第3話 JKサクヤは異世界でユリに狙われる 2
異世界に来て早々で貞操の危機。
もうダメかと思ったそのとき、あたしの前に同い年くらいの女の子が現れた。
神秘的なブラウンの瞳に、小さな唇や切れ長の眉。整った小顔を縁取る、ブラウンのロングヘヤー。美少女という言葉を体現したかのような少女だ。
ノビてる男は、この子が気絶させたみたいだけど……どうして、こんな子が――じゃない。
「――逃げてっ! こいつら犯罪者だから、助けを呼んできてっ」
我に返ったあたしはとっさに叫ぶ。その警告が聞こえないはずないのだけど、女の子は怒った顔で男を睨みつけている。
「てめぇ……よくもやりやがったな」
「それはこっちのセリフよ。覚悟は……出来てるんでしょうね?」
「うるせぇっ! こうなったら、てめぇにも、きっちり落とし前をつけさせてやる!」
声を荒げ、女の子に襲いかかる。その男の手には、いつの間にか短剣が握られていた。
「危ない――っ」
あたしが叫ぶのとほぼ同時、鈍い金属音が鳴り響く。男が振るった短剣の刃を、女の子は腰から抜き放った剣で受け止めていた。
「いまのに反応するとはやるじゃねぇか!」
「貴方が遅すぎるのよっ!」
鍔迫り合いになったのは一瞬。
女の子が剣を振るい、それに押されるように飛び下がった男は体勢を崩す。その一瞬の隙を逃さず、女の子は剣を下段に構えて距離を詰める。
「――掛かったなっ!」
体勢を崩したはずの男が一瞬で立ち直り、逆に女の子の懐へと飛び込んだ。
そして――
「ばか、な……」
膝をついたのは男の方だった。
一体なにが起きたのか、あたしには早すぎて目で捕らえることが出来なかった。そうして呆気にとられていると、目の前に手を差し伸べられる。
「……えっと?」
「手を貸してあげるから立って」
「――あっ、そ、そっか」
あたしはその手を掴んで――女の子の手が思ったより硬くてびっくりしてしまう。
「どうしたの?」
「な、なんでもないですっ」
慌てて立ち上がって、身だしなみをささっと整えて女の子に視線を向ける。
「えっと……危ないところを助けてくださって、ありがとうございました!」
あたしは深々と頭を下げた。
「どういたしまして。怪我とかは……なさそうね。最初に見かけたときは……その、色々と手遅れかと思ったから、間に合ってたみたいで安心したわ」
「は、はい。おかげさまで……危ないところでしたけど」
本当に危ないところだった。
あと数十秒ほど助けてもらうのが遅かったら、色々とトラウマになっていたかも知れない。
「あ、そうだ。あたしはサクヤっていいます」
「あたしはユーリよ」
「ユーリさんですね。本当にありがとうございます。なにかお礼が出来れば良いんですけど、実は色々と困ったことになってて……」
お金もなければ家もない。
価値のありそうな物といえば制服くらいだけど……さすがにいま着ている服を脱いで、これお礼です――なんて言えないしなぁ。
「困ったことって、なにがあったの? 乗りかかった船だから、相談に乗ってあげるわよ」
「……良いんですか?」
「ええ、もちろん――っと、その前に、二人が起きたら面倒になるから場所を移しましょう」
ユーリさんの提案に従って、あたし達は場所を移動。
連れてこられたのは、静かなとおりにある小さな空き地だった。
「えっと……ここは?」
「街外れにある住宅街よ。わりと治安の良い区画だから、安心して話すことが出来るわ」
ユーリさんがそういって、空き地にある柵に寄りかかった。あたしはそんなユーリさんに話を聞いてもらうために、その隣へと並び立つ。
「治安の良い区画……さっきの場所はよくない区画だったんですね」
「あの辺りは、一本奥に入ると急に治安が悪くなるのよね。……というか、サクヤは私と同い年くらいでしょ?」
「えっと……あたしは十七歳ですけど?」
「私と同い年ね。なら、そんな風にかしこまる必要はないし、さん付けもいらないわ」
「でも、ユーリさんは恩人だし……」
「私が、普通の方が話しやすいのよ」
「そういうことなら……うん、分かった」
あたしは肩の力を抜いて、あらためてユーリに視線を向ける。
「なら、あらためて。ユーリ、さっきは危ないところを助けてくれてありがと。ホント、もうダメだと思ってたからさ。すっごく助かった」
あたしはそう言ってにかっと笑って見せた。
「へぇ、それが素のサクヤなのね」
「ふっふーん、これが素のあたしだぞ。ちょっとびっくりしたでしょ~?」
調子にのって目元でピースをしてみせる。
まあ……高校デビューしてからのあたしだから、素のあたしと言うより、テンションが上がっているだけで、内心はドキドキだったりするのだけど。
「たしかにびっくりしたけど……それで、どうしてあんな場所にいたの? 危ないわよ?」
「うっ。実は、その……表通りで座り込んでたら悲鳴が聞こえてきてさ。覗いてみたら、ボロボロな感じの子供があの連中に囲まれてたんだ。それで……」
「とっさに助けに入って、自分がピンチになったってこと? 貴方……馬鹿でしょ?」
「うぐ……そ、そんなことないしっ」
「へぇ……」
やめてぇ、そんな冷たい目であたしを見ないで!
「ひ、人助けは、悪いことじゃない、よね?」
「……それで自分がピンチになってたらダメでしょ?」
「うぐ……」
「そもそも、その助けた相手はどこへ行ったのよ?」
「そ、それは、その……」
視線を逸らすが、そんなあたしをユーリがじっと見ている。
あたしは、ついにその無言の圧力に負けてしまう。
「あ、あたしが助けに入った隙に逃げちゃった。てへっ」
「……はぁ。そんなことだろうと思ったわ」
うぐぅ……なんだろう、なんでこんなに心を抉られてるんだろう、あたし。
「分かってないみたいだから教えて上げる。貴方が助けたのってたぶん、ストリートチルドレンよ。生きるためになんだってする子供だから、関わらない方が良いわ」
「で、でも、悲鳴が聞こえてきたんだもん」
「その結果がアレでしょ? ストリートチルドレンに関わってもろくなことにならないわ」
「そんなの分かんないじゃない……っ」
ストリートチルドレンにだってきっと良い子はいる。ストリートチルドレンなんて言葉で一括りにして、決めつけるのは嫌だって……あたしは思った。
「……まあ、そうね。ストリートチルドレンだからって、全員が悪だとは言わない。けど、生きるためにならなんだてする相手がほとんどなのも事実よ。だから、どうしても関わるつもりなら、自力でなんとか出来る範囲にしておきなさい」
「……迷惑掛けてごめん」
そうだよね。あたしのせいで、ユーリに迷惑を掛けちゃったんだ。
それに気付いて、あたしは俯いた。
「……迷惑なんて思ってないわ。けど、これに懲りたらもう無謀なことは止めなさいよ」
「うん、気を付けるね。ほんと、助けてくれてありがとう」
「気にしなくて良いわ。それより、困ったこととか言ってたけど?」
あたしからは切り出しにくいことを、ユーリの方から切り出してくる。
「実はあたし、今日この街に来たばっかりで、お金とか持ってないんだよね」
「……はい? なに言ってるの、貴方」
「いや、だから、その……無一文で家なき子なの」
「言葉の意味が分からないんじゃなくて……どうしてそんな状況になってるのよ?」
「……てへっ」
笑って誤魔化したら、ものっすっごく冷たい目で見られてしまった。
「し、仕方ないじゃん。色々あったんだよぅ」
「ふぅん? 理由はなんでも良いけど、それで、どうするつもりなの?」
「うん。仕事を探してたんだけど……住民証がないとダメって言われちゃって」
「あぁ、それはそうでしょうね」
「……なんで?」
「だって、どこの誰かも分からないよそ者なんて店番に雇ったら、商品をごっそり持ち逃げされるかも知れないじゃない。そんな相手をわざわざ雇うと思う?」
「……そっか、そうだよねぇ」
くまったなぁ……どうしよう。
「なんだったら、私の家に来る?」
ユーリがなんでもないことのように言い放った。その口調があんまりにも軽くて、あたしはその言葉の意味をすぐには理解できなかった。
「えっと……ユーリの家?」
「ええ、そうよ。私は一軒家に一人暮らしだから、貴方が来ても問題ないわ」
「……それは助かるけど、良いの?」
「良いわよ、別に気にしなくて」
「ホントのホントに? あたし、本気で困ってるから、頼っちゃうぞ?」
上目遣いで問いかける。
というか、ユーリの方があたしより少し背が高いんだね。
「良いわよ、頼ってくれて」
「……ホントのホントに良いの? あたし、お金とか持ってないぞ?」
「馬鹿ね。お金目当てなんかじゃないから、そんなの気にする必要ないわ」
それはありがたい。ありがたいけど……親切すぎて逆にちょっと恐い。ここまで親切な人なんて、日本でも滅多にいないと思う。
出来れば、ちゃんとお礼はしておきたいところだよね。
「あ、そうだ。お金はないけど、あたしに出来ることならなんでもするよ」
「……え、なんでも?」
「うん、なんでも、だ。もちろん、あたしに出来ることなら、だけどね」
「そういうことなら……」
ユーリの手があたしの制服に触れた。
「……もしかして、制服が欲しいの? それがお礼になるなら喜んで渡すけど、さすがにここで脱がすのは勘弁して――んんっ!?」
あたしはくぐもった声を上げた。ユーリに両肩を引っ張られたと思った瞬間、唇を唇で塞がれたからだ。
……って、キス? あたし、キスされてる? なんでっ!?
「ちょっと、なにを――っ」
「動かないで」
「――んぅっ。……ぁう。…………はぁ」
たっぷり十数秒ほど唇をむさぼられたあと、解放されたあたしは座り込んだ。
「……なっ、なななっ、なにをするのよ!?」
あたしのファーストキスが! 初めては、好きな男の子とロマンチックな状況でって決めてたのに、まさか女の子に奪われるなんて!
あたしは思わず手の甲で唇を拭い、ユーリをキッと睨みつける。
「なにって、お礼をもらっただけよ?」
「お、お礼? えっと……なに、どういうこと? この国だとキスでお礼は普通なの? 海外の挨拶でキスしちゃうようなノリなの?」
「貴方がなにを言ってるかよく分からないけど、挨拶ではないわよ。こんなキスをするのは、恋人同士とか、特別な関係だけだと思うわ」
「ええっと、それは、つまり?」
「一目見て、貴方が特別だと思ったの」
「ふえぇぇ……」
そ、それって、つまり……ど、どういうことなんだ!?
い、いや、分かる、分かるよ。でも、女の子同士なのに……そんな。
「えっと……その、いまのが、貴方へのお礼になったって……こと?」
「ええ。衣食住を提供する見返りに、一日一回あたしとキスをしてもらうわ」
「い、一日一回!?」
そ、そんなっ! さっきのキスだけでもへたり込んじゃったのに、毎日なんてキスされたら、あたし、どうなっちゃうか分からないって!
「……別に、無理にしなくても良いわよ?」
「うぐ、それは……」
あたしは、無一文で家なき子。ユーリに助けてもらわなきゃ、餓死か夜のお仕事を頑張るかの二択になっちゃう。
この状況で、こ、断れる訳ないじゃんかぁ――っ!
「ううううっ。わ、分かったよぅ。で、でも、キスだけ。キス……だけだかんな?」
「ええ。もちろん。貴方の意志は最大限に尊重するわよ」
「うん、そうしてくれると助かるよぅ」
キスだけでも腰が砕けちゃったのに、それ以上のことなんてされたら、あたしがどうなっちゃうか……い、いやいやいや、あたしはどうにもならないって!
と、とにかく、今日はこれで終わりだし、明日までに冷静さを取り戻して……
「あ、そうそう。さっきのキスは危ないところを助けた分ね。今日一泊の分は後であらためてもらうから……良いわよね?」
「――ひぅ」
異世界生活が始まっていきなり貞操の危機になったけど、綺麗な女の子に助けてもらって事無きを得た……って思ったんだけど、あたし、やっぱり貞操の危機みたいだよ。
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