の為に躊躇なく殺しただろうな・・・まぁ、お前以外に召喚されていたら、トラップマスターなんか発現しなかっただろうけど」
「確かに、そう考えると奴等は運が良かったな・・・まぁ、可哀想ではあったがの。
お、魔石の抽出が終わったみたいじゃの!どれどれ・・・驚いた、60個はあるぞ」
リリスは杯に貯まった魔石の数を数え、満足そうに笑っている。
「なぁ、それどうするんだ?」
「温存しようかと思っておるが、何か召喚したい物でもあるのか?」
リリスに聞き返された清宏は、小さく頷いた。
「ふむ・・・まぁ、これだけ手に入ったのもお主のおかげじゃからな。
予想以上に手に入ったとは言え、高位の者を召喚する魔召石はちと厳しい・・・下位の者でも良いか?」
「あぁ、それで構わない。
出来れば、召喚された奴にトラップメーカーを覚えさせたいんだ。
暇な時は侵入者の排除をそいつに任せて、少しでもアイテムメーカーを育てる時間が欲しい。
属性付与の魔召石生成装置の開発には、他の生産系スキルも必要になるだろうからな」
「そうじゃな・・・じゃが、ダンジョンマスターは、今ではお主のスキルじゃ。
部屋の移動や侵入者の監視は、お主の協力が必須になるのを忘れるなよ?」
「あぁ、その辺の心配はいらないよ。
流石に任せきりにして、お前に何かあったら俺も困るからな」
清宏の答えにリリスは満足気に頷くと、出来たばかりの魔石を10個だけ杯から取り出して両手の平で包み込む。
すると、魔石を包んでいるリリスの手の平に赤い光が灯り、ゆっくりと消えていった。
「完成じゃ・・・これが仲間を召喚する為の魔召石じゃな。
魔石を圧縮して造るため、若干小さくはなるがの。
では、移動しよう・・・この部屋では、召喚時の魔力が、他の魔石に影響を与える可能性があるからの」
リリスて清宏は魔石の部屋を後にし、先程までいた部屋に戻る。
「では今から召喚を行うが、かなり眩しいから目を焼かれるなよ?」
リリスは、部屋の中央の床に魔召石を置き、距離を置いて清宏に注意する。
清宏が頷くのを確認したリリスは、目を閉じて両手を魔召石の方にかざした。
すると、床に置いてあった魔召石が宙に浮き、赤い光を放ち始める。
魔召石は徐々に光を増していき、やがて広い室内を満たす程の強い光を放った。
「こりゃあ直視出来ないな・・・」
清宏は目を薄めて呟く。
リリスは集中しているのか、返答はない。
部屋を満たしていた光が徐々に弱まっていく。
魔召石のあった場所に、何者かの影が浮かび上がっている。
「ふぅ・・・成功じゃ!」
光が完全に消え、リリスは額の汗を拭って満足そうに笑っている。
清宏は、魔召石のあった場所を見ながら動かなくなっている。
「どうかしたのか?」
心配したリリスが清宏に話しかけると、清宏は辛うじて口を開く。
「これって・・・骨格標本?」
「失礼じゃなお主は・・・こやつはボーンソルジャー。
まぁ、いわゆるスケルトンじゃな!」
2人の視線を感じたのか、スケルトンはゆっくりと歩き出す。
「なぁ、こいつって使い物になるの?」
清宏は、フラフラと歩くスケルトンを見て、不安気な表情を浮かべている。
「スケルトンは、下位の魔物の中では当たりと言っても良いぞ?
こやつは非常に燃費が良いのが特徴なんじゃ。
魔石1個もあれば、半年は動き続ける事が可能じゃ・・・肉体が無く、己の魂と魔力のみで維持しとるから、消費が少ないのじゃよ。
スケルトンは知能は低いが、主人の命令には忠実じゃから運用も楽じゃな!
ただし、召喚された者じゃから、通常の個体よりも優秀な個体になっておる!」
リリスはスケルトンを召喚出来たのが嬉しいらしく、御満悦だ。
「こいつさ、意思の疎通とか出来んの?」
清宏はスケルトンを指差してリリスを見る。
「命令には忠実じゃが、どうじゃろう・・・?
召喚された個体じゃから、大丈夫じゃとは思うがの・・・」
清宏の指摘を受け、リリスも不安な表情になった。
「おーい、そこの骨格標本!」
清宏が声を掛けると、スケルトンはゆっくりと2人の元に歩いて来た。
「俺は清宏、こいつがお前の主人のリリスだ。
お前、言葉は話せるか?」
清宏が自己紹介をすると、スケルトンの下顎が動きだした。
それを見た清宏は、期待に胸を膨らましている。
「カタカタカタカタカタカタ!」
スケルトンが何かを喋ろうとしたのは確かだが、上下の歯が打つかる音だけが虚しく響き渡る。
「ですよねー!!」
清宏はその場に崩れてしまった。
だが、リリスは腕を組み、スケルトンに対して頷き返しているようだ。
「ふんふん・・・」
「お前、こいつが何言ってるか解るのか・・・?」
清宏が問い掛けると、リリスは不敵に笑う。
「全く解らん!!」
そう言い放った瞬間、リリスの姿が消えた。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ・・・」
リリスの居た場所の床には、ぽっかりと穴が開いている。
清宏はその穴を虫を見る様な冷ややかな目で見下ろしている。
スケルトンは、目の前で起こった事に混乱しているようだ。
城の外で水が弾ける音が聞こえる。
「その様子を見ると、自我があるみたいだな・・・ちょっと待っててくれ、何か書く物が無いか探してくる」
清宏は何事も無かったかのように振る舞い、スケルトンに話しかけた。
スケルトンは清宏の言葉に、頷いて返事をしている。
「良かった、意思の疎通は出来そうだな!
しかしどうするか・・・何か書く物ってあるのか・・・ん?」
清宏が部屋の中を探していると、先程侵入者から奪い返したインゴットを見つけた。
リリスが仕舞い忘れていたようだ。
「不用心だな・・・いや、待てよ?こいつで何か造れないかな?」
そう言った清宏は、手の平に意識を集中する。
すると、彼の手の平が淡い光を纏った。
「これで良いのかな?」
清宏は恐る恐るインゴットの角を摘むと、おもむろに引っ張った。
すると、清宏に摘まれた部分が、音を立てて千切れた。
「おぉ、素手でも加工出来るのか・・・それなら」
さっそくコツを掴んだ清宏は、今度は手の平で千切れた金属片を棒状に引きのばして型を整えた。
完成した物は、ペンのような形状をしている。
スケルトンは、興味深そうに清宏の作業を見ているようだ。
「さてと、これを使って自己紹介出来るかな?」
清宏は、完成した金属製のペンをスケルトンに手渡し、隠蔽用の壁を出現させる。
(魔王様は大丈夫でしょうか?)
スケルトンは、ゆっくりと綺麗な文字で壁に字を書く。
表情は読み取れないが、リリスの事を心配しているのが伝わってくる。
清宏とはえらい違いだ。
「なかなかの達筆なのか?ちゃんと会話が出来るようで安心したよ。
今、この城の周りには誰も居ないから、あの馬鹿の心配はしなくて良いよ」
(何故そんな事が解るのですか?貴方は、探索系の上位スキルをお持ちなのですか?)
スケルトンは首を傾げ、壁に字を書いていく。
清宏は、それを嬉しそうに眺めていた。
「俺は、あいつからダンジョンマスターのスキルを譲って貰ったからな」
清宏がそう言うと、スケルトンの全身が崩れ落ちた。
清宏はそれを見た瞬間、慌てて腰を抜かしている。
「マジかよ!何でだ!?何で崩れたんだ!?まさか・・・俺のせいか?
いや、俺は何もしてなかったはず・・・」
崩れ落ちたスケルトンは、そのまま動かない。
清宏が顔面蒼白になりながら頭を抱えていると、部屋の扉が勢い良く開け放たれた。
扉の前には、全身ずぶ濡れで、怒り心頭のリリスが立っていた。
「単なる冗談じゃったのに、妾を罠に掛けるとは何事じゃ!!・・・どうかしたのか?」
リリスは清宏に掴みかかったが、彼の異変に気付き首を傾げた。
「スケルトンが・・・スケルトンがお亡くなりになった」
「はぁ?そんな馬鹿な事がある訳無いじゃろう?」
泣きそうになっている清宏を宥め、リリスがスケルトンの残骸を指差すと、スケルトンのパーツが、徐々に元の型に組み上がっていく。
「へ・・・?」
清宏は呆気に取られて言葉が出てこない。
見る見るうちにスケルトンは元に戻り、壁に字を書いていく。
(驚かせてしまい申し訳ありませんでした・・・まさか、魔王様からダンジョンマスターを授かってらっしゃったとは思いもせず、顎が外れてしまいました)
清宏は、書かれた文字を見て震えている。
「お主もあんな風に慌てる事があるのじゃな・・・なかなか可愛い所があるではないか?」
リリスは清宏を見てニヤニヤと笑っている。
「顎どころか全身の骨が外れてたじゃねーか!!?」
清宏が叫ぶと、リリスとスケルトンの姿が消えた。
数秒後、外からリリスの叫び声と2つの水音が聞こえた。
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