第2話 JKサクヤは異世界でユリに狙われる 1
「……ここが異世界?」
気がつけば、あたしは街の広場に立っていた。
人通りは多くて、活気にも満ちあふれているけど、砂利道はあまり衛生的じゃないし、道行く人々の恰好もオシャレじゃない。
これは、思ったよりも生活に苦労しそうだなぁ。
……ってか、転生っていう割りには赤ん坊からじゃないんだな。願いの一例として、一生遊んで暮らせるお金が――とか言ってたし、もしかしたらとは思ってたけどさ。
取り敢えず……どうしよう?
あ、そうそう。神様にお願いして、服とかを買えるようにしてもらったんだっけ。端末を用意するとか言ってたけど、それらしい物は……って、なんかでた!?
あたしの目の前に、大きなパッドみたいなのが浮かび上がった。
こ、これ、まわりの人に見られたら不味いんじゃ――と、周囲を見回すと、色んな人にジロジロと見られていた。
不味い、これどうやって消すんだ……って、思ったら消えた。
あぁ、びっくりした。これで大丈夫かな……って、変わらずジロジロ見られてる?
なんで、こんなに見られてるんだろう? あたしの顔になにか付いてる? いや、見られてるのはあたしの顔じゃなくて……あぁ、制服だ。
道行く人が着てる服は大味な作りの洋服で、色もほとんどが単色だ。
なのに、あたしが着ているのは複雑なデザインで、しかもチェック地の制服だ。他の人達から見て、あたしの服はかなり異質だろう。
あまり目立ちたくないんだけど……さすがにここで脱ぐ訳にはいかないしなぁ。というか、そんなことをしたら、違う意味で目立っちゃう。
仕方ない。少し隅っこに移動しよう。
――という訳で、表通りの隅っこ。あたしはパッドもどきを、虚空に出現させた。どうやらこれ、あたしが願うだけで出たり消えたりするみたいだ。
見た目はパッドそのもので、操作方法も……タッチパネル方式だ――って、カメラにメモ、それに電卓や時計のアプリまで入ってるじゃん。
……うん、ちゃんと写真や動画を撮れる。さすがにネットに繋ぐような機能はないみたいだけど……ほとんどパッドだね。
服や日用品を入手するために使う端末のはずなんだけど……神様、親切すぎない?
まぁ良いや。ラッキーってことで、後は肝心の服や日用品を入手する方法だね。
えっと……これかな?
あたしがそれっぽいアプリを開くと、通販サイトっぽいページが開いた。
タブとして存在しているのは、衣類全般と……後は、化粧品や石鹸各種。そのほか、女の子にとって必要な物などなど、わりと色々な項目が存在している。
……うん、これだけ揃ってれば、あんまり苦労せずにすむかも。取り敢えず、目立たないように地味な服を……って、なにこの数字。
……あ、もしかしてこの世界のお金かな? あ~それっぽい。そうだよね。神様も、購入できるように、って言ってたもんね。
お金お金、お金は……ない。
鞄もなければ財布もない。もちろん、この国のお金なんて持ってるはずがない。
日本で暮らしているときは保険金や賠償金のおかげで、生活には困らなかったけど……もしかしなくても、いまのあたしって無一文だ。
この状況で、どうやって生活しろって言うんだよぅ。
……あぁ、そっか。だから、叶えてくれる願いが三つもあったんだ。せめて、お金くらいは希望しておくべきだったかもなぁ。
なんて、いまになって嘆いても、どうにもならないんだけどさ。
うぅん……これからこの世界で暮らしていくなら、住む場所とお仕事を確保しなくちゃだよね。まずは……その辺をぶらついて情報を集めてみようかな。
――というわけで、あたしは露店の並んでいる通りに向かった。
「へぇ~、すっごく活気があるんだねぇ」
行き交う人々が多く、そこかしこから「安いよ安いよ~」なんて声が聞こえてくる。
あたしはそんなお店の一つ。気のよさそうなおばさんが呼び込みをしている、串焼きのお肉を売る屋台に目を付けた。
「おばさ~ん、ちょっと良いですか~?」
「ん? これまた、変わった恰好をした嬢ちゃんだね。どうだい、一本買ってかないか?」
「ごめんっ。凄く興味があるんだけど、いまあたし、お金を持ってないんだぁ」
「なんだい、冷やかしかい」
「えへへ、ごめんね」
あたしは胸の前で両手を合わせて謝罪する。
「しょうがないねぇ。まあ嬢ちゃんが見るだけならかまわないよ。好きなだけ見ていきな」
「……良いの?」
「客のいない屋台より、客のいる屋台の方が人が集まりやすいからね。それに……嬢ちゃんの恰好は、良い広告になりそうだからね」
「あはは……」
と、言っている側から、一人の客が串を一本買っていった。そのあいだはずっと、ちらちらあたしの服装を見ていたから、おばさんの言うこともあながち間違いじゃなさそうだ。
ブラウスにチェックのプリーツスカートなんて制服姿、あたし以外にいないもんね。
「それで?」
おばさんが客のさばけた合間に話しかけてくる……けど、
「それで……って?」
「嬢ちゃんの用件だよ。串焼きの匂いを堪能しに来たって訳じゃないんだろ。なにか、聞きたいことでもあるんじゃないのかい?」
「えへっ」
バレちゃったかぁと、あたしは頬を掻く。
「実は、少し話を聞かせて欲しいなって思って」
「ふぅん? なんの話が聞きたいんだい?」
「実はあたし、さっきこの街に着いたばかりで、文無しの家なき子なんだよね。だから、バイトとか募集してるお店、この辺りにないかなぁって……おばさん、知らない?」
「……それはまた、苦労してるんだね。なにかあれば紹介してあげたいところだけど……この通りで探しても見つからないと思うよ」
「……そうなの?」
「ああ。露店に人を雇う余裕なんてないからね。真っ当な仕事を探すのなら、露店じゃなくてお店に入った方が良いと思うよ」
「なるほどぉ~」
たしかに、露店で働いているのはどこのお店も一人。もしくは親子とか、夫婦といった雰囲気の組み合わせばかり。
絶対にないとは思わないけど、運良く募集している可能性は少なそうだ。
「その手のお店なら、あっちの通りにあるよ」
「そうなんだ? 教えてくれてありがとうっ。そのうち、串焼きを買いに来るねっ」
「あぁ楽しみにしておくよ。それと、裏通りに入ると物騒だから、間違っても迷い込まないようにするんだよ」
「うん、気を付ける~」
おばさんに手を振って、あたしは普通のお店が建ち並ぶという通りへ移動した。
「へぇ……ここがお店の建ち並ぶ通りなんだ。露店通りより、少し高級感のある区分になってるのかな……いたっ」
周囲を見回していたあたしは、誰かとぶつかって尻餅をついてしまう。
驚いて見上げると、ウェーブの掛かった金髪が視界に映る。青い瞳が凄く綺麗な、気の強そうな女の子だった。
どうやらあたしは余所見をしていて、この子にぶつかってしまったらしい。
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですわ。そういう貴方は、大丈夫なんですの?」
「あ、うんっ、あたしは大丈夫!」
慌てて立ち上がって、パタパタとお尻をはたく。
「貴方、ずいぶんと縫製のしっかりした服を着ていますわね。それに、見たこともないようなデザインで、生地も凄く美しい。これは刺繍じゃ……ないですわね」
「え? あぁ、これはその……」
いままでは珍しそうに見られていただけなので、詳細に言及されて焦ってしまう。
「まぁ良いですわ。いまのわたくしには関係のない話ですし」
「……えっと?」
「こちらの話です。とにかく、これからは気を付けて歩きなさいな」
「あっ、はい。ごめんなさい」
あたしがぺこりと頭を下げると、金髪の女の子はスタスタと立ち去って行ってしまった。
綺麗な女の子だったなぁ。この世界にも、あんな子がいるんだね――っと、ぼーっとしてる場合じゃなかった。
まずは――と、あたしは一番手前のお店に足を運んだ。
そのお店には、アンティークのような――この世界では違うだろうけど、アクセサリーや小物が並べられている。
小物屋さんかなと思ったけど、どうやら違うらしい。それぞれの品に、護りの紋様魔術を刻んだ護符といった注釈が添えられているのだ。
「……良く分からないけど、マジックアイテムのお店ってことなのかな?」
並んでいる品は日本円で数千円から数万円くらいっぽい。マジックアイテムって響きが凄く高そうだけど、わりとお手頃価格なんだね。
ちなみに、通貨のレートは、パッドに並んでいる商品の購入に必要な金額から大雑把に計算したから、当たらずとも遠からずくらいだと思う。
「いらっしゃいませ、お嬢様。なにかお探しですか?」
店員なのかな? お店の奥から渋そうなおじさまがやって来た。
「こんにちは。実は働けるお店を探しているんですが……」
「ほう。それはちょうど良かった。実は先日店員が一人いなくなってしまいまして。新しい店員を探していたところなんです」
「ぜひ雇ってくださいっ!」
思わず食い気味に詰め寄ってしまう。
「はっはっは。なかなか元気の良いお嬢さんですな。まずは面接ということで、コミュニケーション能力も申し分ない。あとは……そうですな、この棒を握って頂けますか?」
「……それはなんですか?」
渋いおじさまが、布にくるんで差し出してきたのは、長さ10センチくらいの、麺棒みたいななにか。表面になにやら彫刻が為されている。
「これは、持ち手の魔力で光るだけの魔導具です。ごくまれに魔導具すら使えない体質の人ががいるので、念のために貴方の魔力を確認させてください」
「んっと……これを握れば良いんですか?」
「ええ。それを握って、魔力を流し込んでください」
魔力を流し込むと言われても、サクヤにはさっぱりである。でも、握るように言われたことだけは理解できたので、ひとまず麺棒もどきを握りしめた。
――結果、麺棒もどきがまばゆいばかりに輝きだした。なんか、麺棒って言うより、蛍光灯みたいだ。これ一本あれば、真っ黒な夜道でも安心だねって感じである。
「……ありがとうございます、もう十分です」
なにもしていないのに、もう十分と言われてしまった。
魔力をどうやって流し込むのか聞きたかったのだけど、面接中にあれこれ聞くのは印象悪くなるかもだよね――と、あたしは麺棒もどきを返却する。
「いやはや、まさかあそこまで明るくなるとは。魔力の扱いに長けているんですな」
「えっと……ありがとうございます」
良く分かっていない――というかまったく分かっていないけど、面接中に――以下略。あたしは、素直に感謝の言葉を述べた。
「魔力も十分ですね。では、最後に住民証を見せて頂けますかな」
「……え? なんですか、その住民証というのは」
「住民証とは、この街に住む住民の証のことですが……もしや、よそから来た方ですか?」
「えっと……はい。さっきこの街にきたばかりです」
「なるほど、そうでしたか……」
元から渋いおじさまが、更に渋い顔で考え込んでしまう。
「……あの、その住民証がないと、ダメな感じですか?」
「そう、ですね。身元の分からない人だと、なにがあるか分かりませんので。もちろん、あなたがそうだと疑っている訳ではないのですが……申し訳ありません」
「えっと、なら、その住民証を得る方法というのは……?」
「どこかの家を借りるなどすれば、役所に申請して発行してもらえます」
「……な、なるほど」
家なき子だから働こうとしているのに、家がないから働けないとは……と落ち込みつつ、あたしはおじさまにお礼を言ってお店を後にした。
その後も、何件かお店を回ってみたのだけど、そもそも店員を募集していない。募集していたとしても、住民証を持っていないとダメだった。
――という訳で、太陽が地平線へと沈み行く頃、あたしは夕日を背に黄昏れていた。
「はぁ~、疲れたよぅ……」
まさか、住民証がないと働けないっていうのは予想外だ。
……って言っても、日本だと身分証がいるからなぁ。そう考えると、街に住んでる証明があるだけで働けるのは……甘い方なのかも。
……どっちにしても、働けないから同じなんだけどさ。
ちなみに、実を言うと、この状況を打開する方法を一つだけ教えてもらった。
住民証がなくても働けそうなお店――というか、業種があって、そのお店で働いて住む場所を決めて住民証をゲット。あらためて他のお店に転職……という方法だ。
それなら、現状をなんとか出来るけど……と、想像しただけで真っ赤になってしまう。
あたしは神様に指摘された通り、高校デビューの乙女なのだ。当然、男性経験なんてあるはずもなくて……あぁ、無理無理、絶対無理っ。
ファーストキスは、ロマンチックな状況でと決めている。ましてやそれ以上の行為は、絶対に好きな相手じゃないと嫌だ。
という訳で、貞操を守るためにも、この状況をなんとかしなくちゃ……と、さっきから堂々巡りの思考をしていると、どこからか悲鳴っぽい声が聞こえてきた。
いまの、気のせい……じゃないよね。あ、また聞こえた。
聞こえてきたのは……たぶん、裏通りの方だ。
気になったあたしは、裏通りへと足を踏み入れる。
一つ角を曲がると、急に雰囲気が変わり、街の景観が悪くなった。そんな路地の影で、柄の悪そうな男二人が、誰かを取り囲んでいる。
取り囲まれているのは、フード付きのローブを被った……子供、かな? あたしより過ごし背が低い、小柄な身体が男の向こうで見え隠れしている。
「おらっ、出すものを出せって言ってんだろ?」
「もう、なにもないってば……っ」
「嘘をつけ。どうやら、また殴られたいみたいだなっ!」
「――止めなさいよっ!」
男が右腕を振り上げるのを見て、あたしはとっさに叫んでいた。殴られそうになっている子供を見て、車に轢かれそうになっていた女の子を思い出してしまったのだ。
「あぁん? なんだ、お前は?」
「そんな小さな子にからんで、恥ずかしくないのかよ!?」
あたしは勇気を振り絞って割って入る。その声を聞いた子供があたしを見る。フードの奥に隠れた瞳と一瞬だけ目が合った……気がした。
「――誰だ、お前。一体なにを……っ、おい、待ちやがれ!」
男達の意識があたしに向いた瞬間、子供は物凄い勢いで走り去っていった。
……良かった。これであの子は大丈夫……って、あれ? 子供は助けられたけど、もしかして今度はあたしがピンチなんじゃ……?
「そ、それじゃ、あたしも失礼するね」
回れ右をして立ち去ろうとした瞬間、腕を掴まれてしまった。
「まぁ待てよ、ねぇちゃん。あんたのせいで、俺達はあのガキに逃げられちまっただろ。その責任、取ってくれるんだよな?」
「あ、あはは……責任って、どんなの、かな?」
「あのガキから巻き上げる予定だった金に決まってんだろ」
うわぁ……やっぱり見たまんまの悪人だった。あの子供の方が悪人だった……とかいうオチじゃなくて良かったような、そうじゃないような。
……ど、どうしよう?
「えっと……その、あたし、無一文なんだけど?」
「マジかよ。ったく、今日はとことんついてねぇ」
あたしの自己申告に、男が天を仰いだ。よかった、見逃してくれるかも……なんて甘い考えをしたそのとき、もう一人の男が割って入ってくる。
「いやいや、そうでもねぇぜ。見て見ろよ、この女」
「あぁん? あぁ、なんだか高級そうな服だな? お嬢様が家出でもしてきたのか?」
「そっちじゃねぇよ。いや、そっちもだけど、身体だよ、身体」
「あぁん? ……おぉ、なるほど、よく見りゃ、なかなか良い体をしてるじゃねぇか」
ひうううううっ、最悪だ。
異世界に来て早々に貞操の危機だ!
「えっと……その。は、初めては好きな相手って決めてるから……ゆ、許して?」
可愛くお願いしてみる――が、むしろ逆効果だった。男二人は初物かよ! とか騒いで、好色そうな顔をする。
不味い不味い不味い、これは本当に不味い。
まさか、こんなに治安の悪い国だと思わなかった!
「だ、誰か助け――むぐっ」
叫ぼうとした瞬間、手のひらで口を塞がれてしまった。そうして壁に押しつけられたあたしの身体に、男達の手が迫ってくる。
恐い恐い恐いっ! こんなの絶対に嫌だ。こんなところで弄ばれるくらいなら、あのまま死んじゃった方がましだったよ!
――なんて、諦めるのはまだ早い! 負けてたまるかーっ!
はーなーれーろーっ!
「あぁん? なんだ? それで抵抗してるつもりか?」
「むううううっ!」
もうっ、もうもうっ! どうしてはね除けられないのよ! 神様ってば、あたしに恵まれた身体を与えるとか言ってたんじゃなかったの!?
……こん、のおおおおおっ!
あたしは男達の手を必死に払いのけ、思いっきり足を振り上げた。
「ぐぁああああっ」
上手く急所に入ったのか、あたしを口を押さえていた手が離れた。
「――誰か助けてっ! 誰か――あうっ」
乾いた音を聞いたと思った瞬間、あたしは地面に転がっていた。
……なに? どうなったの? って、頬が痛い。すっごく痛い。
もしかしてあたし、殴られた?
「ったく、余計な世話を焼かせやがって。おい、そっち、腕を押さえてろっ」
「おう、任せろ」
一人があたしの足を押さえるように跨がってきて、もう一人があたしの両腕を拘束する。
「やだ、やだよっ。誰か――」
「おっと、大声を出したら、また殴るからな」
あたしの身体がびくりと震える。殴られるかもという恐怖に、声が詰まってしまった。だけど、あたしは殴られるより、弄ばれる方が嫌だ。
だから、思いっきり息を吸い込み――
「誰かああああああっ!」
「こいつっ!」
男が腕を振り上げる。だけど、それが振り下ろされる寸前、男が悲鳴を上げた。そうして、あたしの上にのしかかってくる――っていやあああぁ、のし掛かってくんなぁ――っ!
「おい、急にどうした……って、なんだてめぇはっ!」
もう一人の男が声を荒げて、あたしから離れた。なんだか分からないけどチャンス――と、あたしは必死に自分にのし掛かっている男を押しのける。
……って、あれ、こいつ、気絶してる? なに? 一体、なにがどうなって……と、顔を上げると、同い年くらいの女の子があたしを見下ろしていた。
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