異世界ガールズラブライフ! ~JKサクヤは異なる世界でユリと巡り逢う~

緋色の雨

第1話 プロローグ

 高校からの帰り道。駅前でファッション誌を買ったあたしは、バス停を目指していた。だけど、交差点を渡ったところで誰かに呼び止められたような気がして振り返る。

 そこには、自分より三つ四つ年下の――顔を真っ赤にした女の子がたたずんでいた。


「えっと、あたしのことを呼んだ?」

「は、はい。えっと……その」

 もじもじとしてて、可愛らしい女の子だなぁ。どうしたんだろ? この制服は……バスでよく見かける中学のだけど、あたしになにか用があるのかな?

 そんな風に考えていると、その子がハンカチを差し出してきた。


「……あれ? それ、前にあたしがなくしたハンカチじゃん。どうして貴方が?」

「ふえっ。えとえと、それは、その……っ」

 なんだか見ていて可哀想なくらいにテンパっている。

 あたし、そんなに恐い顔をしてるつもりはないんだけどな? なんて思ったけれど、大人しそうな女の子だし、年上のあたしが恐いだけかもしれない。


「とにかく、拾ってくれてありがとね。大切なハンカチだったから助かったよ」

 あたしはハンカチを受け取って、恐くないぞ~と少女の髪を撫でつけた。サラサラの髪が、なんだか凄く触っていて気持ち良い。


「はわわっ。そそっそ、それじゃ、失礼しますっ!」

「えっ、ちょ――っ」


 いきなり女の子が踵を返して駆け出す。

 けれど、彼女の背後は交差点で――信号はとっくに赤に変わっている。

 そんな横断歩道に飛び出した女の子に、高速で走る乗用車が迫る。それに気付いた女の子はよりにもよって硬直してしまった。


 小柄な女の子に、鉄の塊が突っ込んでいく。絶体絶命の状況で、女の子が恐怖にこわばった顔でなにかを呟いている。

 その瞬間、フラッシュバックしたのは、あたしの目の前で車に轢かれた妹の姿。車に轢かれる瞬間、妹はあたしに向かってなにかを呟いた。

 その妹の姿と、目の前の少女の姿が重なり――


「――危ないっ!」

 あたしはとっさに飛び出し、硬直する女の子を抱え込んだ。

 そして――




「……どこ、ここ?」

 あたしは真っ白な空間で目覚めた。


「キミは死んじゃったんだよ」

「……は? なにを言って……子供?」


 振り向いた先にいたのは、可愛らしい男の子だった。

 あたしは膝をついて、その子と目線を合わせる。


「ボク、こんなところでどうしたの? 迷子になっちゃったのか?」

「……迷子だっていったらどうするつもりだい?」

「なら、お姉ちゃんが一緒にお母さんを捜してあげる。だから心配しなくて大丈夫だぞ」

「はは……こんな状況で他人の心配をすることは賞賛に値するけど、ボクは迷子じゃないから心配しなくて良いよ。キミはひとまず、自分の心配をした方が良いと思うね」

「……自分の心配?」


 そう言えば、あたしも迷子だったなぁと周囲を見回す。

 見回す限りの真っ白い空間には、自分達以外にはなにも存在していない。床に影がなければ、きっと上と下も分からなくなっていただろう。


「あたし、なんでこんなところにいるんだっけ」

「覚えてない? キミは死んじゃったんだよ」

「……え、なにそれ。笑えないんだけど」

「車に轢かれそうな女の子を庇ったでしょ?」

 なんのことだろうと考えたのは一瞬。すぐに交差点での出来事を思い出した。

 そうだ、あたしはあのとき、女の子を庇って、そのまま車に……


「そっか、あたし死んじゃったんだ」

「そう、死んじゃったんだよ」

「そっかぁ……死んじゃったのかぁ」

 男の子の言葉を反芻する。

 そうして思い出すのは――駅前で買ったファッション誌。


「せっかく買ったのに、せめてちゃんと読んでから死にたかったな。特集の服、可愛かったんだよね……あぁ、思い出したら気になってきたぁっ」

「ずいぶんと軽いね。キミの生死はファッション誌以下なのかい?」

 男の子に呆れられてしまった。


「……あたし、死んでも悲しむ家族はいないんだ。友達は……泣かせちゃうかも知れないけど、あの子を救えたのなら……良いかな、って」


 あたしは、交通事故で両親と妹を一度に失った。

 妹が目の前で轢かれるのを、あたしは見ていることしか出来なかった。本当は手を伸ばせたはずなのに、恐怖で身体が動かなかったのだ。

 だから、あたしは自分の弱さをずっと悔やみながら生きていた。


 そんなあたしの目の前で車に轢かれそうになったのは、妹が生きていたらちょうど同い年くらいであろう女の子。

 あたしは、あのとき思ったのだ。

 この子を助けることが出来れば、あたしは後悔の日々から抜け出せるかも知れない――と。


 さすがに自分が死んじゃうのは予想外だけど、いまは……少しだけやりとげた気分だ。天国にいるみんなだって、きっと許してくれるだろう。


「救えてないよ」

 男の子がぽつりと呟いた。

 あたしは驚いて、男の子をマジマジと見つめる。


「キミが庇った女の子はまだ生きてるけど、いつ死んでもおかしくないくらいの重体で、いまは意識不明の状態だ。もう……長くはないだろうね」

「どうしてそんなことが分かるんだよ!」

 自分の最期の功績を否定されて、あたしは思わず声を荒らげてしまった。


「分かるよ。なんて言ったって、ボクは神様だからね」

「……は? ええっと……冗談、だよね?」

「桐島(きりしま) 咲夜(さくや)、両親や妹とは二年前、交通事故で死別してるね。女子校に通う十七歳で、成績は……なかなか優秀だね。上から数えた方が早そうだ」

「……そんなの、その気になればすぐ分かるじゃん」

「じゃあ、こんなのはどうだい? いまどきのJKを装っているけど、中身は純情可憐な女の子。スリーサイズは上から87/61/86」

「なななんっ、なんで! なんであたしのスリーサイズをキミが知ってるの!? さてはストーカー、ストーカーだろっ!?」

 あたしは男の子の両肩を掴んで詰め寄る。


「だから、ボクは神様なんだってば。まだ信じないって言うのなら、キミの恥ずかしい秘密を順番に言って上げようか?」

「え、あたしの秘密……?」

「そう。たとえば、キミがお尻が大きいことを気にしているとか?」

「んなっ!?」

「あとは……そう。毎晩、寝る前に必ずしてる――」

「いやぁあああっ!? し、しししっ信じる! 信じるから止めてっ!」

「……良いけどね。でも、口にしないだけで、ボクはすべて知ってるよ?」

「貴方を殺してあたしも死ぬぅ」

「あはは、ボクは殺されても死なないし、キミはもう死んでるんだってば」

 笑い事じゃないよ……と、あたしはため息をついた。


「まったく……お姉ちゃんの秘密を暴くなんて、いけない男の子だなぁ」

「あはは、神であると理解した上でそんな風に接するなんて、キミは本当に面白いね」

「え、なに? お姉ちゃんに惚れちゃった?」

「はいはい。高校デビューで彼氏も作ったことがない生娘なくせに。……いや、そうやって、恥ずかしいのを誤魔化しているのか」

「うぐぅ。……もう、人の秘密を暴くのは禁止だっ」

「はいはい」

「絶対だからな!」

「わかったから話を戻すよ。あの女の子は残念ながら死んじゃう運命だよ」

「……貴方ってイジワルなんだ」


 死にゆくあたしに、そんな現実を突きつける必要なんてないはずだ。それなのにそんなことを言うなんて……と、あたしは唇を噛む。


「……そうかな? ボクとしては、キミが人助けした気になって、生きることに満足しちゃわないように、気を使って上げたつもりなんだけど」

「なにそれ? あたしに未練を残して死ねってこと?」

「違う違う。そっちじゃなくて、生きることを諦めて欲しくないってこと」

「うん? その言い方だとまるで、あたしの人生が終わりじゃないみたいに聞こえるんだけど……あたし、死んじゃったんだろ?」

「そこで、最近はやりの異世界転生だよ」

「……イセカイテンセイ?」

「あぁ、キミは知らないのか。異世界で、人生をやりなおすことだよ」

「へぇ、それが異世界転生なんだ」

「そうそう。キミのことが気に入ったから、ボクの作った世界で人生をやりなおさせてあげようと思ってさ」

「させてあげるって言われてもなぁ……」


 心残りと言えば、妹の最期の言葉を知ることが出来なかったことと、女の子を救えなかったことと、友達にお別れを言えなかったこと。

 後は、せっかく買ったファッション誌を読めなかったこととくらい。

 生まれ変わってもどうにもならないことばっかりだ。


「興味ないかい? でも、キミの求めているモノが、手に入るかも知れないよ?」

「……あたしの求めているモノ?」

「そう、キミの心の隙間を埋めるモノ」

 思わず息を呑んだ。

 あたしの心にある隙間なんて、家族を失ったこと以外にありえないから。


「……それ、異世界転生……って言うのをしたら、家族に会えるって言うこと?」

「おっ、興味でてきたみたいだね」

「質問に答えて」

「……そうだね。異世界で願いを叶えられるかどうかはキミ次第だ。そして、これ以上のことを教えるのはキミのためにならないとボクは判断する」

「そっか……」


 本当に家族に会えるのかは分からない。だけど、わずかでも可能性があるのなら、あたしはその可能性に縋りたい。

 だからあたしは「異世界転生について、詳しい話を聞かせて」と口にする。


「分かった。なら、ざっと説明するよ。ヨーロッパの中世前期くらいの文明で、魔術のある世界。キミが転生するなら、三つの願いを叶えてあげる」

「……三つの願い? なんでも良いの?」

「うん。魔術の才能とか、一生遊んで暮らせるお金、とか。大抵の願いは叶えてあげられるよ。あぁでも、キミの家族を生き返らせるという願いは無理だけどね」

「……どうして?」

「既に生まれ変わっているからさ。あぁ、もちろん詳細は秘密だよ」

「そう、なんだ……」


 生まれ変わるのがどういった形なのかは分からないけど、少なくとも天国にいるという訳ではないらしい。だとすれば、異世界にいる可能性もなくはないだろう。

 あたしは、転生することにかけてみようかなという気になった。


「なら、一つ目の願いで、あたしが助け損なった女の子を助けてあげて」

 異世界転生を決意したあたしは迷わずに言い放った。


「……ええっと、本気かい? あの子は赤の他人だろ?」

「そうなんだけどさ。あの子はハンカチを……お母さんの形見を届けてくれたんだよね。それが切っ掛けで轢かれちゃったわけだし、ちょっと責任を感じてるんだ」

「……ふぅん。まあ、それが願いだっていうのなら良いよ。キミの願い通りには出来ないかもだけど、出来るだけのことはしてあげよう」

「ありがとう、神様っ」


 あたしは思わず神様に抱きついた。

 見た目は小さな男の子。神様って言うくらいだから、体温がなかったりするのかなって思ったんだけど……見た目通り、普通の男の子って感じだった。


「ははっ、ようやくボクのことを神様って呼んでくれたね。ところで、願いを口にしたと言うことは、異世界転生をするつもりになったってことで良いのかい?」

「うん。あたしは家族に会いたいから」

「もう少し自分のために生きても良いと思うんだけどね。まあ……良いよ。その調子で、二つ目と三つ目の願いを言っちゃって。あぁ……それと、先に言っておくけど、家族に会えるようにってお願いは止めておいた方が良い」

「……どうして?」

「それは、キミが自分の力で探すべきだからだよ」


 神様の瞳が、あたしをまっすぐに見つめている。神様はあたしのためを思って言ってくれているんだって、あたしはなんとなく理解した。


「……分かった。それじゃ、他のお願いにするよ。なにが良いのかなぁ……」

「そうだね。あとの二つは異世界で暮らすのに必要なことを願った方が良いよ」

「異世界で暮らすのに必要な願い、ねぇ……」

 異世界転生というのはよく分かってないけど、中世のヨーロッパ前期はなんとなく分かる。

 そうなると……


「じゃあ、言葉が通じるようにして欲しいのと、あたしが普段使ってるような、洋服や生活必需品なんかを入手出来るようにして欲しいかな」

「キミって奴は……」

 なぜか思いっきり呆れられてしまった。


「なんだよぅ~」

「いや、そういえばキミは、異世界転生を知らなかったんだね。二つ目の願いで、身の回りの物は購入できるように端末を用意してあげる。けど、言葉は心配しなくても通じる」

「そうなんだ? じゃあ、あと一つだね」

「そう、あと一つだけ。せめて、恵まれた身体くらいは手に入れておかないと大変だよ?」

「ふぅん? なら、それでお願い」

「……相変わらず軽いなぁ。ちゃんと、これからなにが起きるか分かってるのかい?」


 やっぱり呆れられてしまう。

 神様は、あたしのこと全部分かってるはずなのに……と思ったけど、そう言えば、さっき人の秘密を暴くことを禁止したんだった。

 この神様、わりと律儀なのかも知れない。


「やっぱり、神様の言うとおりで大丈夫だよ」

「だからさぁ?」

「――だって神様、あたしの心配をしてくれてるんでしょ? だから、言うとおりにするよ」

 状況的には胡散臭いけど、あたしはこの男の子から一度も嫌な気配を感じなかった。だから、あたしは信じようと思う。


「……キミって奴は」

「えぇ……なんで呆れられてるの、あたし」

「いまのは褒めてるんだよ」

「分かりにくい」

「はいはい。それじゃ、いまからキミをボクの世界に飛ばすよ。それと、キミの身体はちゃーんと、恵まれた身体・・・・・・にしておいたから、期待して良いよ」

 言うが早いか、あたしのまわりに魔法陣が出現して、光に包まれていく。


「……神様。ホントを言うと、あたし、まだよく分かってないんだけど……ありがとね」

「よく分かってないのにお礼を言うのかい?」

「いまじゃないと、お礼を言う機会がなさそうだから」

「そっか……その気持ち、たしかに受け取ったよ……咲夜。キミに幸せな異世界ライフを。キミの探し物が見つかることを祈っているよ」

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