第4話 JKサクヤは異世界でユリに狙われる 3
「それじゃ、さっそく私の家に案内して上げるわ」
というユーリの言葉に従って連れてこられたのは、空き地から少し離れた場所にある小さなレンガ造りの一軒家だった。
「ここが……ユーリのお家?」
「ええ。小さい家だけど、居住性は悪くないわよ」
「うん、素敵なお家だと思う」
道中で見た家は、無骨な石造りだったり、隙間風が吹きそうな木造だったりが多かったので比べまでもない。ユーリの家は比較的しっかりしていると思う。
「それじゃ、入りましょう」
ユーリが扉の鍵を開けて、そのまま家に上がる。
……そっか、靴は履いたままなんだ。
「お、おじゃましまーす」
「……違うでしょ?」
「え? ごめん、なにか間違った?」
靴はちゃんと履いたままだし、極力ユーリのマネをしたつもりなんだけどな。そう思って足下を確認していたら、ちょんと唇をつつかれてしまった。
キスされたことを思い出し、あたしは思わず後ずさった。
「も、もしかして、いまここでキスをしろって言ってる?」
「……そうじゃなくて、セリフよ、セリフ。お邪魔しますじゃなくて、ただいま、でしょ?」
「あ、そっか。なら……ただいま~」
「お帰りなさい、サクヤ」
ユーリが応えてくれる。
そんなささやかなやりとりに、あたしは思わずほろりとしちゃった。
ただいま。そして……おかえり。
そんなやりとりを誰かとしたのは……家族を失ってから初めてだったから。
「……サクヤ、どうかしたの?」
「うぅん、なんでもない、なんでもないよ。それじゃ、奥に上がらせてもらうね」
「ええ。突き当たりがダイニングキッチンになってるから、そこの椅子にでも座ってて。あたしはちょっと、お風呂の準備をしてくるから」
「――お風呂!? この家にはお風呂があるの!?」
街並みの感じから、お風呂はない。もしあっても貴族のお家くらいだと思ってお風呂は諦めていたから、物凄く嬉しい誤算だよ!
「ふふっ、その辺りの説明もして上げるから、少し待ってなさい」
「うん、分かった、良い子で待ってるっ!」
あたしはさささっと、ダイニングキッチンに移動した。
「おっふろ、おっふろ、いっせかいでおっふろ」
あたしはダイニングキッチンのテーブル席に座って、上半身を左右に揺らしながら、ユーリが戻ってくるのを待っていた。
「お待たせ。ずいぶんとご機嫌ね。ヘンテコな歌がこっちにまで聞こえてたわよ」
「あ、ユーリっ、お風呂はどうなった?」
「魔導具を起動してきたから、少しおしゃべりでもしてたら入れるようになるわ」
ユーリは応えながら、あたしの向かいの席へ腰を下ろした。
「……魔導具って、あたしがお店で見たのと同じかな?」
「お店? どんなのを見たの?」
「手で握ると光る棒とか」
「あぁ……それも同じ系統のモノよ。ただ、それは使用者の魔力を使用するタイプの紋様魔術で、お風呂場で使っているのは魔石を消費するタイプの紋様魔術ね」
「ふむふむ。それで、紋様魔術って……なに?」
「紋様魔術って言うのは……えっと、そもそも魔術って分かる?」
「……あはは」
分からなかったので笑って誤魔化した。
それを見たユーリが無言で小さくため息を吐く。この子の中で、あたしの評価がどうなってるのか、ちょっと心配になってきたよ。
「良いわ。最初から説明してあげる」
「お願いします、先生っ!」
「ふざけてると、その口をキスで塞ぐわよ?」
「ひぅ」
そういうシャレになってない冗談は勘弁して欲しい。
あたしはノーマルな女の子なのだ。
キスだって本当は、いつか好きになった男の子と、ロマンチックな……なんて、そういう風に思った相手は一人もいないんだけどさ。
「話、続けるわよ?」
「う、うん。お願い」
「まず、魔術って言うのはその名の通り。魔力を操って事象を引き起こす技術のことよ」
「――先生、意味が分かりませんっ」
「キスで……」
「あわわ、待って、ふざけてる訳じゃなくて、本当に分からないんだって!」
必死に訴えかけると、ユーリはあたしをじっと見て……小さく笑った。
えっと、なんで笑われたんだろう?
「……ユーリ?」
「うぅん、なんでもないわ。もうちょっと噛み砕いて説明するわね。大気中には魔力素子(マナ)と呼ばれるエネルギーが漂っているの」
「……ふむふむ」
大気中には目に見えないモノがたくさん存在する。そして、あるとされながら、なかなか確認できないでいる物質もたくさん存在する。
魔力素子(マナ)もそういったモノなんだろうとあたしは予想した。
「つまり、魔術って言うのは、その魔力素子(マナ)を操って現象を引き起こす技術ってこと?」
「え、……ええ。そうよ。ただし、剣術や弓術、他の生産的な技術のように、訓練すれば誰でもある程度までは使える――というモノではないの」
「……もしかして、魔力素子(マナ)を操るための才能が存在する?」
「そう、だけど……サクヤは魔術について知らないんじゃなかったの?」
「知らなかったよ。ただ、科学的な話なら、少しだけ、ね」
たとえば、お酒に強い人と弱い人の違いは先天的なものだ。
アセトアルデヒドを分解する能力が強い人、弱い人、全くない人の三種類存在するのだけど、このタイプは生涯変わることがないと言われている。
ちなみに、まったく分解できない人は、どうやっても変わらない。分解能力が弱い人に限り、飲み続けていると多少は鍛えられるらしい。
あぁでも、無理に鍛えるのは身体に悪いみたいだから注意だよ。
話を戻すと、生まれもった素質がないとどうしようもないことは存在する。その手の素質に対して恵まれないと、どんなに頑張ってもどうにもならない。
魔術の行使も、そういった類いのモノだろうと思ったのだ。
「ええっと……ひとまず、魔術については分かった……ってことで良いのかしら?」
「魔術がなにかは分かった、かな。ちなみに……具体的には、どんなことが出来るの?」
「そうねぇ。自然現象を操ったり、傷を癒やしたり出来るわ。ちなみに、零か全部かじゃなくて、各魔術ごとに素質があると言われてるわね」
「ふむふむ。なら、ユーリは水か火を操ることが出来るのね」
お風呂にお湯を張るのにどうのと言っていたので、そうだろうと思ったのだけど……ユーリは首を横に振った。
「あたしに魔術の才能はないわよ」
「……え? でも……」
「お風呂にお湯を張ってる魔石式の魔導具は、魔術の才能がない人でも使える道具なの」
「あぁ……なるほど。だから、魔石を使用するんだ?」
「正解よ。自分の魔力を使って起動が出来ないから、魔石を使って発動させているの」
「へぇ……便利なんだね。それじゃ、一家に一台って感じなのかな?」
「まさか。そこまで安価じゃないわ。あたしの家はあるけど……お風呂にお湯を張るのに小さな魔石を一個使うから、それなりに贅沢品よ」
「それは……残念」
いつかあたしが自立したら……って思ったけど、お風呂付きの家に住むのは難しいかもしんない。当分は、この家にお世話になろうかな?
いや、でもそうすると、ずっとキスされることになっちゃう。
「っと、そろそろお風呂の準備が出来ることね。先に入っていいわよ」
「……それ、あたしが入ってる途中、後から来るって意味じゃないよな?」
「お望みならそうしてあげるけど」
「お望みじゃないっ」
なお、本来は家主が先なんじゃないか――とも言ったんだけど、結局、お言葉に甘えて先にお風呂に入ることになった。
道の上を転がったりしちゃって、ホコリだらけだったからわりとありがたい。
ということで、あたしは脱衣所で着ているもの一式を脱いで、待望の浴場へと突撃した。
「おぉ……これがお風呂っ、本当にお湯が張ってあるよっ」
日本基準でいえば狭めのお風呂。
だけど、桶に張ったお湯で身体を拭くとか、井戸水で身体を清める――なんてことを覚悟していたあたしにとっては、信じられないくらい恵まれた環境だ。
「石鹸は……ないなぁ。……あ、この灰がそうなの、かな?」
昔の人は灰やオリーブオイルなんかを石鹸代わりにしたらしいから、きっとそうだろう。という訳で、シャンプーやリンスはないっぽい。
あたしが神様にもらった能力で、シャンプーやリンスは購入できたはずだから、次からはそれを持ち込んで使うようにしようっと。
ひとまずは、この灰をお湯でといて、まずは身体に塗りたくって……
「サクヤ~」
「ひゃうっ!?」
あたしは思わず座ったまま10センチくらい跳ねた。そのまま着地を失敗して、お尻をしたたか打ち付けてしまう。
「あいたた……」
「サクヤ、なんか凄い音がしたけど……大丈夫?」
「だ、だだっ大丈夫。ちょっとお尻を打っただけだから」
「あら、だったら私が優しく撫でてあげるわよ?」
「ままっ間に合ってるよっ!」
あたしは思わず、自分の身体を掻き抱いた。
「ふふっ、心配しなくて冗談よ」
脱衣所から笑い声が聞こえてくる。
「ぶぅ……だったら、なんのようだよぅ」
「身体を拭くタオルと間に合わせの着替え、ここに置いておくわね」
「あ、あぁ……そっか。うんっ、ありがとう」
な、なんだ、着替えを持ってきてくれただけか。空き地での続きをお風呂場で――とか言われたらどうしようって、本気で焦っちゃった。
はぁ……心臓に悪いよ。
ユーリも、キスの件がなかったら良い人だと思うんだけど……早く、この家を出て行けるようにならないと、このままじゃ心臓が持たない。
あたしは色んな意味でドキドキしつつ、灰を使って身体を洗う。まずは腕から胸、お腹、足と順番に手で洗って、背中は置いてあったタオルで頑張った。
でもって最後、灰から灰汁を抽出して、それで髪をすすぐように洗う。
あとは桶で汲んだ湯船のお湯で洗い流して完了だ。
「ふぅ……知識としては知ってたけど、一応ちゃんと洗えるんだね~」
さすがにボディソープ、シャンプーやリンスみたいにはいかないけど、石鹸で髪の毛を洗うような暴挙と比べれば、ずいぶんとマシだと思う。
「それじゃ、待望の湯船に……」
まず足をつけて、徐々に身体を慣らして、ゆっくりと全身を沈めていく。足を伸ばしてリラックス――とはいかないけれど、体育座りで全身を沈めることが出来た。
「ふわぁ~生き返るよぅ」
……実際に生き返ったんだけどさ。
というか、お父さんやお母さんが交通事故で死んじゃってから、事故だけは警戒してつもりだったんだけどなぁ。
そのあたしがまさか、車に轢かれて死んじゃうとか思わなかった。
それに、あの中学生くらいの女の子、ちゃんと護って上げられなかった。
神様がなんとかしてくれるって話だったけど……いまにして思えば『キミの願い通りには出来ないかもだけど』とか言ってたんだよね。
……無事に生き返ってるかな?
それに、あたしを死なせちゃったこと、後悔してなきゃ良いけど……
あぁでも、あの子も心配だけど、いまは自分の心配だよなぁ。キス云々に目をつぶったとしても、いつまでもお世話になりっぱなしって訳にはいかないもんな~。
それに……あたしの家族を見つけられるなら、見つけたい。
それには、住民証をもらう手続きをユーリに手伝ってもらって、なんとか自力で働いて、そこから家族のことを捜索……かな。
ひとまずは、そんな感じで頑張ろう。
しばらくお湯に浸かったあたしは、決意を新たに浴槽を出る。そんでもって、洗い場で水分を落として、脱衣所に出たんだけど……
「………………うん。そういえば、言ってたね」
籠の中に放り込んでおいたあたしの制服や下着はなくなっていて、代わりに身体を拭くタオルと……ユーリのだろう、大きめのシャツが一枚だけ置いてあった。
「あたしに裸シャツで過ごせと……?」
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