19-4

「待たせたな、無事か!?」

「でっ……――ランディ!!」

 ヴェンシナがその名で呼ぶと、ランディは不敵に笑った。

 救援を派遣してくれることはあっても、よもや彼自身が駆けつけてくれるとは、ヴェンシナもキーファーも予想していなかった。ランディに気を取られてうっかりと隙を見せかけたキーファーを、厳しくも心強い声が怒鳴りつけた。

「キーファー! 余所見をするな!」

 キーファーの目前で、彼の懐近くへと踏み込もうとしていた賊が、風を生むような豪の剣でばっさりと切り捨てられる。冷やりと肝を凍りつかせるキーファーを、フェルナントはさらにどやしつけた。

「馬鹿者っ!! 死にたいのか!!」

「たっ、隊長っ!!」

「話は後だ! ヴェン、キーファー! そのままそこを守っていろ!」

 賊の一人と剣を交えながらランディが命じた。

「はいっ!!」

 ヴェンシナとキーファーは声を揃えて返答したが、彼ら二人がその場で防衛を続ける必要はもうなかった。ランディの指揮の下、盗賊の囲みを突破してきた近衛二番隊の騎士たちが、辺り一帯の賊を蹴散らして、教会前の石段を取り囲み、攻守の陣を入れ替えつつあったからだ。


「――フェルナント、しばらく指揮を任せる」

「承知しました」

「ここは絶対に守り通せ!!」

「お任せをっ!!」

 騎士たちによる防御陣が完成したのを見極めて、ランディは味方に檄を飛ばしてから、一旦剣を収めてガルーシアの背から降りた。

 足早に歩み寄るランディの姿に、ようやくヴェンシナの緊張が解ける。握力を無くした手から剣を取り落として、ヴェンシナはその場にへたり込んだ。


「ヴェン!?」

 剣を鞘に収納して、跪こうとしていたキーファーが、驚いてヴェンシナの上腕を掴んだ。

「だ、大丈夫……」

 喘ぐように答えるヴェンシナの前に、白い衣服が血に染まるのも厭わず、ランディは片膝を付いて屈んだ。温かく大きな手に顎をもたげられて、ヴェンシナは疲労の滲む榛色の瞳で、ランディの案じるような黒い瞳を見上げた。

「……ほっとしたら、腰が抜けました……」

「せっかく褒めてやろうと思ったのに、仕様のない奴だ」

 ランディは苦笑して、ヴェンシナの栗色の髪をくしゃくしゃと撫でた。


 小柄なヴェンシナの肩越しに、聖堂の中が見渡せる。怪我人の姿もあり、未だ不安げに怯えているような顔が並んでいるが、多くの村人の命に別状がないようだ。エルフォンゾ、シャレル、カリヴェルト、ラグジュリエ、サリエット……。そしてなによりも、フレイアシュテュアの五体満足な姿を確認して、ランディは安堵の息をついた。思わず名を呼び手を伸べてやりたくなるが、それを己に禁じているのは自分自身だ。

 ランディはヴェンシナの剣を拾い上げ、彼の手に握らせて彼の身体を引き上げた。ヴェンシナが剣を腰に収めるのを待って、両腕で二人の騎士をがっしりと抱きかかえる。


「良く守ったな、ヴェンシナ、キーファー。二人とも良く頑張った」

「はい……!」

 感激しきりにキーファーが答える。ヴェンシナは感無量で声も出せない。

「駐留していた兵たちも、よくやってくれたようだな」

「はい、たくさん助けてもらいました。多くの人が避難できたのは、警鐘を早く鳴らしてくれた彼らのお手柄です」

 キーファーが事実を正確に伝える。自分とヴェンシナの二人きりでは、決して村人たちを守りきれなかったことを、彼は充分にわかっていた。

「そうか、後で彼らも労ってやらないといけないな。きちんとした褒賞を与えるよう、エルアンリに言っておこう」

 二人の背中を軽く叩いてから、ランディは騎士たちを放した。


「エルアンリ様もおいでなんですか!?」

 ヴェンシナの問いに、ランディは頷いた。

「無論だ。それが彼の仕事だからな。国境警備隊の兵士を統率し、教会の裏手から攻勢をかけている。奥からはまだ、突破されていないようだな」

「はい。今のところは大丈夫なようです。戸締りは全てしてある筈ですが、裏口や窓を壊す方法なんていくらでもあります。奥は一体どうなっているんだか……」

「聖堂の扉はどうやって破られたのだ?」

「火薬です。あの厚い扉が一撃で……。ひとたまりもありませんでした」

「火薬か……。それはみなに、注意を促しておいた方がよさそうだな」

 ランディは憂慮するように眉を顰めてから、ヴェンシナとキーファーを交互に見た。

「ところで、胃の調子はどうなのだ、ヴェン? お前は聖堂の中でしばらく休んでおけ。キーファー、お前も疲れていると思うが、医者は一人でも多いほうがいい。できるようなら牧師方を手伝って、救護にまわってくれないか?」

「畏まりました、お任せ下さい」

 キーファーは胸に手を当てて諾った。いつでも医者に変われるように、彼の医療鞄はラグジュリエに預けてある。


「あなたはどうなさるんですかっ?」

 必要な話を終えて踵を返しかけたランディを、ヴェンシナは慌てて引き止めた。

「戦闘はまだ終わっていない。私は陣頭に戻る」

 当然のように答えるランディに首を振り、ヴェンシナは青ざめながら反対した。

「そんな――いけませんっ、聖堂の中に下がってくださいっ!」

「できない」

「どうしてですかっ?」

「命を下しているのは私だ、ヴェンシナ。みなに命を懸けて戦わせておいて、私がぬくぬくと守護されているわけにはいかない」


 ランディの決意は固い。力ある瞳が覇気で輝き、さながら若い戦神のようだ。そんな彼であるからこそ、ヴェンシナもキーファーも他の騎士たちも、彼に惹かれ、ついて行こうと思うのだ。守りたいと思っているのだ。かけがえのない『至宝』と崇めて。

「おっしゃることはわかります。だけど駄目ですっ、ランディ!」

「二番隊の者たちがいるのだからな、私の心配なら無用だ」

 食い下がるヴェンシナに、彼が決して逆らうことのできない微笑を浮かべて見せ、ランディは愛馬に向かった。

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