第5話 JKサクヤは異世界でユリに狙われる 4

 ユーリのお家でお風呂を借りて上がると、あたしが脱いだ衣類の代わりに、大きめのシャツとタオルだけが置かれていた。


 いや、両親を失ったあたしは一人暮らしだったから、お風呂上がりにそういう恰好で彷徨(うろつ)いたことがないとは言わない。言わないけど……この家にはユーリがいる。

 謀られた気がするのは……気のせいなのかな?


 くまった……けど、どっちにしても、この部屋にあるのはワイシャツとタオルだけ。あたしはタオルで髪と身体の水気を取って、思い切ってシャツを身に着けた。


「~~~っ」

 胸元をヒモで絞るタイプなんだけど、あたしには大きすぎて絞りきれず、上から覗くと胸元が見えちゃってる。

 そのぶん丈は長くなっているけど……それでも、下半身はギリギリ隠れているレベルだ。

 こんな恰好、襲ってくださいって言ってるようなものじゃない。


「サクヤ~、上がったのならこっちに来なさい。夕食が出来てるから」

「――夕食っ!」

 あたしのお腹が可愛らしい音を立てた。


 考えてみると、この世界に転生してから既に半日。転生前から計算したら、朝からなにも食べていないくらいの時間が過ぎている。


 あたしはお腹が空いた! ということで、あたしは空腹に負けて、裸シャツの姿でダイニングキッチンへと顔を出した。


「あら、ようやく来たわね」

 ユーリがあたしの姿を見てセリフを呑み込んだ。そうして、頭の天辺からつま先まで、ゆっくりと眺めてくる。

 恥ずかしさに耐えかねて、あたしは片手で胸元を隠し、もう片方の手で裾を引っ張った。


「……ねぇ、サクヤ?」

「な、なに?」

「……そんな恰好をして、押し倒されたいの?」

「ユーリが用意したんだろ!?」

 あたしは全力で抗議した。


「いや……だって、胸元を押さえて裾を引っ張ってるから、身体のラインがくっきり出てるわよ? そのうえ、真っ赤になって上目遣いなんてして……狙ってるのよね?」

「うぐっ」

 無自覚だったので、あたしは慌てて両手を離した。

 ただ、ダボダボのシャツなので……なんと言うか、凄くスースーする。

 うぅ、これは……ダメだ。ユーリに見られてる状態でこれは恥ずかしすぎるっ。


「……ユ、ユーリ、お願い。ちょっとだけお金貸してっ!」

「お金? 無一文だって言ってたし、生活費は出して上げるつもりだったけど……いまじゃないとダメ? さっきも言ったけど、食事が出来てるのよ?」

「お願いっ! えっと……銅貨……十枚? 銅貨十枚だけで良いからっ」

「……銅貨十枚? えっと……ちょっと待ってね……はい」

「ありがとうっ!」

「良いけど……どうするつもり? まさか、その恰好で出かけるつもりじゃ……」

「――ごめんっ。すぐ戻るからちょっと待ってて!」


 あたしは脱衣所に移動して、パッドを出現させる。

 そうして超お買い得――というか、激安のブラとショーツを検索。自分に合ったサイズの一式をカートに入れた。

 えっと、お金は……持ってるだけで良いんだ。それじゃ、決定ボタンを押して……おぉ、お金が消えて、代わりにブラとショーツが手の上に現れた!

 配達時間零秒とか、なんて便利な通販。

 物凄く感動したいところだけど、いまはひとまず下着を装着しよう。


「……ふぅ、これで安心できるよぅ」

 裸シャツあらため、下着&シャツにランクアップしたあたしは、パッドを消してユーリの待つダイニングキッチンへと帰還した。


「お帰りなさい。なにをしてたの?」

「あはは……ちょっとね。それより、これお釣り。使っちゃった分は必ず返すから」

 あたしは手の中に残っていた銅貨をユーリに返す。


「……お釣り? 買い物をする暇なんて……って、貴方、それは」

 前屈みになったあたしの胸元を見て、ユーリは不思議そうな顔をした。


「あはは、詳しいことは聞かないでくれると嬉しい、かな。……ダメ?」

 制服自体がオーパーツ。更にどこからともなく下着を出したとなると、根掘り葉掘り聞かれても仕方がない。

 そんな風に不安に思ったのだけど……ユーリは小さく肩をすくめる。


「……まぁ良いけどね。それじゃ、夕食にしましょうか」

「良いの?」

「聞いて欲しいのなら、いくらでも聞いて上げるわよ?」

 その代わり、聞いて欲しくないのなら聞かないと言う意味。


「……ありがとう、ユーリ」

「良いから、早くご飯を食べるわよ。せっかくの料理が冷めちゃうでしょ」

「う、うん、ありがとうっ!」

 あたしは思わずユーリに抱きついた。


「あら。サクヤったら、そんな恰好で胸を押しつけてくるなんて……大胆ね。もしかして、誘っているのかしら?」

「ひうっ!? ち、ちちっ違うよっ!?」

 あたしは慌てて飛び退く。


「はいはい。分かったから、早く席に座りなさい。料理を運んでくるから」

「……は~い」

 本当は手伝うべきだと思うんだけど、なんだか色々と墓穴を掘りそうな気がしたから大人しく席に座って待つことにした。



 そうしてほどなく、テーブルの上に料理が並べられる。

 なにかのお肉とサラダ、それにパンのセット。


「ふわぁ……」

 あたしの口から感嘆のため息が漏れた。

 中世のヨーロッパ初期がベースという情報と、あたしが実際に街並みを見た感じからして、もっと質素な料理が出てくると予想していたからだ。


「凄い、凄いよユーリ、これ、食べて良いの?」

「お礼は添い寝で良いわよ」

「ふえっ!?」

「冗談よ、冗談。貴方の部屋はちゃんと用意してあるわ」

「うぅ……ユーリの冗談は分かりにくいよぅ」

 本当に大丈夫なんだろうかと、あたしは上目遣いで向かいにいるユーリを見つめる。


「心配しなくても、キスの対価に入ってるから、好きなだけ食べて良いわよ」

「……分かったよぅ」

 それはそれでどうなんだと思わなくもないけど、食べても食べなくてもお礼の内容が変わらないなら、思いっきり食べてやるぅ~と、あたしは開き直った。


「うわっ、このお肉の料理、凄く美味しいねっ」

 ちょっぴり臭みがあるっぽいけど、上手くハーブかなにかでその臭みを消している。ユーリは料理も得意みたいだ。


「気に入ってくれて嬉しいわ。それはブラックボアのお肉よ」

「……ブラックボア?」

「森とかに生息する魔獣ね」

「ま、魔獣? なにそれ、どんなの?」

「ブラックボアは、えっと……これくらいの大きさで、四足歩行の獣ね。人間を見かけると、突進してきたりするから注意よ」

「ふむふむ……」

 イノシシみたいな感じなのかな? よく分からないけど……美味しいし、せっかく出してもらった料理だ。ありがたくいただこう。



「……ところで、ユーリは一人暮らしなんだよね」

 食後の休憩になって、あたしはユーリに問いかけた。


「えぇ、そうよ。今日からはサクヤとの同棲生活が始める予定だけど」

「~~~っ。ど、どうしてそういうこと言っちゃうかな」

「あら、だって事実じゃない?」

「そうだけど、そうだけど、そうだけどぉ……い、言っておくけど、あたしはノーマルだからね? 女の子同士の恋愛を否定する気はないけど、あたしはノーマルだからね!」

 大事なことなので二回言っておく。


「大丈夫、あたしだってサクヤの嫌がることはしないわ。サクヤが望んでくれるのなら、そのときは色々しちゃうけど」

「うぅ~、そんなこと望まないもん。……って言うか、さっきあたしのファーストキスを奪ったクセにぃ」

「あれは、貴方がお礼になんだってするとか言うから」

「それは……たしかに言ったけどさぁ」

 まさかキスをされるなんて思わなかった……って言っても、なんでもするってそういうことだよね。たしかに、あたしが無防備だった。


「というか、ファーストキスだったのね。凄く得した気分だわ」

 あたしは損した気分だ。

 どうせキスされるのなら、ファーストキスとして無理難題でもふっかけてやればよかった。

 ……いや、そんな風に、自分を売りたい訳じゃないんだけど。


「……って、話がそれてるよ。あたしはユーリのことが知りたいの」

「そうよね。まずはお互いのことを知ることから、よね」

「……同居人として、だからな?」

「それは残念」

 クスクスと笑うユーリは、なんと言うか……凄く落ち着いている。キスしたときも余裕があった気がするし……ユーリって遊んでたりするのかな?

 あたしはファーストキスだったのに、なんかズルイ気がするよ。


「それで、サクヤはなにが聞きたいの?」

「あ、うん。ユーリって、仕事はなにをしてるのかなって思ってさ」

「あぁ、仕事ね。私は冒険者よ」

「……冒険者?」


 冒険する人? 世界中の遺跡を発掘したりするのかな? ――と、あたしがそんな風に思っていると、ユーリが冒険者について詳しく話してくれた。

 それによると、この世界には冒険者ギルドなる組合があるらしい。

 そこはいわゆる仕事の斡旋所。魔獣退治や、魔獣の出る森での採取などなど、戦闘系の技能を必要とするお仕事を斡旋してくれるところだそうだ。


 で、ユーリはそのギルドに所属する冒険者と言うことだった。


「ユーリがこのお家に住んでいるってことは、冒険者って儲かるの?」

「そこは技量次第ね。私の場合、最初はかなり苦労したけど……いまはそこそこ稼いでる。冒険者として、成功している部類だと思うわ」

「ユーリって、あたしと同い年でしょ? いつから冒険者をしてるのよ?」

「えっと……そうそう、今日でちょうど三年目になるわ」

「え、十四の頃から冒険者をしてるんだ」


 十四って言ったら、日本じゃ中学生だ。

 そんな歳から冒険者をするなんて凄いけど……


「ねぇ、ユーリはその頃から一人暮らしだったの?」

「ええ。色々あって……三年前からずっと一人暮らしよ」

「ごっ、ごめんなさい」

 あたしと同じような境遇。

 聞いてしまったことを申し訳なく思いつつも親近感を抱く。


「気にしなくても良いわ。少なくとも、あたしは不幸だなんて思ってないから」

「……そっか、ユーリは強いんだね」

 あたしは、両親や妹を失って生きる気力を失っていた。

 いまは、この世界で家族に会えるかもっていわれて頑張る気になってるけど……そうじゃなかったら、あたしはいまも無気力だった気がする。


「私は別に強くなんてないわよ。それより、サクヤは冒険者になりたいの?」

「うぅん……」

 ユーリと同水準の生活を出来るのは魅力的だけど……あたし、戦うなんて出来ない。神様はあたしを恵まれた身体にするとか言ってたけど……


「ねぇねぇ、ユーリ。ちょっと腕相撲してもいい?」

「いきなりね。別に良いけど……」

 ユーリがテーブルの上に身を乗り出して右腕を出してくる。


「……負けた。あたしの完敗だよ」

 あたしは自らの敗北を受け入れた。


「……なに言ってるの? まだ勝負してないでしょ?」

 首を傾けるユーリは身を乗り出しているにもかかわらず、上半身が非常に安定している。あたしより確実に大きな胸が、しっかりとテーブルに載っているからだろう。


 だけど、ユーリは少し背が高いけれど、あたしよりも華奢だ。胸の大きさでは完敗だけど、筋力では勝てるかも知れない。

「という訳で、勝負だ!」


 ――あたしの両手VSユーリの左腕でも勝てなかったよ……


「あたしよりも、引き締まった身体のくせに……ズルイ」

「そりゃ……冒険者だから鍛えてるわよ?」

「……冒険者って、凄いんだ」

 あたしも冒険者になったら、メリハリのあるボディになるのかな。

 ……なんてね。荒事に身を置くのはやっぱり恐い。


「うぅん……ねぇユーリ、あたしが働くなら、なにが良いかな?」

「そうねぇ。住民証は発行できるから、やりたい仕事で良いと思うわよ。といっても、住民証の発行には、数日から一週間くらいかかるけど……」

「そ、そんなに掛かるんだ」


 そのあいだ、ずっとここでお世話になりっぱなしってことだよね。

 さすがに、それは……うぅん。


「すぐに働きたいのなら、娼館とか……?」

「それは無理っ! 絶対無理だから――っ!」

「でしょうね。だとしたら……お嫁さんなんて選択肢もあるわよ?」

「相手がいないから」

「あら、私がいるじゃない」

 いつでももらってあげるわよ? と言いたげに微笑んでいるけど、あたしはそれをスルーして「他になにかないかな?」と問いかけた。


「じゃあ……酒場のウェイトレスなんてどう?」

「ウェイトレスならやったことあるけど……それも、住民証がいるんだよね?」

「私の行きつけのお店だから、頼んだら住民証は後からでも大丈夫だと思うわ」

「それホントっ!?」

 あたしは思わずテーブルに手を突いて立ち上がった。


「えぇ……大丈夫だと思うわ。それに、人手不足だって嘆いてたから、雇ってくれると思う」

「お願い、ユーリ。明日、そのお店に連れて行って!」


 酒場じゃなくてカフェだけど、ウェイトレスなら経験がある。だから、きっとあたしでも働くことが出来るだろう。

 ということで、あたしは両手を合わせて拝み倒した。


「そこまで必死にならなくても、ちゃんと案内してあげるわよ」

「わーい、ありがとうっ!」

 やった。これで、この世界での生活基盤を作れるぞ――っ!

 まずはお金を稼いで、ユーリにお礼をしつつ住居を確保。そんでもって、落ち着いたら家族を探す。あたしの新しい生活の始まり、だよっ!


「気にしなくて良いわよ。お礼はちゃんともらってる訳だし」

「……ひぅ?」

「そんな訳で、今日の分のお礼、いまからいただこうかしら」

「えっと……ちょっと待って、心の準備が……」

「しなくて良いわ。ありのままの貴方に、キスしたいから」

「いや、その、ねぇっ、ちょっと――んぅっ」

 ――あたしは唇を奪われ、テーブルの上に押し倒された。

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