第3話 リリスの思い
清宏は、リリスが目を逸らしたのを見逃さず、すぐさま視線の先に移動して逃げ道を塞ぐ。
リリスはあまりの恐怖に震えている。
「なんだ?人と話をする時は、相手の目をみようぜ?」
清宏は真顔だが、それがさらにリリスの恐怖心を煽る。
「その、なんじゃ・・・怒っておるのか?」
リリスは震えながらもなんとか言葉を絞り出した。
それを聞いた清宏はにこやかに笑う。
「いや、怒ってはいない・・・これから怒るかもしれないけどな?」
「ひぃっ!?ちと待ってくれ!!妾も何と説明して良いのか解らんのじゃ!!」
清宏の笑顔を見たリリスは顔面蒼白になりながら床の上を這いずり、距離を置いた。
「簡単な事だろう?俺が帰れるか帰れないかの二択だろう?」
「ちと待ってくれと言っておるじゃろ!?
その・・・たぶんなんじゃが、帰れんと思うなー」
リリスは清宏の顔色を伺いながら小さな声で答えた。
今にも消え入りそうにか細い声だ。
「ほほう!巻き込んでおいて帰れないと!?」
「ぎゃー!待ってくれ!!そう思うのにはちゃんと理由があるんじゃ!!」
拳を握りしめ笑顔のまま近付いて来る清宏を、リリス慌てて止めた。
「聞いてやろう!くだらない理由だったら解ってるよな?」
リリスは清宏に脅され生唾を飲み込むと、咳払いをして居住まいを正した。
「わ、解っておるわ!良いか、お主が帰れぬと思う理由は二つあるのじゃ。
まず、魔召石により召喚された者は、召喚した者との間にある種の契約が結ばれるのじゃが、それはただの主従契約などとは違い、召喚した者が死んだ場合、された方も死ぬというものじゃ・・・我等の場合、妾が死ねばお主も死んでしまうと言う事じゃな。
この契約は絶対と言っても過言では無い・・・。
少なくとも妾が知る限り、この契約による死を免れた者は未だにおらぬ・・・契約が成された以上、逃げる術は無いじゃろう。
これが、お主が帰れぬと思う一つ目の理由じゃ。
次に、二つ目の理由とはお主自身に関するものじゃ。
妾は、お主が寝ている間、しばらくお主を観察しておったのじゃ・・・それはお主の服装などが、この世界にある物とは装飾、生地、縫製などが明らかに違ったからじゃ。
お主も既に気付いておるのじゃろうが、ここはお主からすれば異世界になるのじゃろう・・・。
妾は父上が生きておった頃、幾度となく魔召石による召喚を見てきた・・・じゃが、これまでに異世界から召喚された者はお主が初めてじゃ。
他の魔王に召喚された者の中にも、異世界から召喚された者の話など聞いた事もない・・・これに関しても前例が無いのじゃ。
異世界からの召喚の前例が無いとなれば、勿論帰る術も解ってはおらん。
普通の召喚であっても契約解除は不可能に近く、お主の場合は契約解除に加え元の世界に戻らねばならない・・・それは絶望的と言っても良いのかもしれぬ。
以上がお主が帰れぬと思った理由じゃ・・・」
リリスは一通り説明を終え、再度恐る恐る清宏の顔色を伺う。
だが、清宏は俯いたまま動かない。
「えっと・・・どうじゃったかの?」
「ぐぅ・・・あ、終わった?」
清宏は、リリスに話しかけられ目を覚ました。
リリスはそれを見て、瞳に涙を浮かべ顔を真っ赤にしている・・・たいそうご立腹だ。
「きしゃま!妾に説明させておいて寝るとは何事か!!?」
怒りのあまり若干呂律な回っていないリリスを見て、清宏は可笑しそうに笑っている。
「そんな怒んなって、冗談だよ・・・」
「ぐぬぬ・・・まぁ良いわい!
それよりお主、怒ってはおらぬのか?」
リリスはため息をつき、清宏の様子を伺ったが、清宏の様子に変化はない。
「俺が召喚されたのは偶然なんだよな?」
「そうじゃ・・・誓ってわざとでは無い」
「嘘を言ってる様には聞こえなかったし、信じるよ・・・別に、俺だって理不尽に怒るつもりは無いよ。
まぁ、お前がふざけた事したら別だけどな?」
「そうか、信じてくれるか!
さて、それではどうするかの・・・他に聞きたい事は無いかの?
不可抗力とは言え巻き込んでしまったのは事実じゃから、妾に答えられる範囲でならなんでも良いぞ?」
清宏の言葉を聞いたリリスは満面の笑みを浮かべ、正座のまま身体を揺らしている。
「お前が死んだら俺も死ぬんだよな?
なら取り敢えず、俺はお前と守るって事で良いのか?」
「そうじゃな、申し訳ないがそうして貰えると助かる・・・」
「守るのは良いけど、具体的にはどうするんだ?
俺の力が強いとは言え、それだけじゃどうしようもない事もあるだろ?」
清宏は腕を組み、嬉しそうなリリスに問いかけた。
リリスは、清宏の真面目な表情を見て居住まいを正す。
「お主には、侵入してくる者達の排除を頼みたい。
手段は問わぬが、決して殺してはならぬぞ?」
「ちょい待ち・・・人を殺した事はないから、正直殺さなくて良いのは助かる。
だけど、何で侵入者を気遣う必要があるんだ?」
リリスは清宏の質問を聞き、先程出した魔召石よりも2回り以上小さい、小指の爪程の小石を取り出して彼に見せた。
「殺してはならぬ理由は、この魔石のためじゃ。
先程は説明を省いていたのじゃが、この石を手に入れるには、侵入してくる人間及び魔物や魔族の存在が必要不可欠なんじゃ。
まずこの魔石についてじゃが、この石は体内にある魔素や、身体から漏れた魔力が結晶化した物なんじゃ。
次に魔素と魔力の違いじゃが、魔物や魔族は魔素と魔力の両方を持っており、魔力だけを持つのは人間じゃな。
まず魔素とは、魔物や魔族などの闇に属する者の体内でしか生成されん。
それに引き換え、魔力はこの世界に住む全ての者に多かれ少なかれ必ず宿っておる力じゃな。
闇に属する者は、体内の魔素や魔力が多ければ多い程強大な力を持つ。
具体的には、魔素が多ければ頑強に、魔力が多ければ魔法の威力や種類が豊富になる。
人間の場合魔力のみじゃから、魔素による身体強化はされんな。
それでは、何故魔石を手に入れるのに、侵入者を殺してはならんのかの理由じゃ。
魔物や魔族であれば体内で結晶化した魔素を奪う事が可能じゃが、殺してしまえばそれまでじゃし、人間は殺しても魔石は手に入らん・・・。
ならばどうやって手に入れるか・・・それは城に侵入させれば良いのじゃ」
「ちょい待ち!侵入者を排除しなきゃならんのに、侵入を許せとはどう言う事だ!?
俺はさっき、ふざけたら怒るって言ったよな?」
清宏はリリスの説明を遮ると、胸倉を掴んで詰め寄る。
「待て待て!まだ説明は終わっておらんのじゃ!頼むからせめて最後まで説明を聞いてくれ!?」
清宏は舌打ちをしてリリスを離し、座り直す。
「本当に物騒じゃなお主は・・・では、説明の続きじゃ。
確かに妾が言った事は矛盾しておるように聞こえてしまったかもしれん・・・それは謝ろう。
じゃが、先程妾は体内から漏れ出た魔力も結晶化して魔石になると言ったな?狙うのはそれじゃ。
殺してしまえばそれでお終いか手に入らんが、撃退してまた来させれば再度手に入るからの」
清宏は説明を聞き、しばらく思案を巡らし、リリスを見た。
「ふむ、さっきは悪かったな。
面倒ではあるが、確かにその方が継続して得られるか・・・」
「はぁ・・・理解して貰えたようで妾は嬉しいよ・・・お主への説明は胃がいたくなる。
まぁ、出来るだけ死ぬのを見たくないと言う私情も多分にあるんじゃがな・・・それが例えこの城を狙う者だとしてもな」
リリスは俯き、寂しげな表情を浮かべた。
「何でだよ・・・?」
清宏は寂しげなリリスを気遣うように聞き返す。
「妾は幼い頃に母を亡くし、目の前で父を喪った・・・妾の父は、生前はこの世界に10柱いる魔王の中でもかなりの武闘派での、争い事の絶えない毎日じゃった。
ある者は名声を得るため、またある者は恐怖から人々を救うため、父を討伐するため多くの者達が挑み、そして散っていった。
その者達にも家族や友がおったじゃろう・・・生きておれば、やりたい事もまだまだ沢山あったじゃろう。
じゃが、皆死んでいった・・・怨嗟の念を吐く者、自身の弱さを嘆く者、残してしまう家族の為に涙する者もおった・・・。
妾は、死を目の当たりにするのはもうたくさんなんじゃ・・・母を、そして厳しくとも妾を愛し、守ってくれた父を喪った事は悲しい。
じゃが、父を討った者に報復し、怨みを晴らしてなんになる?
そんな事をしても、憎しみの連鎖を生むだけじゃ・・・それ故、妾はもう誰も殺さない。
他者から見れば甘いと言われるかもしれんし、実際既に詰み掛けておる。
じゃが、この思いだけは曲げたくは無いんじゃ・・・」
清宏は俯き、リリスの言葉を聞いていた。
「すまんな、お主には悪いが付き合って貰うぞ?」
胸の内を吐露したリリスは、すっきりとした笑顔で清宏を見る。
俯いていた清宏は、彼女の目を見てニヤリと笑う。
「確かにお前は甘い・・・だが、嫌いじゃない。
戻り方が解らない以上お前を守らなきゃ俺も死んじまうし、仕方ないから付き合ってやるよ!」
清宏はリリスの目の前に手を差し出す。
リリスは驚きの表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうな笑顔になり、小さな両手で握手をした。
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