19-3

 キーファーはとっさにラグジュリエを庇い、ヴェンシナはフレイアシュテュアとサリエットを床に引き倒した。聖堂の扉付近に、もうもうと白い煙が立ち込めている。

「火薬――!? 過激だなあっ!!」

 硝煙に目を傷め、木屑を払い落としながらキーファーは身を起こした。聖堂内は悲鳴と狂気と騒乱に満ちている。

「大丈夫かい?」

「うんっ、平気」

 キーファーに気遣われ、ラグジュリエは気丈に答えた。

「何がどうなってしまったの……?」

 ヴェンシナの身体の下で、フレイアシュテュアが不安げに呟いた。

「わからない……。けど、不味いことになってるに違いないよ」

 ヴェンシナはフレイアシュテュアに答え、彼女とサリエットを引き上げながら立ち上がった。


 扉の正面ではなく脇にいた為に、彼らは直接的な被害を免れていた。目を凝らして見るまでもなく、外から吹き込んでくる風で、みるみるうちに視界が晴れてゆく。

 彼らと盗賊たちを隔てていた聖堂の厚い樫の扉は、無残に破壊されて大きな風穴を穿たれていた。爆発に巻き込まれたのか、はたまた飛び散る木片の直撃を受けたのか、何人もの村人が流血し、床の上で苦しげに呻いている。

「ああ……、大変だわ……!」

 聖堂の惨状を目の当たりにして、フレイアシュテュアは両手で口元を覆った。


「行くよっ! キーファー!!」

 表情を硬く強張らせていても、女神のように眩しいフレイアシュテュアの姿を瞳に焼き付けてヴェンシナは叫んだ。聖堂の中へ、盗賊たちを踏み込ませるわけにはいかない。絶対にさせない。大切な『家族』を、故郷の村を、そして唯一人の『特別』な少女を守る為に、ヴェンシナは軍人になったのだから。

 失われた扉の代わりに、聖堂の入り口で盾となる決意を固めて、ヴェンシナは剣を抜き払いながらいち早く飛び出してゆく。

「わーかってるよ! やるだけやるしかないさっ!!」

 キーファーも剣を引き抜いてヴェンシナに続いた。もはや諦めているのか、投げやりに座り込んでいる数人の傭兵を残して、国境警備隊の兵士たちも、生き残る為に懸命に立ち上がる。


 かろうじて残っていた鉄の閂を簡単に外して、盗賊たちは乱暴に扉の残骸を蹴破った。

 勇んで乗り込もうとした最初の賊を、ヴェンシナは俊敏に迎え撃つ。切りかかる剣を受け流し、バランスを失った敵の脇腹に、自らの剣先を鋭く深く突き立てた。

 その傍らでキーファーは、続く男に先手を打って急襲し、敵が剣を振り上げるよりも早くに、その利き腕を狙って正確に切りつけていた。

 ヴェンシナが剣を引き、キーファーが剣を薙ぐと、二人の賊の鮮血がほとばしり、神聖な教会の石の床に大きな血溜まりを作った。騎士たちの手痛い歓迎に、傷つけられた男たちは、驚愕の表情を貼り付けたまま背後に引き戻されてゆく。

 仲間の血を見て殺気立った盗賊たちは、聖堂への突入を阻む邪魔な若造たちを、まずは血祭りにあげようとして一気に殺到した。


 軍人にはとうてい見えない小柄で華奢な身体で、ヴェンシナは軽業のように賊の攻撃をかわし、時折隙をついて痛烈な反撃を食らわせる。一方でキーファーは、繰り出される一太刀一太刀を正確に受け止めて、手堅く防衛に徹していた。さらに、二人の間隙を縫ってなだれ込もうとする盗賊たちを、国境警備隊の兵たちが必死の形相で外へ押し戻す。

 数少ない味方と共に、苦しい防戦を続けるヴェンシナの耳に、それから程なくして、彼方から轟いてくる地鳴りのような音が聞こえた。

 次第に近くなる地を揺るがすようなうねり。もしや、という思いがヴェンシナの脳裏をよぎる。ちらりと見えたキーファーの瞳も喜色で輝いている。期待に胸が高鳴るが、確かめているいとまはない。


「騎兵だ!!」

 盗賊の一人が声を上げ、注意を促すようにピイッと指笛と吹いた。

「救援だ!!」

 賊の剣を押し返しながら、味方と村人たちを鼓舞するようにキーファーが叫んだ。

 救援隊の迎撃に備えて、盗賊たちは教会の正面に半円型の陣を組んだ。教会を占拠して、村人たちを人質に取ろうという魂胆なのか、攻勢が俄かに激しさを増す。

 二人の騎士と兵士たちはさせじと応戦した。あともう一息だけ持たせれば、預かっている多くの命を繋ぐことができると、信じて――。



*****



「――突撃!! 行くぞ!!」

「おおーっ!!」

 指揮官の簡潔な命が高らかに交戦を宣言した。トゥリアンから駆けつけた救援隊は、教会に群がる盗賊たちを一斉に強襲した。

 力強い鬨の声と入り混じる人馬の音、複数の剣が合わさる猛々しい金属音に、目前の巨漢と相対しながらヴェンシナは身震いした。救援が間に合ったのだ! 神々も王太子も、やはりシュレイサ村を見捨ててはいなかった!


 盗賊の陣の一角をあえなく破り、突出した十数騎の騎馬が、教会の攻略を続ける男たちに猛攻をしかけた。賊に動揺が走り統制が乱れるのを見て取って、ヴェンシナは柔軟に攻勢に転じる。

 剣を振り上げ、彼に襲いかかろうとしていた巨漢の喉もとに、ヴェンシナは過たず剣先を突き出した。

 のけぞりよろめいた男の左胸を、まるで呼吸を合わせたかのように、鋭利な剣が背後から刺し貫く。剣が一気に引き抜かれると共に、男の巨体がどうと教会前の石段から転げ落ちた。


 その向こうに現れたのは、焼き討たれた民家から上がる赤い火柱を背に、浮かび上がる黒い騎影。馬上で剣を握る黒髪の青年は、近衛騎士の白い制服を身に纏っていた。

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